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ハプニングと疲れた1日

昼頃から始まっていた祝勝会は夜の9時ごろになってようやくお開きとなった。その間始終様々な人に話しかけられ続けていた千博は城の前で馬車に乗り、一息つきながらステラを待っていた。

「はぁ……疲れた。なんか今日はよく寝れそうだ。」

「そうですか。それはお疲れ様でした。今夜はゆっくりとお休み下さい。………と、ステラさんがお戻りの様ですね。」

馬車の中で運転手と話していると城の方からステラが小走りでやってくるのが見えた。

「はぁ…はぁ…ごめんなさい!お待たせしてしまいました……」

「そんなに待ってないから大丈夫。よし、それじゃ家までお願いします。」

「はい、かしこまりました。」

千博が頼むと運転手は馬車の前方へと戻っていき、すぐに馬車は家へと進み始めた。

「なあ、ステラ。今日どこに居たんだ?会場では姿が見えなかったけど……」

馬車に揺られながら千博は尋ねた。今日、祝勝会にはかなり多くの人が居たから気づかなかっただけかもしれないが、一度も会場でステラを見ていなかった気がする。周りのメイドの中にも居なかったみたいだし……。

「はい、私は会場の方には行っていません。今日はずっとアリスさんと一緒に居ました。」

「え?じゃあ別れた後からずっと2人でいたのか?」

「そうですね……2人だけというわけではありませんでした。他のメイドの方も何人かいらっしゃいましたよ。」

「そうなんだ。一体何をしてたんだ?」

「あ、それはですね……」

そう言うとステラは持っていた手提げカバンから分厚い紙の束を取り出した。

「うわ、どうしたんだ、それ?」

「ふふっ、とっても良いものです!お家に着いたらお見せしますね!」

紙の束の正体を尋ねるとステラは笑顔でそう言った。何だろう。何かの資料かな?

「へー、それじゃ楽しみにしておくか。」

「はい!……そうだ。チヒロさん、パーティーの方はどうでしたか?」

「ん?ああ、そうだな……凄く疲れたよ。いろんな人にいろんなことを聞かれるし、喋りっぱなしだったよ。」

「そうですか。それはお疲れ様でした。今日はゆっくりお休みになって下さいね。」

「ああ。さっきの紙の束を見せてもらったらな。」

「あ、そうでしたね!」

そんなこんなで話をしているうちに馬車は千博の自宅へと到着した。

「さあ、どうぞ。到着致しましたよ。」

「どうもありがとうございます。本当にいつもありがとうございますね。」

この世界に来てから家と城の間の送迎は必ずこの人がしてくれている。千博は感謝の意を込めてお礼を言った。

「なんの!英雄殿の送迎が出来るなんて光栄ですよ。息子に話したらきっと喜びます。」

「そんな大袈裟な……。でもそれならこれからもよろしくお願いしていいですか?」

この人とはかなり仲が良くなった気がする。まだこの世界に来て数ヶ月の千博にとっては知り合いを増やしたいところであった。

「ええ、喜んで!こちらこそよろしくお願いします。おっと……それでは私は戻ります。またお会いできるのを楽しみにしております。」

「はい!それじゃ、おやすみなさい。」

別れの挨拶を交わすと馬車と運転手は来た道を戻っていった。

「よし、じゃあ俺らも家に入ろう。さあ、あの紙の束について教えてくれ。」

「はい!お風呂を沸かしたらお見せしますね。」

む、なんかステラにしては珍しく凄い焦らしてくるな。何だろう。凄い楽しみだ。千博とステラは家の中へ入り、千博は広間の椅子に腰掛け、ステラが風呂を沸かしてくるのを待った。ちなみに紙の束はしっかりとステラが持って行ってしまい、見ることはできなかった。

「お待たせしてすみません、チヒロさん。」

と、そこへついにステラが部屋へと戻ってきた。そして例の紙の束をテーブルの上に置くと千博の向かいに座った。

「どうぞ、こちらです!」

座ったステラは紙の束を千博の方へと自慢げに差し出してきた。それを受け取って一番上の紙を見るとそこには50個ほどのます目に区切られた四角の中にそれぞれ何か記号のような物が書かれている表があった。

「……?これは……何だ?うーん、何か書いてあるみたいだが……」

記号、と言うよりはもしかしたら文字が入っているのかも知れない。しかし千博はこの世界の文字や記号は読むことが出来ないのでなんだか分からなかった。

「これは文字表です。ふふっ、私、本当に幸せです。まさか読み書きが習える日が来るなんて思いもしませんでした……」

「文字表?ああ、なるほどな……」

確かに言われてみればこの表、五十音表に似ているな。ステラは嬉しそうにうっとりと紙の束をパラパラとめくって眺めている。恐らく今日初めて文字の読み書きを習ったのだろう。ステラは獣人とのハーフだから何かと村での扱いも酷かったと聞いているし、そもそも獣人の社会での地位が高くもないので今まで習えなかったのかもしれない。

「………てことは、今日一日中アリスさんと読み書きの勉強をしてたのか?」

「はい!とても楽しかったです!」

おおぅ………一日中勉強してて楽しかったなんて……俺なら無理だな。こんなに屈託のない笑顔になんかなれない。

「でも、何で急に文字を習おうと思ったんだ?何かあったのか?」

千博はステラに聞いた。ステラが文字を習いたかったっていうのは分かったけど、何で急に今日だったんだ?

「ええと、それは私にも分かりません。千博さんとお城で別れた後突然アリスさんから知らされましたので。」

「そうなんだ。不思議な話だな。良かったな、ステラ。」

「いえ、不思議ではありませんよ?私が文字を習えたのは千博さんのおかげです。」

「え?」

どうしてそこで俺の名前が出て来るんだ?別に俺がアリスさんに頼んだわけでもないし、どういう事だ?

「アリスさんがチヒロさんにこの世界の読み書きを教える様に、と仰られましたので……でも、意外でした。チヒロさんも読み書きを習ってはいらっしゃらなかったのですね。」

「え?ああ、そうか。そう言えば話してなかったな……」

ステラの一言で千博は思い出した。千博はまだステラに自分が異世界から来たことを教えていなかった。この事を知っているのはユリア女王やクロードさん、フェリスやグッさんの様な城の関係者くらいに限られている。別に隠しているというわけではなかったが、話す機会も別になかったのだ。一応教えておいた方が良いよな。

「…?」

「……………。」

とは言ったものの、なんて話を始めれば良いんだ?こんな話をいきなりされても信じられないだろうし、どうやって説明すれば……

「チヒロさん?」

「うーん、まあ何となく伝わればいいか。」

「?」

ステラは千博のひとり言に首を傾げている。

「あのな、ステラ。まだお前には話してない事があるんだ。」

「……は、はい。何でしょう?」

「俺は実はこのゼウシアからずっとずっと遠く離れたところから来たんだ。だからこの世界の言語や記号はわからない。それに文化も違う。……これは一緒に生活してて思い当たる節もあったんじゃないか?」

ステラに尋ねてみる。とりあえずは俺がゼウシアの文化や生活について知らないという事が伝わればいい。

「ええと、そうですね………。前にチヒロさんが言っていた、ショウユというものですか?」

「あ、そうそう。それ。」

そう言えば醤油の事を話したことがあったな。ステラの料理は本当に美味しいけど、どうしても故郷である日本の調味料、醤油の味が忘れられなかった。だから試しに一度ステラに聞いてみたことがあったんだ。案の定、聞いたこともないと返されてしまったのだが。

「まあ他にも色々あっただろうけど、とにかく俺はこの国の事を何も知らない状態でここに来て、今もそんな詳しくないって事だけ知っておいてくれ。」

「は、はい。分かりました。」

コクリと頷くステラ。これでとりあえず俺がこの国や文化について詳しくない事は伝わったと思う。

「ええと……それではチヒロさんはどの辺りから来られたのですか?違う大陸からいらっしゃったのでしょうか?」

「え?あ、ああ、そうだな。言ってもわからないくらい遠い所だ。」

「そうですか……それなら何故そんなにも離れているゼウシアへいらっしゃったのですか?何か目的が?」

「う………そ、それは……」

千博は返事に詰まった。まあ、確かにそれは気になるところだろうけど、目的なんてものはなかったし、そもそもこの世界に来た理由も分からないぞ?どう答えよう……。

「……何ていうか、偶然の連続、かな。ふらっと旅に出て進んでいたらここについてユリア女王に国民にしてもらったんだ。だから特に目的とかは無かったな。」

……半分嘘で半分本当ってところかな。旅なんかはしてないけど、偶然ってのは間違いじゃないだろ。

「そうでしたか。ところで……」

「ところで!俺、文字を習いたくてうずうずしてるんだけど、早く教えてくれないか?」

何か質問しようとしたステラだったが千博はさせなかった。これ以上聞かれると誤魔化しきれないことも出てきそうだ。

「あ!そうでしたね。でも今日はもう遅いですから初めの方だけ……あとは明日から始めましょう?」

「お、おう。じゃあ、早速頼むよ。」

そして話をそらして文字を習い始めること30分。まず初めにならったのは『あいうえお』だった。どうやらこの世界の文字は日本語の平仮名と対応しているらしい。つまり、文字さえ覚えてしまえば分を書くのはそんなに難しくないかもしれない。とりあえず今日はステラの見本を見ながら字の練習をして終わった。さ行まで進んだからもうあと3分の2くらいかな。平仮名と対応しているのはありがたいけど、文字に規則性とかがないので覚えるのは少し面倒だ。

「凄いです……!この調子なら明日で全て覚えきってしまえますね!流石です、チヒロさん!」

「あはは……そんな、照れるな。」

ステラの尊敬の眼差しに千博はついにやけてしまう。教えてもらっている間もこの眼差しのおかげでかなりはかどった。しかし、時計を見ると10時を少しまわったところだ。そろそろ風呂に入って来ないと。

「じゃあ、文字の練習はまた明日頼むとして、そろそろ風呂に入って来るよ。」

「あ……お、お風呂……ですか?」

千博がそう言うとステラはなぜか顔を赤くして目を逸らした。……えっと、なんで?なんか変なこと言ったか、俺?

「えっと……どうかしたか?」

「い、いえ!何でもありません!ごゆっくりして下さい!」

「…?あ、ああ。」

何だったんだ、一体?妙に様子がおかしかったけど……。別に風呂に入って来るって言っただけなのになぁ。千博はステラの態度に疑問を感じながら風呂場へと向かった。







脱衣所で服を脱ぎ簡単に全身を洗った千博は、タオルを頭にのせてゆっくりと湯船に浸かった。

「はぁ〜〜〜、生き返るなぁ。」

訓練の時も疲れるが、今日は今日で色々な人と話をさせられてかなり疲れた。温かいお湯が体に染みる。しかし、湯船に浸かり一人でくつろいでいると、どうしても色々なことを考えずにはいられなかった。

「どうしようかな、これから……」

魔力が使えなくなってしまったこと。これは千博にとって今後の生活に非常にかかわってくるところだ。

「あんま気にしてなかったけど、魔力を使い切ると死んじゃうんだよな……」

千博は医者に言われたことを思い出す。今、千博は魔力を生成する器官が麻痺しているらしい。そのため魔力を生成する事ができず、しかしそのおかげで魔力を使えず、魔力を使い果たして死ぬのは避けられている。魔力を使えないと言うのはこの世界に来る前では何も変わったことではなくいつも通りのことだったが、今は違う。

「『これからの活躍を期待しているぞ』か………」

千博は今日、祝勝会でユリア女王に言われたことを思い出す。正直、今の自分があるのはこの世界で得た魔力のおかげだった。この特殊な力のおかげで様々な場面を潜り抜けられたし、あの戦いで活躍できたのも魔力があったおかげだ。だからその力を、大きな力を急に失ってしまうことは酷く千博を不安にさせ、自信を奪っていった。

「魔力を作る器官さえ元に戻ればまた使える……はず、だよな。何とか方法を探さないと……。じゃないと……」

そこまで言いかけて千博は頭を振った。駄目だ。どうも弱気になっている。力を取り戻さないと、でないと今の自分のままでは誰の役にも立てない様な気がしてしまう。違う。力がある無しに関わらず、出来ることはあるはずだ。

「とにかく早く訓練に復帰しないとな。少しでも強くならないと。……けど、グッさんからは何も連絡ないし……。」

どうしよう。何かしていないとどんどん気が沈んでいく気がする。とりあえず、明日やる事を決めよう。

「そうだな……ステラが字を教えてくれるんだけどきっと午後からは暇だよな。……そうだ、病院に行こう!まだ今の俺の身体の症状も詳しくは聞けてないし、もう一度検査をしてもらえないか聞いてみよう。それとミーツェにもまだ会えてなかったし。ついでにお見舞いをしよう。」

よし、やることが決まったら少し気が楽になった。いつ訓練に参加できる様になるかは分からないけど、できることをやっていこう。それに俺はユリア女王の言葉に対して『はい』と返事をしたんだ。約束したからには例えどんな状態でも頑張らないとな。

「よし、そうと決まればもう風呂で悩む必要も無し!さっさと上がって寝るか!……って、ん?」

そして、事件が起こったのはすがすがしい気持ちで風呂から上がろうとしたその時だった。





「よ、よしっ!頑張らなきゃ!」

屋敷の風呂の脱衣所で1人意気込んでいるのはステラだ。彼女は今、先輩のメイド達から教えてもらったある事を実行しようとしていた。それは今日、城での事だった。

『ステラ、チヒロ様とは上手くいっていますか?』

文字を習い、紙に書いて練習をしているとアリスに声をかけられる。

『はい!チヒロさんはお優しいですし、何も困った事は……』

『そうではありません。いいですか、ステラ。チヒロ様は魅力的な方です。ですからあまり気を抜いていると他の人に取られてしまいますよ?チヒロ様をお慕いしている方が多いのは知っているでしょう。』

『………あ、そ、それは………』

文字を書いていた手を止めて顔を真っ赤にするステラ。その様子を見てアリスは微笑みながらさらに続ける。

『貴女はチヒロ様のメイドです。つまり、周りに差をつけるにはもってこいのポジションですよ?この立場を利用しない理由がありますか?』

『えっ………あ……』

『貴女は良くも悪くも心優しく穏やかな女性です。ですからなかなか行動できないのかもしれませんが……このままだとただのメイド止まりになってしまいますよ?』

『…⁈そ、そんな……』

ステラは犬耳をひしゃげてしょんぼりとする。と、二人のやりとりを見かけた数人のメイド達が近づいて来た。

『あら、ステラちゃん!久しぶりね〜!』

『なになに〜〜?何の話ですか〜?」

『面白そうな話をしてますね!私達も混ぜて下さい!』

メイド達は皆、まだ若く綺麗な女性達ばかりだ。以前ステラが城でメイドになるために色々と基礎的な事を学んでいた時に関わったことがある人達が集まってきていた。

『皆さん⁈ あの、お仕事は……』

『大丈夫、今私たち担当じゃないから!それより、何の話してたの?』

『そ、それは……』

『ステラの好きな男性、チヒロ様の話です。』

『ア、アリスさんっ⁈⁈』

微塵のためらいもなくそう言ったアリスにステラは顔を真っ赤にして手で覆った。

『アリスさんが相談に乗ってあげていたんですか。それなら、私達も協力しますよ!』

メイドの一人がそう言うと他のメイド達も一斉にうなづいた。こうして文字の練習をしていたはずがゼウシア城のメイド達による、ステラの恋愛成就の作戦会議が始まってしまったのだった。そしてメイド達が休憩時間を費やして考え、出した結論は……

「もっと強いアピール……チヒロさんの…お、お背中を流す………」

と言うものだった。その為、今ステラは脱衣所でバスタオル一枚を体に巻き、アリス達メイドがもたせてくれたバラの香りのする石鹸をもって風呂の戸の前に立っていたのだった。

「うぅ………やっぱり、別に服は着ていてもいいんじゃ………」

始め、メイド服のままで行おうとしたステラだったが、まるで見透かされたかの様にアリスに

『当然ですが、貴女も裸になるのですよ?主人が一糸纏わないでいるのに、貴女だけ服を着ているなんて失礼ですからね。』

と付け加えられてしまったのだ。何やら喋るアリスの表情が妙に楽しそうだったのが気にはなったが、言われてみれば確かに失礼なのかもしれない。反論ができなかった。

「尻尾が動くとタオルも取れちゃいそうだし……で、でも皆さんが一緒に私のために考えて下さって、わざわざ石鹸まで良いものを貰ったからにはやらない訳には………」

もう10分近くこうしている。そろそろ決めなければ千博が風呂からでてきてしまうかもしれなかった。

「行かなきゃ……でもやっぱり恥ずかしいし………それに、中ではチヒロさんも、は、はだかな訳だし……うぅ、どうしよう……」

「おーい、ステラー?そこに居るのか?」

「ひゃう?!は、はい?!」

迷っていると風呂の中から何故か不意に千博に声をかけられる。

「悪い、待たせてるよな。考え事してたらつい長風呂になっちゃってさー」

ーーどうしよう!もうチヒロさん出てきちゃう?!駄目!い、急がなきゃ!ーー

「ま、待ってください!!今行きますからっ!!」

「今出るから……って、え?」

焦ったステラは何が何だかわからなくなり、無我夢中で風呂の戸を開けて中へと飛び出す。が、風呂場という事は当然床は濡れている。次の瞬間ゴンッと盛大な音が風呂場に響いたのだった。






「…………え……?」

目の前で起こった出来事に千博はなんと言って良いのか分からなかった。ただ、説明するとすれば…『バスタオル一枚のステラが何故か勢い良く風呂に入って来て転んで目の前に突っ伏している』状態だった。

「あ……え?ス、ステラさん?大丈夫?」

取り敢えず安否を確かめる為に声をかけてみる。しかし応答はない。顔面から転んだみたいだったけど大丈夫か?

「………どうしよう。」

今ステラはうつ伏せに倒れている。普通ならひっくり返して安否を確かめればいいんだが、そうはいかない。というのは、ステラの格好が問題だった。バスタオル一枚なのだ。薄着どころの騒ぎではない。体に触れて良いものか、千博は戸惑った。

「………けど、いつまでもこのままにしてもおけないし……仕方ないよな?」

考えていても仕方がない。千博はゆっくりとタオルに細心の注意をしながらステラの体を起こす。と、その途中で

「?!?!」

ぴょこんとステラの尻尾が不意に動いた。そしてそれが意味するものは……

「〜〜〜〜〜〜ッ?!?!み、見てない!!見てないからな?!」

誰に言い訳をしているのか分からなかったが、必死に千博は自分の身の潔白を主張した。ステラは軽く意識を失っているようだ。

「くそっ……ど、どうしよう。完全にのびちゃってるよな……これ。取り敢えず何か着せたほうがいいのか?」

横目でステラの様子を確認しながら千博は脱衣所へと向かった。そしてまずは自分の着替えを済ましたが、そこでまた問題が発生した。

「………待てよ?服着せるって……お、俺が?!それは流石にきついんだけど………」

冷静になればこの場には自分しか居ない。そしてこのままステラをここに放置すればステラは風邪を引いてしまうかもしれない。

「………やるしかない、のか?」

千博は唾をごくりと飲み込んだ。別にいやらしいことを考えているわけでは断じてない。千博はあまり女の子に慣れているわけではないのでこの様な状況になれば当然死ぬほど緊張している。まるでこれから外科手術でも始めるのかという顔で千博は覚悟を決めた。周りを見渡すとステラのメイド服がたたんで置いてあるのを見つけた。千博はそれを持ってくる。

「………まずは下着か?えっと……こ、これか。」

白い小さな布切れを手に取り、横目でステラを見ながらその布をステラの足に通す。

「………なんか、完全に犯罪者だよな、俺。くそっ、頑張れ、あと少しだ!」

ただでさえやってる事が犯罪チックなのにここで理性を抑えきれなかったら本物になってしまう。死ぬ気で抑えるしかない。何とか下着をつけさせると、あとは手早くメイド服を着せていく。

「………はぁ…。な、なんとかやりきったな。」

ボタンを留め終わると、千博は大きくため息をはいた。ひとまずこれで安心だ。何も失うことなくやりきれた。本当によかった………。まあ、正直に言えば少しだけ名残惜しさが残ったけど、人として終わるよりはましだ。

「……部屋に運んでやるか。血とかは出てなかったし、そのうち目も覚めるだろ。」

千博はもとのメイド服に戻ったステラを抱きかかえて二階のステラの部屋へと向かった。階段が少し辛かったが、今まで訓練を積んできたおかげでスムーズに上がれた。

「これでよし。はぁ、まさか家に帰った後の方が疲れるなんて思わなかった。」

千博はステラを部屋のベッドの上に寝かせて布団をかけながら呟く。時計の針は既に11時半をまわっている。

「ふぁあぁぁ……眠い……俺も早く寝よ………」

大きなあくびを一つして、千博も自分の部屋へと戻る。そしてベッドに横たわると10秒もたたないうちに深い眠りについたのだった。

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