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処分(りよう)と祝勝会

「僕は以前、いや、この世界へ来る前にいじめを受けていたんだ。」

「………え」

秀人は苦笑いしながら言った。

「恥ずかしい話、単純に言えば今回の件は八つ当たりに近いかな。この世界に来て僕は力を得た。だから僕はこの力を使ってあいつらの気持ちを味わってみたかったんだ。」

「どういう事だ。」

千博は秀人に尋ねる。すると秀人は先ほどまでの笑みを消して拳を握り締めながら話し始めた。

「本当に不思議な話だよね。僕は運動が苦手で、人と話すのもあまり好きじゃなかった。だから独りで自分の好きな勉強に打ち込んでいたのに……。彼らは何が気に入らなかったんだろうね。僕は学校でなぜか殴られ、蹴られ、罵られていたよ。」

学校と言うことは秀人は高校生なのだろうか。歳は近そうだから少なくとも中学3年以上ではありそうだ。千博は話から秀人について色々と考えてみる。

「それは毎日、本当にどうして飽きないのか不思議なくらいに続いたよ。その度に僕の体にはあざや怪我が増えていった。それはもう辛かったよ。反撃もできずに一方的にやられるのは。」

秀人はそう言いながら服をめくった。そこには薄くはなっているが確かにいくつもの痣や傷跡が残っていた。

「………誰かに相談をしたりしなかったのか?」

「したさ。そして僕を助けようとした教師もいたよ。でも駄目だった。よくある話、相手の親は警察の官僚だった。だから好き放題やられたさ。結局、あの世界では権力がない者には何もできなかったんだよ。………でも、この世界は違う。この世界で僕には力があった!僕はこの世界で弱いだけの存在じゃなかったんだ!」

秀人の声が熱を帯びて段々と大きくなってくる。薄暗い地下牢に声が響いた。

「……だから僕はこの世界で奴らの気分を味わってみたいと思ったんだ。人の気持ちなんて気にせず自分の好きなように振舞ってみようってね。」

「………それで、お前は満足したのか?」

「………。」

千博が尋ねると秀人は黙った。そして先ほどまでとは違って落ち着いた口調で話を続けた。

「………確かに途中までは楽しかったかな。でも駄目だった。彼女……ミーツェさんに怪我をさせてしまってからは段々と後悔の念にかられ始めたよ。どうやら人は取り返しがつかないことを犯したと分かった時、初めて自分がしていた事に気付くみたいだね。もう、二度とやりたいとは思わない。だから正直、今の状況に少し安堵もしているよ。あのまま逃げ切っていたら心の中でずっと後悔し続ける事になっただろうから。」

「後悔………なるほど……」

千博が何かに納得する。そしてまさか本当に当たってるなんて、クロードさん凄いな、と呟くと秀人の方を向き直る。

「確かにお前の話を聞いて同情はしたよ。でも、それと沢山の人をお前の好き勝手に巻き込んだこととは別だ。お前の所為でミーツェだけじゃなく沢山の人が傷を負ったんだぞ?それは分かってるのか?」

「分かっているよ。………と言うより、分からされた、かな。とにかく、僕は死んででも責任を取る必要があるんだ。」

「死んででも、か。アサクラ、その言葉は嘘じゃないな?」

「どういうことだい?………こんな時に嘘をついても仕方ないだろう。僕は死刑になるのだから寧ろ責任を取れることに感謝しているよ。」

その言葉を聞いて千博は思った。この男、アサクラ・ヒデトは根は真面目で気も強いわけではなかったのかもしれない、と。それに後悔という言葉。そこからも彼の真面目さがうかがえる。だから千博はヒデトに同情をした。ひょっとしたら彼はこの世界に来て自分を変えたかったのではないか。そして彼はその方法として自分のやりたい事を人の迷惑など考えずにやるというものを選んでしまった。つまり、方法を間違えてしまっただけなのではないのか、と。人との関わりを深く持たないと言っていたが、それはその分周りの目を気にしていたということ。そして今回、いつもしていたことを急に止めてみたのだ。だが根が真面目な彼はミーツェを傷つけた時に責任を感じてしまった。自分がしていた事に気付いてしまった………

「まさか、ここまで読み取っていたのか?………本当に凄いなぁ、クロードさん。」

「クロード?ゼウシアの近衛隊長のことか。だがどうして彼が出て来るんだ?」

秀人は千博が何気なく喋った言葉の中の名前を不思議に思って尋ねた。

「とにかく。要するにお前は死んでもいいから責任を取りたいってことなんだよな?」

「………?まあ、そういう事だけど……」

「………だそうですよ。クロードさん。聞こえましたか?」

「ああ、良く聞こえた。協力ありがとう、チヒロ。」

「なっ?!君は……」

千博が後ろを振り返って話しかけると、階段付近の陰からゼウシア近衛隊長、クロードが姿を現した。

「どうして………」

その姿を見て一瞬言葉を失う。

「話は全て聞かせてもらった。しかし、死んでも責任を取りたいとは存外に良い返事が聞けて良かったな。」

「ええと、はい。それに彼もかなり反省しているらしいですし……これなら女王様の言っていた事も……」

「いや、チヒロ。まだ奴を信用することは出来ないぞ。こいつが信頼できるかどうかはこれからの働き次第だ。」

「………これは一体どういうことなんだ?」

2人で会話を進める千博とクロードに対し、秀人は未だに状況が掴めなかった。てっきり秀人はこれから自分は処刑されるのだろうと思っていた。しかし何故か2人からはその様な様子は見られない。それどころかこれからの働き、などと言っている。

「………と言うことは、君達は僕を処刑しないのか?」

考えた末に行き着いた結論を秀人は口に出す。

「勘違いするな。処刑しないからといって、お前が赦される訳ではない。これからお前には文字通り死ぬ気でこの国の為に働いてもらう。それがお前への罰であり、お前が罪を償えるチャンスだ。」

クロードから帰ってきた答えを聞いて考えていたことが確実なものとなった。自分は死なない。そして死ねない。

「何故殺さない!君達は僕に何をさせたいんだ⁈ 」

秀人は立ち上がって鉄格子越しに語気を強めた。駄目だ。自分は今ここで死ぬべきなんだ。それが大勢の人に対してできる僕の責任の取り方なんだから。しかしその様子を見たクロードは何故か笑った。

「っ⁈ 何がおかしいんだ⁈ 」

秀人は鉄格子を掴んで前のめりになりながら叫んだ。が、クロードは少しも怯む様子もなく言った。

「何故殺さないだと?………よく言えたものだな。その震えは武者震いではないだろうに。」

「………あ」

秀人は指摘されて初めて気づく。自分の体が小刻みに恐怖を刻んでいたことに。

「………ふん。私もお前は処刑すべきだと思ったさ。しかし女王が決めなさったことでもあるからな。まあ、お前が死にたいと言うのなら、死ねない事に加えてこき使われる事で二重の罰になって良いじゃないか。」

と、皮肉を言ってみせるクロードであったが、女王の「アサクラ・ヒデトを我が国の技術開発者として用いたいと思う。」との発言に対し唯一即座に反対しなかったのも彼だった。バルト宰相や他の大臣達が女王の意見に異を唱える中でクロードはただ一人女王の意見を前向きに考えていたのだ。

「何故だ、クロード殿!奴はこの戦いの首謀者なのですぞ⁈ 」

「そうです!彼は我が国とアレギス国の同盟の話を壊した挙句、女王様まで誘拐した悪党です!彼を罰せねば混乱を与えた国民達に示しがつきませぬ!」

大臣達が口々に反対する。

「………ですが、彼があの飛行艇の設計をした事は皆さんもお聞きになったでしょう?それも僅か1ヶ月程で完成に至る程精密なものだ。彼の腕は確かなものです。」

クロードが言っているのは千博達が乗った飛行艇の事である。千博達がゼウシアに帰国してからドルトンから聞いた話だ。約2ヶ月前、秀人はふらりとアレギス城の城門前に現れた。ドルトンが招き入れてふと飛行艇の話をした所、それなら似たようなものを作れる、と発言した為、衣食住を提供するという条件で開発に当たらせてみたのだ。すると、秀人はその言葉通り見事に飛行艇を作って見せた。それを大いに喜んだドルトンは秀人を国の重役として取り入れたのだ。その後、秀人の提案で今回の事件が起きた。

「そうは言っても、彼がしっかりと働くかは分からんぞ?復讐心がきっとあるだろうに。いつ裏切られてもおかしくないのではないか?それに彼の姿を消すという能力も危険だろう。」

一同が静かになった中、宰相のバルトが指摘した。すると周りの大臣達もそれに同調するように頷く。

「ええ、その通りです。そこで一つ気になっている事がありますのでそれを確かめられた場合のみ私は女王様の意見に賛成したいと思います。」

「ふむ、気になっている事?それは一体何かな?」

バルトが更に追求する。が、その言葉からはクロードを説き伏せようというよりもクロードの話に興味をもっている様子が感じられた。

「これはアレギス城での戦闘の時の事なのですが………今回の件で1人の近衛隊の少女が怪我を負ったことをご存知ですか?」

「うーむ、確かグスタフ班長の娘だったな。ミーツェちゃんだったかな?」

クロードが尋ねると周りを代表するかのようにバルトが答えた。大臣達は頷いたり首をかしげたり、全員が知っているわけではなさそうだった。

「ええ、そうです。彼女は姿を消したアサクラに腹部を槍の先端で叩かれた事により瀕死の怪我を負いました。で、ここが私の気になった所で……彼女が瀕死、であった所に違和感を感じたのです。」

「ほう。それはどういう事だね?」

「考えてみて下さい。もし宰相が姿を消す事ができて、行く手を塞ぐ敵を確実に仕留めたいのなら何処を槍で刺しますか?」

「………ふむ、心臓か、首か、頭か?」

「普通はそうでしょう。ですがアサクラはそのうちのどの部分でもなく腹部を突きました。」

「………なるほど、確かに少し違和感があるな。しかし、殺すつもりは無くてただ目の前からどかしたかっただけかもしれんぞ?」

「いいえ、彼にミーツェを殺すつもりはなかったように思えます。というより、もともと奴は誰も殺すつもりはなかった。何故なら彼は自分の邪魔をするチヒロと戦っている時でさえ槍の柄の部分で攻撃していたのだから。」

「何?」

クロードの言葉に一同が驚く。

「……アサクラの態度、戦い方から私が立てた予想を言います。今回の件、これはアサクラにとっては遊びに過ぎなかった。初めから誰も殺すつもりはなかった。ミーツェの負傷は彼にとっては予想外の出来事だった。だからミーツェを怪我させてしまった時に焦り、事の重大さに気づいた……。」

「だとしたら、我々は奴の娯楽に付き合わされただけだと言うのか?」

「これは悪魔で予想です。だからこれを確かめる為にチヒロにアサクラと話をしてもらおうと思います。聞いた話ではアサクラもチヒロと同様に異世界から来た可能性がある様ですから。チヒロなら奴も何か話すかもしれません。………これが私の意見です。」

クロードが言い終えると大臣達の表情にも女王の意見を検討しようという顔色が表れ始めた。

「………悪くはない、むしろやってみるべきでしょうな。」

「確かに、やって損はない。」

「これでもしアサクラに少しでも後悔や反省の色があるのなら奴を利用することができるだろう。」

場の空気が一つにまとまり始める。

「………ふふ、決まりのようだな。」

と、そこで静かに話し合いを聞いていたユリア女王が口を開いた。大臣達は揃って頷く。それを見てユリア女王も結論を出した。

「一同、異存はないな?それではクロード、アサクラ・ヒデトへの対応は任せたぞ。チヒロの回復次第行動に移ってくれ。」

「了解しました。」

こうして命令を受けたクロードが立ち上がって一礼し、話し合いは終わったのだ。その後、城に呼ばれた千博はクロードからこの話を簡単に聞いてクロードの指示でアサクラへの質問を行ったのだった。

「まあ、とりあえずお前にはこれから先ゼウシアの発展のために尽くして貰う。いいな?」

「………それは僕の台詞だよ。本当に良いのかい?僕を生かしておいて。」

「しつこいぞ。女王が決めたことなんだ。素直に感謝して生かされておけ。」

「………。」

「兵が来るまで少し待っていろ。お前は研究施設の方へ連れて行く。……一応言っておくが、逃げようなんて考えるなよ。」

「………分かったよ。」

秀人は静かに返事をした。その返事を合図にするかの様にクロードは階段の方へと向かう。

「よし、チヒロ。俺たちは上へ戻ろう。」

「そうですね。」

そしてクロードと千博は秀人を残して地下牢を後にした。






「すまなかったな、退院してすぐにこんな仕事を押し付けて。チヒロのおかげで助かった。」

城へ戻るとクロードは千博に感謝の言葉を述べた。

「いえ、力になれたのなら良かったです。………それより、まさかあの飛行船を作ったのがアサクラだったなんて驚きました。」

「飛行船?飛行艇のことか?」

「はい。俺のいた所にも似たような乗り物があって………というか、多分あいつはそれを真似て作ったんだと思いますけど。」

「ほう。それは驚いた。随分と発展していたのだな、チヒロの国は。」

「そうですね、世界でも裕福な方の国だったと思いますよ。」

「そうか。それならアサクラの仕事にも期待ができるな。」

「うーん、どうなんでしょう。聞いたところではあいつは普通の高校生だったらしいけど…なんであいつが飛行船を作れたのかが気になりますね。」

「コウコウセイ?それがチヒロの国の技術者の呼び名なのか?」

クロードの質問は日本で聞くと何を言っているのか分からないおかしな質問となるだろう。しかしここは異世界だ。前にもフェリスにアメリカと言ったらお菓子みたいと言われた。日本とこの世界では伝わる言葉と伝わらない言葉があるらしい。調味料や食べ物などは同じ名称のものが多いが、味噌とか醤油とか、テレビやエアコンとかは伝わらなかった。

「ええと、なんて言ったらいいかな……学生って言ったら分かりますか?」

「なるほど、学生か。奴は士官学校の生徒だったか。それにしては武芸の心得が無さそうだったが」

「あ、違います!士官学校ではないですけど……なんて言うか、数学や国語、物理とかを勉強する学校の生徒なんです。」

「何?なら奴は学者ということか。ふむ、そうだろうな。それなら合点が行く。」

「……えっと、そうですね。」

駄目だ、うまく説明できない。千博は説明を放棄した。まあ、あいつ頭良さそうだし、もう学者でもなんでもいいだろ。この世界ではあながち間違いじゃないかもしれないし。

「……それより、俺はまたあいつと話ができますか?まだ聞きたいことが色々とあったんですけど……」

「ああ、安心しろ。研究施設へ行けば何時でも話せるさ。」

話題を戻してした質問に対する答えを聞いて千博は安心した。今回はアサクラとほぼ事件の話しかしてないからこの世界に来た時のこととかを聞けなかった。でもこの先も話す機会があるのなら焦る必要は無さそうだ。

「………む、もう昼だな。そろそろ始まる頃か。チヒロ、少し急ぐぞ。」

「え?」

クロードは柱の時計を見て千博に呼びかけた。しかし、千博には何のことなのかさっぱり分からない。

「あの……昼から何かあるんですか?」

「ふふ、来れば分かるさ。」

クロードに聞いても何故か教えてくれなかった。……いったいなんだろう。今日呼ばれたのはアサクラの件があったからじゃないのか?それとも、他に何か要件が?……ひょっとして、ステラも一緒に来たことと何か関係があるのか?

「うーん、何だろう。」

「……そうだな、一つヒントをやろう。今日お前が正装で来いと言われたことがヒントだな。」

考えているとクロードがヒントをくれた。正装か。てっきり城に来るときは必ず正装でって言うルールなのかと思ってたけど、そうじゃないみたいだし……何か儀式でもあるのだろうか。ただ、クロードの表情は明るいので暗い儀式では無さそうだけど。うーん、と唸りながらクロードさんと城を歩いていくと、今日ステラとアリスさんと別れた場所へと戻ってきた。大きな扉は相変わらず閉まっているが、中は最初よりもざわついている。大勢の人が中にいる様だ。

「よし、着いたぞ。」

「……やっぱり何かあるんですね。沢山人が来てるみたいですけど。」

「はは、そんなに身構えなくても大丈夫だ。今日は楽しめ。」

「え?楽しむ?」

クロードは千博にそう言うと目の前の扉を開いた。するとそこで行われていたのは……

「……え?こ、これは………」

沢山の人が集まって、置かれているテーブルの上には山のように料理が用意されていた。楽器を持った人達が穏やかな曲を演奏している。人々は思い思いに食べたり飲んだり、お喋りをしたりして楽しんでいる。つまりこれは、

「何のパーティーですか、これ……」

「驚いたか?これは……そうだな、今回は祝勝会のようなものだ。我が国ではめでたい事があるとこうやって集まって祝うんだ。」

「祝勝会……ああ、それで正装で呼ばれたんですか。」

周りを見渡すとどの人も派手な衣装やドレスを着て洒落込んでいる。これが正装なのだろうか。そう言えばタンスの中にこんな感じの服もあったな。

「いや、チヒロの場合は違う。別にこの会はどんな格好で来てもらっても構わない。お前に正装で来てもらったのは………」

「あら?もしかして……」

「あの方がチヒロ様?」

「まあ!なんて凛々しいのかしら!」

少し離れたところで若い女性達がこちらを見て何かを話している。

「……あの、この格好だと俺、目立つんじゃ……」

「ああ、それで良いんだ。お前は女王を助けた英雄だからな。話をしたがっている者も多い。だから皆から見て分かりやすい方がいいのだ。それでは、楽しめよ。」

「って、え?クロードさん!」

そう言ってクロードは何処かへ行ってしまった。皆華やかな衣装に身を包んでいる中で千博は一人だけ黒いタキシードという、何とも目立つ格好であった。そのせいでそこら中から視線が集まりつらい。加えて1人になってしまうと更に心細くなった。

「チヒロ様!是非私とお話を致しませんか?」

「あら、ずるいわ!私もお話したいのに。」

「抜け駆けはよろしくないですわ!」

気づけば何人かの若い女性が千博の近くを囲んでいた。完全に興味を持たれている。まるでこれじゃ見世物じゃないか。

「え、あ、あの。お話なら順に聞きますから……」

少しでも近くで動物をみたがる動物園に来た子供の様に騒ぐお嬢様達。なんかみんな気が強そうで怖い。千博は何とか対応しようと努力するが既に声は彼女達に届いていないようだった。

「失礼、少しチヒロを借りてもよいかな。」

「……あ、フェリス!」

そんな中間に入ってきてくれたのはフェリスだった。突然の救いの手に千博は安心した。フェリスの一声で女の子達は少し不満そうではあったがしぶしぶ下がっていった。

「はぁ、助かったよ、フェリス。ありがとう。」

ひとまずフェリスにお礼を述べる。

「女好きのお前のことだから楽しんでいるのかと思えば困っていたのか?意外だったな、それは。」

助けてくれたのに何故かフェリスはむすっとした表情でこちらを見ている。

「いや、女の子は嫌いじゃないけどそれは人並み程度であって……って、違う!あんなに女の子に囲まれたら緊張して困るんだよ。」

「そうなのか?私と話していても緊張している様子はないが。それともあれか?私は女として認識していないと?」

更に頬を膨らませるフェリス。何か勘違いされているらしい。

「ち、違うって!そういう訳じゃなくて、その………フェリスとは仲が良いから、他の女の子とは違うんだよ!」

「なっ……⁈ 」

ぼっ、と顔が赤くなるフェリス。

「他の女の子とは違う……⁈ そ、それは私はチヒロにとって特別という事なのか……?それじゃ、やはり……」

「こ、今度はどうしたんだよ、フェリス?」

ぼそぼそと1人で呟いているフェリス。

「な、何でもない!………と、そうだった。チヒロ、ユリア女王がお呼びだ。ステージの方までついてきてくれ。」

「え?女王様が?」

「うむ、そうだ。ほら、待たせてはいけない。早く行くぞ。」

「あ、ああ。」

フェリスに急き立てられて足早にステージの方へと向かう。そこには華やかなドレスを着て何人かの人と話しているユリア女王の姿が見えた。

「おお!よく来たな、チヒロ!体の方は大事ないか?」

久しぶりに聴く凜とした美しい声。

「はい、何とか動けるようには……ただ、しばらく休んでいるようにとグッさんに言われてしまいましたけど。」

「そうか……うむ、そうだな。チヒロは今回本当によく働いてくれた。ゆっくり休んでくれ。ただ……」

「?」

そう言うとユリア女王は千博の手をとってステージ上へと上がった。

「ちょっ?え?」

そして何か短い棒状の物を手にして会場にいる者たちに向けて一言。

「お集まり頂いた諸君!今ここに今回の戦の英雄、マナカ・チヒロ殿を紹介しよう!」

女王が出した声はマイクでも使ったかのように会場中へと響き渡った。どうやらあの棒状の物にはマイク同様に拡声器の様な効果があるようだ。先程まで話していた一同がおのおの手を止めてステージ上の千博へと注目する。

「悪いが最後に一仕事頼む!皆お前の声を聞きたがっているのだ。一言挨拶をしてくれ!」

ユリア女王は千博にだけ聞こえるように呟いて千博へマイクもどきを託す。

「え、え⁈ 嘘でしょ⁈ 無理ですって、そんなの!」

が、そんな事を突然言われても当然困る。何も挨拶なんて考えていないぞ、俺。

「あ、えっと……ご紹介に預かりました、真中千博と申します。まだ未熟者ですが、これからもこの国の皆さんを守れるよう頑張りますので、よろしくお願いします。」

周りは静かなまま千博の挨拶を聞いている……駄目だ、これ位が限界だ。面白いことも何も言えない。勘弁して下さい……

「彼は随分と謙虚でな。しかしその分信頼できる男だ。これからの活躍を期待しているぞ、チヒロ殿。」

「は、はい!」

千博が返事をすると周りから拍手があがった。

「それでは、皆、引き続き会を楽しんでくれ!」

よかった、一応は歓迎されているのかな。そう思いながらユリア女王とともにステージから下りようとする千博だったが、会場の後ろの方に拍手をしていない者たちが居たのに気づいた。どうやら今の千博の挨拶は聞いておらず、ずっと食事の手を止めていなかったようだ。彼らは他の参加者とは格段に違う豪華でひらひらしたものがついた、派手な衣装を着ていた。

「……気にするな、あれは貴族の連中だ。突然現れ、英雄となった君を妬んでいるのだろう。安心してくれ、国民のほとんどは君を歓迎しているさ。」

千博の視線の先に気づいたのかユリア女王がそう説明し、励ましてくれた。

「ありがとうございます。ただ、俺もあいつらは少し気に入りませんからショック受けたりしてるわけじゃありませんよ。」

「………それはやはりステラ君のことか?」

「ええ。というか、ステラだけじゃありませんけど。やっぱり人種が違うだけで亜人種の人達を差別するのは良くないと思います。」

「………それは、すまない……」

そこまで言って千博ははっとした。

「ご、ごめんなさい!別に女王様を責めているわけじゃないし女王様が悪いわけじゃないです!」

「いや、私が不甲斐ないばかりに亜人の者たちにはひどく不便な生活を強いてしまっていたんだ。……しかし、それももうすぐ変えてみせる。」

「そうですね。俺も協力します。」

千博をまっすぐに見てユリア女王はそう言った。瞳からはとても強い意志を感じる。とても固い決心の様だ。

「ユリア様、チヒロ様。お飲物をどうぞ。」

ユリア女王と話しているとお城のメイドが一人、お盆にのせたグラスを手渡してくれた。

「あ、ありがとうございます……って、え?」

ありがたくグラスを受け取った千博だったが、グラスを渡してくれたメイドの姿を見て千博は目を疑った。

「…?どうかいたしましたか?」

メイドは不思議そうに、困惑する千博を見て首をかしげたが、不思議なのは彼女の格好だった。

「その耳……その尻尾……い、一体どうしたんですか?」

そう。このメイドには動物の耳がついていた。尻尾の形状から察するに猫のものなのだろうが、動いていないのでつけ耳のように思われる。

「あっ、これですか?これは女王様のアイデアなんですよー!」

「えぇっ?な、なんで………」

千博は更に驚いて女王の方を見た。すると、女王はいたずらな笑みを浮かべながら答えた。

「これにはいくつか理由があってな。まあ、主な目的は貴族達の獣人、つまり亜人の者達への見方を変えることだ。流石に体全体を仮装させたら気持ちが悪いからな。耳と尻尾だけつけさせてみた。こうすれば彼らも亜人に親しみを持つかもしれんだろう?」

「は、はあ………」

なるほど。つまり、亜人を嫌って見下す貴族達に亜人の存在をみじかに感じさせ、印象をよくしてもらうために猫耳メイドを増産したと。……そんなので本当に上手くいくのか?

「ふふふ、言いたい事は分かる。だが、少しでも意識が変わってくれればそれで良いのだ。」

「でも、貴族ってすごい亜人を見下してますよね?メイド達がその格好をしていて大丈夫なんですか?」

千博の脳裏によぎったのは路地裏でステラを苛めていた貴族の坊ちゃんどもだった。彼らはプライドが高いようだし、こんな事をしたら反対や批判がすごかったんじゃないのか?今日みたいな祝勝会で身分の高い人が集まる中、奴隷のような格好をした者が食べ物や飲み物を運んでいたらまずくないか?

「ああ、私も少し不安はあったが……ほら、あれを見てみろ。」

そう言ってユリア女王が指差す方を見ると、

「むふふ……君、可愛いねぇ。今度うちへ来て働いてくれないかい?」

「ありがとうございます。ですが、私は女王様に仕えておりますので。お気持ちだけ受け取らせていただきますね。」

中年の小太りな貴族のおっさんがにやにやしながらメイドに声をナンパしていた。周りを見ても別に何か問題が起きているわけでもなさそうだった。

「……大丈夫そうですね。」

大丈夫、というより歓迎されているような気がする。なんか……単純なんだな。心配して損した。

「どうだ、心配する必要もなかっただろう?」

「不思議ですけどそうですね。まあ、問題が起きなくてよかったです。」

「不思議?そうか?私は別に不思議ではないな。なにしろ可愛いではないか。それとも、チヒロはこういうのはあまり好かんか?」

「いや………可愛いと思いますけど……」

「ほう……そうか。それは覚えておかなければな。」

「な、なんでですか……」

ユリア女王はまた悪戯な笑みを浮かべながら言った。フェリスに対してもそうだったけど、本当に人をからかうのが好きなんだな……。女王の意見なのに可愛いか可愛くないかなんて聞かれて可愛くないなんて言えないじゃないか。まあ、めちゃくちゃ可愛いと思ってるのは事実だけど……。

「さて、ではそろそろ私も皆の所へ行って挨拶する事にしようか。それに、きっとチヒロと話したい者が多いはずだ。まだ話し足りないが私が独り占めしていてはいけないからな。」

「俺と話したい人ですか?そんな人いますかね……。」

「何を言う、先程貴族の娘達に囲まれていたではないか。私は見ていたぞ?ふふ、色男は大変だな。」

「そんな事ないです……って、見てたんですか?」

「ああ、君が女の子に囲まれてどうしていいかわからずたじたじになっているところをな。」

「うっ……そんなしっかり見てたんですか……」

ユリア女王は笑いながら言った。くそ、情けないところを見られてしまったなぁ。

「きっと今日はもう口を閉じている暇はないぞ?慣れないかもしれんが頑張ってくれ。ではな。また今度ゆっくりと話させてくれ。」

「はい、こちらこそよろしくお願いします!」

そして女王が何処かへ行くのを見送っていると、すぐに後ろにたくさんの人の気配を感じた。……なんか本当に忙しい事になりそうだな。でも、退屈してるのよりはましか。そう思いながら千博はゆっくりと振り返りまるで有名人になったかのような気分を味わうこととなった。


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