事件収束と姉妹
少し短めかもしれません。
更新頑張ります。
フェリス、ライラ、千博の3人はディートリヒの屋敷の地下へ続く階段を下りていた。地下空間は後から作られたようで飾り気はなく、階段はまっすぐに続いている。
「……っと」
少しふらついて千博は階段の壁際に手をついた。魔力が残る様に使ったが、やはり一気に放出したのは少し体の負担になった様だ。
「大丈夫か、チヒロ?!まさかあの時、魔力を使いすぎたんじゃ……」
「あ、いや、大丈夫。ちょっと疲れただけだからさ。」
フェリスが心配そうに尋ねてくる。だが本当に問題はなかった。むしろ今回はかなり魔力の調整はうまくできていたと思う。使いすぎた、という感覚はない。
「本当か?ならいいんだが……。もし辛いのなら休んでいてくれていいんだぞ?」
「ありがとう。でも、本当に大丈夫だよ。まだ魔力は半分くらい残ってるからさ。ただ、初めてする使い方だったから体が慣れてなかっただけだよ。」
「な!?は、半分?」
千博が答えるとフェリスが今度は目を丸くして驚いている。何かおかしな事を言っただろうか。
(ま、まだ半分も魔力が残っているのか?驚いた……初めに会った時も魔力量に驚かされたが、更に伸びているなんて……。それに、私の全力の魔法と同等の威力の魔法を使ったのにまだ余裕があるとは……)
フェリスは千博の成長に言葉を失った。訓練次第で魔力量は増えるがここまでの速度で増えるのはとても珍しい。ボア仙人の修行がよほど効いているのか、それとも千博の才能なのか。
(恐らく両方だろうな……。だが、ここまで伸びたのはチヒロの努力の賜物だ。闘い方もだいぶ上手くなっている。頑張っているのだな、チヒロ。……私も負けていられないな……)
フェリスは千博の成長を頼もしく感じると同時に向上心を高めた。実際、千博の魔力量はすでに人知を超える域に達し始めていた。魔法を使う機会がボア仙人との修行で一気に増えたことにより増加したのだ。毎日魔力が無くなる寸前まで魔拳の練習をするのを繰り返したのが主な原因だろう。加えて千博は魔力の使う量の調整も覚えてきていた。そのため今回はライラとの闘いの後だったにも関わらず魔力を使い切ることがなかった。身体強化は極力避け、泥人形との闘いは《留化》させた魔力のみで行っていたおかげだ。
(魔力のやりくりはかなり慣れてきたよな。ただ、最後の魔拳は上手くいって本当に助かった。やっぱり全身から放出する方が、半分残しておく分以外は一気に放出しちゃっていいからコントロールを考えずに済んで楽だったな。掴まれてたからゼロ距離だったし。手から放出しろって言われたら集めて放出するまでに圧しつぶされてただろうな。)
千博は先程の闘いを思い出して分析してみる。今回は何とか上手くいったがやはりボア仙人の様に魔力を遠くに放出できる様になるにはもう少し時間がかかりそうだ。
「……着いた。」
先頭を歩いていたライラが立ち止まった。階段が終わり少し開けたスペースに到着し、その先には鍵の掛けられた鉄製の扉が一つあった。その横にはテーブルと椅子が一つずつ置いてあり、一人の男が椅子に座って机に突っ伏してよだれを垂らしながら寝ていた。手には酒瓶を持っており鍵が机に置いてある。
「こいつ見張りか?上であんなに闘ってたのに随分のんきだな……。」
千博は呆れながら机の鍵をとった。男は気持ちよさそうに寝ている。
「こんなとこ、初めて来た……。」
ライラはここの場所は知らなかった様だ。妹とは違う場所にいたのか。まぁ、ここを見つけられたらこの見張りじゃすぐに妹も助けられてしまうしな。
「よし、じゃあ開けるぞ。」
そんなことを考えながら千博は扉の鍵を鍵穴に挿し回す。扉が開くと、千博とライラは中へと入った。フェリスは念のため外で待機し、寝ている見張りを見張っている。はたから見たら気持ちよさそうに寝ている人をただ見守っているだけに見えるが、もし途中で起きて外から鍵を閉められたら困る。まあ、鍵が二つあるかは分からないのだが。
「ルチア?どこ?」
ライラが薄暗い空間の中で呼びかける。てっきり一部屋くらいの大きさだと思っていたが、以外と空間は広く声が反響していた。上の戦っていた部屋の下にあるからひょっとしたら同じくらいの大きさがあるのかもしれない。それに、入って気づいたが人の気配が一人ではない。かすかだが中から何人かの気配を感じる。
「お姉……ちゃん?」
と、薄暗い部屋の奥から一人の少女が近づいてきた。まだ小さい女の子だ。そして、その頭にはライラと同じ虎の耳がついていた。
「ルチア……ルチア!よかった!」
ライラは少女の近くに行って抱きついた。
「お姉ちゃん……どうしてここに?」
「ごめんね……私のせいで、ルチアにも辛い思いをさせて……でも、もう、大丈夫。大丈夫……」
無事の妹と会えたことにライラは緊張感が解けたのか目に涙を浮かべている。ルチアの方はまだ状況が分からずなぜ姉がここにいるのかわからない様な表情だ。姉妹を完全に隔離して奴隷として使っていたようだ。ライラは妹に抱きつきながら安心させようと言葉をかけ続けている。無事、ライラがルチアと会えてよかった。千博は2人を見て安心すると、ルチアが歩いてきた方向に進んでみた。そちらからまだ何人かの人の気配がしたからだ。そして見つけた。
「……!こんなに?!」
奥の方には四、五十人ほどの人が身を縮まらせて集まっていたからだ。その全てが獣人だった。容姿はバラバラで、犬や猫、クマから鳥まで色々な種類の顔の獣人がいる。「様々な顔」、と表現したのはその獣人の人々の体は完全な動物というよりも人間に近く、まるで特殊メイクをしているかのようで体つきも人間そのものだったからだ。ステラやライラのような獣耳系の獣人は2、3人しかいない。また、捕まっていたのは女と子供だけだった。数は感じていた気配より断然多い。ただ、みんな消耗しきっていて気配が感じ取れないくらいになっている。女性達は子供達を自分達の後ろへ回らせ、千博のことを警戒と恐れの目で見ていた。
「……あの、大丈夫です。俺はあのモーガンとディートリヒの仲間じゃありません。むしろ敵です。だから安心してください。すぐにここから出れますよ。」
取り敢えず警戒を解くために説明すると、少し表情が変わった。だが、まだ緊張は抜けていない。
「……何のつもりですか?」
と、1人の女性が口を開いた。鳥の獣人だ。見た目で言うとエジプトの神話に出てくるホルスの様な人だ。
「何のつもりって……俺はライラに協力してライラの妹を助けに来たんです。そしたら、ライラの妹だけじゃなくて皆さんもいたから一緒にここから逃げる様にって……」
「…………。」
ここに来た経緯を説明する。しかし、獣人達はまだ疑っている様だ。子供達も怯えている。それを見て千博はこの国のことを思い出した。
(……そうか。人間の多くは獣人を奴隷として見たり見下したりしてるんだっけ。だからどうして俺が助けようとしてるのか理解できないんだ。それに、この人達は酷い目にあったに違いない。何かの罠だと思われてるのかもな。)
千博は頭をかいた。これは分かってもらうのは大変そうだな。
「みんな、安心して!この人……チヒロさんは私たちの味方だよ!」
困っていると、後ろからライラの妹のルチアがやってきて援護してくれた。どうやら、ルチアは信用してくれているらしい。実の姉のライラから説明されたから効果があったのか。どちらにせよ、ライラはちゃんと説明してくれたようだ。
「ルチアちゃん……それは本当なの?」
猫の顔をした獣人がルチアに尋ねる。
「本当……。チヒロは、私とルチアのために戦ってくれた。それだけじゃない。チヒロの仲間の人も、私達のために戦ってくれた。……モーガンとディートリヒは捕まってる。だから、もう、大丈夫。」
ルチアに続いてライラもやってきて説明を加えた。2人の説明が加わったことでチヒロを警戒していた眼差しは変わっていった。
「信じて、いいのね?」
「大丈夫。信じて。」
ルチアが答えると子供達の顔は笑顔になり、女の人達は目に涙を浮かべて解放を喜び始めた。それにしても、どうして奴隷として連れてこられたのが女子供だけだったんだろうか。疑問がうかんだが、今はこの人たちを助けられたから良いか。
「じゃ、全員出ここを出よう。ライラ、みんなの誘導を頼むよ。」
「分かった……。ルチア、手伝って。」
「うん!」
こうして、千博達はディートリヒの館から奴隷として捕まった人達を連れて地下から出た。ちなみに、見張りの男はこれだけの大勢で移動しても起きなかったのでそのままにしておいた。なんだかこの世界に来てからろくな見張り役を見ていないなと千博は苦笑いした。
地下を出て、そのまま館も出るとイヴァンさんが呼んだのであろう治安維持隊の人達が来ていた。既にディートリヒとモーガンは荷馬車の様な形をした連行車に乗せられた様で、イヴァンさんと治安維持隊の人がその前で話をしていた。
「チヒロ殿、助かったでござる。どうやらこやつらが違法奴隷販売の大部分を行っていた様でござるよ。これから、奴隷として売られた人々も探して解放していくでござる。」
近くに行くとイヴァンさんがお礼を言ってきたので千博は慌てて手を振った。
「い、いえ、偶然ですよ!俺はライラを手伝って……じゃなくて、もとは俺を暗殺しようとした犯人を捕まえに来ただけですから。他の人を助けられたのはたまたまだし、あいつらが本当に違法奴隷販売してたかは知りませんでしたし。」
実際のところ、ここに来たのはライラの妹を助けるためだったが、治安維持隊の人も居るのでそれを言うのはどうかと思い建前の理由を言っておいた。イヴァンさんも分かってくれるだろう。
「いいえ、例えそうだとしてもチヒロさんの行動が多くの人を助けたのは事実です。ご協力、本当に感謝いたします。」
そう言って今度は治安維持隊の人が否定をして頭を下げた。
「そうでござるよ。それに、この件はなかなか手掛かりが見つからず困っていた様でござるからな。治安維持隊内部の貴族との癒着も分かり、プラスのことばかりでござるよ。」
イヴァンが嬉しそうにそう言った。町が良くなるのがとても嬉しそうだ。良い人なんだな、と千博は思った。
「それで、申し訳ないのですが、チヒロさん。明日、少し事件についてお話をお聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」
治安維持隊の隊員が尋ねてくる。そうか、これは一応事件になったから事情徴収みたいなのがあるのか。最初はライラの事だけだったけど随分と大人数になってしまったからな。
「分かりました。」
「グッさんとボア殿には拙者が伝えておくでござるから安心するでござる。それでは、今日はこれで大丈夫でござるよ。疲れたでござろう、ゆっくり休んでくだされ。」
イヴァンさんに言われると少し眠くなってきた。今日は訓練のあとからあまり休む暇なく動いていたからな。
「では、明日お迎えにあがります。今日はありがとうございました。」
「はい、待ってます。それと、イヴァンさん、ありがとうございました。来ていただいてとても助かりました。」
千博は最後にイヴァンにお礼を言って頭を下げた。本当に、イヴァンさん達が来なかったら危なかったと思う。
「ははは、これしきの事なんでもござらん。いつでも駆けつけるでござるよ。お休みなさいでござる。」
イヴァンは何でもないといった様子で手を振った。千博はもう一度頭を下げると、ミーツェとフェリスの方へ向かった。
「ミーツェ、フェリス、今日はありがとう。おかげで助かったよ。」
2人にも礼を言う。
「いいよー、気にしなくて!チヒロの役に立てて良かったよ!」
「ああ、ミーツェの言う通りだ。私達は仲間なんだ。困った時はお互い様だ。」
ミーツェもフェリスも笑顔でそう答えてくれた。仲間、か。今回は俺が助けてもらったんだ。だから、次は2人を助けれる様にしなくちゃな。
「それにしても、あの子。妹を人質に取られてたんだね。」
ミーツェがライラの方を見ながら言った。ライラはルチアと他の獣人の人たちの側にいる。治安維持隊の人が獣人達に話をしているが、みんなそれを警戒を込めた目で見ながら聞いている様だ。イヴァンさんが間を取り持とうと頑張っているのが見えた。
「チヒロを暗殺しようとした奴だから、手伝った後に懲らしめようかと思ってたけど……大切な人を人質に取られてたんだもんね。やっぱり、止めとくことにしたよ。」
「ああ、だからあんまり怒ってやらないでくれ。悪いのはライラじゃない。ディートリヒとモーガンの方なんだからさ。」
千博もライラを恨んでなどいない。別に謝罪が欲しいとも思わなかった。ライラがどれだけ追い詰められていたのかは、戦った時に分かっていたから。千博はそれを周りにもわかってほしかった。
「……まぁ、責めたりはしない様にするよ。気持ちは分かるしね。私も、チヒロとか……その、家族、とかが人質にされたら同じことしちゃうかもしれないし……」
ミーツェは少し照れ臭そうにそう言った。ミーツェもグッさんとの関係を回復しつつあるようだ。親父、じゃなくて家族、にしたところはちょっと惜しかったけど、今のをグッさんが聞いたら泣いて喜ぶだろうな。千博とフェリスは顔を見合わせて微笑んだ。
「あっ!ち、違うもん、親父はチヒロの次だし!チヒロが一番なんだからね!」
2人が笑ったのを見てミーツェは慌てて修正する。
「別に言い直さなくても良いじゃないか。今のグッさんにも言ってあげたら喜ぶぞ。」
「ふふ、そうだな。三日三晩はにやけ続けるだろうな。」
千博とフェリスがそう言うとミーツェは照れて赤くなった。いつも大胆に千博にアピールするミーツェがグッさんが絡むとまだ素直になれない様子にフェリスも微笑んでいる。いつもと立場が逆だな、と千博はまたおかしくなって笑った。
「さて、遅くなってしまったな。明日も訓練だ。後のことは治安維持隊がやってくれるそうだから、私達は帰ろう。」
「ああ、そうだな。」
ミーツェを面白がるのはこの辺にして、そろそろ帰らなければ。ステラも心配しているだろう。そういえば、明日の訓練は出られないだろうからグッさんに伝えてもらうようミーツェとフェリスにも言っておこうかな。
「も、もう!チヒロ!行こっ!」
「え?あ、ちょっと?!」
顔を赤くしたまま照れ隠しのようにミーツェが千博の手をとって引っ張っていく。ミーツェもフェリスも途中までは帰り道が同じだ。千博はずんずんと進んでいくミーツェに引かれていく。
「おい?!わ、私を置いていくな!」
そして置いていかれそうになったフェリスが千博とミーツェの後を追う。夜が更けた中、照れているミーツェに引っ張られながら千博は自宅へ帰った。
「チヒロさん!」
家へ着いて玄関を開けるとステラが飛び出してきた。
「ただいま。ごめんな、遅くなって。……また心配かけたな。」
今回は突然ではなく一応報告してから家を出たわけだけど心配かけたのに変わりはない。こんな時間まで起きていてくれたのが何より、心配をかけていた証拠だ。
「本当です……心配したんですからね?でも、そのご様子だとライラさんは……」
「ああ、無事、妹と会えてたし奴隷からも解放されるらしいよ。ライラの主人は違法にライラを奴隷にしたみたいでさ。だからこれでライラ達は自由だな。」
「そうですか……!それは良かったです。お疲れ様でした、チヒロさん!」
結果報告をするとステラも喜んでくれた。ライラに対して少し責任を感じていたところもあったみたいだからな。無事に事が済んで安心しているようだ。
「明日治安維持隊の人と話さなきゃいけないからな。その時に正式に解放されるんじゃないかな。ステラも一緒に来るか?」
「はい!行きたいです!」
多分ライラ達はみんなもといた村に帰れるだろうから、出会えるのは最後になってしまうかもしれないしな。ステラも一緒にいた方が良いだろう。折角仲良くなった事だし。
「よし、じゃあ明日の予定は決まりだな。それじゃあ今日はすぐに寝よう。」
気づけば時間はもう日をまたいでいた。疲れた事もあり、千博はさっと風呂に入って寝床についた。
「はぁ?!どういう事ですか、それ!!」
千博は机を叩いて椅子から勢いよく立ち上がった。その勢いで椅子は倒れる。
「す、すみません。ですが、こればかりはどうしようも……」
千博の剣幕に隣のステラと治安維持隊の壮年の隊員が驚いてわずかに肩を震わせた。
「ライラは悪くないって言ってるし、治安維持隊の人達も分かっている筈ですよね?!なんでライラは奴隷のままなんですか!」
「さ、先程も申し上げましたがバルテレモン家のご子息の逮捕は大きな事件です。昨夜の騒ぎで国民達の間でも知られ始めていますし、マナカさんが関わっていたことも噂で広まってしまっているんですよ。」
壮年の隊員は千博の顔色を伺いながら説明を続ける。今、千博とステラは治安維持隊の本部に来て応接室のような場所で話を聞かされていた。部屋には千博とステラと隊員の3人だけで、あまり広くはない。小学校の校長室の一角みたいな場所だ。
「あ、あの。それがライラさんとなんの関係があるのでしょうか……?」
ステラが控えめに尋ねた。まだ2人は千博の様子に怯えている様だ。
「マナカさんは国民達の英雄となっています。ですから、何故マナカさんがこの事件に関わっていたのかを明らかにしなければ国民の騒ぎが治らなくてですね……。そうなると、必然的にライラさんの存在と、彼女が何をしたのかも……」
千博は隊員の話を聞いていていらついていた。まただ。また英雄扱いか。そんなこと俺は望んでいないのに。
「ライラさんがマナカさんを殺そうとした事を国民に知らせる。すると、ライラさんが解放されてしまっては国民の間で治安維持隊への怒りと不安を買ってしまうのです。我々への不信が募る事は、国へ、つまり女王への不信も募るという事なのです。」
「……それは!でも……」
ライラが解放されるとユリア女王に迷惑をかけることになる。それはわかった。しかし、どうしても千博は納得できない。
(これじゃ……ライラが解放されないのは俺のせいみたいなもんじゃないか!)
「俺を殺そうとしたのはライラじゃなくてディートリヒでしょう?!それじゃダメなんですか!ライラは、妹を人質に取られていたのに!」
「計画犯は彼ですが実行犯はライラさんです。これ以上決定が変わる事はありません。」
壮年の隊員は恐る恐るではあるがはっきりとそう言い切った。この決定が変わる可能性は感じられなかった。
「っ……じゃあ、ライラは、どうなるんですか。」
歯ぎしりしながら千博は尋ねた。奴隷から解放されないという事は、また誰かに買われるという事なのか。
「ライラさんは犯罪奴隷扱いです。これから、引き取り手を探す事になりますね。とりあえず今は留置所にいます。今後はおそらく、作業従事者や労働者として働く事になるでしょう。個人的に犯罪奴隷を雇う人なんていませんからね。」
「……ライラが解放されることを俺は望んでいます。文句を言いに来る人には、そう伝えたら良いじゃないですか。当事者が納得してるんだから……ダメなんですか」
やっぱり諦められない。せっかく妹も助けられたのになんでライラだけ解放されないんだ。
「もし、マナカさんが彼女に殺されていたらと考えてみてください。彼女に非は全くないと言い切れますか?」
「それは……」
そう言われて千博は答えに詰まった。人を殺すことはどんな理由があっても罪だ。それは間違いないと、心から理解している。
「今回は未遂でしたが同じことです。……お気の毒な事ですが、ご理解下さい。これが最善の策なのです。では、私はこれで。帰りの馬車は手配しておきます。」
「あ、ちょっと……!」
治安維持隊の隊員はそう言うと申し訳なさそうに足早に立ち去った。……これ以上治安維持隊の人と交渉しても何も変わらないのかもしれない。組織としての決定には逆らえないといった様子がとても強く感じられる。
「チヒロさん……ライラさんは……」
悲しげな表情で千博を見上げるステラ。
「くそっ……」
千博も顔を歪める。悔しかった。意識していないのに自分が少し有名になったせいでライラから自由を奪う結果になったなんて。
「……とりあえず、ここを出よう。ここに居ても仕方がないのはもう分かった。」
「……はい。」
千博とステラは治安維持隊の本部から出た。しかし、これで諦める訳にはいかない。自分のせいでライラが解放されないとなった今、その気持ちはさらに強くなった。なんとか他の方法を探さなければ。だが、どうやって?ライラを解放することは国の不信を高める事につながるとまで言われてしまった。これではどうしようも……。
「……?」
「どうかしましたか?」
ふと、何か治安維持隊本部の建物の出口付近で何かが光った気がした。門へと続く道沿いに並ぶその低い木の茂みの中からだ。振り向いて見てみるが、特に変わった様子はない。
「いや……気のせいかな。」
光の加減で葉に反射したとか、そんなところだろう。一瞬だったしな。そう納得して歩き始めた時だった。
「あの……!えっと……チヒロ、さん?」
不意に後ろから呼び止められる。振り向くと、そこにいたのは昨日初めて会ったライラの妹だった。
「チヒロさん、こちらの方は……?」
ステラが尋ねる。まぁ、初対面だから当然だ。でも、見た目は似てるから言えばすぐ気付くだろうな。
「この娘はライラの妹さんだよ。」
「あ……」
そう教えるとステラは納得した表情を浮かべた後、気まずそうに目を伏せた。千博も同じ気持ちだ。
「ごめん、ルチア。お姉ちゃんを解放してやる事が出来なかった……!でも、まだ諦めないから安心して。必ず、解放してみせるから!」
千博はルチアに頭を下げた。ライラ以外の村の人々は解放されるみたいだが、仲の良い姉が1人だけ解放されないなんてこんな小さい娘には辛すぎる。申し訳ない気持ちで一杯だった。
「ううん、チヒロさんは他のみんなを助けてくれたもん。それに、私達とは別の所に売られたお母さん達も無事だったの。だから、良いの。」
「お母さんが……?それは良かった!でも、ライラは……」
初耳だった。ライラは自分の母の話はしなかったからな。お母さんも一緒にさらわれていたのか。……そうか、だから余計にお母さんの代わりに妹を守ろうとしていたのかもしれないな。
「……私も知ってる。お姉ちゃんはこれからも奴隷のままって。そんなの嫌だけど、でも、お姉ちゃんがチヒロさんを殺そうとした事を聞いて……」
「違う!お姉ちゃんは悪くないんだ!ライラは君を守ろうとしていただけだ!」
千博は強く否定した。ライラは何も悪いことはしていないんだ。
(そうだよ。ライラは、俺を殺そうとしたけど、助けようともしたじゃないか!ライラはやっぱり悪くないんだ!)
「でも、人を殺そうとするのは、いけないことだもん……それくらい、私も分かるよ!だけど、お姉ちゃんはやりたくてやったわけじゃないことも知ってるもん!」
ルチアは涙目になって千博に言った。自分の姉がした事も理解しているが、姉が悪い人間ではない事を誰よりも知っているからどうして良いか分からないのだろう。それでも、こんなに現実を正しく受け止められている所に千博は驚いた。千博は何も言えなかった。
「お姉ちゃんは、悪くないもん……。だから、助けてあげて欲しいの……!」
ルチアは千博に涙目で懇願してきた。我慢しているのか、涙を流してはいないところに千博は強さを感じた。小さい子が自分の中の気持ちにこんなに葛藤しながら耐えている。
「分かってる、分かってるよ。けど、どうすれば……!」
千博は拳を握りしめた。どうすれば良いのかのアイディアが全く浮かばなかった。なぜなら、ライラを解放すれば国の、ユリア女王の不信を高めると言われたからだ。目的達成が大きなデメリットを生む。しかも、助けようとした自分ではなく他の人に迷惑がかかる。
(くそっ……いっその事、ライラを解放する様に女王様に掛け合うか?でも、それはユリア女王に迷惑をかける……。ユリア女王には本当に感謝してるから、迷惑をかける訳には……)
言葉を発せず3人の間に沈黙が訪れ、お互いにそれぞれが方法を模索する。みなライラを解放するのが不可能だと心の中で感じ始めていた。しかし、その時だった。
「……あっ!」
気まずい空気の中、ルチアがはっとした表情で何かに気づいたようだ。
「どうした?」
千博は尋ねる。すると、ルチアの顔に涙目の表情から明るい表情がさしているのに千博は気付く。何か方法を思いついたのだろうか。
「お願いっ!チヒロさん、お姉ちゃんを引き取ってあげて!」
ルチアはそう言ってチヒロの腰のあたりにしがみつき頼んだ。引き取るって、ライラを奴隷としておれが引き取るってことか?
「でも、それではライラの事は解放できないんじゃ……」
「……うん。でも、他の人間の人は怖いもん。チヒロさんならお姉ちゃんに酷いことしないよね?」
「するわけないよ。けど……」
確かに、ライラを預かれば他の人に何か酷いことをされたりするのは防げる。でも奴隷という身分は消えないしみんなとは離れ離れのままだ……いや、待てよ?
「分かった。そうしよう。」
「本当!?やったぁ!」
了承するとルチアは嬉しそうに虎耳をピコピコとさせながら抱きついてきた。
「私も賛成です。ライラさんも誰か知らない方よりチヒロさんに引き取られた方がきっと良いと思います。」
ステラもうなづいている。しかし、引き取ろうと思った理由はそういうことじゃない。千博はライラを助けようとしている事をボアさんに伝えた時の話を思い出していた。
「そういうわけじゃなくてな。ボアさんが言ってたんだ。奴隷と主人の関係には外部から口出しをすることはできないって。それなら、俺がライラを他のみんなと一緒に村に帰しても誰も文句は言えないはずだろ?奴隷という肩書きは残っちゃうけど……でも、俺の奴隷である限り他の人から何か言われる筋合いはないはずだ。」
「それは……!すごいです、チヒロさん!」
「……?」
ステラは意味がわかったようだが、ルチアがちょっと追いついていないみたいだ。
「えっとな、つまり、ライラは俺の奴隷になるけどルチアと一緒に家に帰れるってことだ。」
「えっ?!そんなことできるの?!」
ルチアは驚いて目をパチクリさせている。よし、やることは決まった。早速行動に移そう。急がないとライラが誰か他の人のところに引き取られてしまうかもしれない。
「ああ、任せて。早速話をしてくるよ。」
「すごいっ!じゃあ私もみんなに知らせてくる!」
そう言ってルチアは千博から離れて治安維持隊の本部の方へと元気に走って行った。保護された人たちは治安維持隊で保護されているらしい。
「チヒロさん、ありがとうっ!」
ルチアは一度振り返って千博にそう言いながら手を振った。千博もそれを見て手を振り返す。でも、まだ油断はできない。急いでライラを引き取りに行かなければ。
「確かライラは留置所にいるって言ってたな。門の前に治安維持隊の人が用意した馬車があるはずだ。その人に留置所の方を回って貰うよう頼もう。」
「はい!急ぎましょう!」
ステラと千博は馬車に乗ると御者に留置所に行くように頼んだ。理由を聞かれ、不信げな顔をされたがライラに会っておきたいと言ったら了承してくれた。
暗い留置所の一部屋で私は1人になってしまった。でも、気持ちは楽だった。ルチアを助けることが出来たし、捕まっていた村のみんなも助けられた。それに、先ほど聞いた話で私たち以外に捕まっていて、いろんなところに売られてしまっていた村の人の中にお母さんがいたそうなのだ。私たち以外の村のみんなは殺されてしまっていたのかと思っていた。お母さんが無事と聞いてとても安心したし嬉しかった。会うことが出来ないのは残念だけど、これでルチアは村にも帰れるしお母さんと一緒だから寂しくもないだろう。……だから、何も問題はない。村から、家族から私がいなくなりだけだから。大丈夫だ。それでいい。
「……っ」
なのに何で、私は震えているんだろう。私は全てやり遂げた。後悔はないはずだ。あとは、チヒロを二度も殺そうとして傷つけた罰を受けるだけだから。……チヒロには本当に感謝してもしきれない。何の罪もないチヒロを私は殺そうとした。最初に巻き込んだのは私で、私は一度はチヒロを遠ざけようとした。でも、それでもチヒロは今度は自分から巻き込まれに来た。そして、私を助けてくれた。ルチアを、みんなを助けてくれた。獣人の私達を差別しないで大事にしてくれた。私の耳と尻尾を似合っていると言ってくれた。
「……あ」
チヒロのことを思い出していると気づいた。私はまだ、ちゃんと謝っていない。ルチアの事に必死で、助けられておいてお礼もきちんと言っていない。
「どう、しよう……」
私は、やっぱり馬鹿だ。自分でも分かっている。記憶力だって悪いし、騙されやすいことも。でも、こんな大切なことまでわすれてしまっているなんて。
「……私、は……」
最低だ。目から涙が溢れてくる。もうチヒロにはきっと会えないだろう。どうすればいい?私は、取り返しのつかないことをしてしまった。それに気づくと涙が止まらなかった。一番大切なことをやり残してしまっていたのだ。
「どう、しよう……私……!」
ガタン、と突然重い扉の開く音がした。誰かが留置所の中へ入ってきた様だ。何人かの足音が自分の部屋へと近づいてくる。私の引き取り手かもしれない。嫌だ。まだ私はチヒロに何も言えてない。何も伝えられていない。それなのに引き取られてしまっては、ずっとこのままだ。
「……嫌……私、まだ……」
足音は部屋の前で止まる。
「あ、あの、本当に良いのですか?彼女は……」
留置官が誰かに確認をしている。やはり私を引き取りに来た人の様だ。
「良いんです。早く出してあげてください。それと、俺が引き取ったことは秘密にして下さいね。たまたま旅行で来てた貴族が引き取ったとか、そんなところにしておいて下さい。そうすれば問題はないはずです。」
「わ、わかりました。貴方がそうおっしゃるなら……」
駄目だ。このままでは引き取られてしまう。……そうだ、隙をついて逃げ出そう。そしてチヒロに会って、色々と伝えないと。なんとか……そうだ!
留置官がゆっくりと扉を開く。私は扉の影に隠れた。手と足には枷がはめられているので、中に入ってきた留置官を体当たりして倒し、扉の前の新しい引き取り手の左腕に噛み付いた。これで相手は怯んだ。
「いったぁ!?何すんだよ、ライラ!」
今なら逃げられ……え?自分の名前を呼ぶ声にとても聞き覚えがある。しかし、そんな筈はない。ここは留置所だ。こんな所にいるはずがない。
「……チ、ヒロ?」
「ああ……いきなり噛まなくても良いだろ……」
見上げると、そこには左手を痛そうにさすりながらこちらを見るチヒロがいた。
「……ぁ」
声を出せずにしばらく見上げた。そんな様子の私に、千博は右手を差し出した。
「行こう、ライラ。ルチアやみんなが待ってるよ。……今度は噛むなよ?」
そう言って笑ってみせるチヒロ。私は我慢が出来なかった。
「……ぅ……チヒロっ……!」
「う、うわ?!どうしたんだよ、ライラ?!」
ポロポロと涙が溢れてくる。どうしよう。何から言っていいか……。
「ぐすっ……ごめん、私、貴方を殺そうとしたの、謝ってない!それに、ありがとう……ライラを……みんなを助けてくれて!」
「え、あ、ああ?分かったから、泣かなくても大丈夫だって!ほら、とにかく立って。行くぞ?」
よかった、チヒロに会えて、言葉にできて。本当によかった!私は涙で顔を濡らしながらチヒロに言われるがまま留置所を出た。
「これで、私はチヒロの奴隷?」
「えっと、まぁ、形式状だけど。」
馬車での帰り道で落ち着いたライラは家に着くと尋ねてきた。
「……よかった。」
答えるとライラは嬉しそうに笑った。……えっと、喜ぶところはまだ早いんだけどな。
「ほんとにチヒロの所にこれるなんて、思わなかった……」
「そういえばそうだな。俺もルチアに言われるまで考えてなかったよ。」
「これで、チヒロの国に連れてってもらえる?」
そう言われて千博もライラに会った時のことを思い出した。そういえばそんなことを言ったな。本当は帰り方はわからなかったんだけど、でも、帰れるとしたら約束は守る。
「まだ帰れないけど、もちろん連れてくよ。」
「……ありがとう。チヒロが主人で、よかった。これから、よろしく……ご主人様。」
ライラは千博にお辞儀してみせる。なんか話が違う方向に進んでるぞ。
「違う違う!あのな、ライラ。別に俺はライラを本当に奴隷にしようと思って引き取ったわけじゃないんだ!」
「……?!私、もういらない……?」
そう言うとライラは虎耳を力なくたらして落ち込んだ。
「まあ、話を聞けって。俺はライラをルチア達と村に帰すつもりなんだ。」
「……?それは、無理。私は、チヒロの奴隷。チヒロといる。」
ライラは不思議そうに首を傾げる。話が上手く伝わっていないようだ。
「俺の命令で村に行ったことにすればいいんだよ。そうすれば問題ないからさ。」
「……なるほど、確かに。でも、私は、チヒロの所に居たい。」
話を理解したはずのライラだったが、なぜか提案を断られてしまった。まさか断られるとはおもわず、千博は一瞬言葉につまる。
「……私はまだ、奴隷として罰を受けてない。それに、チヒロに何もお礼をしてない。だから、チヒロと一緒にいる必要がある。」
ライラはそう言って千博をまっすぐに見た。困った千博は隣のステラと顔を見合わせる。
「あのな、もうその事は気にしなくていいって。村にいた方がルチア達も安心するし喜ぶよ。……それに、俺はルチアと約束したからな。ルチアとライラが一緒に村に帰れるようにするって。」
「……でも、私は……」
ライラはまだ納得せず何か迷っている様だ。でも、どうしてだろうか。ライラはルチア達と村に帰れる事をもっと喜ぶと思っていたのに予想外だった。
「あの、何はともあれ一度ライラさんも村に帰られた方が良いと思います。村の皆さんに無事な姿を見せてあげないといけないのではありませんか?」
迷っているライラにステラが言葉を加えた。確かにステラの言う通りだ。まずは村に一度帰る必要がある。きっと村に帰ればライラの気も変わって残りたいと思う様になるだろう。
「そうだな、その方がいいと思うよ。ルチア達が村に帰る日に合わせて一緒に帰るのがいい。」
「……分かった。一緒に来てくれる?」
とりあえず一度帰るというステラの提案は上手くライラを納得させた様だ。千博もステラの考えを進めるとライラはうなづいた。
「そうだな……まあ、多分大丈夫だ。グッさんやボアさんも分かってくれると思うし。」
今日は訓練を休んでしまったが、この件が落ち着くまではしばらく休まなければいけないかもしれないな。
「うん……なら、安心。」
「よし、これで決まりだな。じゃあ、それまではうちでゆっくりしててくれ。」
まだいろんなところに売られてしまった人たちが集まるまで少し期間が空きそうだしな。ライラの事は治安維持隊に伝えない方が良いだろうか。内緒でついて行った方が良いか?この事は留置所の人達しか知らないから治安維持隊はまだ知らないはずだ。
「む……私も働ける。ステラさんの手伝いする。」
「お、それはありがたいな。よかったな、ステラ。」
くつろぐ様に言うとライラは頬を膨らませて言った。さっきお礼がしたいって言っていたからな。こちらとしてもステラを手伝ってもらえるのは助かる。この無駄に広い家の事をステラに任せてしまっていたからな。ステラは仕事は早いが一日中自分の時間も作れずに働いてくれていた。ステラにもゆっくりする時間ができれば俺も嬉しい。
「はい、助かります!よろしくお願いしますね、ライラさん。」
「頑張る……任せて。」
張り切って胸を張ってみせるライラ。これはしばらく賑やかになりそうだと思いながら千博はライラに部屋を用意し、3人で話をしたりして久々にゆっくりとした時間を過ごした。




