本気の一撃と宰相バルト
「なんでついて来たんだよ。あそこはビシッと俺が決めるとこだろ?」
「随分余裕だな。お前俺が来るってわかってただろ。」
冗談を言うラッセルの方を向いて笑いながら答える。
「まあ、たぶん信頼してるし。」
「そりゃどーも。」
たぶん信頼って何だよ。心の中でつっこみながらラッセルと歩いて行くと馬車が見えてきた。窓のガラスは無惨に割られ、馬車を引いていた馬は逃げてしまっている。
「我ながら酷いな。」
「いや、感心すんなよ。」
そんなやりとりをしながら入口のドアを開けてみると中も荒らされて窓のカーテンも破られていた。座席の下に散らばっている紙には字が書いてあるがどこの字か分からず読めない。とりあえず紙を全て拾って置き2人の元へ戻ろうとするが、
「ラッセル…、裏切りか?」
身長が2mはあろうかという大男に行く手を阻まれた。
「ちっ、まずいな。」
ラッセルが舌打ちした。なぜ舌打ちしたかは言わずとも分かる。見るからにこいつがリーダーだろう。ちとラッセルは身構える。
「てめえ俺達を裏切って何してんだ?せっかく仲間に入れてやったのによ。ただで済むと思うなよ。」
「俺はもうお前らとは違う!そこは通してもらうぞ!」
「ふん、なら通ってみな!」
ラッセルは走りだし、そのまま大男にタックルする。が、ラッセルの肩は大男には当たらない。当たる前に大男の蹴りが矢のごとくラッセルの腹に刺さったからだ。その速さはその身長には似合わない意外なものだった。ラッセルは声をあげる間もなく吹き飛ばされる。
「ぐ……あ、くそ……。」
何とか意識はあるが立ち上がれない様だ。大男の顔が千博の方へ向く。
「や…めろ!そいつは関係ない!」
ラッセルは自分に注意を引きつけようとして声を振り絞っている。
「はっ‼︎関係無いわけないだろ!お前みたいなカスが1人でこんな裏切りできるはずねぇからな!」
大男は声を上げて笑う。
「は?」
その一言に千博は耐えられなかった。ラッセルがカスだって?自分のした事を反省して償いをしようと頑張ってるあいつが?
「ふざけんなよ、お前。」
「あ?」
千博は知らずに歩き出していた。
「あいつはカス何かじゃない。カスはお前らだよ。」
「何だと?もう一回言ってみ……」
大男が言い終わる前に千博の拳が大男の腹に食い込む。体重100キロはあろうかという巨体が宙に浮く。ラッセルは茫然としている。地に落ちた時すでに大男の意識は無かった。……しまった。本気で殴ってしまった。でもまあ相手も丈夫そうだったし死んではないと思う。自信ないけど。それより今は…
「ラッセル!大丈夫か⁈」
駆け寄るとラッセルは片手を挙げ無事なことを示した。
「立てるか?」
「ああ、大丈夫だよ。それにしても凄いな。たった一発でダウンなんて…。」
「え?あ、ああ。本気だったから。」
「何だそれ。俺の時は本気じゃなかったのかよ。」
2人はさっきの場所へ戻るため歩き出す。
「ありがとな。俺の事カスなんかじゃ無いって言ってくれて。」
歩いている途中で急にラッセルがお礼を言ってくる。
「そんなの本当のことだよ。もっと自信もてよ。」
千博はラッセルを励ました。考えてみればこんな風に人を励ますのなんて初めてかもしれない。あまり友達のいなかった俺は1人1人との付き合いも深くなかった。何だかこそばゆいものだ。そうこうするうちに待たせていた2人の元へ着いた。
「文書ってこれですか?よく分かんないから全部持ってきたんですけど。」
千博は取り返してきた紙を全て黒い髭の男に渡す。
「おお!まさしくこれだ!何と礼を言ったらよいか!」
「そんなのいいですよ。」
「ああ。そうですよ。強いて言うなら働き口が欲しいですけど。」
うわ、ちゃっかりしてんなこいつ。しかし冗談半分で言ったであろう言葉に髭の男は乗ってきた。
「ふむ、君達は仕事が無いのか。なら一度我々の城へ来るか?」
「「へ?」」
2人は耳を疑った。身なりが良いから貴族かなんかかとはおもってはいたけど城⁈ 何?もしかしてほんとにこの人大臣かなんかなわけ?
「そんな事できるんですか⁈ お城へ行くなんて…。貴方は一体?」
「ああ、申し遅れた。私はゼウシア王国の宰相でバルトと申す。よろしく。」
「「うわぉ。」」
驚き唖然とする2人にバルト宰相はうやうやしく一礼してみせるのであった。