新しい魔法とアサクラ
短めです。
「よし、じゃあ今日は違うことをしてみようかの。」
「おお!よろしくお願いします!」
ライラが家に来てからまた数週が過ぎ、千博達はまたいつも通りの生活を送っていた。ライラは家事の練習に励み、ステラはライラに教えつつ家事を、千博はボアさんと一緒に魔拳の修行をしていた。
「何をするんですか?」
千博はわくわくしながらボア仙人に尋ねた。魔拳の魔力の使い方は完璧ではないが、《可視化》させたテニスボール球サイズの魔力をなんとか10mほど飛ばすことができるようにはなった。サンドゴーレム戦からまた強くなったはずだ。なかなか順調に力をつけられていると実感している。
「そうじゃな。魔拳とは少し違う路線にずれるぞい。魔力の《変換》をやってみようと思ってのう。」
「《変換》ですか。」
なるほど、確かにそろそろできるかもしれないな。初めにフェリスに魔法を見せてもらった時はできる気がしなかったけど、魔力の使い方はもうかなり慣れたし。
「うむ。魔力の操作もかなり上手くなっておる。《変換》は出来た方が役立つからのう。魔拳とともにしっかり覚えておくと良いじゃろう。戦いの幅が広がるぞい。」
確かにそうだな、と納得する。モーガンとの戦いで泥人形と戦っていたときに思ったことがある。千博は基本素手で戦うため泥人形を一対一で相手する必要があった。そのため、かなり面倒くさかったのだ。千博のイメージでは魔法を使えば大勢を相手できるような気がしていた。だから、何か対集団の攻撃を覚えておきたかった。
「お願いします!」
「うむ。では、まずは適性をはかろうかのう。魔法には火、土、水、風の4つの属性があるわけじゃが、どれか使えそうだと思うものはあるかの?」
使えそうなもの……いきなりだな。そんな簡単に使えるようになるのか?近衛隊でも訓練しないと使えないって聞いたけど。でも、そうだな……。
「火、かなぁ?」
見たことあるのは火か土なんだよな。でも、やっぱり魔法っていえばまずは火って感じだし。土魔法って分かりにくそうだしな。
「火、か。なるほどのう。火は四大元素の中でも最も攻撃に秀でた魔法じゃ。扱えるようになれば強力な武器となるじゃろう。ならまずは挑戦じゃ。お主は既に魔力操作の仕方を知っておるからの。《可視化》させた魔力を《変換》してみるのじゃ。ほれ、やってみ。多分お主ならできる気がするぞい。」
そうだな。《可視化》はできるんだから、あとは《変換》だけか。ボアさんの言う通り結構できるかもしれない。よし、やってみるか。千博はさっそく魔力を手のひらに集め、《可視化》させる。そして、火の形に変えていこうとした。そして、何時間かが経過する。
「のー、チヒロよ。どうじゃー?できたかのー?」
「あ゛ー!もう、なんでだよ!?」
既に挑戦しだしてから昼を回ったので食堂に昼食を食べにいっていたボアさんが爪楊枝を咥えながら帰って来た。千博はまだ食事はとっていない。というのも、火への《変換》ができそうでできないのが悔しかったからつい続けてしまっていたからだ。
「なんか、魔力がぐねぐねしだすけど火に変わらないんですよ!どうしたらいいんですか?!」
「ふむ、あとちょっとと言ったところじゃが……ワシの教えた通りやっとるのか?」
ボア仙人はそう言って近くのベンチに座る。初めは自力でやっていた千博だったが、それではなかなかうまくいかず、途中からアドバイスを受けた。ボアさんの教えによると、《可視化》させた魔力というのは不安定な状態であり、それゆえに《変換》させて安定した形の火や土、水や風とすることができるそうだ。だから、《可視化》させた魔力を《変換》する時は長い時間をかけない方が良いらしい。長い時間をかけて魔力を《可視化》させているとどうしても《可視化》が消えないように安定させようとする方に意識がいってしまう。かといって《変換》させようとばかりしていると《可視化》が消えてしまう。だから魔力を《可視化》させるのとほぼ同時に《変換》させるのがもっとも効率が良い《変換》の仕方なのだ。言われてみればこれまで見てきた魔法に《可視化》した魔力を見ることはなかったのはそれが理由のようだ。千博は言われた通り努力したが、《可視化》させた瞬間に《変換》をしようとするが、《変換》に手間取って火に変わる前に魔力が消えてしまうのだ。それがもどかしく、ついつい時間を忘れて集中していた。
「ちゃんとやってますけど、《変換》が上手くいかなくて……」
「ふむ……そこで手こずるとなると、あとは単にイメージが足りんのかのう。それか不器用なだけかじゃが、お主は割と器用な方じゃと思うからのう。ま、気長にやってコツを掴めば使えるようになるじゃろな。」
「くそー、何でだよ……」
イメージが大切って言われてもなぁ。難しい。これじゃまだ時間がかかりそうだな。少しふてくされて地面に大の字になる。
「ふおっふおっふぉ、そうそう、ワシはそういうのが見たかったのじゃ。何でも簡単にこなされては、師匠としては鼻が高いがつまらんからのう。」
「くそ……なんか悔しいな……」
ボア仙人は笑いながら寝っ転がった。あと少しそうなんだけどなぁ。そう言えば、《変換》で使える魔法って四つなんだっけ?火、土、水、風の四つ。見た事がある中で火にしようと頑張ってたけど、イメージで言えば水とか土の方がもしかしたらやりやすいかもしれないな。どちらも触ったことはあるし。風も触った事があると言えばあるけど、実体化のさせ方が難しそうだ。うん、水と土に変えてみるか。
「うーん……あ!でき……た!」
とりあえずまずは火から水への《変換》に変えてみると魔力の小さな球は丸い水の球になった。水風船の中身だけが手にのっている感じだ。触った事があるもの方が圧倒的にやりやすい。《変換》させた魔力、手の上の水の球はとても安定しているのがよく分かった。もう片方の手で触れてみるとちゃんと冷たい水になっている。《可視化》なら魔力球を飛ばせる距離は10mほどだ。千博は少し移動してボア仙人から10mほどのところに立った。ボア仙人は横になって居眠りを始めている。よし、ちょっと試すか。
「えい。」
「ふおっ?!冷たぁっ!」
右手に持った水球を居眠りしているボア仙人に向かって投げてみた。すると水球は見事にボア仙人の背中に命中し、ボア仙人は飛び上がった。……すごい。魔力球ならこの距離から投げるとぎりぎり形を保ったくらいの、かなりサイズも存在も小さくなった状態になってしまう。しかし、水球は少しもその大きさを変えずにボア仙人に当たった。それに、水球は投げた後もボア仙人に当たるまでは途中で飛び散ったり形も崩れなかった。これが魔力で作った水か。
「何じゃ?!背中が濡れとる!」
困惑しているボア仙人はほっておいて、千博は今度は土魔法を使えないか試してみた。初めはわかりにくそうだと思ったが、イメージで考えればこれも火より容易い。早速試してみると、考えていた通り手のひらに土の球、というより泥団子を作り出す事ができた。やっぱり、《変換》するものがどんなものなのかをよく理解してないと出来ないみたいだな。これなら、火傷覚悟で火も触ってみれば使えるようになるかもな。まあ、極力やりたくないが。千博は出来た泥団子をまたボア仙人に投げてみた。今度はさすがに当たる前にはたき落とされてしまったが、やっぱり材質を失わないまま、形とサイズも安定してボア仙人までとどいた。
「なんじゃ、結局できるのか!?」
「土と、水だけですけど。このニつはなんか意外と出来ました。」
ボア仙人は驚いているようだ。コツを掴めば簡単って言ってたけど、確かにそうかもな。《変換》の方法自体は分かったから、あとはその対象をはっきりさせればいいみたいだ。火と風は難しそうだが、今でも四つのうち半分は使えそうだな。ただ、土の方はあの泥団子がどうやったらモーガンみたいな魔法になるのかさっぱり分からないけど。……そういえば、《変換》できるものって他にはないのかな。ゲームとか物語とかで出てくる魔法だと光魔法とか、闇魔法とかなかったっけ。あ、でもそんなのイメージが余計につかないか。……いや、でも待てよ?今やってみてる感じだと、イメージさえつけば四大元素と言われてるあの四つ以外にも《変換》できたりしないかな。光とか闇とかは難しいけど……そうだな、雷、いや、電気なんてどうだろう。
「電気といえば身近なとこだと静電気かなぁ。えーっと……ダメか。」
イメージはしっかりしてると思ったんだけどな。《変換》して実体化させるには少し足りない。でも、静電気以外に電気を感じたことなんてないしな。やっぱり無理なのか。
「電気、電気……。なんかないかなぁ。」
「デンキ?伝記のことか?なんで急にそんなものを欲しがるんじゃ?」
電気と呟いているとボアさんは伝記と勘違いしているようだ。あ、そうか。この世界には電気ってないのか。照明器具も火だしな。ま、いいや。それより何かないかな……。電気……。雷。あのビリビリくる感じ。静電気よりもそれがはっきり分かるのは……あ、そうだ!あれを思い出せばいいじゃないか!
「よっ……と、うわ?!危な!」
あるイメージをもとに《変換》を行うと見事に手には電気を生み出すことに成功した。バチバチと音を立て、球体状ではあるが周りを小さな電撃が飛び散っている。自分の魔力で作ったものだから触っても問題はないけど、びびるなぁ。
「にしても、あの荒い『治療』が役に立つなんてな。」
千博が目をつけたのは魔力の生成が止まってしまった時にボア仙人にされた治療だった。あの体に電撃が走るような、まるでAEDの電気ショックを受けているかのような感覚。あの感覚が上手く電気の《変換》にマッチしたのだ。電気など静電気の他に触ったことのない千博だったのであの治療の感覚が本当の電気ショックとどれだけ近いのかは分からない。ただ、上手くいったということは、あの治療はかなり電気ショックに近い行為だったのだろう。まさか意識のある状態で何回も電気ショックを受けていたとは。本当に電気ショックだったら死んでいてもおかしくなかったんじゃないのか、これ。
「な、な、な、なんじゃそれはぁ?!」
「何って、電気ですけど。あ、ちゃんと威力はあるのかな。」
見た目は上手くいっているがちゃんと電気としての働きをもっているのか気になったので千博は試してみた。少し離れたところの木に向かって電撃を打ってみる。手元の球体の電気の塊は真っ直ぐに木へとのびて進んでいき、ドンと鈍い音を立てて木の幹を貫く。当たった箇所は穴が空いていた。
「すごいな、これ。けど、人に使うのは危なそうだなぁ。」
「か、雷じゃと?!お主、どうやったんじゃ?!」
ボア仙人が目を見開いて驚いている。雷魔法は珍しいのか?
「普通にイメージが固まったから……できるかなって。」
「なんと……雷をイメージじゃと?あ、あり得ん。なんなんじゃお主?!」
え、なんかすごい驚かれてるけど、正直雷魔法の方が火よりも全然やりやすかったぞ。火は触ったことなんかないし。俺からしたら逆になんで火の魔法が使えるのかコツを知りたいんだけど。
「雷魔法は今まで使おうとしたものは何人もおった。しかし、雷は天に住む神々の怒りと考えられておる。それを再現できるものなど1人もおらんかったのに、それをお主……こうも容易く……。」
「いやいや、絶対ボアさん使えますよ。ほら、俺を治療してくれた時の感じですよ。治療受けた側の俺が使えたんだから、ボアさんも使えますって。」
「は?治療、じゃと?あれが雷となんの関係があるのじゃ。」
あれ、上手く伝わってない。……あ、そうか。ひょっとして、こっちの世界じゃ電気って存在が知られてないからか。イメージが雷に結びつかないせいで理解してもらえないんだ。
「そう考えると、これは雷魔法じゃなくて電気魔法って言った方がいいのかな?」
「伝記魔法?雷魔法じゃなく?うーむ、何が違うのか見た目ではわからんのう……。それに、なんで伝記なんじゃ?」
ボア仙人は頭をひねっている。なんか意地悪してるみたいで嫌だなぁ。でも、上手く説明がつかないしな。
「俺がいた所では雷は電気っていうものと考えられているんです。あ、この電気、は偉人についての書物とは違うものです。それで、その電気が体に走った時の感覚がボアさんの治療と似てて……。だからそれをイメージして《変換》したんです。」
「ふむ……デンキ、というのを知らぬとお主の方法では《変換》は難しそうじゃな。それにしても、イメージが大切とは言ったが……本来ならこんなに簡単に《変換》はできるものでは無いはずなのじゃがのう。お、恐れ入ったわい……。」
「そうなんですか?まぁ、それなら少しは自信を持ってもいいのかな。」
火と風はまだだけどこの調子ならなんとかなりそうだ。よし、これも魔拳と一緒に練習していこう。……ふぅ、ずっと集中してたし疲れたなぁ。お腹も減ったし、休憩にするかな。
「あー、お腹空いた。ボアさん、ちょっと休んで来ていいですか?」
「食堂じゃな?お主が行くならワシも行くかのう。教える相手もおらんし。」
千博達は一旦訓練をきりあげた。そして先に食事は済ませたみたいだったが、ボアさんもついてくることとなり2人で食堂へ向かった。
「おーい、チヒロ!」
食堂へ向かう途中、向こうから走ってきた同じ班の兵に声をかけられた。
「どうしたの?……なんかあった?」
急いでいる様子を見て、千博は事件でもあったのかと少し身構える。
「グッさんが呼んでるぞ。急ぎの用だってさ。なんか、誰かがお前に会いにきてるみたいだぞ。」
「俺に?治安維持隊の人かな?」
ライラの件が落ち着いてから治安維持隊の人とはしばらく会ってないけどな。でも、俺に会いにくる人なんてそれくらいしか思いつかない。
「さあな、俺は知らねえよ。じゃ、ちゃんと伝えたからな!」
「おう、ありがとう。」
ふむ、誰がきたんだろうか。とりあえず行ってみるか。お腹は空いているが急ぎって言ってたしな。
「すいません、ボアさん。ちょっと行ってきます。」
「うむ、仕方ないの。じゃ、ワシは先に帰っとるぞい。」
もう午後だしな。多分用事から帰ってきたら訓練も終わってる頃だろう。さて、グッさんのところだったな。千博は回れ右して食堂を後にした。
グッさんは訓練所の入り口の近くにいたので少し探すのに手間取った。さっきのやつ、グッさんの場所くらい教えてくれてもいいのに。ただ、来客って言ってたからここじゃ無いかと思ったら見事に当たった。グッさんの横には一台の馬車が停まっている。
「すいません、遅くなりました。で、俺に会いに来た人っていうのは?」
「お、来たな。今、呼ぶから。おい、出てこい。千博が来たぞ!」
お客さんじゃなかったのか?なんか知り合いみたいな話しかけ方だな。本当に誰だか見当がつかない。
「やぁ、マナカ君。久しぶりだね。」
「え?!あ、アサクラヒデト?!」
馬車から出て来た男を見て千博は驚いた。アサクラヒデト。ゼウシア襲撃とユリア女王の誘拐の首謀者。あの件があって、最後に地下牢で見て以来全く会っていなかった。確か、研究施設みたいなところで働かされてるって言ってたけど。ていうかなんでこいつが俺に馬車に乗って会いにくるんだ?!
「ははは、なんでお前がって顔してるね。でも初めは僕も驚いたんだよ?女王様に君を護衛につけるよう言われた時はね。」
「護衛?……あの、グッさん。これはどういう……」
なんで俺が護衛につかなきゃいけないんだ?ていうか、女王様って言わなかったか?どういうことだ。
「イヴァンから確か話があったと思うけどよ、ゴラン将軍とザックがアイジスの援軍に行っているのは覚えてるか?」
「ゴラン将軍とザック……あぁ、兵長さんですね?覚えてますよ。けど、それがどうしたんですか?」
イヴァンさんと初めてあった時、食堂でゼウシアの軍について教えてもらった時に聞いたな。援軍に行ってるからこの間の戦闘にもいなかったんだっけ。
「2人はアイジスの近くで発生したモンスターの討伐の援軍に行ったわけなんだが、それをこいつがどっかから聞いてきてな。モンスターとの戦いを見学したいって言ってきてよ。」
「あぁ。だから、女王様に新しくできた飛行艇の試験飛行と兼ねてアイジスに行く許可を貰ったんだ。」
秀人は笑いながら言う。へぇ、飛行艇もう出来たのか。凄いな。ちゃんと働いてるんだな。
「ふーん、でも、それなら別に俺は関係ないんじゃ?」
アサクラが個人的にアイジスに行きたいって言うお願いをユリア女王にして、それが通ったってことだろ?何でそこに俺が関係するんだ?
「それがな、女王が護衛にお前を指名したんだ。」
「ユリア女王が?」
なるほど、ここでユリア女王がでてくるのか。でも、護衛なんてしたことないけどいいのかな。もっと向いてる人がいるんじゃないか?
「『2人には話す機会が必要だろう。』って言ってたぜ?」
……なるほど、そういうことか。確かに、最近忙しかったしアサクラに会いに行ってみる時間もなかった。あれからしばらく経ったけど、まだ俺が異世界に来た理由について何か情報を聞けてはいない。
「ま、そういう事だからさ。よろしく頼むよ、マナカ君?」
「……。確かに聞きたいことは色々とあるからな。」
アサクラは嬉しそうに笑っている。相変わらずだな。ミーツェに対しての件では理解したけど、こいつの行動力とか頭の回転の速さとかは油断できない。アレギスの事は反省はしてるみたいだけど見張っておくべきだろう。
「よし、じゃ明日までに準備しといてくれ。何日間かアイジスに滞在することになるからな。明日の朝迎えがくると思うから、頼んだぞ。あと、これも渡しとくぜ。」
グッさんはそう言うと一振りの剣を千博に渡す。……重い。
「これは模擬剣じゃねぇ。それと、今回の護衛は訓練でもねぇ。任務だ。そこんとこ頭に入れて頑張ってこいよ!」
ポンと肩に手を置かれる。そうか、アレギスのを数えなければ、これは俺の近衛隊としての初任務になるのか。
「はい、しっかりこなして来ます。」
千博は剣を受け取るとそう答えた。よし、頑張らないとな。護衛対象がアサクラってのはちょっとあれだけど仕事だししかたない。千博はため息をついてアサクラを見た。
「やだなぁ、そんなに嫌がらなくてもいいだろ?仲良くしようよ。」
そう言ってアサクラは手を差し出して来た。……まぁ、いいか。これからは一応仲間だからな。挽回のチャンスをちゃんと活かしてくれればいいんだが。千博も応えて手を差し出し、握手をした。
「よし!じゃ、また明日。楽しみにしてるよ、チヒロ!」
そう言ってアサクラは馬車で帰っていった。俺も帰るか。少し早いけど、明日の準備もしときたいしステラとライラにも話さないと。そう考えながら千博は帰路についた。
「……と言うわけで、少しの間家を開けることになった。2人には留守番を頼むことになるんだけど……」
3人で夕食をとったあと、明日からのことを話すとステラの顔が不安そうになった。ライラは表情に出にくいから分からないけど、やっぱり不安なんだろうな。家に女の子2人だし、何かあったら困る。ライラは強いけど、もしモーガンみたいなやつが来たらと思うと心配だ。それに、ライラに関してはガルトさんが言ってたことも気になる。人狼の血の暴走。もし俺の留守中にそれが起きてしまったら……。
「……。」
2人のことを見るとやっぱり俺も不安になる。でも、こんな調子じゃこれから先、任務が受けられないぞ。千博は言葉を続けられなかった。
「チヒロ……大丈夫。私が、ステラを守る……。任せて。」
「ライラ……」
困っている千博を安心させるためだろう。ライラが胸を張って拳を握ってみせた。
「はい!留守中は協力して2人でお家を守ります!それに、2人いれば寂しくもありません!」
「ステラ……。そう、だな。よろしく頼むな、2人とも。」
「はい!」
「うん。」
2人は俺を安心させようとしてくれているみたいだ。元気な返事を返してくれる。もちろん、この2人なら安心して家を預けられるが、いろいろとあった後だからな。やっぱり不安になってしまう。……グッさんに明日相談してみよう。
「それじゃ、俺は明日の準備をしてくるよ。」
千博はそう言って自室へと移動した。心配なのは留守中に危ない奴(ボアさんは除く)が来て2人が危険な目にあうこと。それとライラのことの2つだ。ひとつめに関してはそこら辺の泥棒とかならライラがなんとかしてくれるだろうが、モーガン級の奴が来た時が心配だ。それに、二つめに関してはライラはどうすることもできない。ライラが暴走して、ステラを傷つけてしまうなんてことはあってはならない。2人の間に心の傷を作ってしまうことになりかねないからな。さて、この二つをどうするか。荷造りしながら千博は考えた。ボアさんに頼むのがいいかもしれないが、こんな時に限っていない。明日来るかもわからない。全く、タイミングの悪い人だ。どうせたまにふらっとやって来はするだろうが。
「はぁ。2人に何かあったら飛んでいけるような魔法とか、ないかなぁ。」
瞬間移動とか、どこ◯もドアみたいなやつ。そんな都合の良いもの……あるわけないよな。いろいろと思考したが、とりあえずは戸締りをきちんとしておくよう言うしかないかな。といっても、2人はそんな事当たり前にしてくれてるが。注意を促すことくらいしかできないな。荷物を纏め終わると伸びをして
息を吐く。
「風呂、入るかぁ。」
こういうモヤモヤした時はやっぱり風呂に限るよな。結構時間も経ったし、先に2人も入っておいてくれただろう。あんまり悩んでても仕方がない。あとはグッさんに相談してみるだけだ。それなら明日に備えて早く寝れるようにしよう。そう考えながら千博は階段を下りていった。




