2100.5.19 仕事の依頼
風渡る鋸南町、光暖かな青い浦賀水道だ。
眠りから醒めるようにアウトすると、そこには数人の黒服の男たちが待ち構えていたのだった。俺に気付くと一斉に駆けより、整列し、低頭してくる。一人はイヤホンマイクになにやら囁いてもいた。おそらく「発見」の報だろう。俺は夢の残滓を払うように首を振る。帰ってきた。帰ってきたのだ。ああ、確かにここは現世だった!
黒服の彼ら、なんかヤクザみたいだが(少し)違う。顔が恐いのは一緒(?)だが、みなさん、まっとうな、政府の関係者である。
パムホによる自動届によってゴール地点は(マージンの幅の範囲でだが)予測できている。分からないのはその到着時間だが、つまり彼らは、俺が出てくるまで、周辺でずっと待機していたらしい。それが仕事とは言え、ご苦労なことだった。
駐車場のトレーラーハウスに案内された。政府公用車であり内装はそれなりに金がかかっている。憧れるように顔を上気させた女性黒服にソファーを勧められ、ついでアイスコーヒーを振る舞ってもらう。こっちも慣れたもので、そつなく営業スマイルをくれてやる。どうやったら耳たぶをかじらせてもらえるだろうか、などとバカを考え、ようするに寛いでいると、やがて高速ヘリの爆音が近づくのだった。
窓から見やると、驚いたことに、ネクタイを風圧に乱れさせながら一人の上級官吏が降りてくる。おお!? という声が自然と口からもれる。これはつまり、ヘリは、俺の搬送用ではなくて、あちらさんがこちらに来るためのもの、ということだったからだ。
部屋の中に入ってくる。さすがに立ち上がって迎える。儀礼的な握手した。
「わざわざお越しとは驚きです。三浦さん」三浦秀樹33才。日本ダンジョン省管理局第9課――すなわちトラブル課の――課長サマである。仕事柄、二十代にしか見えない、(ただし目つきだけは老猿のように鋭い、)顔の男だった。
「相変わらず鼻が利く」
と、聞きようによってはヘンテコな返答を三浦氏はした。俺は不遜にニヤリとしかけ、寸前で押さえ込む。
席に座りながら甲高い声質で課長は続ける。
「ゾーンアウト者が出た。そのレスキューを依頼する」
俺は無言で先を促す。S級の俺と俺のチームに依頼する理由がまだだからだ。相手は苦虫を噛んだような顔つきになった。
「当該者が重要国の政府高官のご子息だからだ。全日本会議議長から内々に、速やかなる解決を求められている」口をへの字に曲げる。
今期の議長国は、あの日本である。となると、その“重要国”とはつまりソコの日本国ということで、なるほど、これは確かに面倒臭そうな案件だった。実力のあるS級のチームに依頼が行くもの理解できる。
ただ、それでも、特に俺のチームに依頼する理由が不明なままだ。S級チームは、俺ら以外にも沢山ある。
「ダンジョンの場所は?」とぼけ顔で訊く。
「ここだ」三浦氏はますます渋面を作る。「だから、私が来た。――ほんに、君は鼻が利く」
なぜか、重大案件の発生場所に先回りできているんだからな、それも毎度のように。と付け加えて、まるで俺がその案件を発生させた真犯人であるかのように睨み付けるのだ。
「所持するパムホに不具合が生じているのか、ステージ内で電波反応がない。おかげで我らじゃ探し出せない。ひょっとしてダンジョンそのものが間違っている可能性もある。そんなわけで君たちの出番になったというわけだ」
俺は納得し、ようやく(上品に)苦笑することを自分に許したのだった。