2095.9.20 バディ結成秘話
2095.9.20。某、底。
青空の下、一面のガラクタ平原だった。
――そこだ、そこ。そこなんだ。その中に彼女が閉じ込められている!
それは信仰と呼んでも差し支えない確信だった。
何故なら、ここは、この光景は、昨夜の夢に現れた光景そのままだったのだから。
マリー本人が、「ここにいる」と告げてくれたのだから。
俺にとってはそれで十分だったのだ。だから――
今すぐ助け出せ遅れるな! 溶かされるまえに――!
そいつは白い、大きな、四角な――金属のかたまりだった。女神の啓示を授かり、逸っていた俺はよくよく確かめることもせず、そいつの上に登るやいなや正面ハンドルに手を伸ばす。とたん、そいつが外見からは想像もつかない跳ね上がりを見せ、回りのガラクタごと俺をふっとばしたのだった。痛てェ。一瞬で俺を見失ったその冷えた金属体は、自分のヘマに慌てたように体躯を何度もギュルンギュルンさせる。ふたたび俺を見つけると、(喜んだ気配、そして、)俺んことも食っちまおうと思考したのだろう、重量感ありつつも俊敏なフットワークで襲いかかってきたのだった。ロボットの腕が振り下ろされる。どがんっ! またしてもふっとばされる。
俺は顔をしかめる。また下手こいちまった。いったい何度痛い目にあったら気が済むのか――
反省してるヒマはない。俺はとっさに腰に右手をのばし、対戦の準備をととのえる。
エナジーブリット射出器、通称エナガン。
スクールではシューティングの成績はけっして良いとは言えなかった。その上まだ幼いと言っていい年齢。子供の腕に、エナガンの質量が徐々に負荷になり始める。狙いを定めて振り回すごとに銃先の震えがひどくなっていく。何発か打った。すべて外れた。メクラ撃ちした一発がようやく当たるが、運悪く正面装甲。豆鉄砲のようにパキンと弾かれる。
真っ青になった。
ギギギッ、とそいつが笑った。いや本当に――
逃げ出さなかったのは自分で自分を褒めてやりたい。俺の人生で掛け値なし最大級の自慢だ。この瞬間が、運命の分水嶺。そう、全身で感覚していたし、結果的にそうだったのだから。
俺は突進した! 必死の覚悟でわざとそいつの体にへばりつく。にらんだとおり、そいつは条件反射的に跳ね上がり、ギュルンと俺を振り払ったはいいが、マヌケにもまたしても俺を見失う。
あわてたように体躯をぐるぐるさせ、背中を見せたその瞬間、だった。俺は無意識にエナガンを連射していたのだ。
幸運にも一発がそいつのバッテリーパックを叩いた。しゅう、という音と白煙が立ち昇る。
「……」
やがて、そいつは仰向けに、ガラクタを圧壊しながら倒れ――うわっとっとっと!――沈黙したのだった。
「――っ!」
全身で、しおれるように息を吐く。
でも、ほうけていたのは一瞬だ。
俺はハッと意識を取り戻しそいつに駆け寄る。
そいつは――冷蔵庫。白くて大きい、四角い物体。
(仰向けで助かった)
俺はそいつの正面ハンドルに手をかけると、もどかしくも一気に扉を開けたのだ――
「マリー!!!」
いた! いたぞ、ここにいた――!
見つけたぞついに!
涙があふれた。視界がぼやける。
溶かされたのか身に何もまとってない姿で卵のようにうずくまり、冷気のためであろう全身が銀色に輝いている。急いで抱き上げ外に出すと太陽の光にきらめいて金色に見えたのだった。ああ、マリー!
「……あ、う、ううん」
マリーが小さく声を漏らした。生きている! 俺は感激のあまり、そして早く暖めようと、冷たい裸に回していた腕にさらに力をこめ――
そしてこれが勢いというものなのだろう、その耳に心からの言葉を届けたのである。
「愛している。一生――」
嗚呼! ふと、その耳の形に違和感を覚えたのは何秒後のことか。髪の毛がいつまでたっても銀色であることに、恐怖を伴う覚悟を迫られたことを自覚したのは、何秒後のことだったのか。
両肩に手をおいてそろそろと身を引きはがすと、超絶美形ながら……違う人。
まるで宇宙のような紫色した瞳に、柔らかな鼻梁、細い顎。
そのまま目線を下におろせば、見えてくるのが薄い胸。そして……臍の下には、紛う事なきアレが、自分と形がそっくりなアレが、ついている。
そやつが――
「あん……」
と可愛いくちびるに、春の音色のような吐息を浮かべ、ほほを染めて身もだえしたのだった。
このときの俺の気持ちを慮ってくださいな。誰にも非難できないと思うんだ。心からの絶叫をあげたのです。
「お前なんかキライだ――っ!!!」
マリーが夢に出て、ここにいるよと教えてくれたその場所に、いた、その者の名は――アキラ。
その世界でオヤジの次にエライやつ。そやつが取り巻きを出し抜いて、単身冒険の旅に出てみれば、あっという間に身ぐるみ剥がされ殺されかけ、助け出されて暖かく抱擁され、意識が戻った瞬間に愛と拒絶の言葉を浴びせられる。その二人が偶然“すくみ”の間柄だったなんて、一体どんな冗談で、現実にどんな作用をもたらしたのか――
このときは知る由もなかったんである。