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一夜明けて。それぞれの得意分野において、改めて西国の実情を深く探っていくことに。ちょっと困ったのが私の扱い。地元でも大抵のことに首を突っ込んでいたせいか、私がもの凄ぇ知識人だと皆さん勘違いしている。や、私の知識はあくまで浅く、広くですからね。
「今回は空艇の技術官として来てますから。魔法の歴史とかそういうのは皆さんのほうが専門ですよね?」
狩人やってたから動物に詳しいでしょ、とか言われましても。猟師が獣医の免許を持ってるわけでもなし。動物の見つけかたと解体のノウハウぐらいですがな。
そんなこんなで一旦解散。昨日の部屋割りそのままに街を散策。街を歩く人々の表情は穏やかで、とても他国へ攻め入ろうという気概は感じない。
「そういえば私の耳を見ても大した反応がありませんねぇ。大らかな気性ということでしょうか?」
「問題が起こるよりは良いですよ。クモンド氏の言からすると西国ではハルーンたちは見ないようですが」
女子四人の一団はやっぱり目立つようでチラチラ視線を感じますが。各自の意見をまとめた結果、メイドギルドでも使えそうな洒落た食器でも探そうやという運びに。
方々で尋ねて回りながらたどり着いたお店がまた何ともファンシー。某夢の国にでもありそうな摘まんで伸ばしたような屋根。ウネウネと歪んだ窓枠。玄関では陶製らしき妖精さんがお出迎え。しゅごい。これから私はこのファンタァジックなお店に入らなきゃならんのか。
「うわぁ、素敵ですぅ」
「この像もとても生き生きとしています。野蛮な国とひとくくりにしていた認識を改めなければなりませんね」
そっかぁ。小っちゃい女子三人がいたからそういう店を紹介されたのかも知らん。アリーさんの審美眼は確かだろうし、装飾少なめのお皿をお客さん用として何枚か見繕っとくか。
奥へ広く採られた間取りの店内は思ったよりもシックな装い。色ガラスのランプや唐草模様をあしらった商品棚など、地球のそういう雑貨屋さんに引けを取らない雰囲気づくり。おいおい、こりゃ法国勢もうかうかしておれんぞぉ。
「いらっしゃい。可愛いお客さんがた」
満面の笑みを浮かべた……ムキムキマッチョメン。まあ、そうやな。工房がここにあるとすれば何もミスマッチなことはない。ものづくりっちゅうのは意外と力仕事だったりするしな。この、体毛濃いめのお手々からあれらの繊細な工芸品が……。
「……ブフォ!」
シグルドさんよぉ!
「はっはっは! やっぱり意外か。こんなおっさんがこういう店にいるのは」
「よ、よろしいと思いますよ。おい、シグルドさんよっ」
「す、すいません」
よかった。おじさんの心が広くて。
いくつか良さげな皿を選びながら世間話をしたことには、この店は王都に本店を置く有名店らしく、上流階級のご婦人方も利用する人気店らしい。なんちゅう店を紹介してくれたのか。ああ、ピアさんがビクビクし始めた。別にそういう客層以外お断りというわけではないらしいけど値段もそれなりで……まあ、アテクシも小金持ちであるからして。
シエイさんはこういうのは好むのだろうか。あんまりそういうイメージはないけど……むしろ王女さまがこういうのを好むのでは? 何かそれっぽい小物で点数稼ぎをしとこう。だってなかなか接点ないんだもの。
「アリーさん、王女さまの好みとかご存知です?」
「私も彼女とはほとんど会ったことがありませんでしたよ。最近になって外でお見かけするようになったのは貴方のおかげなのでしょう?」
まあ、無関係とも言いませんがね。そうさな、あのお部屋を思い出して……どんな部屋だったかな。本がたくさんあったな。旅行記に、恋愛ものだったか。ならばあえて縁の無さそうなものでも。可愛くも変わった動物の置物とかございません?
「この、これは……生き物でしょうか?」
手抜きなんじゃないかと思うほどに真っ白な体。立像と、寝転んだ姿を表したものらしい。扁平な足先を見るにゾウかマンモスの仲間なのだろうか。長い鼻も牙もヒョロリと伸びた尻尾もなし。全身毛むくじゃらの謎生き物。そんなナリなんで暑いところでは暮らしていけないらしく、遠方に出かけられない人なんかはこういうもので目を楽しませたり、話の種にするのだとか。
「乱獲されたりしてません?」
「尊ばれてるからな。かなり厳しく規制されてる。それでもやるヤツはやるから、バカだよなぁ」
せっかくなんでワンセットご購入。皆さんもそれぞれ好きなものを買ったようなので次はお召しものでも。
あの店主の紹介なのに、なんて言うと失礼だが思ったよりも普通の店構え。防具を扱っているブースと普段使いの服のブースとでひとまとめになっていてちょっとした百貨店規模。
「鎧姿もかっこいいですねぇ。でも、あんなに物々しい格好をするってことは相応に危険も多いんでしょうか?」
ドラゴンいるしね。
「いらっしゃい、お嬢さんがた。さあさあ、こちらへ」
あ、はい。なんで有無を言わせない感じ? ピアさんとアリーさんは属性的に似てるので二人してフリフリな服を着せられている。ええぞ。シグルドさんはタッパがあるせいで男装がメイン。私は……って、おい。胸元を見て優しげな眼差しを向けるんじゃあない。
そんな感じでキャイキャイやっていると突然、突風が。いや、室内なのに? 窓も閉まってるし。何より他の人たちは何も感じていないようだし、物が動いた様子もない。アリーさんとピアさんは感じたようだ。シグルドさんは、気づいてない。
「二人とも、今のは」
「風ではありませんね」
「たぶん、大きな魔力の爆発だと思います。あんなのベリルさんのとき以来……あぅ」
何かあったんでしょうか。そんな慌てんでも。無理には聞きませんよ。服選びを中座して表に出て、ピアさんが指差した方角を注視してみる。でっかいキノコ雲だとか光の柱だとかが現れているわけではない。空は至って静かなもの。念のため、他の人たちと合流することにした。
先ほどの感覚を共有できていたのは魔法をある程度使える人たちに限られた。どうやら西国では数十年に一度あるかないかの間隔で発生している現象らしい。そんだけ間が空くと後世に伝えようとしても『ああ、またじいちゃんのホラ話が始まった』みたいな扱いをされて信じてもらえなかったりするらしくて、伝承が途切れてしまうらしい。今回はたまたま残っていた資料を読み込んでいる人が居て良かった。つっても、大したことはわかっていないらしいが。
「何度か調査も行われているようなのですが、それぞれの場所でこれといった共通点もなく。どうでしょう、そちらのお国でも似たような事例はございませんか?」
このメンツで一番の年長は陛下だが、思い当たることはないご様子。調査が行われたスポットは急峻な山地だったり、人っ子ひとり居やしない荒野だったり、大森林に存在する巨大な裂け目だったりとバラバラ。いや、最後のは絶妙に怪しいな。
「セジュの大森林はいささか危険な土地でしてな。確かに調査が充分だとは言えませんが……そうです! 是非ともあの船で」
「すいません、ガチで危なそうなのはちょっと」
そんな顔されてもな。
「まあ、人目を避けているようなのが共通点と言えなくも……」
「人目を、ですか。まさか、これらの現象が人の手によるものだと?」
「さて。地揺れのようなものなら対処のしようもありませんが、悪い人たちが何か大規模な実験でもしているなら捨て置けないのでは……って、それを考えるのはもっとお偉いさんのお仕事ですね。私は知りません」
この現象の前後で噴火やら大水やら干ばつやらもあったらしいが……スパンを考えれば大規模な災害とカチ合うことも珍しくないでしょうね。とりあえず静観、でいいのでは?
少しシリアスな空気になったが基本は観光に来ている我ら使節団。いよいよ他所へも行ってみたいなという申し出が上がった。私も同じ。なんせドラゴンが見つかる土地だ。まさかまさかのダンジョンなんてものが実在したり?
「候補はいくつかありますな。手近なのはここの、マキライ遺跡群。保存状態が良く、目抜き通りとされている道を実際に歩いてみて古き時代に思いをはせるのがウリになっておりますな」
地球でも町並み自体が保全対象だったりもするし、そういう楽しみ方もアリなのかね。
「空を飛んでいけるならば、こちらのルーベルティ湯泉なども。温かい湯が方々から湧いておりまして。浸かれば体の不調も改善されると評判でしてな。ただ……誰とは申しませんが、様々な御仁が訪れますゆえに」
こちらのヤバイ貴族さんも来てるかもよ、と。
「しっかし、マジかね。考えていたよりはずっとマシだな。もっと殺伐としてるかと思ったのに」
「言うなよ、レン。ここいらは俺の縄張りみたいなモンだから頑張らせてもらってるがな。僻地じゃ身の丈こんなな生き物だって珍しくないんだぞ」
怖いわぁ。とは言え生物であれば、頑張ればやっつけられる。アンデッドだゴーストだとかは居ないらしい。ただなぁ。私が居る以上、転生は存在するわけで。霊体は存在するかもしれない。万が一出くわしたら……火で炙ってみるか。
協議の結果、次の目的地はマキライ遺跡群とやらに。少なくとも地元じゃ考古学なんぞに縁はなかった。この世界引っくるめてでもその手の学問がいかほど市民権を得ているかはわからない。ただ興味はあるぞ。こちらの魔法文化への理解を深めるためにも触れられる情報から蓄えていくとしよう。
私の空艇で飛んでいっても良かったのだが目立つことは避けようと現地の生き物を利用した移動手段を頼ることに。目立つな、と言われながらも空艇をポータルへと放り込む私。なぁに? しょうがないでしょう。もう便利なのに慣れちゃったんだから。
「その技術、こっちに提供してもらうわけには……」
「魔章を一から学ぶことになりますよ。それに私と全く同じ事をできる人はまだ見たことないですね」
魔法の理屈の根っこは同じだと思うんですけど。個人差が出るのは遺伝かなぁ。
さて、わざわざ空路を諦めるのだからどんな珍しい生き物を見せてくれるのかと待合所に顔を出してみれば。居るわ居るわ、見たことあるのから見たことないのまで。馬はまあ普通として。いかにも頑丈そうな角の無いサイのような生き物。もう少し体高の低い、スパイクのような皮膚を持つトカゲ。あのドードーみたいな飛べそうにない鳥はなんじゃろか。流石に乗れないでしょ。たくさん居るけど。
「彼らの場合は小さい荷物を持たせて、数頭を随伴させて使います。雑食で数も多く、安いのですよ。大抵の環境に耐えられますし、いざとなれば非常食に」
「悲しい」
私らは大所帯なのであのサイもどきみたいな馬力のありそうなのが良いのでしょうか。皆さんは無難に馬車をご所望のようですが。
「ベル、あいつ新入荷だってよ」
総長さんが指差したのはでっかいアルマジロ。荷車との接続部は腹の下。いやいや、まさかでしょ。まさか転がらないでしょ。前見えないって、アレは。
「まるでロードローラーだッ」
「うるさいよ」
絶対乗らんわ。誰か、興味深そうな陛下を止めて。
まあ、無難に馬を選びましたよ。車内ではこれまでに見聞きした事物のすりあわせ。私も金属関連はこの目で見ておきたかったですね。事前の予想通り、魔章の普及率はかなり低い。魔法と言ったら杖を頼りにドッカンドッカンかますのが普通らしい。その杖ってのもどうやら発掘されたブツをそのまま使ったりもするらしく。
「いや、待ってください? するってぇとハルーンがこっちに流れちまったのは……想像以上にマズいかもしれませんな」
「レンタロウ、これまで以上に世話をかけるかもしれんが」
「仰いますな。給料のうちです」
続いて私たちの報告。アリーさんが代表して、ですけど。こっちはのんきに買い物してただけとも言えるが、文化面でも侮れる相手ではなさそうなのだ。メイド長としての審美眼いわく、やれ染色の均一さだとか発色の良さだとか。一番年下に見えて一番経験豊富なのだからおっかない。
「融和策とか、お考えですか?」
「人となりまで探れんことには、な。相手は少なくとも無能ではない。送り込んだ者が戻らないこともままあるゆえ」
大陸の規模すら掴めてないですからね。モネビア含みの海岸線を上から少し見ただけでは何とも。私個人の想定としては、私たちの大陸よりは大きいだろうと考えてるんですよね。本気で侵攻されるとヤヴァイかも。それぐらいに考えていれば間違いないでしょ。
私たちが勝っているとしたら、魔章の普及率。空艇の運用に関しては一日の長がある。加えて、地球での技術を魔章を用いて落とし込める私がそれらに関わっている。こちらに流れたハルーンたちがどんなエポックメイキングを起こしたのかが勝負の分かれ目か。別に勝負とかしたくないけど。
「本当に、見た目通りの少女ではないのですな」
何を仰るやら、クモンドさん。見た目通りの小娘ですよって。
道中、特筆すべき事件もなくマキライ遺跡群へと到着。地球の観光地ほど人の出入りがあるわけでもなさそうだが、それでもチラホラと人は居る。あそこの御仁は貴族さまかな。ご家族でお出でのよう……いや、ご婦人と子どもの数がおかしいな。まさか、第一夫人と第二夫人が一緒に旅をしているとか? 鋼の心臓か、かの御仁は。
やべ、目が合った。いちおう会釈。あっ、来ないで。家族水入らずでどうぞ。
「ご機嫌よう、皆さん。観光ですかな?」
えっ、誰が対応すんの、コレ。
クモンド氏が小声で手短にフォローしてくれたところによると、こちらはズェラーノ子爵。のほほんとした外見のわりに戦働きで爵位をいただいた家系で、最近家督を引き継いだばかりだそうな。覚えることばかりで大変ですよとカラカラ笑っている。悪い人ではなさそうなのだが。
あまりにも年代に開きのある我ら使節団。実際怪しかろう。表情には出さなくても不審だったんでしょうね。地球でもありましたよ。不審人物に対する牽制でこちらから声を掛けていくスタイル。陛下は海の向こうから来たということを隠さずに積極的に会話をしている。アリーさんもピアさんを無理やり動員してご婦人がたとのお喋りに花を咲かせている。しかし、しまった。ハルーンに対するリアクションを見損ねたな。
「好きなのですよ、遺跡というものが。うまく言葉にできませんが、こう……胸のあたりがうずうずするのです。まるで子どもの頃に戻ったかのような。もしやお嬢さんも?」
学者というか、インディ何ーンズ的な感情でしょうか? 私が魔章を探すつもりで眺めていたのが同好の士に見えたようで。嫌いじゃないですけど。
街の跡らしいこの遺跡は傾斜に沿って作られており、道の脇には側溝らしきものも。坂の上には噴水の受け皿みたいなオブジェクトもあったし、街が健在だった頃はさぞや美しい光景が見られたのでは。建築様式には大きな差も見られない。地球みたいに何千年と離れた年代ではなさそうですし。
「お若いながらも貴方は見どころがありそうです。見てもらいたい物があるのですが」
子爵さまに案内された建物は何故かここだけ新しい。衛兵さんもいるし、機密がアレしてる場所なのでは。ノコノコついてきちゃアカンかったやつなのでは。密室に女の子連れ込んでナニしようっていうのっ。
「ご心配なく。妻たちも一緒に部屋に入れますので」
冗談ですがな。どうやら発掘したものをここで精査しているらしい。使えそうな物はそのまま本国へ持ち帰って備品扱い。盗掘しているようにしか聞こえないが、この辺りは本国の管轄だからと暗黙の了解で通しているようだ。
問題のブツは小さな碑に掘られた文章。通りから一本二本と細い路地を進んだ先の小さな建物で発見されたコイツは、よもや宝のありかを示す鍵なのではと注目されているらしい。宝ねぇ。どうかな。もしかしたら気合の入ったただの日記かもしれませんよ?
「様々な書物と見比べて調べましたが皆目見当がつかず」
ところどころねぇ、怪しいんだけどねぇ。アルファベットを寝転がしたように見える文字がチラホラ。私たちが普段使ってる文字も英語っぽく見えなくもないんですけ……ど。
「ベル、その姿勢、腰痛くない?」
「ははは、我々も縦横を間違えているのではないかと回して見たものですが」
「……わかったかも」
うぎゃあ! いきなり肩を掴むんじゃない!
「だ、大事。ココ大事ですぞ? もし本当なら本国の文官たちがすっ飛んでくるというもの!」
「とりあえず放してもらえます?」
鼻息スゴいんで。
さて。そもそもこの世界での文の書き方は英語と同じく横書き。でも、このままでは意味不明な文字の羅列。碑文の文章全体を九十度回転させたうえで、その左上。アルファベットの『T』っぽく見える。そのまま横に読んでみるもやっぱり支離滅裂。ならば今度は縦に文字を追ってみる。ティー、オー、エス、ティー……
トゥ、ストレンジャー、フロム、ジ、アース。
『まさに英語ですけど』
「まさか読めたのかい!」
「いえ、ちょっとわかんないですね」
おっさん、近い。勘弁して? いい加減乱暴になってきたので奥方さまがたに連行される子爵さま。お二人にジンワリと足を踏まれているよう……興奮してないかい? お子さんの前で何をやっているのか。
『ベルよ、英語ってマジかね』
『ほら、ここからこういって、こう』
あろう事かこの碑文を残した何者かは渦巻き状に英文を書いてフォントと行間を整えて現地人が読み解けないようなメッセージを残したらしい。なんと手間のかかることを。それに序盤からソーリーという単語が目に入った。『地球からの迷い子へ』とでも訳せる書き出しからの、謝罪。ろくな事書いてないんじゃないかなぁ。




