終戦と残る不安
「頑張れ、ミーツェ!あと少しでゼウシアだ。もう少しの辛抱だからな!」
そう励ますのはユリア女王。千博達は今、アレギスの飛行艇を借りてゼウシアへと帰っている途中だった。窓から見える景色はもう既に真っ暗で日は沈みきっている。そして、恐らくアレギスを出発してからもうそろそろ一時間経つ頃だろう。
「……あとどれくらいですか、ドルトンさん。」
千博は窓の近くにいたドルトン国王に尋ねる。
「大丈夫か、チヒロ殿。本当にあと少しだ、耐えてくれ。もうゼウシアの城が見えてきている。……おや?」
外の様子を眺めていたドルトン国王は励ます様に答えた。そして窓から見下ろした地上の景色を見て何かに気づく。
「どうかしましたか?」
「下に我が軍の兵達が見えたのだ。……どうやら一時休戦しているらしいな。陣営を張っている。」
「休戦?よかった、それならグッさんの所にもすぐに行けそうだ。」
もう日が暮れたからだろうか。戦いは止まっているらしい。だが、それは好都合だ。混乱した戦場の中からグッさんを探すのは大変そうだが、休戦しているならゼウシアに行けばすぐに来てくれるだろう。
「これより、ゼウシア国の城壁近くに着陸致します。お疲れ様でした、チヒロ様。」
と、ミーツェを運んでくれたアレギスの兵が到着を知らせに来てくれた。
「本当か!よし、後少しだからな、ミーツェ!」
それを聞くと誰よりも先にユリア女王が喜び、ミーツェに話しかける。
「そうですか、よかったです……」
千博も安心した。本当に、これ以上は限界かも知れないと感じ始めていたところだった。飛行艇があって助かった。
「………よかったな、ヒデト殿。君の飛行艇が役にたって。」
ドルトン国王が静かに拘束されているアサクラ・ヒデトに語りかけた。
「皮肉ですか………そうですね。よかったですよ、本当に。」
「?」
どういう事だ?君の飛行艇?これはアサクラの私物なのか?………ま、別にそんな気にすることでもないよな。おかげでもうゼウシアに着くんだし。千博は機体が少しずつ下降していくのを感じながらそう思った。窓の景色がだんだんと地面に近くなっていく。そして、
「到着しました、ゼウシアです。」
操縦士がそう一声あげると、千博達は急いで飛行艇から降りた。
「あれは何だ⁈ 」
「わ、わからねぇ!飛んでるぞ!」
突然空から現れた巨大な物体にゼウシア国の陣営はざわついた。その飛行物体はどんどんゼウシアへと近づいて来るようだった。
「何だありゃぁ?見たことあるか、フェリス?」
ゼウシアの城壁の中にいたグスタフは窓から見えるその大きな飛行物体に目を凝らす。城壁の他の窓からも同じ様に何人もの兵達が顔を出してその物体に釘付けになっていた。
「いや、分からない……不思議だ、空を飛んでいるようだが……。もしかして、あれが飛行艇というものなのか?」
「飛行艇?」
「ああ、一部の先進国が導入しているという空を移動する船の様なものだ。」
「何だと⁈ ならあれには人が乗っているのか⁈ 」
グスタフが窓から更に身を乗り出して興味津々で眺めていた。恐らく、乗り物と聞いて乗ってみたくなったのだろう。無理もない、周りの兵達も大体グスタフと同じ様な反応だった。しかし、フェリスはあの物体についてそう呑気なことばかり考えてはいられないと思っていた。
「グッさん、そんな事を言っている場合ではないぞ!」
「え?何で?………あ、そっか。フェリスお前、高いとこは苦手なんだっけ。昔から木登んのも嫌がってたしなぁ。」
「なっ⁈ ち、違う!そんな事ない!別に怖くなんてない!」
昔の話を持ち出されてフェリスは赤面し、反論する。
「ははは、冗談だ、冗談。……分かってるさ、興味を持つべきは、あれに乗っている奴らのことだろう?」
「むぅ……分かっているなら言わせないでくれ!全く、女王も、グッさんも、いつも私をからかって……」
グスタフの事は信頼しているし、人柄も好きだがこういくつも自分の昔の話を持ち出されるのは控えてもらいたいものだ、そう思ってフェリスは口を尖らせる。が、流石にグスタフも冗談ばかり考えているわけではなかった様だ。
「まあ、そう怒るなよフェリス。……それより、あの機体のマーク、見えるか?」
「マーク?ああ、あれか。あれは……」
真面目な態度に戻ったグスタフが指差す方に見えるマーク。ゼウシアの陣営からの光に照らされてわずかに見えたそのマークはとても見覚えのあるものだった。
「っ⁈ アレギスの国旗⁈ まさかあれは、アレギスの援軍なのか……?」
「……かもしれん。だが、引っかかるな。あれにそう沢山の兵が乗っている様にも見えんし、武器も積んではいないようだ。何の目的でやってきたのか……」
「グッさん!!見ましたか、 あれ!」
と、扉を開けて一人の兵士が勢いよく入ってきた。
「どうします?迎撃しますか?アレギスの飛行艇の様に思われますが……」
どうやら指令の確認に来たようだ。息を切らしながら兵士はそう質問した。
「……いや、攻撃はするな。まだ様子を見よう。ひょっとしたらアレギスからの使者かもしれんしな。」
「だが、もし攻撃をしてきたらどうするんだ。アレギスの飛行艇である以上、油断はできないぞ?」
グスタフの意見にフェリスが当然の指摘をする。たった今戦っている相手国の飛行艇がこちらに来ようとしているのだ。いくら見た目が武装していないように見えても、それだけですんなりと通す訳にはいかないだろう。
「いや、見てみろ。あの機体、高度を少しずつ下げている。どうやら俺たちの陣営の前に着陸するみたいだ。」
「なっ……本当か?」
フェリスはグスタフに言われて窓の外を見る。すると、確かにグスタフの言った通り、飛行艇の位置はだんだん下がっていっているように見えた。
「だが………何が来るか分からんのだぞ?何の警戒もしない訳にはいかんだろう。」
「……そうだな。なら、第二班の長距離攻撃兵達に迎撃準備をさせておけ。あそこには俺が行く。で、俺が合図するまで攻撃はするな。」
「……っ、でも。」
「大丈夫だ。第四班の奴らも少し連れてくから。じゃああとは任せたぞ、フェリス。他の班長にも警戒はしておくように言ってくれ。」
そう言ってグスタフは扉から出て行った。
「………何も無ければ良いんだが」
残ったフェリスは嫌な予感を感じて不安に駆られた。ただ、この予感が何に対してのものかは分からなかったが。だがこの場合だと当然グスタフの事だろうと思ってしまう。
「とにかく、君は第二班に先ほどの事を伝えて来てくれ。私は他の班を回る。」
「はっ!了解しました!」
そう兵士に伝えるとフェリスも部屋を出た。しかし、本当に何の用なのだろうか。攻撃が目的なら着陸する必要はないはずだし、グスタフの言う通り武器も積んではいない様だ。
………なのに何だ、この胸騒ぎは?先ほどから嫌な予感がずっとしている。
「………考えて分かるような事ではない、か。今は警戒しておくのが一番だな。」
フェリスは不安を抑えつつ、城壁の外へ出てゼウシアの陣営へと向かった。
ゼウシア陣営の近くにアレギスから借りた飛行艇を着陸させた千博達は飛行艇を降りて外へ出る。
「ようやく着いたか!急ごう、グッさんを探さなければ!」
飛行艇を降りるや否やユリア女王が言った。
「待って下さい、女王!今灯りを点けますから……」
そう言ってクロードは飛行艇から持ってきたランタンを取り出してユリア女王をとめた。シーザーも同じランタンを持って、ミーツェの近くを照らしている。アサクラは手錠をかけられて、その縄をクロードが握っていた。そしてゼウシアの陣営の方へとどんどん歩いていくユリア女王にアサクラを連れて付き添って行った。
「そんなに急ぐと危ないですよ、女王………って、ん?」
ユリア女王を引き止めていたクロードが立ち止まる。それはユリア女王が急に歩くのを止めたからであった。
「どうしましたか、女王?」
「………あれ、なんだと思う、クロード。」
ユリア女王はそう言って前方を指差した。見ると、前から幾つか灯りが近づいてくるのが見える。
「あれは……ゼウシアの者達の様ですね。一体誰が……」
クロードは近づいてくるもの達に目を凝らしてみる。するとそこに居たのは……
「グッさん!!」
「グスタフ!」
クロードとユリア女王の声が同時に出される。
「ん⁈ もしかして隊長か⁈ それにユリア女王も!ということは、良かった、チヒロとミーツェは上手くやったみたいですな!」
グスタフもユリア女王とクロード達の姿を見て安心と喜びの声をあげた。が、ミーツェという名前を聞いて二人の表情がくもる。
「………どうしたんです、二人とも?ご無事で何よりなんですからもっと喜んでも良いでしょうに。……それに、その男は………?」
グスタフは少し警戒した様子でアサクラの正体を尋ねる。
「え?ああ。こいつは今回の戦犯のようなものでな。………そうだ、今回の戦いについては色々と話さなければいけなくて……」
「ねぇ……僕が言えたことじゃないけど、今はそれどころじゃないでしょう。」
今回の一件について話す事が山ほどあるクロードとユリア女王だったが、それを話そうとするところをヒデトに遮られた。
「そ、そうだ!その話は後からだ!急いで来てくれ、グスタフ。ミーツェが危ないんだ!」
はっとしてクロードはグスタフを呼んだ。
「何⁈ ミーツェが?何処だ!!ミーツェは何処にっ!?」
「こっちだ!早く来てくれ!」
ユリア女王とクロードに連れられて取り乱し気味のグスタフと第四班の班員達が飛行艇の方へと向かう。そして千博は戻ってきたクロードとユリア女王を見て安堵した。
「グッさん!良かった……」
「ミーツェ!!ミーツェは大丈夫なのか⁈ 」
「………それは……」
千博はミーツェが怪我をした経緯、それと今の容態をグスタフに説明した。
「……なるほどな。魔力が少ないのか。だがそれなら俺が何とか出来る筈だ。」
「そうですか!良かった。」
グスタフは千博の話を聞いて少し安心したようだった。その様子を見て千博達も安心する。
「感謝します、ドルトン国王陛下。……ここまで私の娘を運んで下さって……」
まずグスタフはドルトンに深く頭を下げた。そして
「ふんっっ!!!」
「ぐっ⁈ 」
ヒデトの顔面を殴った。拘束されていたヒデトの体は後ろへととぶ。
「……今はこれで勘弁してやる。ミーツェがよくなったら覚悟しておくんだな。」
「………」
「グッさん……」
グスタフは今まで見たことのないくらいの剣幕だったが、千博にはグスタフがそれを抑えているのがわかった。それは目の前でミーツェが倒れているからだ。今は憎い相手に復讐するより先にするべきことがある。
「おい、お前ら!ミーツェを城壁の方まで運んでくれ。」
「「はい!了解です!」」
グスタフは固く握っていた拳をゆるめ、共に来ていた数人のゼウシア近衛兵団、第四班の班員達に指令を出す。そしてグスタフとユリア女王が先導して急ぎ足でミーツェは運ばれていった。
「………はぁ……」
それを見送って安心した千博は大きくため息をついた。
「ご苦労だったな、チヒロ。ここまでよく頑張ってくれた。」
「クロードさん……」
ここまで動きっぱなし、魔力も使いっぱなしだった千博の疲れを読みとってクロードがねぎらいの言葉をかける。
「うむ、千博殿、誠に見事であったぞ!私も感心した!」
「ドルトンさん……ありがとうございます。」
続けてドルトンにも褒められる。こうして褒められるとやっと仕事から解放されたような、達成したような感覚が段々とこみ上げてくる。だがそれと同時に肩の荷が下りたように緊張感が解けていく感じがした。……本当に、体全体から力が抜けていく様な……
「………あ……れ……?」
力が抜けていくどころか、立っていることもできない。千博は自らに働く重力に逆らうことが出来ず、そのままゆっくりと倒れていった。
「チヒロ⁈ どうした⁈ 」
「チヒロ殿⁈ 」
気づけば千博は地面にうつ伏せに倒れていた。手も足も力が入らない。そしてここまでの疲れが一気に出たのか、千博はそのまま意識を失った。
翌朝、ミーツェはある小部屋のベットの上で目を覚ました。
「おお⁈ 良かった!!!ミーツェーーっ!!」
「⁈ ちょっ、何⁈ 」
目を覚ましたミーツェを待っていたのは何故か父グスタフの熱い抱擁だった。ミーツェは状況が飲み込めず困惑する。
「何で親父がここに?……ってここは一体………」
「うおおぉぉぉ!!!」
「……あーもう!話聞いてんの⁈ あと一回離れてっ!」
先程からずっと号泣している父の胸を両手で精一杯押して離れようとするが、まだ上手く力が入らない。しかし今の行動でミーツェの意図は伝わったらしく、グスタフはミーツェを抱きしめていた腕の力を緩めた。
「ああ……すまん。でも、覚えてないのか?お前は昨日の夜アレギスからゼウシアまで怪我をした状態で運ばれてきたんだが………」
「……昨日の夜?」
それを聞いてミーツェは少しずつ思い出してきた。昨日。チヒロと一緒にアレギスまでユリア女王を助けに行って………
「何やら騒がしいと思えば………目を覚ましたか、ミーツェ。気分はどうだ。」
「あ、隊長……。」
考えているところにドアを開けてクロードが入ってきた。
「うん、もう大丈夫。……でも、あんまり覚えてないんだけど、私って昨日アレギスで……」
「昨日のことか?昨日お前はアレギスでアサクラ・ヒデトに刺されて怪我をしたんだ。」
「刺された………?あ!」
思い出した。ミーツェは体を起こして布団をめくった。確か昨日、アレギス城の王の間でアサクラとかいう男に腹を刺されたはずだ。だが見てみると傷は既に塞がっており、ほとんど跡もなかった。という事はあのあと誰かが手当てをしてくれたのだろう。刺されたあとの記憶は殆ど無かったが。意識がとんでいたのだ。だがそれは怪我だけのせいではなかった。見当はついていた。恐らくは魔力の低下による体の衰弱だろう。思えばあの日、チヒロと馬でアレギスに向かった時からずっと《大蛇の牙》を使っていたのだ。つまり、それを使用するために魔力を使い続けていた。もともと自分は魔力の多い方ではなかったから無理がたたったのだろう。そして魔力の弱った状態で逃げようとするアサクラを止めようと扉の前に立った時に刺された……。
「……そうだ!アサクラは捕まえられたの⁈ 」
あの時、意識を失う前に自分はチヒロに頼んだ。アサクラを捕まえてくれと。だがすぐに意識を失ってその後のことが分からない。ミーツェはまずは自分が止めようとしたアサクラが捕まったかが気になった。そして尋ねるとクロードが答えた。
「ああ、安心しろ。あの後すぐに逃げたアサクラは捕まった。奴は今、ゼウシアの城の地下牢にいる。」
「ほんと⁈ ………そっかよかった……」
ミーツェはそれを聞いて安心した。という事は、今回の件の首謀者とも言える存在を逃すことはなかったというわけだ。無事にユリア女王も助けられたし、自分は怪我をしてしまったが成果としては十分だ。……しかし何故かミーツェにあの後のことを教えてくれたクロードの顔は暗い。
「……?とりあえず、今回の事件は無事に終わったんだよね?」
ミーツェは違和感を感じてクロードに聞く。と、クロードはミーツェから視線を逸らして答えた。
「……あ、ああ。そうだ。よくやったな、ミーツェ。今回は本当に助かった。後でユリア女王からもお褒めの言葉があるだろう。だから今は休んでおけ。」
「………うん。」
何だろう。まるで何かを隠している様な態度を感じる。もう少し色々と詳しく話してくれてもいい様な気がするのに。親父も何も言わないし。何か触れられたくない話題があって、それを避けている様な……。ミーツェは考えた。そして、ふとある事が気になった。
「そういえば、チヒロは?」
「………!」
クロードとグスタフが顔を見合わせた。
「今回一番活躍したのはチヒロでしょ?今どこにいるの?……あ、あのさ、出来ればチヒロとも話がしたいかなって……」
「………」
「………?隊長?」
クロードとグスタフの表情が暗い。2人とも黙っている。
「……それが、チヒロは今意識を失っているんだ。」
「…え………?」
数十秒かと思われる沈黙を破って口を開いたのはクロードだった。そしてその言葉はミーツェにとって意外なものだった。
「え、な、なんで⁈ チヒロも怪我をしたの⁈ もしかして、あのアサクラって奴が……」
「違うんだ、ミーツェ。チヒロは怪我をしているわけじゃない。」
「……っ⁈ なら、何で!」
チヒロが意識を失っている?どうして?駄目だ、思い出せない。どう頑張っても刺されたあとのことが思い出せない。一体、あのあと何があったのだろう。
「……ぐっ!俺のせいだ。俺があんな無茶な作戦をさせちまったから!!」
グスタフが拳を握りしめながら言う。
「……どういう事?」
「ミーツェ、一つ聞くがチヒロは昨日、お前とアレギスに行くまで磨製丸を使っていたか?」
「え………?」
磨製丸?ミーツェは何故ここで磨製丸の話が出てくるのか分からなかったが、思い出す。
「えっと、城に行くまでに使ったよ、一個。でも、何で?磨製丸一つ位なら何も問題は………」
「そうか、やはり使っていたのか。」
「くそっ……俺が馬鹿だった!俺が三つも渡したばっかりに!」
グスタフはギリッと歯ぎしりをした。その様子を見ていて、ミーツェも段々と状況が見えてくる。
「もしかしてチヒロ、三つも使ったの⁈ 」
「そうなるな。」
「で、でも何で?チヒロはそんなに魔力を使ってたの?」
確かに、チヒロはアレギスに行くまでに相当な量の魔力を消費していた。でも磨製丸を使って、そんなに
負担がかかっている様子もなかった。ひょっとしてアサクラを捕まえる時に魔力が足りなかったのだろうか。だがそれでも磨製丸はもう一つ呑めば足りるだろう。ならどうして……
「ミーツェ、昨日のお前の衰弱の状態はかなり危ないところまで進んでたんだ。魔力を分けてもらわなければいけないくらいにな。それで、お前のためにチヒロはずっと魔力を分けてたんだ。どういう訳か、チヒロにはそれが可能でな。そのおかげでお前は助かったんだ。」
「え……?何、それ……」
チヒロが魔力を……?でもそんなこと血の繋がりのないチヒロができるわけない。ないのだが……
「そんな……嘘じゃないの?」
言われてみれば体の中に自分のものとは違う魔力を感じる気がする。でも、違和感は全くなくて、寧ろあったかいような……
「これが……チヒロの魔力?」
信じられない事だが、チヒロならもしかしたらあり得る。信じられないくらいの魔力量をもっているし、それに前から思っていたがチヒロの魔力は他の人とは違って色が青白い。それが何か関係しているのかもしれない……が、そんな事は今はどうでもいい。
チヒロが、私を助けた……。どうして?本当に分からない。確かに、仲間だから助けると言えば理解はできるが、それでも気を失うくらいに必死になって自分を助ける様なものがいるだろうか。いや、いない。少なくとも男でそんな事をする奴は父のグスタフ以外で考えられない。男なんてみんな自分の事ばっかり考えていて、威張ってて、そのくせ集団になっていなければ何もできない様な弱い奴ばかりだった。小さいときからずっとそうだった。少し優しいかと思えば色眼鏡を使っているだけでちょっと語調を荒くすると態度を一変して周りから離れていった。そんな単純で卑しい奴ばかりなのだ。だったのに。なのにチヒロは何か違う。男なのに私を助けた。
ーー何で?何でそこまでして助けようとしたの?……分からない、本当に理解できない。最初見たときから他の男と違う印象は受けた。何か気に入らないと思っていたけど、まさかそれって逆に………ーー
「〜〜っ、ほんと何なの?もう!……でも、と、とりあえずお礼はいいに行かなきゃだよね?ねえ、チヒロは何処?」
「……はあ、やっぱりこうなるから言わんようにしてたのにな。安心しろ、気を失っているだけだ。脈は正常だしもう少ししたら目も覚めるだろう。」
「で、でも………」
「ミーツェ、今はしっかり休め。何のためにチヒロが頑張ってくれたと思ってるんだ。少なくとも明日までは安静にしておけ。それまでにはチヒロも目を覚ますだろう。礼ならその時にしておけ。」
グスタフとクロードはチヒロの元へ行こうとするミーツェをとめる。2人とも自分を安心させようとしているのが分かった。確かに、今はまともに動ける状態じゃない。2人が言っていることは正しい。でも………2人は一つ嘘をついている。チヒロが気を失っているだけ。それは嘘だ。磨製丸を3つ使ったのに体に負担がないわけが無い。例え今本当に気を失っているだけだとしても、起きた時体に何か異常があるかもしれないのだ。2人はそれを隠している。
ーーでも、ここで食いついたってチヒロの場所を教えてもらえなんかしない。だから、今はちゃんと休もう。明日にはある程度は動ける様になりそうだし、そしたら病院の人にチヒロの場所を聞こう。多分だけど、チヒロもこの病院に運ばれている可能性があるしね。ーー
「うん、分かった。」
ミーツェは素直にクロードの言葉に従った。
「………。」
クロードは何か言いたそうな顔をしたが、グスタフの近くまで行くと何か耳打ちしてそのまま部屋の出口に向かった。
「………大事にしていろよ。」
そして最後にそう言うと部屋を出て行った。
「……親父はまだいるの?班の方はいいの?」
ミーツェはクロードが出て行くのを見るとグスタフに尋ねた。
「ん?ああ、そうだ。すまんが俺もそろそろ行かなくてはいけない。でも、何かあればすぐ来るから安心しろ!あとは看護師に頼んだから、ちゃんと休んでおいてくれよ?」
「うん。」
「………じゃあな、また来るから。」
そう言うとグスタフも名残惜しそうに部屋の出口へ向かう。
「ねえ、親父。」
「うん?」
それを後ろからミーツェは呼び止めた。グスタフは即座に反応し、振り返る。
「…………ありがと、助けてくれて。魔力、親父もくれたんでしょ?」
ミーツェは少し照れながら小さな声でそう呟いた。
「!!!」
それを聞いて大げさにグスタフは息を呑んで見せた。普段のミーツェの当たり方からしてみれば、その反応は当然だろう。しかし、グスタフは満面の笑みを浮かべるかと思えば、ミーツェが見たことのないぐらい真面目な顔で言った。
「もう、二度とお前を危険な目には遭わせん。……無事でいてくれて、ありがとう。それと、良くやった。本当に、お前は俺の誇りだよ。」
「………っ、何、急に。」
急に褒められて今度はミーツェが面食らってしまった。しかもいつもの溺愛ぶりとは違う、真面目な言葉。不思議とこの方がミーツェにとっては照れ臭かった。そして、なんだか今の父親は格好良かった気がする。
「うおおおおお!愛してるぞ!!ミーツェ!!!」
前言撤回。やっぱり親バカだった。病室の出口から思いっきり叫びながら飛び出していったグスタフを見てミーツェは額に手を当てため息を吐いた。
「もう……なんか疲れちゃった。今日は寝てよう………」
そしてミーツェは再び目を閉じ、明日へと備えることにした。




