表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/60

アサクラとの決着、ミーツェの安否

ーー甘いな、随分と上手く引っかかってくれた。何だかよく分からない攻撃を受けたせいで槍が真っ二つになってしまったけどまさかガラスを割るのに役立つなんてね。ついてたな。これで後は全力で扉を突破してしまえば終わりだ。ーー

アサクラ・ヒデトは自らが槍の半分を投げて割ったステンドグラスの穴から外を見て自分の姿を探しているチヒロを見ながらほくそ笑む。どうやら一歩も動かずに静かにしていれば居場所を察知されないらしい。もう十分楽しませてもらった。ゼウシアを支配下に置くことができていればもっとよかったが。だがドルトンに裏切られ、加えて予想以上に強固なゼウシア国の守りがあった為に作戦は失敗に終わった。だが特に悔しいとは思わない。それは自分の思い通りに好き勝手できたからだ。今回の遊びはこれで終わり、もうここには用はない。それなら後はここから逃げるだけだ。

ーーけど、残念だったな。あのチヒロって奴とはもう少し話したかったんだけど。……まあ、向こうは僕を捕まえる気満々だからそんな呑気なことは言ってられないか。機会があればまた訪ねてみようかな。それにしても、どうして彼は僕の場所が分かったんだろう。ーー

たった一つヒデトが引っかかっていたのはチヒロが自分の居場所を感知し、攻撃をした事だ。

ーーあれは気配を察知する何てものじゃなかった。もっと正確に僕の場所が分かっていた。不思議だな。途中、目を閉じていたみたいだし……ひょっとして、あれが彼の受けた《恩恵(ギフト)》なのか?まあ、どっちにしろこの距離じゃ僕には追いつけないね。ーー

千博が見せた芸当の正体が気にはなったが、今はこの場を逃げる事が最優先だ。ヒデトは槍の穂先のついた上半分を持ち、扉に向かって走りだした。

「………⁈ やっぱり!まずい、アサクラは扉の方だ!!」

後ろからチヒロの声が聞こえてくる。案の定気づいたようだ。

「ミーツェ!気をつけろ、そっちに奴は向かってる!!」

だがもう遅い。扉は目の前だ。ヒデトは後ろを振り返り、焦りの含んだ表情で自分の方を見ている千博とクロードを見てにやりと笑う。

ーーはは、僕の勝ちみたいだな。いい表情をしてるじゃないか、2人とも。ーー

そしてヒデトは速度を緩めることなく、扉に体当たりをして逃げようと走った。焦る2人の表情を眺め笑いながら。だが、

「駄目だ、ミーツェ!!奴はもうそこに………!!」

再び千博が叫ぶ。そしてヒデトは忘れていた。扉の近くに先程から居た少女の存在を。気づかなかった。その少女が突然目の前に現れ行く手を塞いだことを。

「なっ⁈ し、しまっ……」

気付いた時にはもう遅かった。全力で走っている人の前に突然人が現れたら誰もが咄嗟に手を前に出すだろう。ヒデトも同じだった。ただ、その手には今、鋭利な刃がついた槍の先端を持っていたのだ。その槍の穂先は少女の腹部に刺さっていた。

「………か、はっ……」

眼前の少女が喀血する。腹から滲む血をおさえる手は震えていた。

「アサクラ、貴様っ!!!」

クロードが怒りに満ちた目でヒデトを睨む。滲み出るクロードの殺気にヒデトは後ずさった。

「……ち、違う!ぼ、僕は………」

わざとじゃない、そう続けたかったヒデトだったが、クロードの目と千博の様子を見ればそんな事を言っても信じてもらえる訳がなかった。周りから見ればどう見ても逃げ道の前に立ち塞がる邪魔者を刺し殺そうとしたとしか思われないだろう。だが弁明している程ヒデトに余裕は無かった。動揺で《透明化(インビジブル)》を解いてしまったが、即座に集中し直して再び姿を消す。ヒデトは扉から部屋の外へと抜け出した。

「ミーツェ?………おい、嘘だろ?」

千博はようやく状況を把握し、魔力の《留化》をといてミーツェに駆け寄った。未だ、腹部から出る血は止まらずにいる。

「………ヒロ、……い…けて……」

助けを求めるかのようなか細い声がミーツェの口からもれる。

「ああ、分かってる!大丈夫だ、絶対に俺が助けてやる!!」

千博はミーツェの血塗れの手をとり、必死に励ます。べっとりとした血に千博は触れ、改めてこの場も曲がりない戦場である事を理解する。そして仲間が、傷を……それもこんな重傷を受けた。自分がいながら、ミーツェに怪我をさせてしまった。千博は責任に押しつぶされそうだった。

「………違……う、そ……じゃ…ない……」

「喋るな、ミーツェ!傷が……」

千博は目の前の光景に焦りを隠せず、頭が真っ白になっていた。そのせいで千博はミーツェが何かを否定した事が全く聞こえていなかった。

「チ………ヒロ……」

どうしていいかわからずにうろたえる千博の手をミーツェが弱々しく握る。それで千博はやっとミーツェの言葉を真っ直ぐに聞いた。

「………はや…く……追いかけ……て………」

「……⁈ 」

ミーツェの目は力強く千博の目を見ていた。ミーツェの思いが強く伝わってくる。アサクラの後を追う。それが今、ミーツェが千博に望んでいる事だった。理解はできる。ミーツェはその為にアサクラの前に立ち塞がったのだ。見えない相手でも、勇敢に。だが、逃げられてしまった。負けず嫌いで、責任感の強いミーツェが思いそうなことだ。しかし…

「お前を置いてく訳には……」

できない。放っておける訳などなかった。

「………いや、行け、チヒロ。」

「な⁈ クロードさん⁈ 」

しかし思わぬ所でクロードにもそう頼まれる。

「何でですか⁈ 俺たちが居てやらなきゃ……俺たちで助けてやらなきゃミーツェは……!」

「ああ、だからお(・・)は行け。ミーツェは俺に任せろ。」

「っ、でも……」

「お前は……ミーツェが今、お前に何をして欲しいかわかっている筈だろう。ミーツェの思いを汲み取ってやれ。」

「………。」

ミーツェの手はまだ千博の手を握っていた。そしてクロードの言葉を肯定するかのように、千博に頼むかのようにミーツェの手を握る力は少しだけ強くなった気がした。

「………分かりました。ミーツェをお願いします、クロードさん。」

「ああ、必ず助ける。」

千博は決心してミーツェの手をそっと離すとゆっくりと立ち上がる。そして腰の袋の中の残りの2つの磨製丸の片方を口に含み、ガリッと噛み砕いた。

「くそっ、アサクラ……絶対に捕まえる!!」

千博はミーツェの血のついた手を握りしめ、もう一度魔力を《留化》させた。そして身体中に漲る魔力を感じながら、千博は怒りに身を任せ王の間を飛び出した。






王の間を出た千博は暫く一心不乱に城内を駆けていたが、やはり一国の城全体から一人の男を探すのは至難の技だった。

「………ちっ、やっぱ人が多いな。音が多すぎだ。」

ゼウシアに大軍を送ったからといって城の警護が丸裸になるわけではないようだ。要所にはいつも通り警備の兵がいるのだろう。それに城で働く者も少なからずいるようだ。王の間へ来る時はシーザーの案内があったし、人目は避けて移動したからすんなり突入できたものの、なんの案内も無いとこの城は本当に広い。必ず迷うだろう。千博は先程から聴力の強化を使って周りの音からヒデトを捜していたが、この力は大勢がいるところでの人捜しにはあまり有効ではなかった。いくら音の聞こえる方から位置を把握できると言ってもそれが誰かまでは分からない。音が聞こえた方に行ってそれが誰かに確かめていたら日が暮れる。この方法だといつまで経ってもヒデトは見つけられないだろう。

「まあ、こうなるだろうとは思ってたけどな。」

が、千博は焦ることなく聴力の強化をといた。今の千博には聴力以外にもアサクラの位置を探ることのできる方法があったからだ。そしてその方法は上手く行けば聴力の強化よりもずっと簡単に、正確にヒデトの位置を突き止められる。

「ちょっと変態っぽいけど……そんな事言ってられないよな……」

多少の抵抗はあったが迷っている暇は無い。千博はゆっくりと自分の右手を顔に近づけ、そして…………嗅いだ。別に自分の匂いを嗅ぎたかったわけじゃない。正確には右手に付いているミーツェの血の匂いを嗅いだ。自らの嗅覚(• •)を強化して。

「…………っ」

むせ返るような強烈な鉄の匂い。だがそれだけではなかった。今の千博には単なる血でも匂いで誰のものかを判別することが出来る嗅覚があった。ただの鉄の匂いとの微妙な違いが分かるのだ。恐らく千博の嗅覚は今、犬などの動物の何倍にもなっている。

「………うん、何となく分かった。後は脚力をちょっと上げて……」

千博は足に魔力をこめて走力を上げる。これで準備は整った。千博は強化した嗅覚でアサクラの位置を探り始める。と、すぐに強い匂いを感じたが、

「王の間の方………だよな。こっちは違う。だとすると………」

千博は先程よりも弱い匂いのする方へと全力で走り出した。千博の記憶が正しければアサクラはミーツェの返り血を僅かに浴びている筈だった。つまり、この少しずつ動いているミーツェの血の匂いがアサクラだ。少し離れてはいるがこの速度なら十分追いつける。

「………絶対に捕まえる……!」

恐らく同じ階にいる。次の角を右、真っ直ぐ、また右……。千博はひたすらに走った。途中、何人かアレギスの城の者や兵士ともすれちがった。が、千博を不審に思って追いかけようとしても追いつける者は1人としていない。千博の脚力が上がり、走る速度が速くなっているからだ。恐らく、オリンピックの短距離走の金メダリストですら追いつけないであろう速度。以前なら嗅覚、走力を魔力で上げている状態でこれ程の時間動くのは不可能だった。しかし今の千博はもうこの世界に来たばかりの時とは違う。なぜなら魔力量も上がり、加えて魔力の操作にも慣れつつあるからだ。それに今、千博は磨製丸の効果により魔力の生成速度が上がっていた。これらの効果により全力で走り、加えて嗅覚も上げている状態の今でも継続して走り続ける事が出来ていた。千博以外の人間には決してできないであろう芸当。だが、千博が疲れを知らずに走り続ける事が出来ているのにはもう一つ理由がある。それは怒りだった。ミーツェを、仲間を傷つけられた事への強い怒り。それも原動力の一つとなっていたのだ。

「………!これは………」

と、千博の足が止まる。そして目の前に落ちていたある物を拾い上げた。

「………あいつの槍……」

拾い上げた物はヒデトが持っていた槍。ミーツェを刺した槍だ。乾いた血が穂先につき、千博は強い鉄の臭いを感じる。千博は先程の事を思い出し再び怒りが込み上げたが、冷静になろうと努めた。

「くそ………けど、これで俺がちゃんと臭いを追えていることはわかったんだ。なら、先を急ごう。……あいつももうすぐ近くらしいしな。」

千博は槍を手放すと走り出した。千博の感覚では、もうすぐ追いつける。動いている目標まで直線距離であと数十メートルと言ったところか。千博は速度を速めた。あと残り10メートル…8……5…3……

「0!此処だ!」

千博は曲がり角を曲がった直後の所で前方へと手を伸ばし、何かを掴む。

「……なっ、何で⁈ 」

そして千博が掴んだ何かは驚きの声を上げた。

「動かなければ場所は分からない筈じゃ……⁈ 」

腕を掴まれたアサクラは振りほどこうと抵抗する。が、千博は腕を握る手に更に力を加えていった。

「関係ない………やっと捕まえたぞ、アサクラ。お前には聞きたい事が沢山あるんだ。情報は全て吐いてもらう。」

「ぐっ………」

「けど、その前に………」

千博は一度深く息を吸い込むと手の魔力の《留化》をといた。青白い光がすっと消える。そしてゆっくりと息を吐くと強く拳を握りしめてアサクラの腹を思い切り殴り上げた。

「………⁈ がっ………ぁっ!」

ヒデトがその場に膝をついて崩れそうになるが、千博が左手で腕を掴んでいるのでだらりと体が前のめりになっただけだった。

「………悪いけど、俺は仲間を傷つけたやつに何もせずに居られる程優しくはないんだ。」

千博はヒデトの腕を引いて立たせた。魔力の《留化》をといたのはこいつを全力で殴る為だ。魔力を込めた状態で殴ればどうなるか分からない。……これで許すというわけではないが、今は怒りに任せてヒデトを殴っている訳にもいかない。ミーツェの頼みはきちんと成功させた。ならばすぐにでも王の間まで戻らなければいけない。何よりミーツェの容態が心配だ。

「ほら、行くぞ!急いでるんだ!」

千博はヒデトを急かす。もう諦めたのか、あまりヒデトは抵抗はしなかった。

「………は?何で僕が急がなければいけないんだ。君は僕を捕まえた。もうこれで何もかも終わりだろう?」

それでも苦痛に顔を歪めながらアサクラは拒否する。殴られたからか、少し機嫌も悪い。

「お前、何で俺が急いでんのか分んないのか⁈ お前がミーツェを刺したからだろうが!そのせいでミーツェは……! 」

「………っ!」

千博が怒鳴るとヒデトはその気迫と、ばつの悪さに目を逸らした。何しろ、不慮の事故だったからとはいえミーツェという少女を刺してしまったのは自分だからだ。誤解を解きたいが反論はできない。いや、聞いてもらえるはずがなかった。

「それは……」

「………もういい、早く行くぞ。」

ヒデトを捕まえたことで少し落ち着きを取り戻したが、その分ミーツェの事を思い出した。心配だ。クロードさんがついているとは言え、安心はできない。

「頼む、助かってくれよ、ミーツェ!」

千博は捕らえたアサクラ・ヒデトと共に王の間へと走って戻った。




「クロードさん、ミーツェは……⁈」

部屋に足を踏み入れるとすぐに千博はミーツェの様子を尋ねた。王の間の中は先程まで千博達がいた時とは違い、人数がかなり増えていた。アレギス国のメイドや城の手伝い、兵士達が集まっている様だった。

「ちょっ……え?これは……」

思いがけない光景に千博が戸惑っていると、その中からクロードが現れる。

「チヒロ!よかった、間に合ったか………」

「え………間に合った……って?」

千博が聞くとクロードは無言で表情を曇らせる。

「………嘘……だろ………」

「……嘘じゃない。ミーツェは今、かなり危険な状態にある。このままだと恐らくは………」

「っ⁈ ミーツェは⁈ ミーツェは何処ですか!!」

「こっちだ。早く会ってやれ……」

クロードは千博を案内する。そこには担架の様な物に乗せられているミーツェの姿があった。周りには医者のような格好の者もいる。その姿を見て千博は少し安心した。何故なら服がめくられていて分かったのだが、ミーツェの腹部の傷はもうすっかりと塞がっている様だったからだ。まだ意識は戻っていないのか、寝ているが治療は済んだようだ。

「なんだ……傷は塞がったんですね、よかった……」

どの様な治療を行ったのかは分からないが、ミーツェの傷はとても綺麗に、殆ど跡もなく治っている。魔法をつかった治療法なのだろうか。でもよかった。これならミーツェも……

「よくなどあるものかっ!!」

が、一安心しかけていた所を背後から急に怒鳴られる。千博は驚いて振り向いた。

「ユリア女王⁈ 目が覚めたんですか!よかった……」

「っ!よくない!よくないんだよ!このままじゃミーツェがっ……」

「………え?」

千博は困惑した。ユリア女王の目は赤く涙で濡れている。でも何でだ?ミーツェの傷はもう大丈夫だろうし、他に何が……

「足りないんです、魔力が……」

呟いたのはミーツェの近くに居た医者のような格好の男だ。深刻そうな顔でミーツェを見ている。しかしどういう事だ?魔力が足りない?確か魔力と言うのは人の生命エネルギーと関係が深いらしいから完全に無くなると死んでしまうって聞いたけど……

「でも、魔力を分ければいいんじゃないですか?」

千博は頭に思いついた事を口に出す。いたって単純だが、それ以外に方法などないだろう。

「それが出来ないんですよ。」

腕を組みながら答えたのはシーザー、確かクロードさんと闘っていた人だ。千博が王の間を出た時はミーツェに縛られていた。シーザーはそれだけ答えると視線を千博から外し一緒に居たアサクラに向ける。

「………アサクラ、貴様も来たのか。本当に、貴様は災いしかもたらさなかったな。この国にも、この少女にも。」

「………」

「貴様っ!何か言ったらどうなんだ!!誰のせいでこんな事に……」

「やめて下さい!あの、クロードさん。申し訳ないんですけどアサクラをお願いします。手を掴んでいれば逃げられませんから。」

「あ、ああ。分かった。」

そう言うと千博はクロードにアサクラの身柄を渡す。詳しくはわからないけど、シーザーとアサクラは仲が良くないようだ。見たところ、今回のゼウシア侵略の事で何かあったらしいが。何にしろ、これ以上2人を一緒にしておくのは良くなさそうだ。

「………取り乱してしまいましたね、すみません。」

クロードがアサクラを連れて行くと、シーザーは少し落ち着きを取り戻した。

「いえ、あいつに腹が立ってるのは貴方だけじゃないですから。……で、話を戻しますけど、魔力を分けることが出来ないって何でですか?」

千博はシーザーに尋ねる。

「それは………そうですね、見てもらったほうが早いかもしれません。」

そう言うとシーザーはミーツェの側に片膝をついて腰を下ろし、右手でミーツェの手首を掴んだ。そして魔力を《可視化》させると、ミーツェの手から流し込む様に魔力を送り出した。そのまま黄色い光がミーツェへと流れ込んでいく様に見えたが、

「………あ」

駄目だった。ミーツェの体へと入っていくように見えていた魔力だったが、そう見えただけだった。ミーツェの顔に活力は戻っていかないし、よく見ると魔力は送り出そうとする先から弾かれているようだった。

「こういう事です。」

「で、でも魔法を使って回復をさせることはできるんじゃないんですか⁈ だって、ゼウシアの近衛隊には救護班があるし……」

「……一般的に、魔力で癒すことが出来るのは身体的、精神的なダメージだけなんです。それと魔力自体の回復とは少し話が違うんですよ。」

「そんな……」

訓練場の治療室のおばさんは魔法で怪我を治してくれたことがあったけど、魔力の回復は無理なのか。馬に魔力を流して身体能力を上げるのは出来たから人同士でも出来ると思ったが確かにシーザーがやって見せたのを見た感じ無理なのは明らかだ。でも、それならどうすればいいんだ?俺達に出来ることは何もないのか?

「魔力の回復は出来ないことはないんです。血液の輸血と同じで、型さえ合えば魔力を分ける事も出来るんですが……。魔力は血液よりも型が複雑多岐に渡っていて親族の方でないと今の様に上手く魔力が伝わらないのです。」

ミーツェの側に控えていた医者が説明を加える。それは辛い事実だった。親族。ミーツェの家族ならグッさんがいる。だが、今はゼウシアでアレギスの侵攻をくい止めている。すぐにこちらに来ることはできない。

「くそっ!!」

千博は舌打ちした。このままでは本当にミーツェが危ない。何かないか、ミーツェが助かる方法は……。

考えていると、ふと自分の腰の袋に手が触れる。確かこの中にはグッさんがくれた磨製丸があと一つ残って……

「……そうだ!これ、磨製丸!これならミーツェの魔力を回復できるんじゃ……」

千博は袋の中から一粒の磨製丸を取り出した。

「磨製丸⁈ そんなもの、何処から持ってきたのですか⁈ 」

「えと……貰いものです。そんなことより、どうなんですか?」

千博は驚いているシーザーを横目に医者の男に尋ねる。

「まさかその様な物をお持ちだとは……。確かに、それを使えば彼女の魔力を回復できます。ですが、磨製丸は無理に魔力の生成速度を上げるため、使った後の体への負担が大きい。使いすぎれば死に至る危険もあります。それが磨製丸が多くの国で使用が禁止されている理由なんです。だから体の弱っている今の彼女に磨製丸を使うと魔力の回復より先に彼女の体が………。それに、今の彼女に魔力を生成する力が残っているとも思えません。」

医者は最後まで言い終えないうちに目を伏せた。確かに、磨製丸が体に負担をもたらすことはグッさんからも聞いていた。渡された磨製丸全てを使うのはやめておけ、と。でも本当に体に負担なんてあるのか?もうすでに二つ使っているけど体には異常はないように思える。これならミーツェに使っても大丈夫なんじゃ……。いや、駄目だ。医者が言ってるんだからきっと危ないんだろう。俺は魔法に関して詳しいどころかどちらかというと初心者に近いのだから軽率な考えによる行動は控えたほうがいい。が、それならどうしろと言うんだ……?

「ふざけんなよ!!くそっ!」

千博は横たわるミーツェの隣に座ると、その右手を両手で握った。

「ごめん、ミーツェ……!俺のせいで……俺がアサクラを捕まえようとしたからっ……!」

「チヒロ………」

千博がミーツェに声をかけている様子を見たユリア女王もミーツェのもとへ来てミーツェの左の手をとる。

「頼むっ……頼むから死なないでくれ!!」

手を握りながら千博はミーツェへと魔力を流そうとした。何の意味もないとわかっていても、何もしないでいることなどできるはずがなかった。千博の青白い魔力がミーツェの体へと送られていく。………え?送られていく?

「……?」

気のせいかと思ったが、確かにミーツェの体に魔力が流せている感じがする。

「チヒロ殿、やめて下さい。それ以上しても彼女は………」

「い、いや、待って下さい!!」

千博の行為を無意味な行動だと思ったシーザーが止めようとするが、それを医者の男が遮った。そしてミーツェ胸に聴診器の様な物をあてて何かを確かめる。そして信じられないといった表情で振り返った。

「そんなまさか………」

「ど、どうしたんですか?」

それを見てシーザーが尋ねる。

「あり得ない話ですが……彼の魔力が彼女の体に流れていっています。」

「「「え⁈」」」

周りの一同が揃って驚愕する。が、その事実を告げた医者の男が一番驚いている様だった。

「これは不思議だ……こんなことが起きるなんて……まさに奇跡だ!」

「じゃ、じゃあこのまま俺が魔力を流せばミーツェは回復するんですか………?」

千博は自分の耳を疑うようにもう一度医者に確認をする。

「はい!助かります!」

すると医者は満面の笑顔でそれに答えた。その一声で周りに希望の光が芽生える。

「ほ、本当か?ミーツェは……助かるのか?」

「ええ、詳しい事は分かりませんがチヒロさんの魔力は彼女の魔力の型に適合していますから。」

医者の男からそれだけ聞くと、ユリア女王に明るい、いつもの快活な笑顔が戻った。千博もそれを見て微笑み返す。だが、それは無理に作った作り笑いだった。何故なら、千博は今度は自分の魔力が減ってきている事に気付いたからだ。

「………まずいな。」

底をつく、と言うほどではないが千博の魔力もかなり減ってきている。先程アサクラを捕まえる為に磨製丸を使ったからまだ魔力は残ってはいるが、嗅覚の強化と脚力を強化しながらの全力ダッシュはかなりの負担だった。このままだと魔力を送れなくなる。

「………これを使うしかないよな。」

千博はミーツェに与えようとした磨製丸を取り出した。

「チヒロ殿?それは……まさか使われるのですか……⁈ 」

シーザーが千博のしようとしている事を察して不安そうな顔をする。

「………これしか今は方法がありません。大丈夫です。ミーツェが使うのよりかは何倍も安全ですよ。」

「しかし………」

「チヒロさん、確認ですが今まで磨製丸を使った事は……?」

副作用があるため危険だとは分かっていながらも、ミーツェを助けるためには千博に任せるしかないと踏んだのだろう。医者の男は千博を止めるのではなく使用に際しての確認をとる。

「⁈ 先生、大丈夫なんですか?」

「………副作用はありますが、一粒くらいの使用ならそこまで大きな負担にはなりません。それに、万が一の時には私も居ます。……彼女を今助けられるのはチヒロさんだけです。」

シーザーを納得させようと医者は最後の部分を強調した。腕のいい医者なのだろう。何を最優先にするべきなのか明確に分かっていて、判断も早い。

「………使った事はありません。これが初めてです。」

千博は医者の質問に嘘で答えた。先程の話の流れから察するに、磨製丸を使い過ぎるのは危ないらしい。今、使おうとしているので本当は3つ目だが、3つというのが多いのか少ないのかはわからない。だが、正直に答えて使用を止められたらひとたまりもなかった。

「そうですか。それなら深刻な問題にはならないでしょう。……申し訳ありませんが、お願いしてもよろしいですか?」

「………例えとめられても俺は続けますよ。あ、でも……」

「?」

「出来れば、治療しながら一刻も早くゼウシアに向かえませんか?俺の魔力がもつかもわからないし、これすごく疲れるので……。やっぱり親族のグッさん……この子のお父さんに魔力の供給を頼んだ方がいいと思うんですけど。」

千博はそう提案する。魔力の供給は上手くいっていた。だが、効率が悪いというか、魔力を込めてる割にはあまりミーツェに伝わっていない気がするのだ。やはりミーツェと魔力の型が違うから込めた魔力の全てが上手く流れているわけではないようだ。だから早急にグスタフのもとへ行く必要がある、と千博は踏んだのだった。

「確かに。その方が良いですね。では、すぐに馬車の準備を……」

それを聞いたシーザーが近くの者を呼んで手配させようとする。が、

「いや、馬車は出さん。」

「っ⁈ ドルトン様⁈ 」

それを扉から現れたドルトンが遮った。

「何故です!我々はもう彼らと対立する必要はなくなっています!」

ドルトンが意地を張っていると思ったシーザーは珍しくドルトンに意見する。が、それは勘違いだった。

「いや、違うぞシーザー。一刻も早く着く為に馬車より優れた移動手段があるだろう。……ユリア女王。チヒロ殿。此方だ。」

そう言うとドルトンは2人を呼ぶ。千博とユリア女王は互いに顔を見合わせるが、より良い移動手段と聞けばついていかない理由はない。

「ドルトン様?一体何処へ……」

「すまんが、暫く留守にする。国のことを頼むぞ、シーザー。」

ドルトンはシーザーにそう言い残す。そしてアレギスの兵が担架にミーツェを乗せて運び、ユリア女王と千博、シーザーとアサクラを拘束し終わったクロードがドルトンの後へと続いた。




「これは………!!」

ドルトンに案内されて辿り着いた場所にあったものを見て千博は目を見開いた。そこにあったのは、

「飛行艇!そうか、これなら馬車よりも早くゼウシアに帰れる!」

クロードが喜びの声を上げる。

「うむ、どうか、これを使ってくれ。」

ドルトンは既に手配してあったのか、操縦士達も揃ってもう既に離陸の準備はととのっている様だ。

「………感謝します、ドルトン殿。本当にありがとう………」

ユリア女王が深々と頭を下げる。それを見て千博とクロードも頭を下げた。

「やめてくれ。これはせめてもの償いの一つだ。そしてもう一つ、私もゼウシア国へ行かせてくれ。」

「………え?」

「まだゼウシア付近で我が国の兵とゼウシアの兵が戦っているのだろう。それを止めるにはやはり私自身、降伏を受け入れたことを示さねばなるまいからな。」

………そうか、それでドルトンさんはシーザーさんに後のことは任せるって言ったのか。つまり、ドルトンさんが覚悟を決めたって事か。敗戦国の王には責任をとる必要があるから……。

「………そうですね、お願いします。」

「いや、当然のことだ。気にしないでくれ。……それより、早く行こうではないか。何としてでも彼女を助けねば。」

そう言ってドルトンは飛行艇に乗り、操縦士達を配置につかせる。千博達5人もあとから飛行艇に乗り込んだ。

「ミーツェ、頑張れよ……」

飛行艇の中で千博はミーツェの手を握って再び魔力を流し始めた。ミーツェが怪我をしてしまった責任は俺にある。だから必ず俺が助けないと。その為なら俺の体にどんな負担がかかってもいい。ミーツェさえ助かればそれでいい。

「そうだ。忘れてた。」

千博はそう言えばまだ磨製丸を使っていない事を思い出した。そして、磨製丸を取り出して口へと放る。

「……ぐっ⁈ 」

と、その瞬間胸にわずかな痛みが走った。

「チヒロ?大丈夫か⁈ 」

その様子を見てミーツェの側にずっと付き添っているユリア女王が心配する。

「………何でもないです。ちょっと喉に詰まっちゃって。」

「そ、そうか?ならいいんだが……」

そう言えば、こんなにうろたえているユリア女王を見るのは初めてだ。いつもは凛としていて、それでいてもっと肝が座っている感じがしていたから泣いていた様子にも今思うと驚いた。やはり、それだけミーツェが大切な存在なんだろう。長い付き合いであるみたいだし。

「………大丈夫です。絶対、ミーツェは助けます!」

千博はできるだけ力強く、ユリア女王を安心させられる様に真っ直ぐにユリア女王の目を見て言った。

「………チヒロ……。ああ、助けよう、必ず!」

それを見てユリア女王も千博を真っ直ぐに見て答える。よかった、少しは元の元気な女王様に戻ってきたみたいだ。千博は小さく微笑んだ。そして、飛行艇はゆっくりと離陸し、ゼウシアへと飛び始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ