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ほぼ空振りに終わってしまった調査だった。ラミア一族のことだけは秘密にしてもらうよう重ねてお願いしつつ、メイディークへと帰投する。お祖母さまもなんとか空の旅に慣れたようで、飛びながらでも私と会話できるようになっている。
メイディークの停留所ではブラッドレイ氏がアーネスさんからの手紙の返事を心待ちにしていた。うん、忘れてた。返事をもらってくるべきでしたね。あの人いきなり破っちゃったもんですから。そんな目で見られましても。
続いてクインティ家に戻ってお祖父さまに報告。ラミアたちのことは隠したままで。でも、たぶん怪しまれましたね。やっぱ隠し事は苦手だ。お祖母さま、後は任せました。
「ベルさま、よろしいのですか?」
「何です、メイド。私にできることなんてたかが知れてますよ?」
「あの鎧で脅すとか」
「それはメイド長さんの教えですか?」
脅迫はイカンと思う。
さっさと休暇に入ろうかと思ったが今度は総長さんからの呼び出し。『伝話』を使うのも久しぶりですねっと。
『アタシゃね、そろそろ休暇で旅行にでも出ようかなんて愚考してましてね?』
『頼むよ。『空艇』を落とした経験があるのはお前だけだろ』
またも厄介事かと思えば、どうやら対『空艇』装備なんてモノを用意しておくべきという話になっているようで。ドラゴンさんを『空艇』で撃退してしまったことが却ってその脅威を際立たせてしまったらしい。貴族さまがただってノリノリだったのにぃ。
『てぇかよ。そういう宣伝効果もあったんだろうぜ。ぜひウチにも専用機がって申し出が、それはもうドッサリ。言ったろ、なるべく目立たないようにって。こうやっていろいろな乗り物とかが生まれていったらやっぱり人ってのは……』
『ごめん、なさいっ。総長さんっ。私が、悪かったですからっ。お仕置きとか、しっ、なぁい、でっ』
『ちょ、やめてェ! 俺が社会的に生きていけなくなるゥ!』
女ァ敵に回しちゃいけませんよ、総長さん。私、泣き虫ですのでね。
『悪女めぇ』
『これでもそこいらの女子よりは総長さんの味方のつもりですが?』
えー、じゃあ法国の空港に寄らにゃいかんのか。そういやレウンゼウス卿も自分の『空艇』が欲しいって仰ってましたね。でも法国の空港は安定して機能してるしな。そっちで我慢してもらったほうが経済のためには云々。今回の申し出に全部応えればなかなかのあぶく銭が手に入りそうですが……さて。
さっさと話を進めて旅行計画を立てたいので、急ぎ法国へ。上空から見た限りでは、法国の空港は完成で良さそうですね。事前に話していた特産物を扱うお店も営業を始めているようだ。空港というよりはバスターミナルを思わせる待合所には結構な人数が。
「あっ、ちょっとアンタ」
声をかけてきたのはどこかで見たことのあるご婦人。このハスキーボイスは……そう、確かサルナガルで会ったあの、商会の、何だっけ。ヤバい、名前が出てこんぞ。
「あっは。まあ一回会っただけじゃそんなもんか。アジャラだよ。フォートパスのほうは覚えてるかい?」
「あっ、ああ。こんにちはです」
「今日は休暇で来たんだけどね。ずいぶん賑やかじゃないか。そのうちサルナガルも抜かされるかもねぇ」
最近のハルーンがらみの動静に、こりゃあ負けてられんぞと調査に来たらしい。調査。その連れの方々に持たせた大荷物は? フリッフリのお袖がはみ出しておりますが。
「必要経費さ」
「さいで」
サルナガルの観光スポットなんぞはフォートパスさんに案内してもらおうかと思ってたのだがアジャラさんが先手を打ってきた。順番ですよね、順番。
連合支部で総長さんと待ち合わせて、登城。今回はまた新しい部屋に通された。陛下に、宰相さんに、法国側の空港責任者セランさん。あの商売っ気のあるぽっちゃり貴族さま。残る二人はそこそこの年齢だが政務においてはまだ新人さんらしい。陛下も居合わせる中、ガチガチである。こっちはベリルさんだけを部屋に通してもらった。この人は研究肌だから、こういった場で弁の立つハルーンさんも確保しておかないといけないな。
「すまないな、度々」
「いえいえ、大事なことなんですよね」
とはいえ、私もあんまり軍事に関わりたくはないんだけどなぁ。
「まず、例の証文は持っているか?」
盗られちゃいけないと思って『ポータル』に入れてますよ。机の上に書類を出すとその隣に別の書類が並べられる。
「総長と話をして内容を詰めてみた。確認してくれ」
今までの文言から『空艇』を統括するような部分を無くして、私の自由度をさらに増したような内容。有事にどうこうとかあるけど。当初流れ込む予定だった金銭の話も少し金額を下げただけでそのまま。いいのかな。原案者はハルーンなんだが。
「いいじゃねぇかよ。お前がゴリ押ししなきゃアイツらは表舞台に出てこなかったもしれねぇ。備えもないままあのドラゴンとやりあうハメになってたかもしれねぇ」
「金勘定は我らが受け持つ。その代わり、お前には技術で貢献してもらいたい」
モーティック卿いわく、オーダーメイド依頼を全てこなすわけにはいかないだろうから最初は法国を象徴するにふさわしいものを一隻こしらえてくれとのこと。
『そっちのほうがハードル高いがな!』
「な、何と言った?」
『ベル、日本語じゃわかんねーから』
だって王室御用達……っつーかその命まで預かるようなブツを造れって言われても。
「最上位たる陛下が所有しているとなれば、位階をいいわけにできるからな。上手くいけば残りの意見も封殺できるかもしれん」
「それはそれで恨みを買いそうな……」
「どうにかするわ」
どうにかて。
絶対イヤってわけでもないんですけどね。あの二人も乗るなら考えることだって多いぞ。王女さまが動きやすいように座席の並びは考えないとな。『戦艦』は、流石にやりすぎか。艦隊を編成するわけでもないしなぁ。
でも、西国さんなら『空艇』を見て何を思う? ドラゴンとか居るんだぞ。でも私たちはソイツを三隻ぐらいでフルボッコにしちゃったぞ。それなら戦力拡充のために数を揃えたいとか考えちゃうんじゃない?
「ほら、黙ってないで何とか言え」
「うーん、あんまり大きくしないで防御力を高めて、逃げ足が速くてぇ……」
今メインで使ってる旅客機タイプが基礎でいいか。リムジンよろしく全体を伸ばして、相手が攻撃的だった場合に備えて金属のパーツを増やさないと。ハルーンを確実に配置できるかわからないから運転手から魔力を吸わなくても運転できるタイプに。魔章が細かくなるから整備はこまめに必要。そしてやはり洗練された造形がよろしいのでしょう?
「ぬぅ、難解だな」
「金属の部位が増えれば木造のものより工期も短縮できますよ。鉱物操作の魔法を使う前提での話ですけど。材料が揃うまでの時間抜きで、もろもろ上手くいけば二ヶ月……」
二ヶ月。めっちゃ拘束されますやん。設計が進んだらハルーンに投げちゃおうか。
「師匠、武器は乗せるのかい? デカいのがいいよね」
皆さんもそれくらいは当然であると考えているようだ。対空艇装備ってなんだろう。今までの経験から大砲くらいは乗せられそうだけども。総長さんは魔法、あるいは弩ぐらいにしておけと言う。今さらじゃない?
「西国は魔章を用いる習慣はなかったそうですが、これからはわかりませんよ。あちらに『隷属』の魔章が渡って、ドラゴンさんに使われたのは事実ですからね」
「初耳ですけど?」
ドラゴンの出現に舞い上がって報告を聞き流していたのでは?
この話を断ったところで『ハルーンが技術を流したせいで』とか言い出す輩が出てくるのは想像に難くない。そもそも逃げ場はなかった。そんなら私の全力を詰め込んでやろうではないか。
私用の空艇に関する書類も正式に受理したし、まずは人材よ。経営に関わることは法国側に丸投げするとして、開発主任はベリルさんでいいか。動きづらくなるのがイヤだと? なら後進たちという贄を差し出すのですよ。いや、マトモな人材じゃないと困るけど。
とりあえず法国の技術屋たちを集めて今回のお仕事の内容を話す。王族が直で関わる今回の依頼。皆さん神妙な面持ち。事情が飲み込めてくるにつれ、『熱』を放ち始める男たち。むさい。
「国を挙げての一大事業だ。気合い入れていくぞ!」
「うおおおお!」
あっ、出遅れた。うおー。
各地へ『伝話』で以て連絡を飛ばし、資材の輸送が始まった。私たちはいったんハドモントへ戻ってハルーンの人材探し。またしばらく法国に拘束されるので今のうちにこっちでできることを済ませておかねば。
「ん、誰?」
悠里、そんな冷たいこと言わんとって。お姉ちゃんやで。
「お姉ちゃんはいろいろ大変ですねぇ。私もさ、もう少し異世界満喫できるかと思ったらさ。意外と街を出ることってないね」
たまにハルーンの里まで行って木こりの真似事をしてみたり、無駄に近所を走り回ってみたり。おばさまの息子くんも歩けるようになって言葉も覚えてくるだろうとお姉ちゃん呼びを洗脳教育してみたり。退屈ではあるが平和な異世界ライフを満喫しているじゃないですか。
「私なんか法国の王室専用機を造ってくれ、ですよ。ホント、自分の職業がわからなくなってきました」
妹も暇してるようなのでひと段落ついた後の休暇のお誘いをかけてみた。私が妙なフラグ立てなければつき合う、だとぅ。好きで忙しくしてるんじゃないやい。他にも何人か声を掛けてみるも予定は合わず。ハルーンたちはほっといても好き勝手に出かけていてサルナガルに観光に行った人も居るようだ。
「ベリルさん、自分が責任者になりたくないなら人材を提供してくださいよ」
「魔章も得意で弁の立つ……誰がいいかね。里のほうに顔を出してみよう。ハドモントの空港に詰めてる子は造るの専門だろうし」
そういえば里のほうに顔を出すことはほぼ無かったですね。果たしてどんなことになっているやら。
自前の空艇で飛ぶことしばし。緑あふるる景色の中に堂々と鎮座する発着場。思ったよりデカイな。ここのは本当に発着するだけの用途のはずですが。誘導に従い、着陸。さっそくイケメンがお出迎え。
「んああ! ようこそ、鎧の君!」
私を賛辞する言葉を並べながら流れるように跪き私の手の甲に口づけをかまそうとしてきたので、反射的に指先を跳ね上げてデコを叩き、流れるように頬を張ってしまった。
何で嬉しそうやねん。
「師匠、私で拭おうとしないでくれ」
この男、顔は良いがやたらと美辞麗句を並べたがる性格のようだし、さっきから私が行く方向を誘導しているようにしか見えない。悪いことでなければ大抵のことは放任しているけども軽く揺さぶりはかけてみようか。ベリルさんの口を借りて『鎧』の設計は順調か、と聞いてみる。案の定、超反応。こりゃ現物まで出来上がってるかもしれませんね。
ま、それは今度だ。今回は空港の開発主任が欲しいのだ。そっちのことは大目に見てあげるから、人材を寄越しなさい。
「自分で言いたくはないけど、若いのが良いんじゃないかな。アハジのやつはどうだい?」
「彼も君と同じくらいに縛られることは好まないだろうさ。ジーネは?」
「過分な期待に弱い性格だったような気はするけど、行ってみるか」
こちらの人間たちの相関関係はろくに知らないので人選は任せますよ。とりあえずはそのジーネさんとやらが候補のようだ。案内に従って里を歩く。今までは最低限の草抜き程度だったらしい足元もずいぶんと歩きやすくなった。建物もログハウスみたいな様式から街中にあるような壁材を用いたものに移行しつつある。アレも良かったと思うんだけど。
案内された建物はちょっと大きめの一軒家。お庭では少年二人がチャンバラでじゃれあって……いや、結構ガチだな。母親と思しき背の高い女性が監督をしている。ベリルさんたちとも見知った仲らしく、軽い挨拶を交わすと目線は二階の窓へ。
「おら、ジーネ。お客さんだよっ」
『うぃ』
ビックリした。拡声の魔章か。それでも声は小さいけど。身体弱いなら無理せんでええんやで?




