守護竜との戦い1
目の前に現れた一頭の白竜は、冷気を体から発しながら千博たちゼウシア・アイジス連合軍を睨んだ。体長は20mはあるだろうか。異常な迫力に兵たちは身を固めた。
「おいおい、冗談きついですぜ?ゴラン将軍、あの竜って……」
「あぁ、俺も初めて見るが間違いないだろう。『氷結竜・アルマガルム』……大陸の守護竜だ。」
ゴランとザックは竜を見ながら驚愕と焦りの表情を浮かべた。
「う、嘘……あ、あれが守護竜……」
「守護竜?」
ミーツェはそれを聞いて目を見開く。守護竜、という聞いたことのない言葉が出たので千博はミーツェに尋ねた。
「守護竜っていうのはね、その大陸の魔物の生態系を守っているって言われてる竜のことなんだ。人前に姿を表すことなんて滅多にないから、ほとんど伝説みたいになってたんだけど……」
「じゃあ、この状況は異常ってことなんだな。」
説明を聞いて千博がそう言うと、ミーツェは頷いた。そして続ける。
「でも、それだけじゃないんだ。守護竜がこうして人の前に現れるのもおかしいけど、もっとおかしいのはあの竜が『氷結竜』なことなの。」
「どういうこと?」
「考えてみて、ここはデントロー大陸。豊かな自然に囲まれて、緑の大陸って呼ばれてるんだよ?そんな大陸の守護竜が『氷結竜』なんてことあると思う?」
ミーツェにそう言われ、千博は思い出す。この世界の大陸は5つ。そして、フェリスやステラから教えてもらった話では、各大陸には気候に特徴があるというのだ。東のパゴス大陸は火山が多い高温地域、その南のブラコス大陸は乾燥地帯が多く、5大陸の中央に位置するクリーソス大陸は最も人が多く発展している。デントロー大陸はミーツェの言った通りだ。そして、デントローの北にあるフローガ大陸は、一年を通して雪が降り、一部には氷山もあるほどの寒冷地だったはずだ。
「まさか……『氷結竜』はフローガ大陸の守護竜ってことか?!」
「うん、そういうこと。デントローの守護竜は『翠命竜・エリドール』。……一体、何が起きてるの?」
大陸に守護竜という存在がいることも初耳であったが、今はそれどころではなかった。目の前の竜。昨日戦ってきた魔物たちと明らかに格が違うその存在にどう対処していけばいいか、想像もつかなかった。
しかし、『氷結竜・アルマガルム』は千博たちを呑気に待ってなどいなかった。翼を広げると空中へと飛び上がり、大きく口を開く。
「っ、まずい!全員、回避行動をとれ!」
アルマガルムが開けた口の中に青白い淡い光が集まっていくのを見てアイジスの指揮官、青い鎧を着たレミエルは全軍に向けて叫んだ。そして、その場の全員が動こうとした瞬間、アルマガルムの口からそれは放出された。
「……!?」
アルマガルムが口から放ったのはまさに光線と言えるだろう攻撃だった。それは最前線にいた兵たちに向けての攻撃で、口から一直線に放出され、その場にいた兵士たちを凍りつかせる。火炎放射ならぬ、冷気放射だった。凍りついた兵士たちの生死は分からない。盾を持つものは直撃を防ぐことができていたが、盾は凍りつきこれ以上持っていられない状態だ。生身で食らえばただでは済まないのは明らかだった。
「くっ……ゴラン殿!あれを防ぐには魔法が必要です!」
「そのようだ。ザック、一般兵とお前の奴隷部隊は後退させろ!レミエル殿、ここでは分が悪すぎる。魔法を使える者達で他のものを守りつつ、近くの砦まで移動させようと思うが構わないか?」
「はい、私も賛成です。こんな障害物もない場所では我々はいい的だ。砦まで誘導しましょう!砦へ連絡係を出せ、援護を要請するんだ!」
ゴランの言葉にレミエルは近くの兵に指示を出して馬で砦へ向かわせた。同じくゴランから支持を受けたザックは兵達に後退の支持を出し始める。また、レミエルは魔法を使える兵を集めて残らせた。全体で700〜800名いたであろう軍のうち、ここで守護竜を引き付けるために100名弱が残った。後退をし始めた軍を見てアルマガルムは再び冷気を放射しようとするが、残ったもの達がそれを許さなかった。
「業火球を放て!奴を引きつけるんだ!」
レミエルの指揮で50名ほどが一斉に火炎の球を放つ。アルマガルムは後退する軍に向けていた冷凍光線を業火球の方へと変更し、向かってくる火の球を相殺した。しかし、アルマガルムの冷気の方が強く、業火球を消し去って尚、兵士達へと光線は進む。
「大地の壁を張れ!誰も死なせるなよ!」
それを見てレミエルが叫ぶと残りの兵が土魔法で光線に対し壁を張った。千博たちもその後ろに隠れ、光線を防ぐ。全員無傷のようだ。
「ゴラン殿、兵を二手に分けます!片方の指揮をお願いします!」
全員の無事を確認するとすぐにレミエルは兵を2つに分け、片方を率いて千博たちから離れる。ひと塊りにならず、アルマガルムの意識を散乱させるためだ。
「うむ、了解した。ミーツェ、チヒロ!お前たちも分かれて手を貸せ!少なくとも20分は稼ぐぞ!」
指示を受けたゴランは残りの兵を率い、千博とミーツェにも指示を出す。千博はミーツェと2人でさらに集団から離れた。これで三手に分かれたことになった。
「ミーツェ、土魔法は使えるか?」
「ううん、ダメ。私は《変換》が上手くできないから……。チヒロは?」
「いや……使えるには使えるけど、壁を張れるほどじゃないな。なぁ、あれって土魔法じゃないと防げないのか……っ、危ね?!」
アイジスの兵達はあの光線を土魔法で防ぐことができているが、2人はどちらもそれができないことを知り千博は尋ねた。途中でアルマガルムが千博たちに気づき冷凍光線を放ってきたので、千博はミーツェを抱えて跳躍し、避ける。
「あ、ありがと、チヒロ!」
千博がミーツェを降ろすと、頬を赤くしてミーツェは礼を言う。しまった、乱暴だったかな、と思った千博だが、今はそんな事を考えている場合ではない。
「あの光線、多分あいつの魔法だと思う。だから別に土魔法じゃなくても防げるとは思うよ。盾なんかは使い捨てになっちゃうと思うけど……」
「なるほど、それなら《可視化》した魔力でも大丈夫かもな。要は、あれを直接喰らわなきゃいいって事か!」
千博はそう解釈してアルマガルムを見る。今はレミエルさんとゴラン将軍が率いる兵達と戦っている。あの光線がアルマガルムの魔法であれば、同じ魔法を使えば干渉できる。魔法で光線を防ぐことは可能と言うことだ。だが、《可視化》した魔力で本当に防げるかは不明瞭だ。
「……よし、ミーツェ、ちょっと離れててくれ。」
そう言って千博は右手に魔力の球を《可視化》させ始める。大丈夫だ、魔力の流れを遮る腕輪をしていない今なら、必ずできる。
「え、何をする気なの?」
「これで攻撃する。あいつは反撃してくると思うから、逃げれるようにしておいてくれ。」
集中して右手に魔力を集めていくと、魔力球はバスケットボール2個分くらいの大きさになった。ミーツェはそれを見て千博から離れる。魔力球はリンゴくらいの大きさだと、射程は10メートルと言ったところだ。しかし、このサイズなら軽く倍以上の射程があるだろうし、威力も問題ないだろう。
「いくぞ、くらえっ!」
掛け声とともに千博は淡く光る魔力球を右手から投げるように放った。野球で鍛えたのでコントロールも飛距離も問題ない。魔力球は高速でアルマガルムへと接近する。
『ガルゥ?!』
すると、その威力を本能的に察したのか、アルマガルムは千博の方を見て魔力球に向けて冷凍光線を放った。光線と光球は互いに押し合うように空中で拮抗する。
『グゥッ、ガアァァァァ!!』
そして、アルマガルムが光線にさらに魔力を込め、光線の勢いが強まってその太さが倍近くになったところで千博の魔力球は消しとび、そのまま光線が地面を凍らせた。千博はすでにその場から離れ、ミーツェと合流している。
「っ、まじか。結構魔力使ったのにな……。」
押し負けたのを見て千博は舌打ちをしつつ、相手がやはり只者でない事を再認識した。そして、今の攻撃から《可視化》した魔力でもあの光線を防げると確認する。魔力球と光線が押し合い、拮抗したということは干渉ができているということだからだ。
「よし、ミーツェ、守りは俺に任せてくれ!あいつの光線は俺がなんとかする!」
「うん、分かった!それじゃ、攻めは私に任せて!」
互いに頷き合い、2人は固まって行動を始める。先ほどの一撃で千博を警戒の対象として認識したアルマガルムだったが、千博だけに集中する事は出来ない。背後からは再び火球が迫っていたからだ。アルマガルムは光線で対抗するが、その態勢が急に崩れる。
「させないよっ!」
声をあげたのはミーツェだ。顕現させた4本の《大蛇の牙》でアルマガルムの両足を縛り上げたのだ。体が上を向いたアルマガルムの光線は空へと逸れ、火球は体へと直撃する。
『グゥゥゥッ、ガァァッ!』
火球をくらい、忌々しそうに唸ったアルマガルムは自分の足を縛った鎖を解こうと暴れる。しかし、解ける事も千切れる事もない。この鎖がただの鎖でないと分かると、アルマガルムは鎖を持つ本人を狙うためにミーツェに向けて光線を放った。鎖を操るミーツェは光線を避けられない。が、ミーツェが氷漬けにされる事は無かった。
「ふぅ、大丈夫か?」
「うん、ちょっと寒いけどね!」
冷凍光線を防いだのは千博だ。両手に魔力を《可視化》させ、千博とミーツェの前面にバリアのように薄く魔力を張ったのだ。直接光線を受ける事はなく、見事に防ぎきった。結果にほっとして千博は少し微笑む。
『ガァァァァァッ!!』
しかし、攻撃を受けたアルマガルムは穏やかではなかった。耳を押さえたくなるような咆哮を上げる。
『愚かな人間どもめ……そんなに死にたいか!』
「「「?!」」」
そして、その場にいた誰もが驚愕する。
「し、喋った?!」
耳に聞こえた重厚のある声に、思わず千博はアルマガルムの顔を見た。その瞳には怒りが満ちている。
「聞き間違いじゃないよね?!あの竜、喋ったよね?!」
ミーツェも驚いている。ということは、魔物は普通喋らないんだろう。昨日戦った魔物たちも喋っているところなんて見ていない。この竜が特別な事は他の者の反応を見ても明らかだ。
「守護竜って呼ばれるくらいだしな、相当高位な魔物なんだろ?ある程度強い魔物だと喋れるものなんじゃないか?」
「え、えぇ……?チヒロ、なんでそんなにあっさり受け入れられるの?」
落ち着いた様子で言う千博にミーツェは困惑する。しかし、千博も驚いていないわけではない。ただ、この世界の常識に疎い分、素直に目の前の状況を受け入れられただけだ。
「そんな事よりもさ、話が通じるんなら戦いをやめるように交渉できるんじゃないか?」
「あ、確かに!でも、聞いてくれるかな……?」
避けられそうなら戦いは避けたい千博だったが、ミーツェの言うように難しいかもしれないと思った。相手はどう見ても怒りの頂点といった雰囲気だからだ。
「だよな……。でも、とりあえずはやってみよう!おい、アルマガルム!」
確かに難しいかもしれないが、万が一という事もある。そう思い千博はアルマガルムに呼びかけるが、それがまずかった。
『貴様……気安くワタシに話しかけるな!』
「っ?!」
アルマガルムは怒りに満ちた目で千博を睨む。千博は額に汗を浮かべた。それは、睨まれたからではない。アルマガルムの周りに無数の鋭い氷の矢じりのようなものが現れたからだ。その一つ一つが話しかけた千博の方を狙っている。
『まずは貴様からだ……!肉塊と化せ、氷雨!』
アルマガルムの言葉に反応するように、一斉に宙に浮いていた鋭い氷の群れは千博へと飛んだ。そして、ドドドドドッ!と激しい音を立て、爆発が起きたかのように砂が巻き上がり千博の姿が見えなくなる。
「「「?!」」」
「嘘、チヒロっ?!」
とてつもない威力の攻撃に周りの兵士達は息を呑む。氷の矢は全方向から降り注ぎ、千博を襲った。ミーツェは青い顔で千博の名を叫ぶ。
「はぁ、はぁ……っ、くそっ……」
「チヒロ!」
砂塵が落ち着き、中から現れた千博は生きていたが、身体中に切り傷を負っていた。ミーツェは千博が生きていたことに安心したが、すぐに駆け寄る。そして、ゴラン将軍とレミエルの率いる兵達は千博からアルマガルムの意識を避けさせるため、再び攻撃を仕掛け始めた。しかし、ミーツェが千博のもとへ駆け寄ったせいで足の拘束が解けてしまった。
『ほう……驚いたな。生きていたか。』
拘束が解けたアルマガルムは地に降り立ち、周りの地面を一瞬で凍りつかせる。これで兵達は迂闊に近付けなくなった。先程から二手に別れた兵士達が火炎弾を打っているが、氷の塊がアルマガルムの体を覆っていき、鎧となってそれを防いだ。
(くそっ……なんて魔法だ。数が多すぎて捌ききれなかった。身体強化までしたのに……!)
駆け寄ってきたミーツェに肩を貸されながら千博は顔をしかめる。完全に油断していた。話ができるとわかって少し気が抜けていたのだろう。そのせいで判断を誤った。アルマガルムが攻撃を仕掛けた瞬間に身体強化を使い、視力も強化して迫り来る氷の矢を避け、あるいは砕いて回避しようとしたのだが、予想以上に氷の数が多すぎたのだ。
(魔法なんだから《可視化》した魔力で防げたのに……。弱気になって避けにいったのが間違いだった!)
《可視化》した魔力を体を覆うようにドーム状に伸ばせば全方向からくる氷の矢も防げたはずだ。込める魔力を多くすれば強度的にも問題なかったはず。本能的に全身に魔力を《留化》させて体を守ったから致命傷にはならなかったものの、この本能がなければ確実に死んでいた。
「大丈夫、チヒロ?!」
「あ、あぁ。大丈夫、かすり傷ばっかだ。それより、悪いな。怒らせちまったみたいだ。」
そう言ってミーツェから離れながらアルマガルムを見る。氷の鎧を纏ったアルマガルムはもはや火魔法など気にしてもいない。兵士達に向けて冷凍光線を吐き続けている。
「そうみたい……。話し合いは無理そうだね。」
「……。」
アルマガルムを睨みつけてそう言うミーツェに、千博は反応できなかった。
(確かに怒らせてしまったけど、会話はできた。なら、なんとかならないか……?)
このまま戦えば間違いなくこちらが不利だ。氷の鎧を纏ったアルマガルムは攻撃に専念し始めている。対してこちらは防戦一方で、たまに放てる火魔法も有効打には至っていない。戦闘が長引くほどこちらの怪我人が増えてしまうだろう。
「はあぁぁぁっ!」
そんな中、一閃の力強い光がアルマガルムへと向かい、鎧を砕いて竜の体に傷をつける。
『グゥゥゥッ?!』
アルマガルムは驚いて顔を向ける。そこに居たのは大剣を振り下ろしたゴラン将軍だった。
「ここまでだ!全員、後退するぞ!砦の準備が整った!」
竜に一撃を食らわせたゴラン将軍に全員の視線が集まると、ゴランはそう叫んだ。はっとして後ろを振り返ると2kmほど離れた所に見える砦から狼煙が上がっている。砦の前には隊列を整えた兵士達も居た。それを確認すると全員がゴランの指示に従い砦の方へと移動し始める。
『小賢しい……!よかろう、纏めて凍りつかせてくれる!』
しかし、砦の様子を見たアルマガルムは警戒して逃げるでもなく、牙を剥いてやる気十分のようだ。傷を負わされた怒りも加わり、すでに冷静さを失っている。
「これはまじでやばい事になりそうだ……」
異世界に来て以来、最も強大で危険な存在との戦闘に嫌な予感を感じつつ、汗を浮かべながら千博は守護竜・アルマガルムとの2回戦目でどう戦えばいいのかを考え始めた。




