2100.5.20 残虐のあと
イヤホンマイクが秘匿通話をとぼけた声で囁いた。
『ウィッス、報告っす。太姫籠窟にて、太姫と神犬八太の“残骸”を確認。太姫は、少女体のパーソンだったようです。八太は成犬だったようですが……どっちも、重火器でやられてます。太姫を庇うように、大人の白犬が、血まみれで死んでました。可哀想っす。埋めてやりたかったんスが、余りにもズダボロで、どうすることもできんかったっす』
「了解」
『報告します――』今度はミラからだった。
『――富山山頂公園にて、八太士の、同じく残骸を確認。八人とも、少年体のパーソン。けなげに応戦した模様ですが、やはり現代の武器の前では無力だったようです。白い仔犬が八頭、血まみれで転がっています。埋めてやりたく思います』
「……それだけか?」
『ちゃんと調べてるヨ。奪われているものは、“仁義八行”の霊玉。そして宝剣村雨丸一振り。以上です。――ああっ、気がめいる!』
「了解した」
旅人が訪れるその度に、ダンジョンは、世界は(そしてパーソンやお宝は)――まっさらなままに丸ごと新規に構築される。
ケースによっては、今後もこのような悲劇が、繰り返し、繰り返し、起こされる。
声がよみがえった。
(人は恐いからの!)
――俺は首を振るしかなかった。
スタート側の地、富山でラスボス級のパーソンが、(成犬八太をのぞいて、)すべて年少体だった。ならば、ステージのその大部分の容量すべてを注ぎ込まれたはずの真のラスボスがいるはずで、それは――もはやご存知。
ゴール側、鴨川市側に居在しているはずの最強パーソン。雷を自在に操るという、成人体の日蓮上人その人であり、こうなれば最後の希望の砦として、生き残っているはずであった。
お顔を思い出す。
(生き残っていてほしい)
その願いを噛みしめる。しかし……!
『報告』
「――どうぞ」
『第二パーティ無事集結。さらに、対象A、B、二つとも座標を確定。データ送る』
パムホの画面に目を落とす。「……受領した。では」
一瞬の風。
太姫の無残。神犬、そして八太士の無念。感情が乱される。俺はそれを一言で抑えつけた。
仕事だ。
静かに、しかし闘志をこめて号令を下したのだった。
「スタート準備! 連絡を密に、タイミングを計れ。第二はスタート、今」
『ラジャ!』『ラジャッ』
「――グッドラック!」
俺は空を振り仰ぐ。それは天を衝く峻峰、伊予ヶ岳――
通常通信。
「ミコ、ゴー!」
「ラジャ、ゴゥゴゥゴー!」
今、ゾーンアウト領域のその剣の頂点から、危険を冒し一人が舞い上がる。だがそれは誰もが知る。チーム・ニコリにその人あり――神域のエース、ミコ、その人なのだと。
青空に、ワンピースの衣装が薄くひらめく。さながら妖精の羽のように――
ぴらぴら、透け透け。あらためて感嘆する。あんな衣を問題なく着こなすのだからアキラはすごい。
なに考えてんだ。苦笑する。気分がほぐれた。行くぞ!
俺自身、タイミングをとるために、全力疾走をスタートさせたのだった。