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ゼウシア防衛とアサクラ・ヒデト

ゼウシア国城下町近くの城壁に夕日が傾き始めている。そこではアレギス国の突然の襲撃を阻止するために近衛隊が集まっていた。千博とミーツェを送り出した後、一旦戦線を離れたグスタフに近衛隊の隊員が報告する。

「住民の避難、全て完了致しました!これより第一、二、三、六、七班も四、五班の援護に入ります!」

「うむ、そうか。頼むぞ。」

グスタフは城壁の砦の上から戦局を眺める。依然としてアレギスの兵は陣を敷いており、第四班の班員達が前線で戦っている。防衛戦ということで投石機を利用し、遠距離からの攻撃と攻めては引く波状攻撃を繰り返しアレギスの侵攻を何とか阻んでいた。

「グッさん、状況はどうだ?」

と、そこへ避難作業を終えたフェリスがそこへ戻って来た。

「おお、フェリスか。ちょうど今、四、五班以外の班に援護を頼んだところだ。戦線ではうちの四班が敵の侵攻を止めてる所だ。お前の一班にも援護を頼む。」

「分かった。……それにしてもグッさんの特殊戦闘班は流石だな。あの数の敵の侵攻を阻むとは。」

フェリスは仲間の奮闘に感心する。特殊戦闘班とはグスタフが率いる第四班の正式名称だ。そもそも、近衛隊は七つの班から形成されている。第一班はフェリス率いる剣技に長けた兵から形成される突撃班。第二班は遠距離からの攻撃を得意とする兵が集まった長距離攻撃班。第三班は全員が大きな盾と(ランス)を構え、集団により鉄壁の防御を誇る防衛班。第五班は敵への偵察活動などを行う隠密班。第六班は少し特殊で、戦場で敵兵や敵の物資を奪う鹵獲(ろかく)班。最後に第七班は兵の治療を行ったり、補給作業を行う救護班だ。これらの班はどれもその班の班長によって細かく指揮がとられるが、その全体を統括して指揮をするのが近衛隊長のクロードである。グスタフが率いる第四班は近衛隊の中でも最も攻撃力が高い班で、一人一人が違った武装をしているのが特徴だ。その武装は専用武器(エクスクレッシブ・ウェポン)と呼ばれる。

「いや、確かに数は向こうが多いが一般兵が大部分だからな。魔法を使いながら戦えば何とか防げるさ。でも、援護は頼むぞ?」

「ああ、任せておけ。そろそろ私達も行こう。」

フェリスが外の様子を見て言う。

「そうだな。で、戦法だが……今、第四班が波状攻撃をしているから一班と六班にはそこに加わってもらう。五班と二班は援護攻撃だ。三班には城壁の門を守らせる。七班は城壁で待機。それで良いか?」

「うむ、了解だ。」

二人は揃って部屋を出て階段を下り始めた。

「グッさん………ところで、その………ち、チヒロは何処に居るんだ?」

階段を下りながらフェリスが小さな声でグスタフに尋ねた。

「フェリス………。」

「ち、違うぞっ⁈ その……チヒロの姿が外に見えなかったものだから気になって………」

両手を振って顔を赤くするフェリス。グスタフは答えに詰まる。フェリスがチヒロと仲が良い事は知っている。

「グッさん………?」

「………チヒロは、アレギスに行かせた。ミーツェも一緒だ。」

「えっ………」

フェリスの歩みが止まる。グスタフはこれまでの経緯を簡潔にフェリスに話した。

「ど、どうしてだ⁈ 2人だけで行かせたのか⁈ 」

「……心配かもしれないが、今、現状でいち早くユリア女王を助けに行くにはこれしかなかったんだ。」

「……そんな………。チヒロ……」

フェリスは胸に手を当て、不安げな表情が顔にでる。チヒロはまだ戦争に出たことはない。これが初めての戦場だ。それなのにこんな重役を背負わされたのだ。あまりに酷な決断ではないか。………それに、一緒に行った相手がミーツェとは……。ミーツェはあまりチヒロと仲が良さそうでは無かったが、大丈夫だろうか。

「……行くぞ。ここで話しても居られない。チヒロとミーツェだけじゃない。仲間もみんな戦っている。」

グスタフはそう言って先に歩き出した。

ーーチヒロもミーツェも心配だが……今その事を考えていても仕方がない。チヒロ達が頑張っているんだ。それなら私はその間、ゼウシアを守りきる!ーー

フェリスは一つ深呼吸するとグスタフの後に続いて歩き出した。





西から僅かに覗いている太陽を尻目に、ゼウシアの城壁の目の前では戦いが始まっていた。

「ええい!何をしている!どうしてあの数の敵を倒せんのだ!!」

アレギスの軍の指揮官が苛立ちを隠せず兵を怒鳴りつける。

「も、申し訳ありません!ですが、敵の守りが非常に堅く……」

「何を言ってる! 相手は我らの十分の一も居らんのだぞ⁈ 守りなど数の差でねじ伏せんか!」

「しかし、奴らは皆、魔法を使ってくるので………」

兵の一人が控えめに言い訳を述べた。それを聞いて指揮官はその兵の方を睨みつけた。

「も、申し訳ありません!」

睨まれた兵士が焦って頭を下げる。指揮官はため息をついた。

「謝る暇があるならさっさと倒してこい!相手が魔法を使うならこちらも使える者を前に出せばいいだろう!そのために魔法部隊を用意したのだ!魔法兵の部隊を早く出せ!」

「了解しました!」

指揮官に怒鳴られた兵士は軍の前方の方に向かい、その旨を伝えに行く。

「全魔法部隊、前へ出ろ!」

間も無くして号令がかかる。号令と同時に数千人の魔法兵が攻撃陣形をとった。それを見てグスタフは近くの一般兵に命令を出す。

「お、魔法部隊が出たな。よし、それじゃ皆揃った事だし、俺達も反撃に移るかな。……防衛班と特殊戦闘班、突撃班は前に出ろ。一般兵と残りの者は防衛班の後ろへ、長距離攻撃班は特殊戦闘班と突撃班の援護をするように。伝えて来てくれ。」

グスタフが指令を出すと一般兵は足早にその場を去る。ゼウシアの戦力約五千のうち二千近くが近衛隊、残りは一般兵だ。今、第四班と五班がアレギスの侵攻を食い止めている間に避難活動を終えた他の班と兵達が皆集まった。それでも10倍の差がアレギスとの間にあるが、ゼウシアの兵達は果敢に挑む。

「グスタフ班長!全員配置につきました!」

兵の一人が報告する。グスタフはそれを聞くと大きく太い声で命令を出した。

「全員、作戦通り行動を開始しろ!まずは魔法部隊を蹴散らしてやれ!」

グスタフの声に合わせておう、と周りから声が上がり、近衛隊に一般兵を含めたゼウシア軍が守りから攻めに転じる。

「魔法部隊、攻撃開始!」

ゼウシアの動きに合わせてアレギスの指令官も軍を進める。そして二つの軍の衝突が始まった。

業火球(ファイアボール)、撃て!ゼウシアの兵を殲滅しろ!」

アレギスの魔法部隊は一斉に魔法による攻撃を始める。魔力の《変換》で生み出された炎の豪球がゼウシアの兵を襲った。そして辺り一面が炎に包まれる。が、

「防衛班、魔障壁を展開!」

ゼウシア軍は全くの無傷だった。前線で構える防衛班が魔法によりシールドを張ったのだ。魔障壁は防衛班が誇る最強の防御魔法だ。班員全員が手に持った大きな盾に魔力を流し、隊列を組んで盾を並べる事で皆の魔力が集まり一つの強力なシールドを作り出す。簡単に破ることなど出来ない、防衛班の集団技だ。その魔障壁によりアレギスの魔法部隊が放つ無数の火球はことごとく弾かれる。

「だ、駄目です!全ての攻撃が防がれています!」

アレギスの兵達が焦り出す。

「ええい!それなら盾の無い者を狙えば良いだろうが!考えろ!」

指揮官は怒気を強めて言い放つ。アレギスの指揮官が見ている方向には、盾も構えずこちらに突っ込んで来ようとしているゼウシアの兵達が見えた。アレギスの魔法部隊が狙いを変える。

「よ、よし!あいつらならいけるぞ!撃てーーーっ!」

業火球の雨が向かってくるゼウシアの兵達を焼き払おうとする。しかし、その先頭にいた大きな男と可憐な少女は飛んで来る業火球を斬りさいた。

「そんな炎では俺達は燃やせん!」

「……数だけ居ても、攻撃は単調だ!充分見切れる!私達に続けっ!」

グスタフが相手を挑発し、フェリスが仲間を鼓舞する。ゼウシアの兵達、第四班と第一班は2人に続き、魔力を《留化》させた武器を持ち火の球をかわしながら進む。

「………っ⁈ こいつら全員魔法が使えるのか⁈ 」

「ちっ!怯むな、攻撃を続けろ!」

更に多くの火球が飛び交う。ゼウシアの兵達はその攻撃を防ぎながらアレギス軍へと近づいていくが、近くに行く程攻撃は激しくなっていく。

「いいぞ!奴等をこれ以上近づけさせるな!このまま殲滅しろ!」

焦っていたアレギスの兵達は冷静さを取り戻し出す。だがグスタフ、フェリスを始めゼウシアの兵が進みを止めることは無かった。

「敵も馬鹿じゃないみたいだな。だが……頼むぞ、第ニ班!」

そして、アレギス軍の士気が僅かに上がりかけたその時、ゼウシア軍の背後から黄色い光を纏う無数の矢がアレギス軍へと飛んだ。

「ふん、矢か!関係ない、焼き払え!」

アレギスの魔法部隊は構わず火球を放ち、矢を焼き落とそうとするが、放たれた矢は燃えない。

「魔力を《留化》した矢か!ぐっ……!」

「うわぁぁぁ!」

「さ、下がれ、下がれっ!」

そのまま黄色く光る矢の雨はアレギス軍を頭上から襲う。

「よし、崩れたぞ!今だ、進めっ!」

フェリスが進軍の声を上げると、ゼウシア軍が陣形の乱れたアレギス軍へと突き進む。陣形を組んで魔法を使っていたアレギスの魔法部隊の兵は次々に倒れていく。そして次第に魔法による攻撃から剣と剣とがぶつかる接近戦へと戦いは変わっていった。

「ふんっ!!」

「「「ぐぁぁぁっ!」」」

二つの戦斧を巧みに使い相手を地に伏せていくグスタフは考えた。

ーーもう少しで日没だ。夜になれば恐らくアレギス軍も一旦下がるだろう。戦いがとまればこっちも兵を集め直せる。そうなればアレギスにも数では劣らないくらいになるだろう。………問題はミーツェとチヒロだな。上手くやってくれていれば良いが……ーー

アレギスには数こそ劣るものの、ゼウシア国の防衛なら充分可能であり、近衛隊の力もあって今のところは優勢だ。こちらの戦局の心配はない。翌日になれば今より一般兵が集まり、兵数は3万はいくはずだ。数で威圧もできる。そうすれば相手も引くかもしれない。しかし女王の命が失われてしまえば元も子もないのだ。

「頼むぞ、ミーツェ。チヒロ。あとはお前達にかかってる!」

グスタフは敵を双戦斧で薙ぎながら若い2人の近衛兵の作戦成功を願った。






アレギス城の王の間。国王ドルトンが見守る中、アサクラ・ヒデトがユリア女王にゼウシアの服従を迫っている所に現れた者達。それは千博とミーツェ、クロードに加え、シーザーの4人だった。突然の4人の侵入者に対してアレギス兵2人がドルトンの前に立ち、更に2人が話をしていたユリア女王とヒデトの前に立ち塞がった。

「馬鹿な!お前達は………」

ドルトンは部屋に入って来た4人を見ると驚愕した。ヒデトも驚いた表情で入り口を見ている。が、ヒデトの驚きは侵入者に対してだけでなく、その中に見覚えのある男がいたことに対してもだった。

「……!彼は……。」

そして、その男が誰かを思い出すとヒデトは静かに笑った。

「ど、どうして皆がここに……?」

一方、ユリア女王もまた驚きが隠せなかった。クロードがここに居るのは理解できる。しかしそこには更に心強い味方が加えて2人もいたからだ。

「ユリ姉!よかった……。」

「ふう………何とか無事みたいですね。間に合った……んだよな?」

千博とミーツェが揃って胸を撫で下ろし安心する。と、クロードが剣を抜いて部屋の中央、ユリア女王のもとへ進んだ。当然、2人のアレギス兵がそれを阻む。

「き、貴様、止まれ!」

「これ以上近寄ると女王の命が……」

「……退け……」

クロードがその場で歩きながら剣を軽く振る。すると出現した2本の剣閃がそれぞれアレギス兵を一瞬で斬り伏せた。それを見てヒデトが一歩後ずさる。

「す、すげえ……」

千博は感動しながらその様子を見る。

「なるほどね……。どうやら僕は貴方の実力を見誤った様だ。シーザーさん、ごめん。大変だったでしょう。」

「………アサクラ、貴様、作戦は上手くいったのだろうな……?」

ヒデトが申し訳なさそうにシーザーに謝ると、その事には触れずにシーザーは事の次第を確かめる。

「………作戦だと?」

クロードが眉をひそめる。

「……あー、もうちょっとだったんですけどね。こうなると部が悪いですよ。」

「っ!貴様、今更何を……!」

ヒデトは千博とミーツェ、クロードの3人を見るとため息を吐く。ヒデトの気の抜けた返事にシーザーが身を乗り出して食ってかかった。

「ちょ、ちょっと!暴れないでよ!」

怒りを抑えきれない様子で鎖を断とうとするシーザー。あまり仲が良くないのか、それとも2人の話の中の作戦とやらが関わっているのだろうか。

「まあいい。とにかく女王は返して貰う。」

クロードは縄で縛られているユリア女王の体を支えながらゆっくりと立たせる。ヒデトは特に抵抗もせずその様子を見ていた。

ーー待てよ?ーー

千博はそこでようやく気がついた。ユリア女王と話をしていたらしいその眼鏡の男を一度見た事がある事を。

ーーあいつ……確かゼウシアに一度来てたよな。それにあいつの名前……アサクラって……。この感じ……不思議だ、あいつからは何か違和感を感じる。……何者なんだ?ーー

千博は得体の知れない感覚を感じ警戒する。

「……?チヒロ。あいつがどうかしたの?」

それに気づいたミーツェが千博に声をかける。

「……ああ、いや、あいつからは何か嫌な感じがするんだ。」

「………そうかな?私は何も感じないんだけど……。あんまり強そうでもないしね。」

「それはそうかもしれないけど……注意した方が良い。そんな気がする。」

「……分かった。注意しとくよ。」

確かな根拠があったわけではないが、ミーツェは特に理由も尋ねず千博の意見を聞く。……ちょっと意外だ。何言ってんの?、とか言われるかと思ったけど。と、そんな事を考えているとクロードがユリア女王を連れてこちらに戻ってきた。千博とミーツェもクロードの方に駆け寄る。

「……申し訳ありません。私がついていながら……。お怪我はありませんか?」

クロードが縄を剣で切りながらユリアに謝る。

「いや、いいんだ。今回はお前の不注意というより私が悪かった。お前が来てくれて本当に助かったぞ。」

ユリア女王は苦笑しながらそれに答えた。目立った外傷もない様で、縄が解けるとドレスの裾を手で整えていた。

「ユリ姉……!」

「ミ、ミーツェ?どうした?」

駆け寄ったミーツェがユリア女王に抱きついた。

「どうしたも何も……本当に心配したんだからっ……!よかった……本当によかった……!」

「ミーツェ………」

余程心配だったのだろう、一先ずユリア女王の無事が確認できた安心から、ミーツェの目には涙が浮かんでいる。ユリア女王は優しくミーツェの頭を撫でると千博の方を向いた。

「チヒロ………本当にありがとう。君が来てくれて嬉しいよ。」

「……っ、あ、いえ、当然ですよ。俺だって近衛隊の一員何ですから!間に合って本当に良かったです。」

こんな近くから真正面でお礼を言われると照れくさかった。千博は目を逸らしながら答えた。

「……むっ。」

「………?な、何だよ?」

女王からのお褒めの言葉に嬉しさを味わっているとミーツェが不機嫌そうな顔で見ているのに気づいた。

「……スケベ」

「はあっ?お、おい、何だよそれ⁈ 」

「ふん、鼻の下伸ばしちゃって……顔がやらしいよ?」

「え、いや、俺は別にっ……」

「………2人とも、その辺にしておけよ?」

言い争う2人をため息まじりに止めたクロード。一方で女王はというとこんな状況下でも2人のやりとりを面白そうに眺めていた。

「さあ、もう観念しろ、ドルトン国王。貴様等に勝ち目はない。諦めてゼウシアへの侵攻を止めるんだ。」

クロードはドルトンに剣の切っ先を真っ直ぐ向け、降参を求める。2人の衛兵に守られているドルトンだったが、それも無意味である事を理解して顔をしかめる。

「………ぐっ。アサクラ殿、どうやらここまでのようだ……」

「ドルトン様……くっ……」

シーザーとドルトンは既に負けを認めた様だ。しかし1人だけ、アサクラ・ヒデトだけはまだ何も焦った様子も見せずに頭をかいていた。

「何でですか?アレギスが兵を引き上げない限りはあなた達ゼウシアの国民が危険に合うはずでしょう。まだ充分取り引きはできると思うんですけど……」

「………無駄だ。ゼウシアの近衛隊も私達の予想以上に強かった。……彼らの態度がそれを物語っているだろう。」

ヒデトが述べた意見は最もなようであったが、シーザーがそれを否定した。

「………そっか。なら仕方ないな。」

ヒデトはお手上げだといった様子で両手を挙げた。……よかった、これで女王は返してもらったしゼウシアへの侵攻も止まる。これで戦いは終わりそうだ。しかし、皆が安心したその時だった。ヒデトの姿がその場から一瞬で消えた。

「え………?」

千博は目の前の出来事が理解できずに固まる。それはクロードを始め、ミーツェとユリア女王にも共通した反応だった。が、驚いているのは千博達だけでは無かった。シーザーとドルトンも目を見開いて驚愕していた。周りを見渡すが360度、この部屋のどこにもヒデトの姿は見当たらない。と、その時。千博は背後に何か違和感を感じた。周りを見ていた千博ははっとして後ろを振り返る。

「っ⁈ ユリア女王⁈ 」

消えていた。なんの声もなく、知らないうちに。ユリア女王の姿がヒデトの様にこの部屋からすっかりと無くなっていた。

「ユリ姉?嘘………ユリ姉っ⁈ 」

「ユリア様⁈ 」

ミーツェとクロードもそれに気付き必死で辺りを探すがその姿は見当たらない。

「貴様等……!!次は何をしたっ⁈ 答えろ!!」

クロードが怒りに満ちた目でドルトンを睨む。しかしドルトンも状況を飲み込めずただ立ちすくしていた。

「い、いや。分からん。これは一体……アサクラ殿⁈ 何処へ行ってしまったのだ⁈ 」

「此処ですよ。」

ドルトンが呼びかけると不意にドルトンの横にヒデトが現れた。その脇にユリア女王を抱えて。ユリア女王はぐったりとしてヒデトの左手に抱えられている。

「なっ⁈ 貴様、何をした⁈ 」

「安心して下さい。殺してません。気絶しているだけです。……さて、これで女王はまた僕らの手に戻った訳ですが……そうですね。降伏がどうとか言ってましたね。あなた達がして貰えます?」

そして一瞬にしてまた状況は振り出しに戻った。

「え……あいつ、何をしたの?」

「……わからんが……やることは一つだ。ユリア女王は返して貰う!!」

ヒデトか姿を現した事でクロードは剣を抜く。そして再び光の剣閃で敵を斬り伏せようとするが、

「止めておけ。」

クロードを止めたのはヒデトだった。その声は勝利を確信したかのようで、今までとは違い強い口調だった。

「……何を今更……もっとまともな命乞いはできないのか?」

クロードは特に気に留めずヒデトに向けた切っ先を真っ直ぐ下ろし、一筋の剣閃を生み出す。そのままヒデトを一刀両断しようとするが、千博がそれを止めた。

「クロードさん、待って下さい!」

「何だ、チヒロ。……奴に情けをかける必要などないぞ。待っていろ、俺がすぐに………」

「違います!あいつ、また消えるかもしれないじゃないですか!」

千博の心配はアサクラ・ヒデトという男のあの不思議な能力だった。いや、能力なのかもよくはわからないが、彼が姿を一瞬で消し、ユリア女王をさらったのは事実だ。そして今の現象がもしもう一度使えるのなら、再びヒデトは姿を消す。そうなれば千博達が彼を認識するのはほぼ不可能で、その間にヒデトが何をしてくるかはわからない。どこからか攻撃してきても防ぎようがないのだ。

「……だからその前に斬ろうとしてるのだが?」

クロードは少し苛立った様子で千博の方を見る。確かに最もな意見だ。しかし、千博の心配はそれだけではなかった。

「もし……もし彼がユリア女王と一緒(・・)に消えたらどうするんですか?」

「どういうことだ?」

クロードは千博に尋ねる。

「確かではありませんけど……多分、彼の力は姿を消すことだと思います。」

千博は自分の意見を述べる。今、千博がこの一連の流れについて思考を巡らせている上での前提として、ヒデトが姿を消した、という事をたてている。この場合ヒデトは気絶させたユリア女王の姿も自分と一緒に消してドルトンの横まで移動したということになる。これならヒデトが再び消えても扉の前を注意しておけば逃げられる事はない。だが、これが瞬間移動だと話は別だ。一瞬にしてあらゆる場所に移動できるのなら、そしてユリア女王も共に移動させられるならヒデトはこの場から簡単に逃げられるだろう。が、今、ヒデトはこの場にいる。という事はヒデトは何らかの方法で恐らく姿を消すことができるのだ、と千博は考えたのだった。ただ、確信はなかったが。

「姿を消す、か………。だとすると迂闊に攻撃して、奴が姿を消すと女王に攻撃が当たるかもしれんのか……」

クロードは納得して剣を下ろす。幾らクロードの剣閃の魔法を使っても、ヒデトに姿を消す間も無く斬り伏せることは無理だ。ヒデトは今、ドルトンの近く、クロードから10メートルほど離れている。もし放った剣閃がヒデトの位置まで届く間にヒデトがユリア女王と消え、2人が移動すると放った剣閃がユリア女王に当たる可能性がある。

「へえ……なかなか鋭いね。確か……マナカ君、だったっけ?やるじゃないか。」

「なっ……⁈ 何でお前、俺の苗字を……」

千博とクロードの会話を聞いていたヒデトは意外そうな顔で千博を褒める。しかし千博の意識はヒデトが呼んだ自分の名前に向けられた。今まで、クロードさんもミーツェもユリア女王も、みんな自分の事を名前で呼んでいた筈だ。なのに何故アサクラ・ヒデトは自分の苗字を知っている?

「………苗字……か。やっぱりそうか。……ふっ、ハハ、面白くなってきたなぁ!」

突然ヒデトが笑い声をあげた。

「……?何が面白いんだ!」

千博は馬鹿にされている気がして声を荒げてヒデトに問う。そして、ヒデトから返ってきた言葉に千博は息を呑んだ。

「そうか………君も、日本からやってきたんだね?……マナカチヒロ君!」

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