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あれからまたしばらく。『空艇』のフットワークの軽さを活かし、『空港』の建造は順調である。最初こそ頭が固いの柔らかいので言い合いもしていたのだが、法国においても少なからぬ魔章が利用されている事実がある。ハルーンの人たちだってあくまで真剣なだけ。しっかり話し合って、ついでに酒と、少しばかりのメイド長さんの威を借り。今では軽口を言い合いながら作業する仲に。
そして、営業という体裁はまだとっていないが、すでに何隻かの『空艇』による航路は出来上がっている。離発着が楽だから荷物の運搬は捗るし、資材の搬入の合間に遊覧飛行をすることも増えた。いずれは有料化するので、今だけだが。
そんな折、私は何をしているのかと言えば。
「騎士団の方々と森の中を行軍中ぅ」
「お、そうだな」
開発が進むにつれ、『世界の広さ』とでも言うものに目を向ける人が増えてきた。この森の探索もそんな人たちからの要請があったから。人づてに存在は知られていたものの、わざわざ人員を割くにはちと遠い。
そこで我らが『空艇』の出番。複数人を突っ込んで日帰りで探索を続けている。騎士団にも魔章を用いた鞄……というかカーゴじみた容れ物が配備されていて、食材やら替えの武器やらを入れている。半端に大きいガワをわざわざ使っているのは、小さな鞄だと無くしてしまいかねないからだそうな。
「あ、それ潰さないように。ガンコな染みになっちゃいますよ」
「お、おう。しかしまあ。森に慣れてるってのは本当だったんだな」
「何です。疑ってたんですか?」
「そりゃなぁ。女の子ばっかじゃねぇか」
今日はシグルドさんと妹、クランさんが同行。シグルドさんはともかく、最初はやっぱりお嬢ちゃん扱いされていた私たち。ならば見せてやろうと妹は腕相撲で五、六人を負かし、クランさんは風魔法で転がしまくり。順当に心を折っていった。大人げない。特に何もしなかった私の周りに男どもが集まってくるのも仕方がないのか。
だが残念だったな。ワイは元男や。
「納得いかないわ」
メイディークと付き合いのある法国なのでそこそこに対魔法のノウハウもあるらしいのだが、クランさんは地球人ズのアニメ、オタク知識を真に受けた結果、風魔法においてはなかなかの戦闘マッスィーンとして出来上がっていた。人間は台風をどうにかすることなんてできないのである。
「ま、私もお姉ちゃんには敵わないんだけどさっ」
追い打ちすんな。シグルドさんも、お見それしました、じゃーねぇが。敵わねぇ覚えがないし。
いいか、今必要なのは別に火力ではない。細やかに、まんべんなく、森の息遣いを感じるのだ。大型の獣は、まあ誰でも気づく。危険なのは、小さいくせに縄張り意識が強かったり、毒を持っているヤツだ。
あ、いた。
「おい、マジかよ」
一瞬にして炎上するヘビ。すぐさま消火され、残る炭。私がそちらを見てからそうなったので、皆、まるで私が魔眼の持ち主であるかのような態度。
「いや、違ぇから」
ティーナとウィスカのことはとりあえず濁しておく。魔法は見せたから今さらだが、念の為。
生えてるものは案外ハドモントと変わりない。地球の植物と大した違いもないが、香木として利用される樹木が倒木として転がっていたので採取させてもらった。中学生やってた頃はこういうのは興味ありませんでしたけど、今は女の子の身体だし気を遣っても罰は当たるまい。
森に入ってしばし。シグルドさんが終始気を張ってはいたが、今日も大した発見はなかった。二、三本ほど伐採して空間を確保して一時的な野営地とする。ハドモントでは見慣れた光景であるが、樹木を掘り起こしてホイホイと『ポータル』に放り込む私に言葉もない様子の法国陣営。
「お姉ちゃん、案外発見って無いもんだね」
「何か埋まってる可能性も皆無ではないのです……が」
そこそこに街道も近いこの森でスオースのコミューンとか見つかったらコトである。大戦時代の遺物とか見つかりゃいいんでしょうけど。メイディークなんかではいくらか持ってそうですが、見せてはくんないでしょうね。あの国には自前の鉱脈があるという話。採掘の過程でいろいろありそうなもの。今度はアッチを目指すかぁ。
「いやぁ、捗ったもんだ。感謝してるぜぇ」
力ずくのナデナデやめろ。
掘り起こした樹木を他所へ植え替え、今日のところはお開き。騎士団の人たちも最初は空を飛ぶのを怖がる人も居たが、今では飛行中の艇内でじゃれ合うほどに。いや、大人しくしといてもらいたいんですがね。
街に着き、騎士団の人たちとはお別れ。他のハルーンたちの様子を見るために街へ。
最近では法国で生活するハルーンも増えてきた。『空艇』の技術者としての都合と、後は単純に趣味で。都会と言える法国では人の往来もハドモントの比ではなく、彼らの目立つ容姿が多くの人たちの耳目に触れることに。ハルーンにだって喧嘩っ早い人もいるわけで、何故か私が仲裁に駆り出されることもあった。
「おぅい、ベルぅ。久しぶりだな」
総長さんだ。本当にどれくらいぶりだろうか。何か機嫌が良さそうですけど。
「やった。やってやったぜ、ベルさまよ」
「どうしました。クドいですよ、その感じ」
「コレ見ろよ」
渡されたのは何やらビロビロとした黄土色のブツ。匂うし。ただ、なーんか知ってるブツのような……
『あん? ゴムかよ、コレ』
『おい、女の子忘れてるぞ』
忘れもする。まさかマジに見つけてきたのか。素材としてのゴムなんぞ見たことはないが、言われてみると確かにゴムの感触。樹液のままだとすぐ固まっちゃうはずだから、ある程度の加工もできる算段がついたのか。
『いや、大変だった。まず、あの『何言ってんだコイツ』的な目な。信じやしねぇの、現物無いから。仕方ないから俺のパンツ持ってきてさ。捨てなくて良かったわ、アレ』
『きたない』
『ちゃんと洗ってるよ』
そういう話ではなくてな?
苦労自慢なのか、何なのか。軌道に乗れば工業史においては結構な革新だろうから熱くなるのはわかるけども。おっさんの下穿きを片手に熱弁されても頭に入ってきませんよ、そりゃ。
『俺も学があるわけじゃねぇし。水で溶いたりあぶったり。ホント手探りで。ようやくそこまでいじれるようにはなった。まだまだ自由自在とはいかねぇが』
『調子に乗って伐採しまくったりしてないでしょうね』
『わかってんよ。今はアレを増やしていく段階だ。十年以内にタイヤを作れるまでには行きたいな。あんまり歳食うと運転に差し支えが出そうでな』
バイク作ってくれって本気の本気だったのか。目立たないようにって言っていたのは何だったんでしょうか。私のは鎧と、お船ですから。ちょっと空飛んでるだけですから、ええ。
『総長さん、言っときますが私はバイクを作ることに前向きではありませんよ?』
『エンジン作ったのに?』
『あれは、備えのつもりでしたから。総長さんのは完全な趣味でしょ?』
絶対イヤってわけでもないんですけど、とか譲歩してたからとにかく食い下がる。おい、婦女子の腕を掴むんじゃない。警察呼ぶ……までもなく、ご婦人方が人を呼んだ。総長さんもそこそこの立場なのですぐに嫌疑は晴れたが、不審者扱いされたのが堪えたらしく背中が煤けていた。後を引いても困るのでマウンテンバイクあたりからなら考えてもいいと言ったらすぐに機嫌が直った。現金な。
総長さんのせいで忘れるところだったが、ハルーンのところに顔を出すんだった。最初はこの計画の予算からお金を出しての宿住まいだったが、そこはDIY極まったハルーンたち。土地を用意されればあっさりと仮住居を用立ててしまった。建築関係の人たちもこれには閉口。知らない人から見れば言葉が出ない所業だろうが、あれも材料同士を魔章で繋いでいるようなものなので結構突貫工事である。
「ちょえーっす。元気してますかぁ?」
「してまぁーす」
様子を見に来たのが私だったからいいものの。だらけすぎでしょうよ。寝っ転がりながら魔章を引くな。
今日のところはノルマも終わり、各自趣味に走るか、さらに次の仕事の下準備をするかといったところ。ピアさんは何をしとるんじゃいっと。
「それは」
「あ、ダメですかねぇ……やっぱり」
チラッと見えたのは腕と足の絵図。しかし人のソレではない。私の『GALE』を模したものに見えた。
「アレを造りたいって人、多いんでしょうか」
「造りたいって、いうか。結構始めちゃってたりぃ、えへへ」
可愛い。
いやいや、騙されるな。この人成人してるし。て言うか、始めてるって。どんだけの規模よ。私全然気づきませんでしたけど?
「気を揉むことはないです。隠れながらだったので資材も少ないですし、難しいですし。でも魔章では負けていられないって対抗心を燃やしてる人も居ますよぉ」
「止めても無駄、か。面倒ごとは自己責任ですからね」
「あいあい!」
私も造ったはいいけど使ってないですしねぇ。魔力を注ぐのだけは続けていますけど。そろそろ『深精錬』が極まってきただろうか。動かすのが楽になってきた気はする。
「そういえば、そろそろ王女さまの、あの……何でしたっけ?」
「社交界でのお披露目、ですかね」
「ですです。『空艇』もそこでお披露目なんですよね? ま、万が一もあっちゃいけないですよね?」
「そりゃあねぇ」
緊張してるようだ。私も神経質になってはいるが、変なのに目をつけられなければそれでいい。
どちらかと言えば、あの二人の方が気になる。王子さまは良いとしても、王女さまに対する風当たりとか、どうなのか。ああ、こんなこと気にしてるほうが失礼にあたるんですかねぇ。
社交界とか、雅やかな雰囲気でぐだくだやってるんでしょうとか甘く考えていたけども。違った。実際、ガチの外交の場であるらしい。貴族って要は政治屋なわけで、自分の所領の様子を取引材料にしながら他所の情報を引き出したり。一方で普通に見栄をはってみたり。あわよくば良き出会いを求めてみたり。伝達手段が限られているこの世界、こういった集まりに皆さんは血眼であるらしい。
んで、そんな戦場に『空艇』をぶち込んでやろうというのである。陛下は。地球生まれの私は大した驚きはなかったが、法国の貴族たちがどんなリアクションを見せてくれるのか、意地悪目線で楽しみではある。




