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デート?と2人の少女

ゼウシアに帰還し、ボア仙人と新しい訓練を始めて1週間が経った。まだボア仙人の動きについていくことは全くできないが、この訓練には慣れてきている。とりあえずの目標は少しでもボア仙人の動きに反応して攻撃を防ぎ、痣の数を減らすことだ。アルマガルムはと言うと、体力の回復は順調だが退屈らしい。訓練から帰るといつも文句を千博に言っていた。しかし、いつも家に居たお陰か、ステラとライラとは少しずつ打ち解けてきているようだ。

「おはようございます、チヒロさん。今日は訓練はお休みではありませんでしたか?」

「おはよう、ステラ。そうなんだけど、今日はちょっと用事があって。ライラとアルマガルムは?」

いつもよりも早く起きた千博が着替えて食堂に行くと、ステラが朝食の支度を整えていた。

「お2人ならお庭ですよ。ふふっ、アルマガルムさん、よほど気に入られたようですね。」

「へぇ、ちょっと見てこようかな。」

千博は玄関から外へ出て庭へと回る。すると、ステラが手入れした花壇の近くでライラとアルマガルムがしゃがんで座っていた。

「これは?良い匂いだ。」

「……それは、タニン。お風呂に入れると、香りが増す。色も綺麗。」

「ほう、では今日試すとしよう。」

「……少しだけなら。まだ、増やしたい。」

2人で花壇の花を見ている。アルマガルムが質問し、ライラが答えているようだ。千博は2人に近づいた。

「おはよう、2人とも。」

「チヒロ、おはよう。今日は、起きるの早い……。」

「なんだ、何か用か。私は今忙しい。」

千博が声をかけると2人は顔を上げた。ここ最近、2人はよくこうして花壇を眺めたり、手入れをしたりしている。きっかけは暇を持て余したアルマガルムが庭をぶらついた事だった。この家の庭は無駄に広く、花壇もガーデニング好きにはたまらないくらいの広さがある。千博は全く手をつけなかったが、ステラが来てからはだんだんと手入れが進んでいき、今では見事な庭園となっていた。ステラもライラも花など植物には詳しいので、千博もたまに手入れを手伝いながら教わったりする。

「いや、用はないよ。今日は出かけるから少し早く起きたんだ。それにしても、アルマガルムが花にはまるなんて思わなかったな。」

「……別によかろう。フローガ大陸には緑が少ない。こうして様々な花を見ることなど出来ぬからな。」

千博がそう言うと、アルマガルムはぷいっと顔を背けて花を見た。こうして見ていると普通の女の子なのに、と千博は苦笑いする。ツンケンとした態度だが、ライラやステラと花のことで色々話しているらしいので千博は安心した。

「チヒロ、お出かけ?……一緒に行って良い?」

「……あー、ごめんな。その、今日は買い物とかじゃなくて用事があってさ。夕飯までには帰るよ。」

「ん……残念。お土産、期待してる。」

千博は気まずそうにライラに謝る。いつもなら休みの日は3人で町に買い物に行ったりする事もあるが、今回はそういうわけにはいかないのだ。なぜなら、今日はフェリスと町に出かけるからだ。

(うーん、緊張でちょっと寝不足かもな。フェリス、喜ぶと良いんだけど……)

千博は今日の予定を改めて考えながら頭をかく。よくよく考えたら、休日に女の子と2人で遊びに行くなんてステキなイベントはこれが初めてかもしれなかった。

(あれ……よく考えたらこれってデートってやつなんじゃ……?!やっべ、そう思うとまた緊張してきたぞ!違う違う!勘違いするな、これはお詫びだっ!)

当日になってそんな考えが頭をよぎるので、ぶんぶんと頭を振ってかき消す千博。その様子を見てライラの目がキラリと光った。

「……怪しい。」

「ん、何か言った?」

ライラの呟きが聞き取れず千博は尋ねるが、ライラは何でもないと首を横に振った。気のせいか、と千博は家の中へと戻る。その姿を見送りながらステラと話し合わねばと思うライラだった。



ーーーーー



ゼウシアの城下町、広場の噴水の前で、赤いスカートに黒リボンのついた白いシャツを着てフェリスは広場の時計をチラチラと気にしていた。まだ待ち合わせまで30分もあるが、つい気が流行って早く来てしまったのだ。

(ふふっ……チヒロと、2人きりか……)

フェリスは噴水の近くのベンチに座って何度も何度も微笑んでいた。千博が自分を誘ってくれたことが嬉しくてずっと今日のことで頭がいっぱいだった。気を緩めるとずっとにやけてしまいそうなくらい、楽しみだったのだ。ベンチに腰掛け千博が来るのを今か今かとそわそわしながら待つ。

「あ、あれ?ごめん、待たせちゃったか?」

上機嫌になりベンチで足をぶらぶらとさせていると、千博が走りながらやって来た。

「い、いや、大丈夫だ!私も先ほど来たところだからな。ふふ、今度はきちんと来てくれたな。」

「あ、ははは……。あの時はごめん。でも、安心してくれ!今日は頑張るからさ!」

苦笑いした後、そう言って張り切ってみせる千博を見てフェリスも微笑む。

「よし、それじゃ行くか!」

千博が歩き出し、フェリスとその隣について歩く。まだ通りにはそこまでたくさんの人はいない。お昼までまだかなり時間があるからだろう。

「……チヒロ、今日はどこへ行くんだ?まだ、行き先を聞いていないのだが……」

しばらく2人で通りを歩いていると、フェリスが千博に尋ねた。

「んー、そうだなぁ。秘密って言いたいところだけど、フェリスならこの通りを通ってる時点で分かるかもな。」

「この通りを?ふむ……」

歩きながら考えるフェリス。心当たりを探していると、その足が一軒の店の前で止まった。

「ひょっとして、ここか?」

「おう、正解だ。流石だな。」

その店の名前は『フルーツアンドクリーム』。スイーツ好きのフェリスがよく訪れる店だった。確かにフェリスはこの店が好きだが、微妙な顔をする。

「その、私は構わないのだが、朝からここのお菓子を食べるのか?……あ、いや!私は嫌じゃないんだぞ?ただ、その、だな……」

「ははは、分かってるって。今日は別にケーキとかお菓子を買いに来たわけじゃないんだよ。」

「? それでは、一体何を……」

商品を買いに来たわけではないという千博に、フェリスは首をかしげる。対して、千博は頭をかきながら少し不安そうな表情を浮かべた。

(……喜んでくれるといいんだけど。)

一抹の不安を感じながら、千博は『準備中』と書かれた札に気づいたフェリスを気にせず引っ張って、中へと進んだ。

「あっ、いらっしゃいませ!お待ちしておりました、チヒロ様!」

中へ入ると、元気いっぱいの笑顔で女性店員に迎えられる。『準備中』なのに勝手に押し入ったのではないかとそわそわしていたフェリスは、それを見て頭に疑問符を浮かべた。

「どういう事だ?準備中だったのではないのか?」

「えへへ、そうなんですけど、今日は特別なんです!それにしても、チヒロ様が驚かせたいお相手って、フェリス様だったのですね!」

「はい、そうなんです。今日は協力して頂いてありがとうございます。」

フェリスの疑問に簡単に答えながら、千博に微笑みかける店員の女の子。そして、彼女に軽く頭を下げて礼を言う千博。そのやりとりの意味が分からずに、フェリスは2人を交互に見た。

「秘密にしててごめんな。実は今日、『フルーツアンドクリーム』の人達にお菓子作りの様子を見学させて貰う事になってるんだ。このお店、フェリスが好きな店って聞いてたからさ。食べるのもいいけど、お菓子を作るところを見るのも面白いんじゃないかなと思って。」

困っているフェリスを見て、千博は今日の予定を説明する。すると、みるみるうちにフェリスの顔に興奮の色が浮かび始めた。

「なっ……ま、まさか、厨房の中を見られると言うのか?!神々が至高の作品を作り上げるところを?!いいのか!」

「おわっ?!お、落ち着けって、フェリス!肩が外れる……」

ぐわんぐわんと千博の肩を掴んで揺らすフェリス。予想以上の反応に千博は苦笑いした。

(神々って……。まぁ、ひとまず嬉しそうでよかったぞ。)

珍しくはしゃいでいるフェリスを見て千博は安心した。これだけ喜んでもらえたなら、頼んでおいた甲斐があったというものだ。目をキラキラさせて千博を見ていたフェリスだったが、やがてハッとして髪をいじりながら、こほんと咳払いをした。

「そ、それにしても本当にいいのか?店の迷惑になるのではないか?」

「いえいえ!そんなことありませんよ。チヒロ様からお話を伺った時、私達も舞い上がる思いでしたから!一度ここに来てサインをして頂いた後から、みんな会いたがっていたんです。ですから私達もみーんな楽しみにしてたんですよ!」

店員の女の子は笑顔でそう言う。実は千博、フェリスに喜んでもらうためにフェリスの好きなものを考えていた。その結果、ここのケーキが思い浮かび、しかしケーキを買うだけでは面白みがないのでダメ元で以前サインをした事がある彼女に頼んでみたのだ。すると、オーナーまで出てきて二つ返事で了承してくれた。ただ、お店用と働いている従業員の全員分のサインを新たにすることになってはしまったのだが。

「しかし、私達のために店を閉めてもらうわけには……」

興奮していた様子だったが、冷静に戻ったフェリスが申し訳なさそうに店員に尋ねる。

「ぜーんぜん問題ありませんよ!ただ、この色紙にサインをして頂けたら、お店の売り上げも増えるかなぁと思うんですけど……」

「う、うむ……こういうのはあまりしないのだが、そうか。ここまでしてもらっては、それくらいせねばなるまいな。」

少し躊躇いつつも、店員の女の子が差し出した色紙に千博と同じようにサインするフェリス。この国の近衛隊の班長であるフェリスも、その美しさと武勲から国民の間で人気だった。しかし、真面目な彼女はサインをする事があまり好きではなかったので求められても断る事が多いのだ。

「よしっ!フェリス様のサインもゲットだぁ!」

そのため、フェリスのサインはチヒロのものに次ぐレアなものなのだ。レアなサインを2つ手にした女の子は小さくガッツポーズしている。

「さぁ、それじゃあこちらへどうぞ!みんな厨房で待ってますから!」

そして、2人は店員の女の子に案内されて店の奥へと入っていった。




ーーーーー




時間は遡り千博とフェリスが『フルーツアンドクリーム』に入店した時、店の外では1人の少女が木陰に隠れて様子を伺っていた。少し大きめのハンチング帽を深々と被り、尻尾は服の下でベルトのように体に巻きつけて隠している。

「……ん、あそこは確か、フェリスさんの……」

2人が入っていった店を見て、ライラは呟いた。

「……やっぱり、怪しいと思った……」

どこかぎこちないが、仲睦まじい様子で店に入っていく様子を見て、ライラは胸がちくりと痛むのを感じた。

(……私達の方が、いつも一緒に居るのに。私だって、チヒロと、あんな風に……)

頬を赤く染めながら嬉しそうな横顔を見せていたフェリスを思い出しながら、ライラは少し嫉妬した。実際、ステラやライラの方がフェリスよりも千博といる時間は長い。昼間は一緒にいられないが、朝も夜も一緒だし、休みの日だって3人で出掛けたりする。もちろん、そんな生活に不満なんてない。最近また1人同居人が増えたが、アルマガルムには今のところその気配・・・・はない。ステラとはライバルとも言えるが、彼女は友人でもあり、既に家族のようなものだ。正直なところ、ステラと自分の2人で千博とそういう関係になれるのなら、望んでもみないことだった。しかし、千博との関係はなかなか進まない。ステラと2人でお風呂に侵入した時も、千博は照れてはいたが、嫌そうではなかった。あの一件で、自分達のことをそういう対象・・・・・・としてみてもらえていれば良いのだが……

(〜〜〜っ、チヒロの体、硬かった……)

あの時のことを思い出し、顔を赤くするライラ。あんなこと、父親以外にしたことなんてないし、それだって昔の話だ。千博がしばらくいなくなると聞いて、1人で悩み抜いた挙句、大胆な作戦に出ることにしたのだった。平気な顔をしていたが、ステラが来てくれて内心ホッとしていた。はっきりいって、一緒に住んでいる分ステラやライラは千博に対してかなり有利にアピールできていた。それは立場を持っているからだ。ステラはメイドとして、ライラは奴隷(自称)として。この立場があるから千博のそばに居られるが、もしかしたらそれが自分達の首を絞めているのでは、と目の前の光景を見てライラは胸が締めつけられるように感じた。

「……っ?!」

と、ライラは胸を押さえる。感じた、のではなかった。実際に苦しいのだ。千博のことを考えると、胸がはちきれそうになり、体の奥が煮えたぎるように熱くなるのを感じた。

(……?!なに、これ?!なんか、変……)

ぎゅうっと胸元を握り締めて屈み込むライラ。

「ちょっと!君、大丈夫……って、あれ?君、確か……」

と、背後から声をかけられる。振り返ると、ライラと同じく大きなハンチング帽を被り、さらにサングラスまでかけた怪しげな人物がいた。その人物はライラに近づくと、サングラスを外す。

「……ミーツェ、さん?」

こうして2人で会うのは初めてだが、ライラははっきり覚えていた。ミーツェはルチア達を助ける時に手を貸してくれた千博の仲間だ。話では、彼女もライバルの1人だと聞いているが……

「えへへ、やっぱりライラちゃんも気になっちゃうよねぇ。」

ミーツェはライラの隣にしゃがみながら言う。大丈夫?と背中を撫でられるが、なぜか痛みは治まっていた。

「……あなたも、見に来た?」

「そうなんだよねぇ。だってさ、フェリスから誘うならまだしも、今回はチヒロからだよ?!何か理由はあるみたいだけど、フェリスだけずるいじゃん!」

そう言って店の方を見るミーツェ。おお、同志がいたのかとライラはミーツェに親近感を覚える。

「別にさ、フェリスとチヒロがくっつくのは良いんだよ?チヒロの側に居られるなら、私は2番目だっていいから。……でもさ、やっぱり先を越されるのは悔しいじゃん?」

「……私達も、いる。」

「……あぁ、そっか。はぁ、全くもう。何でこんなにモテちゃうかなぁ……」

肩をすくめて溜息をつくミーツェ。「うーん、最悪4番目って事?うぅ、それはなぁ……」と頭を抱えてブツブツ呟き始めた。

「……別に、まだ決まったわけじゃ、ない。」

ミーツェの独り言に反応するようにまた、ライラも呟いた。その言葉は自らに向けたものでもある。確かに自分はステラの次でもいいと思っていた。でも、別に譲ってあげる必要なんてないのだ。

「……そうだった!いいこと言うじゃん、ライラちゃん!よーし、弱気になるな、私!」

ライラの言葉にパシンと頬を両手で挟むように叩くミーツェ。それを見て、ライラも真似して気合を入れ直した。

「……ライラちゃんは良いライバルになりそうだね。」

「……ミーツェさんも。」

そして、互いに顔を見合う2人の少女。「やだなぁ、ミーツェでいいよ!」と言いながら手を差し出すミーツェと、ライラは握手をしてお互いを認め合う。

「……さて、今回は先を越されたけど、別にまだなにも起きてないし!まだまだ勝負はこれからだっ!」

「……そう。ここまでだって、話してただけ。あんなの、お子様のデート。」

「だよね!別に手を繋いだわけじゃないし、キ、キスしたわけでもないし……」

ミーツェの言葉に、2人はごくりと唾を飲み込む。大丈夫だよね?と。

「べっ、別に弱気になってるわけじゃないけど、見張りは続ける必要があるね!」

「……絶対、必要。ステラにも報告しないと。」

こうして、誰にも見られていないところで2人の少女の仲が深まり、千博たちは厳しい監視の目に晒されることとなったのだった。



ーーーーー



一方、店の中ではフェリスと千博がお菓子作りを見学し始めて2時間が経とうとしていた。職人たちの巧みな技に加え、たまに貰える味見の一口にフェリスは目を輝かせて楽しそうにしている。

(よかった、喜んでもらえたみたいだな。)

その様子を見ながら、千博も頬が緩む。フェリスが楽しそうにしているとこちらも楽しい。いつも世話になってるし、班長の仕事も大変そうだからこれが息抜きになってくれていればいいなと千博は思った。そして、本日5種類目のケーキが完成し、その味見が終わると職人さんから提案をされる。

「チヒロ様、フェリス様。よければケーキの飾り付けをやってみますか?」

「え、いいんですか?」

千博が尋ねると、ニコニコしながら職人さんは今焼けたばかりのケーキ生地を持ってきてくれる。

「むむ、非常に興味があるが……私は、その、料理はてんでダメでな……」

職人さんの言葉に食いついたフェリスだったが、困ったように苦笑いした。

「大丈夫ですよ、きちんと教えますからね。」

「おう、俺も手伝うからやってみようよ。な?」

「そ、そうか?では、お願いしようか。」

しかし、せっかくなので千博が進めると、心配そうではあるがフェリスは了承した。職人さんはその言葉に頷くと、焼きたてのケーキ生地を運んで来る。そして、生クリームやらカットされたフルーツやらを持ってくると、半分に生地を切ってまず手本を見せ出した。

(なるほど、あの刃のないナイフみたいなので回転させながら塗るのか。うーん、絶妙な力加減だなぁ。)

職人さんの技に千博も思わず魅入ってしまう。全体に均一に塗られた生クリームを見ると、単純そうな作業の中にある技に気付かされた。

「これがケーキナッペと呼ばれる作業ですね。ささ、フェリス様。お試し下さい。」

「う、うむ。」

そして、もう半分の生地が用意され、フェリスの番が回ってきた。フェリスは刃の無いナイフを握ると、しばらく生地を見つめる。そして数秒後、バッと千博の方に振り返った。

「む、無理だっ!私には、この完璧な生地を汚すことなど出来ない!どうしよう、チヒロ!?」

「おい、汚すって何だよ!今から飾り付けるんだろ?!」

「分かっている!分かっているが……私がやってしまっては、このケーキが可愛そうなのではないかと……」

「なんだそれ……」

班長として凛とした振る舞いをするフェリスが、ケーキを目の前に取り乱し始める。真面目なのは分かるが、ここまでケーキ愛が深いとは。千博は唖然とした。フェリスはナイフを握ったまま、くっ、ダメだっ!などと繰り返す。数分経つと、流石に千博はじれったくなってきた。

「あー、もう!とりあえずやってみなって!初めてなんだから、失敗しても仕方ないだろ?」

「それはそうだが……」

渋るフェリスに千博は溜息をつくと、フェリスの手をとる。

「ち、チヒロっ?!」

「……ほら、まずは初めのひと塗り!ここから塗ってみろって。」

「……えっ?あ、あぁ!わ、分かった!」

手を握られたフェリスはしばらく千博を見てぼーっとしていたが、生クリームがケーキに塗られるとそちらに集中する。

「良い感じですよ、その調子です。力は入れ過ぎないように、表面を撫でる感じです。」

「こ、こうか?むむ、難しいな……」

そして、職人さんにアドバイスを受けながら

生クリームを生地に塗っていく。塗り方にはムラがあるが、そんなに目立つものじゃない。

「なかなか上手いじゃん、フェリス!料理下手なんかじゃないんじゃないか?」

「ふふ、そうか?確かに、手応えはあったぞ!」

褒めるとフェリスは満足そうにケーキを眺めた。正直、ミーツェのお見舞いの時のタルトの惨劇があったからどうなるかと思っていたが、予想以上の出来に千博も少し驚いた。

「よし、次はデコレーションだな!ふふふ、任せておけ!私がこのケーキを完璧にしてやろう!」

自信がついたのか、フェリスは意気込んで職人さんに生クリームの絞り方を教わっている。そして、ケーキのデコレーティングが進んでいく。

「……よし、出来たぞ!」

15分ほど経ってフェリスが手を止めると、目の前には少し形は悪いが立派なケーキが出来上がっていた。盛りだくさんにフルーツが積まれている。

「見てくれ、チヒロ!これまでで一番の力作だぞ!」

「おう。美味そうなのができたな。やるじゃないか。」

千博が褒めるとフェリスは無邪気な笑顔を見せた。その顔にドキッとする千博。

「ふふっ、まあな!しかし、やはりプロの教えがあると違うな。礼を言わせてもらおう。」

「いえいえ、私など、何も。記念にこちらは差し上げます。」

職人さんにフェリスが礼を言うと、職人さんはケーキを箱に入れて渡してくれた。その頃には時間も昼前になっていて、これでお菓子作りの見学は終わりとなった。最後に職人さんと店員の女の子が店の前まで出てきて見送りをしてくれる。

「今日はありがとうございました。とても楽しかったです。」

「えへへ、それは良かったです!これからも是非お越しくださいね!お待ちしてます!」

「あぁ。勿論だ。これからも来させてもらおう。」

店の前で2人に礼を言うと、千博とフェリスは店を後にする。

「どうだった?楽しんでもらえたか?」

ケーキを大事そうに両手で持つフェリスに、千博は尋ねた。

「あぁ!ありがとう、チヒロ。今日は最高の一日だったぞ!」

「大袈裟だな、まだ半日だぞ?けど、そう言ってもらえると嬉しいよ。」

千博はフェリスの嬉しそな様子を見て安心する。そして、協力してくれた『フルーツアンドクリーム』の人達に感謝した。て

「そ、それでチヒロ。この後のことなんだが、よかったら一緒にこのケーキを食べないか?私が全部作ったわけではないが、その、是非チヒロにも食べてもらいたいのだが……」

今後お菓子を買うときはあそこに行こう、と千博が心に決めていると、フェリスが頬を染めながら訊いてくる。

「いいのか?力作なんだろ?」

「そうだ、だから君に食べて欲しいん……っ、あ、いや!その、せっかく誘ってくれたのだからな!君への礼だ、お礼!」

少し言い澱みながらそう言うフェリス。千博は嬉しかったが、3時のおやつにはまだ早い。

「そっか、ありがとな。けど、その前に昼飯にしようぜ。デザートは後からってことで。」

「うむ、そうだな。では、どうする?何か食べたいものはあるか?」

フェリスに訊かれて、千博は顎に手を当てて考えた。と、その時だった。

「うーん、そうだな……っ?!痛っ!」

顎に当てていた指を締め付けるように鋭い痛みが走る。何事かと見てみると、アルマガルムとの血の契約の跡、親指の赤い輪っかが激しく発光していた。

「チヒロ?大丈夫……何だ、それは?!」

「……分からない。けど、何かマズイ気がする。」

そう言って指を押さえる千博。しかし、何となくこの現象の意味は察しがついた。何かあったのだ。アルマガルムに。

「……悪い、フェリス。俺、家に戻って……」

「チヒロ!フェリス!」

一応今日の目的は果たしたが、自分が誘った手前申し訳なく思いながらフェリスに家に戻らせて欲しいと言おうとすると、第三者の声に遮られた。声の方を見ると、そこには見知った少女がいた。

「ミーツェ?!ど、どうしてこんなところにいるのだ?それに、その格好は……」

「そんなのどうでもいいから!それよりチヒロ、大変だよ!」

自分たちの方に駆け寄ってくるなり差し迫った様子で喋るミーツェ。その姿に千博は嫌な予感を感じる。

「ライラちゃんが、ライラちゃんの様子が変なの!」

そして、ミーツェが名前を口にするやいなや千博は家へと走り出した。


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