チヒロVSヒデト
更新に期間空いた割には話はちょっと短いかもしれません……申し訳ないです。お楽しみ頂ければ幸いです。
「お前、今、日本って………⁉︎」
千博の体はヒデトの発言で一緒固まった。その発言内容があまりに衝撃的だったからだ。彼の発言に嘘がないなら、目の前にいるアサクラ・ヒデトは千博と同じ日本人で、さらに千博と同じように日本から異世界にやってきた人間、という事になる。
「ど、どういう事、チヒロ?ニホンって何?」
ミーツェが話をつかめずに千博に質問する。が、この世界の人間ならこの反応が普通だ。千博が日本、つまりこの世界からみて異世界と呼ばれる世界から来たということは、まだゼウシアのユリア女王、クロードさん、フェリス、バルト宰相、あとはラッセルくらいしか知らない筈だ。ゼウシアの兵達や城の人が知っているのならまだわかるが、ここはかなり離れた他国アレギス。ここにいる人物が千博の事を知っている筈がない。……その点を考えるとヒデトが嘘をついている可能性は低かった。
「………ごめん、話せば長くなるから今は話せないけど……。出来ればあいつを捕まえて話がしたい。」
「……チヒロ………」
千博の真剣な表情におされ、ミーツェは何も意見することが出来なかった。ミーツェ自身は目の前のクソメガネを今すぐにでも口が利けなくなるくらいに叩きのめしたかったが。
「……そういうわけなので、クロードさん、ここは俺に任せてもらえませんか?」
「ふむ……」
千博はクロードにも許可を取る。クロードは少しの間何かを考えていたが、やがて口を開いた。
「確かに奴はお前がこの世界に来た事についての情報を持っているかもしれん。だが、奴は危険だ。俺としては手早く斬り捨てた方が良いとは思うが……何か策があるんだろうな?」
「はい、あります。」
「………そうか。なら任せよう。だが、お前が危なくなるようなら俺も手を出すからな。」
「……それでお願いします。」
クロードは千博に許可を出した。千博はヒデトの方を向くと歩きだす。
「隊長、本当に良いの⁈ 幾ら何でも危険なんじゃ……」
ミーツェが不安げな顔でクロードに尋ねる。が、クロードは至って落ち着いた様子でミーツェに答える。
「大丈夫……とは言い難いが、奴はチヒロにとって重要な情報を持っているかもしれない。それならやはり捕獲するのがベストだ。そしてそれが今、出来るのはチヒロだけだろう。……だが、何かあるようならミーツェはすぐに《大蛇の牙》で女王とチヒロを守れ。………俺が奴を斬る。」
「隊長……………分かった。」
ミーツェはクロードの力強い目を見て心配ではあったがそれ以上は何も言わなかった。万が一、千博がピンチになってもクロードがいれば安心、という感情からきた納得でもあった。恐らく千博が危険な目にあえばヒデトは間違い無く死ぬだろう。ミーツェにはそれだけの確信があったのだ。
「……君とは闘うんじゃなくて話がしたいんだが……そうはいかないのかな?」
「………ならまずユリア女王を離せよ、アサクラ………。」
「いきなり呼び捨てかい?……随分と馴れ馴れしいものだね。それが人に物を頼む態度か?」
千博とヒデトは互いに正面から睨み合う。二人の間に緊張が走った。
ーー……ユリア女王とあいつが一緒だと危ないな。……どうにかしてユリア女王を離させないと。ーー
千博は心の中で舌打ちをする。あいつにものを頼むなんてごめんだ。それに頼んで解放してくれる相手ではないだろう。千博は考えながらふと後ろを見るとミーツェと目があった。………そうだ。ミーツェの《大蛇の牙》なら女王をあいつから離せるんじゃないか?確か《大蛇の牙》は伸縮自在の筈だし……。
「………あ、たぶんチヒロ、ユリ姉を先にどうにかしたいみたいだよ?どうする?隊長?」
ミーツェは千博の様子から察した。
「………まあ、俺たちとしてもそれは最優先にすべき事だしな。隙を見てユリア女王を………」
「ぬおおおっ!!」
突然の事だった。クロードがそう言いながらヒデトの様子をうかがっていると、雄叫びの様に声をあげてヒデトの方へ突進していく者がいた。
「っ⁈ ドルトン国王⁈ 」
「えっ⁈ 」
「ドルトンさん⁈ 何を……」
一同が驚きの声を同時にあげた。その男は今の今までずっと静かに黙り込んでいたアレギス国の王、ドルトンだったからだ。側に控えていた衛兵も予想外の事だったのだろう、反応が遅れていた。そしてそれはこんな事を予想など出来なかったヒデトも同じだった。反応が遅れ、ドルトンの体当たりを受けてよろめく。が、ドルトンの行動はそれだけではなかった。
「ぐっ……何をするんですか、ドルトンさん!……って、あ!!」
ドルトンはヒデトが抱えていたユリア女王を奪い、クロード達の方へと走っていく。
「………悪いがアサクラ殿、もう我々に勝ち目はない!これ以上の戦いは無意味だ。彼等の様子からも分かるだろう!このまま我々が粘っていたらゼウシアを攻めに行った兵達の被害が増えるだけだ。」
今までずっと黙っていたのはこの機会を探っていた為なのか、ドルトンには全く迷いのない様子だった。
「………ミーツェ!早く女王を!」
「分かってるよっ!」
走ってくるドルトンの体にミーツェは《大蛇の牙》を巻きつけ、ユリア女王ごと引き寄せた。
「ドルトン様!どうして……」
拘束されたままシーザーがドルトンに尋ねる。
「………こうする他にアレギスの民を守る方法は無いと思ったのだ。やはり、我が国ではゼウシアには敵わなかった。それならもう長く戦う必要はない。………すまないな、シーザー。お前にも大変な苦労をかけた。だが、もう終わりだ。………クロード殿、どうかここは私の首だけで勘弁してはもらえまいか。」
「………ドルトン国王、貴方は……」
「っ!!駄目です、ドルトン様!そんなことはっ………!」
ドルトンはそう言ってクロードの前に膝をつく。シーザーはドルトンを止めようとするが体が縛られているため動くことはできなかった。
「貴様っ!離せ!ドルトン様に指一本触れてみろ!許さんぞ!」
「………隊長、どうするの?」
シーザーが必死に抵抗するのをミーツェは《大蛇の牙》で抑える。クロードは目の前に膝をついている一国の王に告げた。
「貴方の処分を決めるのは私ではない。女王だ。………だがどうやら幸運なことに女王は今、気絶している。だからお前はまだ死ぬ必要は無い。………それに、貴方の今の行動から大体の事の事情は察しがつきましたよ。」
「………⁈ クロード殿……」
「………貴様……」
「ふふ、まあ、そうなるよね。よかったね、国王さん。」
クロードはそう言い、ミーツェは傍で笑う。それを見てドルトンの目から涙が落ちた。
「あーあ、なんか良い感じに終わりそうな雰囲気だね。ま、確かに今回の事は僕からドルトンさんに提案したことだし、2人がやめるって言うならここで終わりかな。」
と、間に口を挟んだのはヒデトだ。が、たった今仲間であった国王が投降を決めたというのにその様子からは相変わらず焦りや緊張感は感じられない。
「……ふん、やはりそうか。」
ヒデトの言葉にクロードは一人納得する。
「え……それってどういう……」
千博はいまいちヒデトの言葉の意味と、それに納得するクロードが理解できなかった。
「………私が以前、ドルトン国王と同盟について会談をしに来た時、彼は非常に同盟に積極的だった。だが今回、どうしてか急にこの様だ。ドルトン国王は温厚な人だから今回の件を起こすなんてことはあり得ない。二国間の同盟はうまくいくはずだったんだ。………何か第三者が間に入って、何か良くないことでも囁かれるか、そそのかされるかでもしなければな。」
「第三者って………まさか!」
「ああ、それがアサクラだ。………奴は俺たちが会談に行った時にその場に居なかった。今回の二回目の会談になって急にこの件に関わったんだ。………大方、奴が何かドルトン国王に吹き込んだのだろう。それに、チヒロの話を聞いて奴への不審感は一層高まった。」
クロードは言い終わるとヒデトの方を睨んだ。その目からは激しい怒りを感じた。
「………許さんぞ、アサクラ・ヒデト。お前は随分とふざけた真似をしてくれたな!!」
「………はは、そこまで分かったのか。やるね。………じゃあ、どうしようかな、遊びはここまでみたいだしそろそろ帰らせてもらおうかな。もう用はないし。」
ヒデトはクロードには気もとめずにその場を動こうとするが、
「………いや、何言ってんだよ?用ならあるだろ、俺との話が。」
「………そうだったね。けどそれはまた今度にしたいもんだな。」
千博がヒデトの前に立ち塞がる。再び2人が相対することとなった。
ーー先に攻撃したほうが良いよな。一撃で決めるつもりでいくか。ーー
千博は思案した。対するヒデトも表情こそ笑っているものの、その目は常に千博の動きをうかがっているようだった。王座の裏の大きなステンドグラスからは既に差し込む光はなく、辺りは暗くなっているようだった。しかし、王の間の中はいつの間についたのか、壁際に並んだランプが明るく照らしている。2人の間の空気が緊張感を増し、そして、
「………っ!しまっ……」
先に動いたのはヒデトだった。消えたヒデトの姿を探して千博は辺りを見渡すが、
「………分かるわけないよな。」
当然、ヒデトの姿はない。が、
「………っあ、何だ⁈ 」
千博は声がした方を振り返る。と、そこにはドルトン国王を守っていた2人の衛兵がいた。声をあげたのはそのうちの一人の様だ。尻餅をついている。だが、特に怪我はないようだ。千博は訝しみながらも再びヒデトを探そうとするが、
「ちょっと待て、あんた、持ってた槍はどうしたんだ……?」
千博は違和感に気付いた。先程まで衛兵は二人とも槍を持っていた筈だ。だが槍を持っているのは1人になっている。
「そ、それが、今の今まで確かに持っていたのだが……何かに引っ張られる気がして………」
衛兵は不気味そうにそう言って自分の両手を見ていた。千博は嫌な予感がした。
「………まさか!気をつけろ、みんな!アサクラは多分槍を……」
注意を促そうとした瞬間、千博の右腕に重い痛みが走った。鈍い音が辺りに響く。何かで殴られた様だ。
「ぐっ………くそっ!」
「どうしたんだ、チヒロ⁈ ちっ……何も見えん……奴はどこに行ったんだ?」
腕を押さえて顔をしかめる千博の様子にクロードが異変を感じ取った。
「ミーツェ!お前達は扉の方へ離れておけ!俺は万が一に備える!」
「わかったけど……チヒロは大丈夫なの?またあいつ、見えなくなったのに……チヒロはどうするつもりなんだろ……」
千博の心配をしながらもミーツェは指示に従い王の間の扉の近くへとユリア女王を運んで移動する。既に対立をやめたドルトンとシーザーもそれに従った。
「姿を消せる時間は限られていないのか?だとしたらやっぱりあの手を使うしかないか……」
ミーツェ達が下がるのを見て千博は考えていた作戦を実行しようと考えた。
ーー集中しろ。魔力を使えば身体能力が上げられる。なら、それを利用して聴覚を上げるんだ!ーー
千博はゆっくりと目を閉じ、周りの音だけに注意を払う。するとそれは思った以上に効果的だった様で、歩いた時に起こる風、足音、それらが何処からしてくるのか明確に距離が分かるくらいに良く音が聞こえた。千博は目を開き辺りを見て確認する。そして確認ができた。今、この場で動いているのは1人だけ。他のみんなは動いていない。つまりこの近づいてくる音の音源は……
「そこだな、アサクラ!!」
千博は近づいてくる音の方向に拳を叩き込んだ。
「「「 ⁈ 」」」
その様子を見ていた者たちはみな首を傾げた。当然、周りから見れば千博は何もないところに突然拳を出したとしか見えないからだ。だがその何もないところに千博は確かに手応えを感じた。そして、
「ぐっ………が……何で……?」
そこから急によろけながらアサクラ・ヒデトが姿を現した。ヒデトは左手で胸を押さえて顔をしかめている。しかし、苦痛以上にヒデトの顔には隠しきれない驚きが表れていた。
「………おお、当たった。案外うまくいくもんなんだな。」
千博は思った通りの成果に自分でも驚く。音だけにしか頼ってないのに見事にアサクラに一撃を浴びせられたからだ。ただ、聴覚の強化とともに拳の威力を上げることは流石に出来なかった。……あ、魔力を《留化》させとけば良かったのか。
「………そんな筈……ちっ、まだだ。もう一度!」
ヒデトは動きを止めた千博の様子を見て再び姿を消した。
ーー何だ?今のはまぐれか……?確かに今のは少し近づきすぎたかもしれないけど……。探ってみないとーー
姿を消したヒデトは今度は少し千博から距離をとって動き出した。千博はヒデトの姿が見えなくなると同時に目を閉じる。
ーー目を閉じた?……僕の姿が見えているわけではないのか。じゃあ何だ?気配で感じ取ってるのか?ーー
試しにヒデトは千博から少し離れたところを適当に動いてみる。と、
ーー………っ⁈ 何でだ⁈ あいつ、僕の動きに合わせて………!!ーー
千博はヒデトが動くとその方向に顔を動かしていた。場所がばれている、さっきのはまぐれではない。ヒデトは確信した。
ーーそれなら一定の距離を置いて攻撃すればどうだ?幸いにも武器は槍だしね。……殺しはしないようにしないとな。ーー
ヒデトは手に持った槍を逆さに構え、槍の穂先の方を持って千博が反撃のできないギリギリの距離へ近づく。そして、
「ぐあっ⁈ くそっ、攻撃がわからない………⁈ 」
ヒデトは無抵抗の、反撃の出来ない千博の右膝付近を打つ。鈍い痛みに千博は崩れて膝をついた。続けてヒデトは千博に攻撃を加える。千博は頭の前で手をクロスし、攻撃を防ごうとするが様々な方向から打撃が打ち込まれた。
ーー……やばい。こいつ、俺との距離を上手く一定に保ってる。何とか距離を詰めないと。すごい痛いけど、……集中するしかない。ーー
千博は痛みに何とか耐えながらヒデトの正確な位置を計ろうとする。……距離は多分ここから3メートルくらいか?右、左、正面、右……。よし、だんだん慣れてきた。これなら……!
「………っ!!チヒロ、下がれ!やはり俺が……!」
その様子を見かね、耐えきれずにクロードが手を出そうと剣を抜く。
と、その声に反応したのかヒデトの動き、攻撃も止んだ。
「………!クロードさん⁈ しまった、アサクラが……!」
「チヒロ、大丈夫か!」
両手で剣を構えたクロードが千博に駆け寄る。が、それは千博にとっては援護というよりも逆の効果的をもたらしてしまう。………アサクラの場所を見失ってしまった。先程から耳を澄ませて探っているが動いている気配が全くない。何処かで立ち止まっているのか?だがそれならそう遠くには行っていない筈だが……。
「チヒロ、お前、奴の場所が分かっていたのではなかったのか?どうしてこんな………」
「……しっ、静かに。今探ってます。」
「探る?一体どうやって………」
目を閉じて辺りに顔を向ける千博につられるようにクロードも周りをみる。が、何も見えなかった。
「………おかしい。何で動いてないんだ?一体何処に……」
しかし、アサクラの姿が分からないのは千博も同じ様だった。
「チヒロ、どうだ?」
「……すみません、見失いました……。」
「そうか。それなら悪いがもう遠慮はできんな。」
クロードは千博もアサクラの姿を認識できないことを確認すると剣を振って剣閃を作り出す。
「えっ、ちょっと待って………!」
千博が止めようとするがもう遅かった。クロードの放った剣閃は辺りを適当に攻撃する。だが、傷がついていくのは周りの壁ばかりだった。
「………?」
しかし、一瞬クロードの動きが止まる。そして壁から少し離れた所を見つめていた。
「待って下さい……って、どうかしたんですか、クロードさん?」
「いや、あの辺り……何か手応えを感じた気がしたのだが………」
「えっ⁈ そ、それって……」
千博は最悪のケースが思い浮かんで不安そうに尋ねた。………まさか当たってしまったのか?それならアサクラはもう……
「いや、それはないだろう。攻撃を受けたらあいつは姿をあらわしてしまうみたいだしな。……気のせいか?」
「………?」
気のせい、何てことはないだろう。他でもないクロードが手応えを感じた、と言っているのだ。千博は妙な違和感を感じて身を固める。と、その時だった。稲妻が落ちたかのような大きく鋭い音が王の間の中に響いた。音に集中していた千博は突然の大音響に耳を押さえる。
「な、なんだ⁈ 」
急いで音の聞こえた方を向くと、玉座の裏のステンドグラスが割れていた。大きめの穴があいてしまっている。それこそ、人1人がちょうど通られそうなくらいの……
「っ⁈ まさか、あいつ!!」
千博は急いで駆け寄り確かめる。周りには色とりどりなガラスの破片が散らばり、穴からは風が吹き込んでくる。穴から外を覗いて見ると、地上まではかなりの高さがあった。普通に考えれば脱出は不可能だが、魔法を上手く使えば落下時のダメージを軽減できるかもしれない。
「クロードさん、ここから飛び降りることは可能ですか⁈ 」
千博はあとから駆け寄ってきたクロードに尋ねた。
「無茶を言うな。幾ら何でもこの高さから飛び出したら間違いなく死ぬだろう。」
「え、そうなんですか?じゃあ何で………」
魔法を使ってもダメなのか?それなら何であいつはここから飛んだんだ?千博は考えた。ここから飛んで助かるにはどうすれば良いんだ?壁にでもひっついているのか?そう思って再び下を見るが暗くてよく見えない。それに、そもそも奴が姿を消していたらどっちにしろ見えないだろう。ならばと思い音に集中しようと試みるが風の音が邪魔をして上手く聞き取れない。
「………くそっ、逃げられたのか?一体何処に行ったんだ?」
千博は必死になって探す。しかしアサクラの姿どころか気配すら感じ取れなかった。
「………アサクラは逃げたのか?」
チヒロの後ろでクロードが口を開いた。
「いえ、分かりません……。でも恐らくはここから何らかの方法で……」
「………そうか。その様子だと飛び出すところも感じ取れなかったみたいだな。手がかりは無い、か……」
クロードが舌打ちする。悔しいが、クロードの言う通り千博はアサクラがこの部屋から外へ飛び出す時に気配を感じ取ることはできなかった。周りの音に集中はしていたが、誰かが動いているような音は全くなかった。
「………全く?」
そこで千博はある違和感を覚えた。おかしい。あの時本当に音は何も聞こえなかった。クロードの攻撃を受ける前にアサクラは千博の近くにいた筈だ。それにクロードの攻撃が飛び交う中、奴が動き回っていたとは思えない。もしクロードが攻撃をしている間に玉座の方まで移動したのだとしても、クロードが攻撃していたのは数秒だ。その間にあそこまで音をたてず移動しきるのは無理だろう。だとしたらアサクラは……
「まだこの部屋に……いる?」
「っ⁈ 何だと⁈ 」
そう思った瞬間だった。千博が扉の方へと走っていく者の足音を聞いたのは。
「………⁈ やっぱり!まずい、アサクラは扉の方だ!!」
走っていく足音は先程クロードが違和感を感じた辺りから聞こえ出していた。やはりあの時アサクラに攻撃が当たっていたのか?でもどうしてあいつは攻撃を受けたはずなのに普通に走れてるんだ?千博は追いかけ始めるが既に奴はもう扉に着きそうだ。スタートに差があり過ぎた。
「ミーツェ!気をつけろ、そっちに奴は向かってる!!」
千博は急いで扉の近くにいるミーツェに注意を促す。
「こっちに来てるの?……えっと、ドルトンさん、だっけ。ユリ姉を頼むから。怪我させたら承知しないからね!」
「………分かったが、何をする気だ、君?」
「決まってる。首謀者を捕まえるんだよ!」
ミーツェはそう言って扉の前に立ち塞がるが、
「駄目だ、ミーツェ!!奴はもうそこに………!!」
「なっ⁈ し、しまっ……」
千博の警告の声と同時にアサクラの焦ってうわずった声をミーツェは耳にした。そして、気づくとミーツェの腹部には鋭利な槍の先端が突き刺さり、血が滲み始めていた。




