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取りあえず一晩宿で過ごしてもらって、翌日からは森に入る準備を兼ねた街の散策をしてもらった。私は出資する側なので福利厚生じみたことをと考えてみたのだが。
「下手すりゃメイディークより良い暮らししてねぇか?」
「獣人って……アリだな」
「さっきのウサギの女、色っぽ過ぎる……いろいろ持て余すわ」
「ベルちゃん、さっきさ、あんまりにもしつこいオオカミみたいな人が居たから脛に一発入れちゃったけど、偉い人だったりしないよね?」
最後のは、まあ、大丈夫じゃねっすか?
ともかく、皆さんにカルチャーショックを与えていた。ハルーンたちが獣人たちの現状に思うところがあったのか、積極的に介入していったらしい。公衆浴場までもが出来ていた。何でも作ればいいと思って。街を囲う外壁も森に面した側は取り払われ、腰より少し低いくらいの石垣が設けられている。綺麗な台形で、均等に間隔をあけて並んでいて、有事には敵の進軍をイヤラシく邪魔してくれることでしょう。今は子どもたちの平均台と化している。
これらを提案したのはなんと、西国からやってきたと話していた探索者グループ。流れ流れてラズラに居を構えたらしい。私の胸をツルーンと撫で上げたあのリーダー格の男性はあろう事か宿の狐の女将とデキていた。あの厳つい顔で料理をこなしているらしい。
この人、第一印象はロクでもなかったが何気に重要人物なのだ。西国の事情を知るための唯一のツテ。面倒を避けるために探索者の身分証を作るときは西の方の港町出身ということにしといたとのこと。ガハガバかよっ。
「最初はこいつらのナリにビックリしたけどな。俺も、いい年だしな。落ち着かないとな」
「そこはアタシと出会ったからだって、嘘でも言いなっ」
尻に敷かれてんなぁ。
「あの外の、デッカいのもご存じですよね?」
「与太話だって、信じてなかったんだけどな。ゾンのヤツなんか吠えられて腰抜かしてなぁ」
厳つい人たちばかりだったが悪さを働いてはいないようだ。万倍おっかない人が領主やってますからね。聞くに、最近はスオースたちの襲撃もないので彼らなりにあの洞窟の探索も行ったそうだ。あの地下空洞までたどり着いたもののその先までは調べていないとのこと。
そっちは私たちがやるからいいとして。西国だよ、西国ゥ。サルナガルからもずーっと西に行ってから、その向こうに続く海を越えた先。ドラゴンまで出てきた以上、もう何が出てきても驚くことはないだろう。
「そんな面白そうにされてもなぁ。見かける動物が違うのと……食い物はあんまり変わんねぇな」
あちらのほうでも一握りの人たちが魔法でブイブイいわしているらしい。こちらと比較して、魔章よりも素の魔法の扱いで優劣を競うようだ。私もそこそこデキるつもりですが、油断してると足元どころか頭までコンガリ焼かれちゃうかもですね。
『ならば我々の出番ですね!』
『ベルさま、今のうちにさらなる修練を!』
赤いのと青いのがやる気である。彼女らの出現でハドモントの女たちにメッタ打ちにされたのを思い出したのか椅子から転げ落ちる御仁。あんまりジタバタしてると怪しまれますよ? 女は鋭いからな?
「アンタ、こんないたいけな女の子にまで何かやったんじゃないだろうね?」
おやおや、酒癖の悪さはこちらでも健在だったようで。おイタをするたび自分が尻を引っぱたいたもんだとは女将さんの言。これも一種ののろけか。
「ベルちゃん、ベルちゃん。そこのお二人は突然現れたように見えたんだけど、どなた?」
「……トモ、ダチ?」
「何で片言」
もう隠すのも面倒くさくなったので『分霊』のことを教えたった。お祖母さまは孫をくれぐれも宜しくと挨拶。ステイネンさんは自分にも『分霊』用の魔章を寄越せとベリルさんに詰め寄る。あっさり渡すかと思いきや真面目くさった顔つきで『分霊』を得るうえでの心構えを説きだした。私んときそこまで徹底してましたっけ?
「師匠の場合は信頼の証だったからね。見ろ、彼女の眼を。魔章の一文字、筆致のクセに至るまで調べ尽くしてやらんとする研究欲の塊のような眼だっ!」
研究欲に関しちゃ貴女も大概ですよね?
ちょっと横道に逸れてしまったが、有意義な時間であった。あまり盛り場があるわけでもないが、ラズラの民族衣装的なものに袖を通してみたり、ここいらならではの果実に舌鼓を打ってみたりと。楽しんでもらえたようだ。
お遊びはこれまでにして、探索の準備。とはいえ採掘道具は持ち込みだし人員も何百人といるわけでもないので思ったよりもコンパクト。水と食料と、着替え。
「結構深いトコ潜るかもですけど」
「風管は用意してきたわよ。そちらの方も風魔法が得意なんでしょう? 大丈夫よ」
後ろの方々もいいかげん掘り掘りしたくてたまらないようだ。早速現地に入ることになった。
「森がさっぱりしましたね」
何度か探索に入ってるらしいし、間引いたんでしょう。木々の香りが懐かしい。この間まであんな生臭い奴らのテリトリーだったとは思えない爽やかな空気。それでも私は警戒を解いてはいないけれども、シグルドさんは肩に力が入りすぎでは?
「シグルドさんや。もう少し森林浴を楽しみましょうぜ」
「安心していい。私がこの身を賭しても守り抜くと誓おう」
必死すぎる。
しばらく歩くとハヤテくんが巣として使っていた場所に到着。今はハドモントの森と同じように中継基地として使っているらしく、薪の山とかまどを組むための石が転がしてある。今日は日が傾く前に帰るつもりだし使うこともないでしょ。
そのまま特に問題も起こらず件の洞窟へと到着。無人の受付のようなものが出来ており、入退出を記録しておくようになっている。今回の代表は、あ、私っすか。
「アーネスも何度か入ってるのよね?」
「火は使っても大丈夫だとか、言ってましたね」
内部は特に弄っていないようだが分岐点には魔章の灯りが置かれている。今日のところはあの地下空間まで行って、分岐が見つかれば御の字かな。あそこまでの記憶は正直曖昧だったが主だった部屋までは案内板が設置してあって、至れり尽くせりである。
「これ、私たち必要だった?」
「言わんでください。それに、私は学がないので皆さんの知識は頼りにしてますから」
「その辺りは……ドンナさん、お願いしますね?」
「任されたわ」
お祖母さまと呼んではいるが足腰はしっかりしているようで他の鉱夫さんたちに後れをとることはない。その鉱夫さんたちにしたって、格好は工事現場にいてもおかしくない労働者スタイルでありながら知識人でもあるらしい。小部屋に残る僅かな装飾などからそれぞれの考察をぶつけあっている。
「それにしても、貴女はベルちゃんにとってのなんなの?」
やっべ、シグルドさんがお祖母さまに捕まった。
流石に馬鹿正直に自分の正体を明かしたりはしないものの私を持ち上げる発言ばかりのシグルドさん。加減を知れィ。お祖母さまは悪い気もしないようで終始にこやか。
そしていよいよ例の巨大地下空間。適当な壁に魔章の灯りを仕掛け、光が届かなくなったらまた一つ設置して。差し渡し照らしきるのに三つ半、といったところ。中心の灯りは少し強めに改造する。そういえばここの高さはどれくらいだったか。
「彼が入るぐらいはありそうですね」
「でもここまで掘るのは私たちだけでは大変だし……現実的じゃないんじゃないかしら?」
むむむ。またか。またしても私の見通しの甘さが。
「そんな顔しないの。私たちだって発掘が空振りに終わることはあるし、貴女を責めたりしないわ。それに……」
ステイネンさんの指差す先には横穴が。覗いてみれば緩やかな坂が続いている。
「話には聞いていたけど本当に深そうね。少しだけ行ってみませんか?」
「ここに何人か待機させた方が良いわね。貴方たち、いざという時はお願いね」
主にステイネンさんの取り巻きを待機させて、私たちはさらに深部へと向かう。少し湿度が増してきたような気もする。そういえば採掘の途中で水脈掘り当てちゃうなんて話も聞きましたね。結構深いし、ヤバいガスとかたまってないといいけど。
「あら、行き止まり?」
手分けして調べてみても特に変わったところはなし。というか掘り進めていたのを途中で止めたような具合にも見える。皆さんは魔章つきのスコップを構えてザクザクと掘削を始めた。その効果は確かなようで、少し剣先を当てるだけでザラザラと土が崩れていく。しばらく掘り進めたら一旦手を止め、お祖母さまが手をかざして鉱脈がないかどうかを調べていくスタイルのようだ。私も負けじと坑道の補強を担当させてもらう。採掘の素人ではあれど、金属加工については一家言あるつもりだ。支柱を立てて屋根を渡し、精錬を施せば強度安心。白さが光を反射して明るさにも困らない。
「うわー、うわー」
楽しげなステイネンさんには折を見て風管と灯りを設置してもらう。杭の頭に魔章を刻んだ筒がついただけの手抜きを疑いたくなる構造だが、結構な風量がある。ていうかコレ、羽根のないタイプの扇風機やないかい。
今回は大鉱脈なんか見つけても対処できないので腕を突っ込めば取れるくらいの反応でもなければそのままスルー。それでも銅鉱がいくらか確保できたので私にとっては旨味のある採取場ではあるのかも。
「ぬぅん。なんか釈然としないなぁ」
さっきの空間も自然のものだろうけどこっちはなお手つかずな印象。成果も特になし。何となく掘ってきたけど……何か見落としたかな。皆も同じ意見だったようで今度は来た道を戻りつつ、私もお祖母さまと同じように鉱床サーチ。そうして最初のあたりまで戻って、ふと足元に探知を向けてみる。
何か、変だ。
少し掘り起こすと急に感触が固くなった。これ、触ってみたら土じゃなくて金属ですね。なんでこんなところで偽装されてるんでしょーね、っと。
「ふんす!」
「やだ、なにそれ」
案の定と言うべきか、私がやったような補強を施された通路になっている。魔力が吸われたりする様子はない。内部にはこれまでと同じく魔章の灯りが確認できた。いきなり突っ込むのは危ないので、こんな時のために作っておいた潜望鏡の出番である。ゆっくり差し込んで、レンズを覗き込む。異状なし。後ろは?
「……うぉあああ!」
『キァアアア!』
薄暗い空間にぼんやりと浮かび上がった少女の影。潜望鏡のライトを反射してキラリと光る眼光。幼い頃の自分に似た謎の少女と、こんな暗い地の底で接近遭遇。これが叫ばずにいられようか。それは向こうも同じだったようで物凄い高音で叫び続けている。ごめんやけど、うるさい。
「師匠、もしかして仲間を呼んでるんじゃ」
「それは困る」
私がいたいけな少女を泣かしたみたいじゃないか。ねー、ちょっとびっくりしただけだよねー、ちょ、ちょっと静かにしようねー?
『キィルっ!』
誰かが駆けつけたらしい。先ほどの少女が声の主に駆け寄っていく……その瞬間に、ヤバいモノが見えた。両手を前に出して走る少女の下半身は赤いウロコに覆われた……ヘビそのもの。ウネウネと波打つソレは少女の上半身よりもずっと長い。
『レジアぁ』
なんやと?
もう一度潜望鏡を突っ込んでみれば、褐色の肌にクリーム色の頭髪。確かに、お久しぶりのレジアさん。あ、警戒してるな。
「私ですって。何やってんですか、こんなところで」
「こっちのセリフですよ」




