2100.5.20 房総砂漠
一時間後。富山を右手に見る辺りで、この世界がその様相を、大胆に変化させていることに気づかされた。
県道が、ざっくりと、喰われたようになくなっていたのだ。
森の中である。今、前方に見えているのは、まるで部屋の真ん中から窓を通して見るような、そんな明るい青空だ。
意を決し、進んで――緑が切れ、いきなり広がる空間を、目を丸くして眺めやる。
「……」
一言で表現すれば、全層雪崩のあと、だった。それも大規模な――おそらく房総半島全域にわたっているのだろう、凄まじい大地の剥がし跡だった。
アスファルト道路の噛み切られた跡、つまり、えぐれの始まる端まで注意して近づき、(地形的に)見下ろすと、目測50m下から、飴色した硬そうな岩盤が、地平のかなたまで、一面に――右も左も、視界いっぱいに、広々と広がっている。色彩的に、緑の一つ、黒泥の一つもない。
「これは……」ミコが口ごもる。俺は顔を前に向けたまま答えた。
「陸地の、砂漠化だろう。緑は失われ、沃土は砂に変えられたんだ」腰に手をおく。推量を続ける。
「このステージの主役、事件の当事者が、この要因になっているとしか考えられない。γ世界の政府高官、その息子殿のためのステージだから、γの世界観が、他世界のそれを圧して、ここに現出したんだろう。すなわち、大砂漠だ」
「でも、岩盤じゃ――」そこまで呟いてから気づく。「そうか……」
俺は頷く。
「そう。ステージは、旅人が渚を出た瞬間に生じる。出現した瞬間、大砂漠はその砂を、斜面の下に、“底”へと、全部流れ落としてしまったんだろう。いまごろ鴨川市は、砂の津波に埋もれてるんじゃないかな。
で、残されたのが、この露わになった地表というわけだ。表面は、たぶん海抜数メートルのレベルなんじゃないかな」
こんなんじゃ、土地勘も何もあったもんじゃない。第二パーティは大丈夫か……?
頭をぽりぽりかく。
「とにかく、俺らは進むしかない。岩盤に下りよう。――この段差の“崖”は、今、“天井”になってるんだから注意してな」
「ラジャ」
技術を尽くして飴色の岩盤に降り立つ。(へばりつく!)
とにかく打ち込んでみて、アンカーが十二分に固着することを確かめる。そこでようやく、安堵の息をついたのだった。
「意外と、この世界では、行動は自由そうですね」バディがこれも明るい声をかけてくる。
「だな……」
たしかに分厚い植生や、アスファルト道路に縛られずに済むのは、大きな利点だった。これだったらどの方向にでも行けるだろう。
「――」
改めて、房総半島、表層に立ってはじめて見るその光景は、一言、圧巻だった。
平均300mの、今は岩質むき出しの、細い三角錐のような千葉の山々が、岩盤の世界にニョキニョキと生えている。シュールであり……なんか、別の星にいるみたい。
「――」
そして、正面奥に見えるのが、そう、あれが、房総のマッターホルン――伊予ヶ岳!
ふいに、ドウッ――と、乾いた、荒野の熱い風が正面から吹き付けてくる。砂の匂いがし、汗がにじんだ。
「行こう」
俺らは先に進みはじめた。