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「ではクランさん、どうぞ」

「し、失礼します」


 ハドモントで警らを務めるときにも面談を受けたけど、こちらも内容はいたって普通。生まれと、今までどんなことをしてきたか。ベルに付き合ってハドモントで手広く仕事をしてたおかげで話すことは結構ある。


「ほうほう、なるほど」


 でもいまだに笑顔は苦手だ。自分でにっこりしているつもりで鏡を見たら無表情だったときは軽く泣けたな。


「ハルーンという一族は過去にひと悶着あったようですが、どうお考えでしょうか?」


 それを聞いてくるか。


「一族の全てを背負うことなんてできない。でも私は、あの子を裏切らない。それが、私にできる精一杯、です」

「なるほどなるほど」


 さっきからこの面接官は丸々とした顔で笑顔を絶やさない。セドナさんは普通に迫力があったけど、この人は笑顔の下に本当の自分を隠す戦術をとっているのかもしれない。


 侮れない。


「あまり恐い顔をしないでいただきたい。取って食べたりしませんよ」

「い、いえ。すみません」

「では、次は実技試験です。説明は演習場に着いてから担当のものが伝えます。頑張ってください」

「あ、ありがとうございます」


 本部というだけあってハドモントの支部よりも演習場が広く、試射に使うと思われる的や型稽古のための木人が並んでいる。そして広場の真ん中には青年が一人。彼が今回の実技担当の面接官というわけね。


「お、何かちっちゃいの来た」

「ちっちゃいは余計でしょうがっ」


 しまった、ついベルとのやり取りのつもりで。


「あー、気にすんな。態度を判断するのは俺の仕事じゃねぇから。俺みたいのでも職員やってんだから、案外どうにかなるもんさ」


 そう長くもない茶髪をひとまとめにした、さして特別なところも無さそうな青年。あまり好感を持てなさそうな性格に思えるが、その目つきだけは油断を許さない程度に鋭い。


「得物は何がいい? 一通り揃ってるから好きなの選びな」


 まあ、剣でいいわね。


「基本だな」


 相手は棍か。セドナさんの立ち回りに近いのかしら。


「……そういえば魔法は使ってもいいのかしら?」

「魔法を使えるのにここに来たのか? メイディークじゃなく?」

「いけない?」

「いや、別に。しかし剣も魔法も使えるってか。楽しませてくれそうじゃねーの」


 そういう目的じゃないでしょ。


「言うまでもねぇと思うが、何を使うにせよ相手に怪我をさせたりするのは論外な。どれぐらい動けるかを見るもんだから勝たなきゃいけないってもんでもねぇ……質問が無きゃ、始めるぞ?」

「……いつでも」


 って!


「くっ、この!」


 いつでも、って言った途端に飛び込んでくるとか。遠慮も容赦も無しね!


『おぅ、どうする。俺が後ろから驚かしてやろうか?』

『今はいいわ。アイツと同じことするのも芸がないしね』

『けけけ、そうかい』


 パック、ベルの笑いかたうつってるわよ。


「へぇ、まずは肩を小突いてやるつもりだったんだけど。追撃もかわしてみせるかよ」

「まぁね。長柄武器の相手も初めてじゃないし」


 何度か危うい攻撃もあったけどね。咄嗟に放った風魔法程度では彼の本気は止められなさそう。ただの試験官じゃないってことか。


「トレニスだ」

「ん?」

「俺の名前」

「……私は、クラン」

「そうかい。なあ、せっかくだし魔法も積極的に使ってみちゃくれねぇか。魔法を使う相手と戦うなんてなかなかないからな」


 加減するんじゃなかったの? 魔法を使わない小娘の剣では楽しめないと?


「ふぅん。そう言うなら」

「……あれ、やっぱちょっと待って」


 やってみましょうか。


─ ─ ─


「……で?」

「まあ、やりすぎた気がしないでもない……わね」


 ベル、反省してるからそんな目で見ないで。


 確かにやりすぎた。最初は防御に徹していたのに彼があんまり煽ってくるもんだから、つい。風で彼の足下をすくったり、防御した真裏からパックに不意打ちさせてみたり。ちょっとだけ共鳴して、演習場全体を暴風で覆ってみたりした。


「反省してます?」

「はい、すいません」


 我ながらなぜ街中で台風を起こそうと思ったのか。穴があったら入りたい。というか巻き起こした風のせいでところどころ地面が抉れている。入ろうか。


 トレニスはといえば今は演習場の隅っこでうなだれている。魔法に耐性があるわけでもなく、私とパックに四方から追い込まれてなお最後まで倒れなかったというだけで驚嘆に値するけど。


「お疲れさまでした。クランさんがお世話になりました」

「なぁに、しごと、だ」


 体温が上がっているだろう彼の体を涼ませようとベルが使った風魔法に小さな悲鳴をあげている。そんなにか。結局は水球で頭部をもみ洗いされるがままになっている。


「……ぶほっ! まったく、ふたり揃ってとんでもねぇな。悪いが地面がこんなじゃ一旦お開きだ。お前さんの試験は整地が終わるまで待つか、それとも……」

「ちょいと用事が出来ましてね。一旦サルナガルを離れます。試験はまたいつか」


 あからさまにほっとしている。試験を担当する人間が彼一人というわけではないだろうけど、ベルを相手をするのはきっと大変。私の二回り以上は厄介な攻撃を出してくるはずだし。


「用事って?」

「みず……ぅん。まあ、いろいろです。途中で総長さん拾っていきますから、そのつもりで」

「そう」


 ありがたいことにベルが土魔法で地面をならしてくれている。大抵の魔法に適性があるのはやっぱり凄いわね。


 後始末が終わって、結果は……


「いいんですか、合格で」

「いや、実力だけな。とりあえず星一つから始まって、気が向いたら昇格試験でも受けりゃいいさ。また今回みたいなことしたら後は知らん」


 もうしないわよ。


 まだぶちぶち文句をいうトレニスについて受付まで戻ると、さっきまで人がまばらだったのに今は押し寄せた人たちが受付の人に何か言っている。


「だから、さっきすげぇ竜巻みたいなのが見えたんだって」

「窓がガタガタ揺れてさぁ」

「いつぞやも似たようなことがあったじゃないか」


 結構な剣幕だ。


「はい、すみませんが手続きがありますので。はい、その件は鋭意調査中です。事実を確認し次第直ちにお伝えしますので」


 本当、ごめんなさい。


 押しかけた人たちは見慣れないであろう私の姿を見ると疑わしげな視線を向けてくる。


「さぁさ、皆さん。業務に支障が出ますので、すみませんが今日のところは矛を納めてくださいませんか?」


 この人は確か本部長だって言ってた人ね。受付の人には強気にあたっていた人たちも、彼が出てきたら途端に声が小さくなった。細身な外見のわりにできる男のようね。


 受付の奥に通され、必要事項を記入して、手帳に署名と押印。これで晴れて私は探索者の仲間入り、か。しっかりしたつくりの身分証だし、つい見せびらかしたくなる。


「……ふふん」

「何です、クランさん。自慢ですか?」

「まぁね」


 サルナガル近郊ではあまり新しい仕事が無いようだし、結局ベルに付き合って以前までと変わらないことを続けることになりそうだけど。


「貴女は戦闘能力も高そうですから、そういう面でお呼びすることがあるかもしれません。場合によっては……人を相手にすることも」

「……そう」


 ベルから『地球』の知識として聞いていた『冒険者』とかいう存在。物語の中でという但し書きつきで、盗賊相手に命のやり取りをする職業でもあると聞いている。探索者も恐らく似たようなものであろうとベルは言っていたけど。


「脅すつもりはないのです。ただ、私は人伝に聞いた話ではありますが、総長は当事者でもあるようですので」


 ガレットより一回りぐらい年上と思われる、連合総長レンタロウ。ベルの『前世』の同郷で、魔力の高さはそこらの術師では太刀打ちできないほど。その力を狙った権力者たちの権謀術数にさらされ、しかしそれらを力ずくでいなしてきたらしい。ベルの家で鍋をつついていた姿を見ていると、そんな印象は抱けないけど。


「あまり活動を怠けていると資格の剥奪もありますので、お気をつけて」

「……覚えておくわ」


 連合本部の入り口ではフォートパスさんが待っていた。女二人ということでぜひとも女の子らしい買い物をしていってはどうか、との申し出だ。


「ですって」

「いや、クランさん。他人事みたいに」

「私にとっては動きやすい服装かどうかが一番な事だし」

「『ジャージ』好きそうですね」


 じゃ-じ。何の話かしら。


 さっきは美味しいお菓子を教えてもらったし、どうしてもというなら着せかえ人形になるのもやぶさかじゃない。どうやらさっきの色っぽい女性の商会が取り仕切るお店に行くらしい。自分のところでいいんじゃないのと言えば、あちらの商会に花を持たせるつもりらしい。


「もしかして……そういう関係」

「あっはっは。さすがに歳が離れすぎでしょう」


 案内されたお店は大きな街だけあって、立派。想像していたほどきらびやかな内装じゃないけど、視線を移すたびに細かい装飾や小物が目に入る。ベルはそれらに興味を持ったらしくニコニコしながら店内を見回している。


「ようこそ」


 満面の笑顔……というか獲物を見つけたと言わんばかりの爛々とした眼。先ほどの女性だ。


「さしあたってこちらに花を持たせようってんだろう。でもそんな余裕ぶって、後で吠え面をかいても知らないからね」

「いえいえ、可愛らしいお嬢さんがたにさらに美しくなっていただこうというだけの話で」


 突っかかっているようなアジャラさんと、余裕そうなフォ-トパスさん。ベルはベルで何も言わずに私に服を押しつけてくる。


「ちょっと」

「何が似合うかなってね」


 私とベルの服の趣味は近いはずなのに、誰かに着せるとなったら妙に女の子らしいものばかり選んでくる。


「あら、アンタわかってるじゃないか」

「いえいえ、私なんぞまだまだですよ」

「……ねぇ、ベル。用事がどうとか言ってたのはどうなったの?」

「……んー、そうですねぇ」


 懐から何かを取り出してアジャラさんに見せるベル。最初は普通に聞いていた彼女も、目を見開き、口元を押さえて……この流れでどうして衝撃的なモノを見せる必要があるのかしら。


 逃げよう。


「まあまあ」

「まあまあ」


 離しなさい、離しなさい!



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