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準備と風呂場

千博が荷物をまとめている間、ステラとライラは2人で肩を寄せて話していた。

「チヒロさん、大丈夫でしょうか……?チヒロさんが強いのは分かっているのですが、やっぱり少し不安です……。」

「チヒロ、強いし優しい……。でも、それが無茶に繋がるかも……。」

2人は明日から任務に出る千博のことを心配していた。とくにステラはアレギスのこともあり、落ち着いていられなかった。

「何かチヒロさんのお力になれることはないでしょうか……。」

「うん……。私も、チヒロの為に何かしたい……。」

家にいる間は、家事をする事で少しでも千博を手伝うことができた。しかし、任務に出るとなると千博にしてあげられることは少ない。一緒についていければ食事の用意などいろいろとできるかもしれないが、ただのメイドと奴隷という立場の2人にその許しは出ていない。それなら、せめて千博が家を出る前に何かできないだろうか。2人は考えた。

「……!いいこと、思いついた!」

「えっ?本当ですか!」

と、ライラが何かを閃いた。

「……聞いた事、ある。戦いに行く前とか、男の人にしてあげる事。……夜伽って。」

「……?!よ、よよよ、夜伽?!」

ライラは真剣な顔で言うが、ステラはそれを聞いて一気に耳まで真っ赤になった。

「でっ、でも、そ、それは……そのぅ……」

まさかこんな提案をされるとは思っていなかったステラは慌てる。その様子を見てライラは少し赤くなりながら続けた。

「うん……ちょっと、恥ずかしい。でも、私達にも、できることだから。」

ライラが聞いた話では、女が戦いに行く男の人を、力づけるような意味合いでする行為があり、それが夜伽ということだったのだ。それが今の状況にぴったりだとライラは考えた。

「ち、ちょっと、ですか?!私は……その……そういうのは、は、初めてですので……。し、しかも、ライラさんと一緒にということは、さ、3人で……。」

ステラは背中を流そうとしただけで気を取り乱して大失敗してしまったことを思い出していた。今からしようとしていることを考えるだけで心臓が飛び出しそうだった。

「大丈夫。昔、お父さんとしてた。だから、任せて。」

「そ、そうですか……それは心強いです……って、ええっ?!えっ、あの、ライラさん?!聞き間違いですよね?!」

「?」

自分の発言に耳を疑っているステラを不思議そうにライラは眺める。

「そんなに珍しい?」

「め、珍しいというか……倫理的に……。だって、家族同士な訳ですし……」

ステラは少し大げさなのではないか、と思うライラだったが、そういう人もいるものかと自分を納得させる。対してステラはライラの爆弾発言に理解が追いつかなかった。

「……ステラ、恥ずかしがり屋。」

「えっ……私がおかしいんでしょうか??あ、あれっ……?」

恥ずかしがり屋とかそういう話ではないのではと思うステラだったが、ライラのあまりに平然とした態度に頭を混乱させる。2人が話していると階段を降りる足音が聞こえてきた。千博だ。おそらく明日の支度が終わったのだろう。

「あ、2人とも悪いんだけどさ、明日に備えて早く寝たいから先に風呂入らせてもらうね。」

「「!!」」

千博の言葉に過剰に反応する2人。千博はそれを見て少し2人の様子がおかしいような気がしたが首をかしげると風呂へ向かった。

「……行かなきゃ。」

「〜〜っ?!ほ、本当にするんですかっ?!わ、私、心の準備がっ!」

ライラは意を決した顔で浴場へと向かい始める。

「……ステラは、こない?私は、いく。」

「えっ、そ、それは……」

ライラは問いかけるがステラにはまだ迷いがあった。突然のことすぎて胸の高まりと緊張でどうにかなりそうだった。

「……時間、ない。チヒロがいるうちに、いかないと。」

ライラの言葉にステラは焦る。夜伽しにいって、断られないだろうか。いったとして、上手くできるだろうか。でも、自分はいきたいし、ライラに負けたくもない。頭の中では色々な考えが渦巻いていた。ライラといえば、なぜステラがこんなにも迷っているのか分からなかった。メイドとか召使であればよくすることではないのか、そう考えていた。確かに恥ずかしいが、お互いに裸なわけだから問題はないのでは?ライラは首を傾げた。

「ま、待って下さい!わ、私もいきますっ!」

いろいろと迷っていたステラだったが、ついに決心して風呂へ向かうことに決めた。考えてみれば、今回は奥手な自分には願ってもみないチャンスかもしれないのだ。ライラもいるし、夜伽という口実がある。今しかない、と意気込んで胸の前で拳を握った。

「うん。2人で、頑張ろ?」

「は、はいっ!よろしくお願いしますっ!」

こうしてお互いに結束した2人が千博のいる風呂場へと向かった。






一方で、異世界に来てから2回目の、風呂場で起きるハプニングが迫りつつあるとは千博はつゆ知らずに風呂場で体を洗っていた。

「この石鹸いい匂いだなぁ。やっぱり高級品は違うのかねぇ。」

千博は新しい石鹸で体を洗っていた。前のを使い切って、新しいのを買いに行こうとしたらステラが何故か赤くなりながら渡してくれた。薔薇の香りの石鹸だ。ステラがアリスから字を習った時に貰ったものらしい。なんで字を習いながら石鹸を貰うのかは分からなかったが、ありがたい話だ。

「とりあえず、明日の朝グッさんと2人のことを相談してみるとして……やっぱり心配だなぁ。何があるかわかんないし、また戦争なんか起きたらやばいし……。あー、考え出したらきりがない!心配症なのかな、俺?」

風呂に入っているといつも考え事が始まる。身を以て命の危険を味わったりしたせいか、いろいろ事件に巻き込まれたせいか、嫌な考えがたくさん浮かんだ。普通に生活する分にはステラとライラなら何も問題ないが、事件に巻き込まれて欲しくないし、災害も怖いし、不安だ。それにしても、こんな気持ちになるのは初めてだ。今までこんなに不安が沸き起こることはそんなになかったのだが。

「はぁ……なんか、防犯設備とか考えたほうがいいのかな……って、それはやりすぎか。やばいな、俺。どんどん不安の沼にはまってないか?」

正直、2人のことで頭がいっぱいであまり明日のことを考えられなかった。モンスターとの戦いを見れるそうだし、アサクラとも話ができる。楽しみだし気合も入れなければいけないが、2人のことが頭によぎる。

「……こんなんじゃ、この先やってけないぞ。どうすんだよ……」

考えても無駄なこと、解決策がすぐに出せることではないことは分かっているのだが考えてしまう。風呂に来るとどうしても考え事をしてしまうな、と苦笑いしながら千博は体を洗い終え、桶でお湯をくんで体を流した。

「……待って。」

と、ちょうどその時だった。風呂場の入り口から声が聞こえた。千博は声を聞いて固まった。そして背後に幽霊でもいるかのように、嫌な予感を覚えながらゆっくりと振り向いた。そこには、バスタオル一枚体に巻いたライラと、その後ろに隠れるようにステラが同じ格好で立っていた。

「……ら、ライラっ?ステラ?なにしてんだっ?!」

千博は風呂椅子に座ったまま急いで腰にタオルを巻く。

「俺、先入るって言ったよな?!なんで……」

なるべく2人を見ないように背を向けて尋ねる。もしかして伝わってなかったとか?いや、それはないだろ。あんなにちゃんと面と向かって言ったのに。

「そのまま、座ってて……。」

「へっ?いや、ライラっ??ちょっ?!」

ライラからは答えは帰ってこず、代わりに頬を赤らめながら近づいて来る。ステラもそのあとをバスタオルを押さえながらついて来た。そして、千博の真後ろに2人が座る。

「な、何をしに来たんだ……?ていうか、ステラは2回目……」

「はぅ……そのぅ、だ、大丈夫です!今度は失敗しませんっ!」

そう言ったステラは体を小さくさせて恥ずかしそうにしているが、何かに意気込んでいるようだ。ていうか、失敗ってなんだ?前も何かしようとしてたのか?

「うん……頑張るから。」

ライラも顔が赤く、恥ずかしそうだ。俺だってきっと今真っ赤になっているんだろう。恥ずかしくて死にそうだ。けど、本当に何をしに来たんだ?

「えっと……何をする気?」

おそるおそる尋ねてみる。このふたりが何を考えているのか全くわからない。ひょっとしてからかいに来たのか?いや、それはない。ステラはそんなことしないし、ライラもしないはずだ。なら、なんで……

「……夜伽、しにきた……」

千博が頭を抱えていると、ライラが答えた。

「……え、よ、とぎ?」

「そう……」

「え……」

答えを耳にした瞬間、千博は凍りついた。そして頭だけが思考を開始する。

(夜伽って、言ったのか?え?夜伽って、あの夜伽か?2人で?ちょっとまて、なんか色々飛びすぎだろ!?そりゃ、夜伽なんてしてもらえたら最高に嬉しいけれども、俺たちはそんな関係じゃないだろ?!聞き間違いだ、絶対。だって、第一なんで場所が風呂なんだよ?いかがわしい店かよ?!おかしいだろ!そう、何か違うんだ。あ、そうか。夜伽じゃなくて、おとぎじゃないか?白雪姫とか。そうだよ、きっとそうだ!おとぎ話のことだ。たぶん、これから何か風呂で起きるんだ。桃が浮いてきて、鬼退治が……)

「あ、あの、チヒロさん?大丈夫ですか?」

「へっ?あ、あぁ!もちろん。風呂太郎のことだろ?俺とステラとライラが家来になって、それで鬼退治に……」

「風呂太郎……?」

ステラに聞かれて千博はハッと意識を取りなおす。いかん、なんだかよく分からない太郎と鬼を退治しに行くイメージが浮かんでしまった。

「とにかく、前、向いて……」

「えっ?いや、ちょっ……」

混乱しているうちにライラに前を向かされる。2人は背後に膝立ちで、それぞれタオルを手にしているようだった。

(う、嘘だろ?!こんな突然?!全然、心の準備がっ……!)

千博は息が詰まりそうになった。頭に血が上っている。興奮と、緊張と、動揺とで頭がおかしくなりそうだった。心臓が胸の上で飛び跳ねているんじゃないかという状態の中、ついに千博の背中にタオル越しにライラの手が触れ、そして……

「「……?」」

ちょうどいい強さでゆっくりと背中を擦りはじめた。石鹸も使い、泡だてながら千博の背中は洗われていく。

(……あれ?これって?)

千博は予想とも期待とも違うライラの行動に胸の鼓動が収まっていくのを感じた。ちらりと後ろを見ると、一生懸命に背中を洗うライラの横に、あれっ?という顔でキョトンとしているステラがいた。それもそうだろう。今ライラがしているのはどう考えても夜伽ではない。恥ずかしい状況に変わりはないが、これはいわゆる……

(お背中お流しします……じゃないのか?)

どう考えてもそれしかない。

「……あ、あのぅ、ライラさん?私たちは、その……よ、夜伽をしに来たのでは……?」

千博と同様に疑問に思っているのだろう。ステラがライラに確認をした。

「……?そう。夜伽、してる。」

しかし、確認されたライラはさも当然のように背中をこすり続ける。それを受けてステラは千博に助けを求める視線をおくった。

(いや、2人で行動してたんじゃないのかよ?!)

千博はなぜ自分が助けを求められているのか全く理解できなかったが、それはライラの行動についても同じだった。

「……あの、ライラ?なんで俺の背中を洗ってるんだ?えーっと、言いにくいんだけど、夜伽ってのは一体……」

千博は下手なドッキリを仕掛けられた被害者のようななんとも言えない気まずさとともに質問した。するとライラは不思議そうな顔になった。

「……?夜伽、してる。今は夜。夜に、チヒロの背中を流してる……」

「え……?……あぁ?!」

何を言っているんだとでも言いたげな表情でそう言われ、千博は少し困惑した。しかし、ライラの言葉をよく考え直してみて、ピンと来た。

「ライラの言ってる夜伽の「とぎ」ってもしかして、磨く方の「磨」か?!」

「……?!あぁ!そ、そういう事ですか!道理で話が変だと……」

千博の言葉にステラも理解が追いついたようだ。つまり、ライラの中では夜伽は夜磨。つまり、夜に背中を流すことだったのだ。ようやく繋がりが見えて千博は脱力した。未だにいつもなら緊張が絶えない状況に変わりがないが、今はそれよりも夜伽のインパクトが強すぎた。謎が解けて極度の緊張状態から千博は解放された。

「……?2人とも、変……。どうしたの?」

「いや、何でも……。」

しかし、安心したのも一瞬だけだった。すぐに千博は今の状態に気づき直すと赤くなった。

「って、そうじゃないだろ!何で急にこんな事をしたんだ?そ、その、いろいろと困るんだけど……」

千博は視界を完全に目の前の風呂桶を見るためだけのものにし、尋ねる。すると、ライラの手が止まった。

「……嫌、だった?ごめん、なさい……。」

「ちがっ……嫌とかじゃなくて、その……恥ずかしいだろ……?」

しおらしくなるライラを見て否定はするが、この状況は正直やばい。ステラの時もやばかったが、今は二倍のパンチだ。

「……チヒロなら、いい。」

ライラは本当は恥ずかしかったのか、少し小さい声でそう言った。もう少し離れていたら聞き逃していただろう。しかし今、ライラは千博の背中を洗っていたので2人の距離はかなり近い。その近さで小声で話されたせいで、千博はまるで耳元で囁かれたかのような感覚を覚えた。

(っ、い、今のは……)

千博は心臓が胸を突き上げたのを感じた。危なかった。正直もう我慢の限界に達しそうだった。

「い、いや、でもさ、ステラも……」

千博は助けを求めるかのようにステラに意見を求める。大丈夫だ、ステラはこの前のよく分からないハプニングの時も恥ずかしがってた。多分、嫌々ライラに付き合わされたんじゃ……

「わ、私は、チヒロさんが望まれるのでしたら、いつでも……」

「ぬあっ?!」

ステラの発言に驚きからおかしな声をあげる千博。

(な、なんだっ?!いつでも、ってなんだっ?!そ、それって……)

いつでも、の先が何なのかは千博には分からなかったが、嫌でも期待をしてしまう。千博は必死で頭を振った。

(ダメだダメだダメだっ!!煩悩め、死ねぇっ!煩悩消えろぉっ!)

「……あばれないで。」

頭の中からピンク色の考えが消えるまで何とか頭を振っていたらライラに怒られた。だが、なんとかグッさんの上腕二頭筋とか考えてたら冷めてきた。

「わ、私も失礼しますっ!」

「え?!」

しかし、落ち着いてきたところに不意打ちでステラの手も背中に伸びた。今、千博の背中は2人のケモ耳美少女達によって洗われている。

「……気持ちいい?」

「お力の方は大丈夫でしょうか?」

2人は献身的に背中を流してくれている。誰かに背中を流してもらう経験というものがそもそもなかった千博にとって、この状況は幸せすぎた。

「あ、あぁ。大丈夫。すごくいいよ。ていうか、良すぎて困る……」

「本当……?よかった……」

「ありがとうございますっ!」

正直に感想を言うと、2人も嬉しそうだった。その様子を見ると、純粋に2人が自分の喜ぶことをしようとしてくれたことが嬉しかった。方法は何かもう少しあったんじゃと思ったが。でも、これは何かお返しを考えておかなければいけないかな。

「ありがとう、2人とも。」

千博は2人に礼を言った。夜伽なんて言われた時は驚いたが、初の依頼で色々と悩んでいたから心配してきてくれたのかもしれない。

「うん……どういたしまして。明日から、頑張って。」

「お仕事、頑張って下さい。無事をお祈りしています!」

ライラとステラのおかげで心臓には悪かった気もしたが、気分は楽になった。2人のことを心配してばかりいたけれど、2人にこうして応援されているならきちんとやり遂げなければいけない。迷ってばかりで仕事に集中できなくては困る。千博は2人に背中を流してもらい、気持ちを切り替えた。

「じゃあ、俺は先に出るよ。2人はゆっくり入っててくれ。」

千博はそう言って先に風呂場から出て着替えた。そして明日から頑張ろうと意気込み、すぐに眠りにつこうとした。しかし、2人のバスタオル姿は強烈すぎて、眠りになかなかつけなかった。そのため、ちょっとした事情で一旦トイレに行ってからベッドに戻った。2人がゆっくり風呂に入っているようでよかった。その後はぐっすりと深い眠りについた。



ーーーーー



「くそっ!!なんなんだこれは!次から次へときりがないぞ!」

青い装飾の施された甲冑を着た騎士は、足元に倒れているゴブリンに剣を突き刺しながら悪態を吐く。

「これで大規模なモンスターの発生は8度目か。今はひと段落がついたようだが、この調子ではまた発生するだろう。」

少し離れたところで、身長が2メートルに届きそうな巨漢がその身の丈もある大剣を担ぎながら言った。周りにはモンスターの死体と、傷ついた兵達が転がっている。

「どうした、ザック。何か分かったか?」

男は転がるモンスターの死体の1つを調べながら、隣の少し細身の男に話しかけた。

「分かったといいますかねぇ、これは勘ですけど。今まで倒してきたモンスター達、なんか様子がおかしかったんですわ。まるで、何かから逃げてるみたいな。」

細身の男は無精髭をなでながら答える。

「いやな予感がしますわ、なんか。こりゃ、クロード達にも来てもらうことになるかも知れないですねぇ。」

「……調査が必要か。第5班を呼ぶ必要があるかも知れんな。」

2人はそう話しながら青い甲冑の男のもとへと向かう。モンスターの発生は止まない。大規模なものは8度目だが、それ以外にも小規模なものは続いている。長い戦いが強いられているため兵の疲労も激しかった。

「レミエル殿、兵達を休ませる必要があるな。」

レミエルと呼ばれた甲冑の男はそれに気づくと剣を鞘へ戻して姿勢を正した。

「えぇ、そのようです。しばらくは魔物の数は減るでしょうから、順に休ませましょう。初めは我らが見張りを務めます。ゴラン将軍殿とザック兵長殿は、兵達を休ませて下さい。」

「了解だ。何かあれば、知らせてくれ。すぐに加勢しよう。」

「助かるぜ。うちの奴らも流石にへばってきてたからなぁ。飯だ、飯だ。」

そう言うと巨体の男、ゴラン将軍は野営地を設置する為に兵達の元へと向かった。その後にザック兵長も続く。2人はゼウシアからアイジスの援軍として派遣されていた。ゴランはふと考えた。アイジスに来てから数ヶ月が経つ。本来なら将軍が不在の状態では、国の防衛は成り立たない。ゼウシアの場合は近衛隊の存在がそれを可能としていたが、頭の片隅ではいつも国の危機のことを考えていた。

「それにしても、いつになったら帰れるんですかねぇ?訓練場の食堂が恋しいなぁ。」

隣を歩いていたザックが、心を読んでいるかのように呟いた。

「……食堂より、私は国の方が心配だ。あのアレギスが攻めてきたのだぞ。」

「あー、アレギスの件ですか。あれはビビりましたよねぇ。完全に友好国だと思ってましたし。ま、近衛隊のおかげでなんとかなったみたいですけど。」

神妙な顔つきのゴランに対し、ザックは欠伸をしながら答えた。

「能天気だな、お前は。女王が誘拐されたのだぞ。それに、女王を助けたのは新米の近衛隊員だったそうだ。我々もまだ、力不足ということだ。」

「まぁ、そーなんですけどね。でも、逆に考えたら良いんじゃないですかねぇ。うちにも、それだけ優秀なやつが入ってくれたって事で。」

2人の元に来た報告では女王を救ったのはグスタフの娘と新人の近衛隊員という話だった。加えて、敵将を降伏させたのも新人の手柄と聞いていた。もしこの2人がいなければ、女王を人質に国を乗っ取られていたかもしれないのだ。

「……一理はあるが、何にしろ今回は運が良かっただけだ。早く帰れるようにしなくては。」

「賛成。て事で、調査を進める為に作戦を練りますか!」

「あぁ、勿論だ。明日の朝にでも調査班を編成して向かわせよう。」

話しながら野営地にたどり着いた2人は簡易なテントと柵を設置するよう指示する。そろそろ周りも暗くなって来たところだ。夜は夜行性の魔物達が発生する可能性がある。野営地には疲労した兵達が大勢いる。この隙だらけな状況で魔物達が現れたら一大事だ。

「ザック、奴隷兵達は任せたぞ。休ませてやるのも大事だが、警戒は怠るな。」

ザックと別れる前に、ゴランは一応釘を刺しておく。それを聞くとザックは微笑んで答えた。

「分かってますって。……将軍も、ちゃんと休んでくだせぇよ?なんなら、俺が交代しますしね。」

「……知っていたか。そうだな、次からはそうさせてもらう。」

ザックはひらひらと手を振りながら奴隷兵達に野営の指示を出しに歩いて行った。毎夜、ゴランは見張りの兵とは別に付近で発生する魔物達を倒していた。そのことにザックは気がついていたようだ。皆が安心して休めるようにしていたが、ザックにはかえって気を遣わせていたようだ。

「……今夜は一眠りするか。」

ゴランはそう呟いて設置されたテントの1つに入っていくと、テーブルの上に周辺の地図を置いて調査の方針を考え始めた。


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