小惑星のこと
男は「管理官です」と言った。
そこはとある研究者の自宅だ。
研究室から居間から玄関から庭まですべて、素手で触ることは許可されない。
管理官と名乗った男は、体操のように決まりきった動きで歩き、私を目的の部屋に案内した。
廊下や階段はそれなりに汚れていたが、この建物が廃墟にならないよう「管理官」が管理しているのだろう。
実際、研究者の生前の頃とほぼ変わっていないらしい。
目的の部屋のドアを開けると、床も壁も天井も、植物のツタと葉がはびこっていた。
新種の植物で、光合成により、酸素ではない気体を生成するそうだ。
しかも、酸素マスクを付けても長居はできない。
酸素ではない有害な気体は、さまざまなものと化合してしまい、マスクはすぐに壊れてしまう。
もちろんマスクだけではない。
どのような完全防備をしたところで、長時間の作業に耐え切れない。
装備どころか、研究機材までやられてしまう。
彼女の研究が進まないのは、それが大きな理由だ。
窓際に安置された少女のような物体、その中から植物が発芽している。
それを確認できたのは前任者だけで、それも目視だ。
私はそれを画像に記録するため、この部屋に訪れた。
急いで写真を撮り、植物のサンプルを取らねばならない。
植物を踏みつけないよう、床に足を付けたまま、足を引きずるように物体に近づいた。
物体はまるで人間のような目で私を見ていた。
見ているのは私であって、彼女は私を見ていないはずだが、彼女の目は私を映しているような気がした。
物体は「かぎりなくヒトに近い物質」だと、前任者の手記にあった。
ただし「それは表面だけである」とも書かれていた。
前任者の言う「表面」とは、あの物体のどこからどこまでなのか、具体的にはわからない。
私を見つめているような眼球や人間的な皮膚、この部分が「表面」にあたるのだろうか。
「管理官」に尋ねたが、研究のことはわからないと言った。
植物のサンプルを取るため、物体に最も近い位置にある葉を採取した。
近いものが単に新芽であるからだ。
近づいて眼球のようなものを観察した。
私は「表面」が気になっていたから、逆の「内面」も気になり始めていた。
切開して中を観察したいのだが、この物体は有害気体の中でのみ安定状態にある。
以前、一部を持ち出したが、密閉容器であっても短時間で崩壊する。
それは前任者の研究で実証済みだった。
私たちがこの空間で崩壊するのと同じ原理だ。
どうにかこの場所で物体を損傷させずに「内面」を見たかった。
私が「穴」を見つけたのはその思いで、さまざまな角度から物体の眼球のようなものを見ていたからだ。
暗い色の瞳孔の奥に光があった。
角度によって見えるか見えないかがある。
物体の顔の上の方から眼球を覗くと、その奥があった。
そこには、砕けた透明な石が自ら発光し、その光の中から植物のツルが伸びていた。
水色の発光はまるで心臓の鼓動のように、脈打って光を放っていた。
私は間違いなくそれを見た。
彼女の目の奥に、光の海があり、そこに生きている結晶が浮かび、命を生み出している場所がある。
「管理官」にそれを報告したら、やはり研究のことはわからないと言った。
「管理官」は彼女に近づいて彼女の乱れた髪を直していた。
「管理官」はフォーマルスーツを着た男だ。
「管理官」はふつうのフォーマルスーツを着ていた。
「管理官」はもう少しでりりくできると言っていた。
「管理官」はわからない、私は間違いなくそれを海へ光る暗い影のなかへ動くものと、前任者はなぜ死んだ。
私はなぜ、 わからない。
九施さんの #この絵に文章をつけるとしたら http://t.co/QlyEKN01Ce