ミーツェの過去と突破
「行くって……まさか、1人でか?駄目だ!危険過ぎる。」
ミーツェの申し出を当然の如くグスタフは拒否した。確かに1人でいってどうこうなる問題じゃないだろう。それに時間がかかり過ぎる。アレギスとゼウシアの間には山が幾つかある。だから真っ直ぐアレギスには向かえない。そのため馬で行っても3時間はかかるそうだ。
「そんなの分かってるよ!でも……このままじゃユリ姉が危ないじゃん!私はユリ姉をほっとけなんかしない!だから1人でも助けに行く!」
「おい……幾ら何でもそれは……」
「黙っててよ!私は決めたんだ!ユリ姉を守るんだ、って!」
千博も止めに入るがミーツェは意志を変えるつもりはない様だった。グスタフも困った顔をしている。
「そもそもお前1人で行っても大勢の兵士がいるんだ、ユリア女王を助けるのは無理だろ?」
「じゃあ……じゃあどうしろって言うんだよ⁈ 時間がないんだ、こうしているうちにもユリ姉が殺されちゃうかもしれないだろ⁈ 」
「……っ、それは………」
「ぬぅ………」
千博は口籠り、グスタフは小さく呻る。この時間がもどかしかった。何も出来ずに考えている時間が。だが状況が状況だ。やみくもに動いてどうこうなるものじゃない。しかし、こうしているうちにも敵は迫り、ユリア女王とクロードさんは危険な目にあってるかもしれない。その点を考えると少しでも何かをしようとしているミーツェの方が正しいのか?
千博は考えた。馬で行っても3時間。もっと早く着ける方法はないのか。迫り来る敵を退ける方法は?
「………馬か。馬がもっと早く走れれば良いのにな………」
「今になって何言ってんの⁈ そんな事できたら苦労しないよ!」
呟いてみたがこんなのどうにもならない。分かってはいるがつらいな。
「………!いや、できないこともないかもしれん。賭けではあるがな。」
「 本当ですか⁈ 」
「ほんと⁈ 」
千博とミーツェが同時に声をあげた。
「ああ、だがそれにはお前達の協力が必要になる。」
「俺達、ですか?」
「っ、どういうこと? 」
疑問に思った千博と嫌そうな顔で質問するミーツェ。グスタフは不安がよぎったが話し始めた。
「チヒロの魔力を使って馬の脚力を底上げするんだ。……チヒロは自分の身体能力を上げることができたよな。あれは魔力消費の効率が悪いし
体にかかる負担が大きいが……そのうちの体への負担が無くなると思えばいい。お前は馬に魔力を流し続けて身体能力を上げてやるんだ。それができる魔力量を持つのはお前だけだ。それとミーツェ。ミーツェは《大蛇の牙》を使って馬を操れ。分かったか?」
グスタフが話し終える。随分と即席で成功率の低そうな作戦だが、それでもミーツェが納得するには充分だった。
「………うん、それならユリ姉のとこに早く行けるね。まあ、一緒に行くのがこいつじゃなきゃもっと良かったけど。」
「それは悪かったな。………でもグッさん、俺の魔力はアレギス国まで
保ちますかね?保ったとしてもそこから少ない魔力で闘うのは………」
ミーツェに文句を言われたがこの際そんな事気にしていられない。軽く反応してから千博はグスタフに尋ねた。
「それなら安心しろ。これをお前に渡しておく。魔製丸だ。これを一粒飲めば体内の魔力生成のスピードが上がる。魔力が無くなってきたら使え。」
そう言ってグスタフは魔製丸3粒が入った袋を千博に渡した。魔製丸一粒はビー玉をひとまわり小さくしたくらいの大きさだ。飲むにしては割と大きい。
「ただ、これは魔力を増やすんじゃなくて悪魔で生成速度を上げるだけだから本当にやばい時だけ使え。出来れば3粒全部は使わない方がいい。」
「………分かりました。」
不安げに返事をする千博。これっていわゆるドーピングだよな?こんなのを使うぐらいなんだ。皆焦っているんだ。千博は改めて事の切迫感を感じた。そう思うと自分のこの重い役割に緊張がこみ上げてきた。
「………大丈夫だ。お前はここ最近の訓練のおかげで魔力量も魔力の操作も格段に上がっている。きっとお前なら出来る。自信を持て!」
千博が緊張し出したのを見抜いてか、グスタフが千博を勇気づけた。
そうだ、俺は決めたじゃないか。大切な人達を守るんだ、って。それが今だろ!
「………任せて下さい!必ずユリア女王とクロードさんを救ってきます。」
千博は弱い気持ちに喝を入れるように拳を固く握り締め、グスタフに言った。
「おう、よく言った!頼んだぞ、ミーツェ、チヒロ!………よし、全員よく聞け!これからチヒロとミーツェをユリア女王の救助に向かわせる!その間俺たち第四班は敵を引きつけるぞ!分かったな!」
グスタフが第四班の者達にそう叫び命令すると、全員がおう!と応えた。そして各々戦う準備を進める。
「いいか、チヒロ、ミーツェ。第五班が敵兵から聞き出した情報によるとユリア女王はクロードとは離れてアレギス城の中に囚われているらしい。だがきっと城の警備も厳しいだろう。だからできればまずはアレギスの城に入ったらクロードと合流しろ。そして3人でユリア女王を奪還できればベストだ。」
馬に乗った千博とミーツェにグスタフが話しかける。今、2人は革の防具を身にまとい、頭にだけは甲冑をかぶっていた。馬に乗っている間向かい風を受けても呼吸ができるようにするためだ。それ以外は最低限の装備で、重さを軽くしている。
「分かりました。でも、グッさん達は………」
作戦は分かった。しかし、もし千博達が上手くいったとしてもグスタフ達は五万という大軍と戦わなければならないのだ。今目の前に広がっている膨大な人数の人間は皆敵なのだ。城壁の外の正門の前にこれでもかというくらいの人数で陣を敷いている。それが心配でならなかった。
「ああ、それなら心配するな。確かに厳しい戦いになるとは言ったが勝ち目がないとは言ってないぞ。守ってみせるさ。だからお前もユリア女王を守ってくれ、チヒロ。」
「………グッさん………」
「………よし、始めるぞ!全員、専用武器を展開しろ!奴らを蹴散らし、道を開く!」
グスタフの声に合わせて第四班の総勢300余名がアレギスの軍へ突撃して行く。
「………皆、どうか無事で………」
ミーツェが小さい声でつぶやいた。その視線はどことなくグスタフの方に向けられているように千博には見えた。何だかんだ言ってもやっぱり心配でないはずがないんだろう。
「………ほら、私達も行くよ!」
ミーツェはそう言って《大蛇の牙》を馬の手綱の代わりに巻く。これは普通の手綱だと脚力を上げた馬の速度に手綱が切れてしまうかもしれないからという理由と、手綱に魔力を流して馬の操作をしやすくするためだ。
「………。」
「………ちょっと、何してんの?」
千博は困っていた。ミーツェが馬を操り、千博は馬の脚力を強化する。だから当然同じ馬に2人で乗っているわけだが。後ろに乗っている千博は何に捕まればいいんだ?
「〜っ、ほら、あ、アンタも手綱を握ってよ!じゃないと落ちるでしょ⁈ 」
「お、おう、悪い。」
ミーツェが赤くなりながら千博を急かす。あんな顔もするんだ。少し意外だ。そんな事を思いながら千博はおずおずとミーツェの背中から手を回して手綱を掴む。………これはかなり恥ずかしい。まるでミーツェに抱きついている様だ。
「………変な事したら落とすからね?」
「っ⁈ し、しないって!ほら、みんなが頑張ってんだ、行こう!」
「分かってる!」
見るとグスタフ達が相手の兵士達を次々と蹴散らし手薄な所ができ始めていた。いきなりの突進に多少ではあるが陣が崩れている。
「あそこだね!はあっ!」
ミーツェが馬を走らせ始める。千博はそれに合わせ右手で馬の首辺りに触れて魔力を流し始めた。急な速度の増加のせいで片手で手綱を握る千博が落ちそうになる。
「っ⁈ うお⁈ 」
が、千博の体はまだ馬上にあった。左手を見ると手綱となった《大蛇の牙》が巻き付いていた。千博の体を支えてくれている。
「……助かったよ。ありがとう、ミーツェ。」
「………ふん!こんなとこで燃料に落ちられたら困るってだけ!次は助けないからね!」
「今だ!走れ!チヒロ、ミーツェ!」
グスタフが声を上げると同時にミーツェも馬の速度を上げた。向かい風が強くなる。千博は魔力の消費量に気をつけながら魔力を流していく。
馬は通常の三倍近いスピードとなり戦場を駆け抜ける。
「あの馬を止めろ!上に乗る者を撃ち落とせ!」
アレギスの指揮官らしき人物が命令をだす。異常な速さで駆け、何故か2人も人が乗っている千博達の馬を何かの作戦と見たのだろう。目の前に槍を構えた兵達が隊列を組み始めた。
「くそっ!進めないか⁈ 」
「はあっ⁈ 何言ってんの⁈ 」
眼前に広がる敵を見て千博は弱気になったが、ミーツェは全く迷いがなかった。
「今更止まれないって、アンタも分かるでしょ?」
「………だよな。行くしかないか!」
そして2人は全くスピードを緩める事なく敵兵へ突っ込んでいく。
「お、おい?あいつらまさかあの速度で突っ込んでくる気か⁈ 冗談じゃねえぞ⁈ 」
その様子を見て敵兵がひるんだ。そこへ二筋の剣閃が走る。
「うおおおおおっ!!」
雄叫びを上げながら敵兵を蹴散らしていくのはグッさんだった。左右それぞれの手に大きな戦斧を持っている。尋常じゃない覇気だった。
「さあ!行け!女王を頼んだぞ!」
「………ありがとうございます!」
グスタフはそう言うと再び敵兵と戦い始める。
「……馬鹿親父………」
またミーツェがグッさんを罵倒したかと思ったが、その顔は親を心配する娘の顔であった。千博は何も言わず魔力の調整をする。そして千博達の馬は敵兵の間を突破した。
「よし、とりあえずは抜けれたな!これからはこれぐらいの速度を維持しよう。あまり速すぎると馬の体が持たなくなる。」
「………うん。そうだね……」
敵陣突破を果たし第一関門を抜けたがミーツェの顔は暗い。当然、グスタフが心配なのだろう。……何か声をかけたほうが良いよな。でも、何て言えばいいんだ?
「………なあ、ミーツェ、その………」
「………何?」
駄目だ。話しかけたが何も言葉が出てこない。グッさんなら大丈夫、そう言ってあげたいけど俺が言うのは軽過ぎる気がした。
「………もしかして、私を励まそうとでもしてるの?」
「………!それは………」
「はぁ……」
やはり話しかけて黙ったのは不自然だったのかばれてしまった。おまけにため息か。………本当に駄目だな、俺は。
「私もこれが初めての戦いって訳じゃないんだから覚悟は出来てるよ。………それに、あんな親父なんて………」
「やめろ!………それ以上は冗談でも言っちゃ駄目だ。………大体何でお前はそんなにグッさんの事を嫌ってるんだ?」
千博はずっと気になっていた事を尋ねた。ミーツェのグッさんへの反抗は反抗期のそれとは何か違う気がしていた。ただ親に反抗しているというか、自分からグッさんを嫌おうとしているような……。
「………何でアンタはそんなに私達の事に深く関わろうとするの?不思議な奴だよね、ほんと。………いいよ、話してあげる。どうせアレギスまで一時間くらいかかるんだし。」
「………ああ、聞かせてくれ。」
ミーツェは珍しくまともに会話してくれるみたいだ。まあ、2人でこんな密着した状態で無言でいるのもつらいしな。千博はミーツェの話に耳を傾けた。
「私さ、昔から男の人が嫌いなんだ。」
「まあ、そんな感じはするな。」
「何でかって言うとね、私、小さい時によくユリ姉とフェリスと3人で遊んでたんだけどーーー」
「ねえねえ、ユリ姉!次はブランコしよーよ!」
「ふふ、いつも元気だね、ミーツェは。」
「あ、ミーツェ!あんまり走ると危ないよ!」
10年ほど前。ここはゼウシア城下のとある公園。そこには3人の少女達が遊んでいた。まだ幼いユリア女王、フェリス、ミーツェの3人だ。遠くにはまだ若いグスタフの姿も見える。3人の子守り役だろうか、ベンチに座って気持ちよさそうに居眠りをしていた。
「あ……駄目、ミーツェ。先に使っている子がいるわ。」
ミーツェ達がブランコの近くに行くと3人の男の子達がブランコで遊んでいた。
「え……でも!あの子達すごいたくさんブランコ乗ってるもん。……ねえ、ちょっと、代わろうよー!」
ミーツェが男の子達の方に行って交代を求める。しかし男の子達は聞いていない。
「あの………そろそろ代わってもらえないかしら。私達もブランコに乗りたいのだけど。」
ミーツェに代わってユリア女王も頼む。
「何だよ?俺たちが先に使ってただろー?」
「あ、お前見たことある!お姫様だ!」
当時はまだユリア女王の両親は生きていて、ユリア女王は姫という立場だった。国の式典などでは顔をだすこともあったので男の子達も見たことがあったのだろう。
「そうだよ。ユリ姉はお姫様なんだ!だから代わってよ!」
「み、ミーツェ。やめようよ〜」
フェリスがユリア女王のかげに隠れ怖がりながら言う。
「えー、他のとこ行けよ!お姫様はお城で何でも好きな事できるんでしょ?」
「そうだそうだ!あっち行け!」
「お金持ちはお城に帰れー!」
ミーツェが更に頼んだが男の子達は聞き入れない。それどころかユリア女王達に強く当たりはじめた。
「う……ゆ、ユリ姉〜」
大勢におされてミーツェが泣きそうな顔になる。それを見てユリア女王が男の子達に言った。
「あなたたち!公園の物はみんなの物なのよ!代わりばんこに使わなきゃ駄目!」
「え、な、なんだよ!」
「そんなの知らないもん!」
「あっち行け!」
ユリア女王に注意され怯んだ男の子達だったが、そのうちの一人が石を拾って投げた。それがユリア女王の頭に当たる。
「………痛っ………うっ、うう。」
「! だ、大丈夫?ユリ姉!」
ユリア女王が頭を抑えてしゃがみこみ涙目になる。
「あ、や、やばい!」
「逃げようぜ!」
男の子達は急いでその場から逃げようとする。しかしミーツェがそれを許さなかった。
「あんた達、何すんのよ!謝れっ!」
ミーツェは男の子達の一人で、石をぶつけた子につかみかかる。それを見た残りの男の子達も加え、取っ組み合いの喧嘩が始まった。
「あ、み、ミーツェ!誰か呼ばなきゃ!………あ、グスタフおじさん!」
そしてフェリスが呼んできたグスタフが喧嘩を止め、男の子達は幼かったこともありその場は彼らの謝罪でおさまった。しかしグスタフが喧嘩を止めに行った時、ミーツェは1人でも全くひるまず、むしろ男の子達が半ベソをかいていたらしい。その後、町の男の子達はミーツェを暴力女とか男女、と呼んで影で馬鹿にしだしたそうだ。その結果、ミーツェは自分の事を馬鹿にする男の子達と喧嘩を繰り返し、ミーツェの男嫌いは強くなっていったのだ。
「その時からかな、男の事が嫌いになったのは。弱いくせに態度ばっかでかくて、威張ってて。だから大嫌いだった。」
「………そうなのか。ていうかミーツェとフェリスとユリア女王ってそんな昔からの知り合いだったんだな。」
「うん。あの時私が6歳くらいだったからユリ姉は8歳、フェリスは7歳だったかな。」
と言うことはユリア女王は俺より一つ上なのか。すごい大人っぽく見えたからちょっと意外だ。しかし、意外と言えば……
「フェリスがそんな弱気な子だったなんて意外だったな。もっと昔から強い子なのかと思ってたよ。」
「ああ、それね。フェリスは私と近衛隊に入ってからすごく変わったよ。とっても強くなったし。」
「へえ。そうだったのか。………でも、今聞いた話だとグッさんの話はあんまりなかったよな。男嫌いとグッさんが嫌いなのは関係あるのか?」
千博が尋ねるとミーツェは少し黙った。あんまり話したくないことなんだろうか。そう思っていたがミーツェは話を続けた。
「いや、関係は無いかな。……昔は私も親父の事は好きだった。でも………親父は私を、母さんを裏切った。母さんを、見殺しにしたんだ………!」
「なっ⁈ み、見殺し⁈ そんな、まさか。グッさんがそんな事………」
「したんだよ。実際に。………あの日は家族で森にピクニックに出かけてたんだ。とっても楽しかった。けど、そこに一頭の魔物が現れたんだ。……牛頭人が出たんだ。あいつみたいな魔物は滅多に森の奥から出てなんか来ない筈だった。それで親父と母さんは私を守ろうと闘った。母さんも親父も近衛隊に入ってて、とても強くて、私は尊敬してた。でも牛頭人は強過ぎたんだ。2人は苦戦していた。それで親父は………」
そこまで言うとミーツェは手に持った手綱を強く握りしめた。その綺麗な顔は怒りで歪んでいる。
「親父は、まだ闘ってる母さんを一人残して私を連れて逃げ出したんだ!母さんを囮にして!……あの時、幾ら何でも母さんを置いて逃げることはなかったんだ!」
ミーツェは声を荒げた。昔の事を思い出したのかもしれない。
「その後、親父が呼んだ近衛隊によって牛頭人は討伐されたんだけど……当然その時には母さんは死んでた。だから私は許せない。母さんを見殺しにした親父の事を。」
そんなことがあったのか……。確かにミーツェがグッさんを嫌おうとしている理由は分かった。でも、あのグッさんが人を見捨てるようなこと、まして奥さんを見捨てる事なんて考えられない。きっと何かのっぴきならない理由があったんじゃないのか?
「それからだよ、親父の事が嫌いになったのは。私が嫌いじゃなかった男は唯一親父だけだったんだけど、これで私は男がみんな嫌いになったわけだね。」
「………その時の事について、グッさんと話はしたのか?」
千博は気になってミーツェに聞いてみた。
「………してない。親父と話なんてしたくもない。………さ、話はこれで終わりだよ。ほら、前。」
「え?」
話に夢中で気がつかなかったが、2人の目の前には一つの町、そして城が近づいていた。アレギスだ。千博は自分の魔力もかなり消耗してきていたことに気づく。
「これ、飲んどくか。」
千博は腰につけた袋の中の魔製丸を右手で一つ掴み、口へ入れた。
「……げ、苦いな。」
「我慢して、美味しい薬なんて無いのと一緒だよ。さ、行くよ!」
「…ああ!」
千博の体に魔力がみなぎる。そしてそのまま2人はアレギスの城へ向かった。が、千博は気付いた。アレギスへ向かう道の脇に潜んで弓を構える兵が一人居たことに。
「俺たちが来るのを待ち伏せてたのか⁈ まずい!ミーツェ、伏せろ!」
「え?」
ミーツェに伏せるよう促すがとっさの事にミーツェの動きが遅れる。
「ぐっ、くそっ!」
千博は右手でミーツェを庇うようにして上から倒れこむように屈ませた。アレギスの弓兵は矢をつぎ、千博達に向けて放つ。千博はそれに合わせて、敵の動きに集中する。そして放たれた矢を、千博は右手で掴み取った。
「なっ⁈ ………ちっ!」
弓を放った兵士は千博達を射損ねて舌打ちし、次の矢を手に取って再び射ようと試みる。が、千博はそれを見逃さなかった。
「くそっ!させるか!」
千博は右手で掴んだ矢を持ち替え、一瞬だけ右手に魔力を込めてアレギスの兵士に向けて投げた。矢は目にも留まらぬ早さで飛び、男の足元に突き刺さる。
「⁈ ひ、ひいっ!」
アレギスの兵は尻餅をついて驚き、四つん這いになって這って逃げていった。
「……凄い………」
その光景をただ見ていたミーツェは感嘆する。だが自分が千博に助けられたことを理解するとはっとした。
「……あ、その、ありが……」
「大丈夫か⁈ ミーツェ⁈ 」
お礼を言おうとしたミーツェだったがそれは千博に遮られる。千博は血相を変えてミーツェに尋ねた。
「えっ⁈ う、うん。平気だけど……どうして……」
「はぁ、良かった……。」
千博はミーツェの返事を聞くと息を吐いて安心した。が、ミーツェは千博の様子に困惑していた。人にこんなに必死になって心配された事は父であるグスタフ以外では初めてだったからだ。それに加え、ミーツェは試合の時もその前も、これまで千博には決して良い当たり方はしていなかった。むしろ強く、けなす様な接し方をしていた。それなのに千博は自分の事をこんなに心配している。それが理解出来なかった。
「な、何でそんな心配するの?アンタが矢を取ってくれたから別に怪我なんてしてるわけないのに……。それに、私は今までアンタに冷たく当たってきたし………」
「何言ってんだよ、心配に決まってるだろ!お前は俺の大切な仲間じゃないか。」
「……っ⁈ 」
ミーツェの顔が赤くなる。今まで自分は男なんて自分の事しか考えなくて、乱暴で、威張っているだけの存在だと思っていた。しかし、目の前にいる一人の男は自分が会ってきた男とは何処か違う。その様子に調子を狂わされていた。思えば出会った時からチヒロは違っていた。ミーツェが足払いをした時、普通の男ならひどく怒りあれこれと言ってくる筈なのにチヒロは感謝の言葉を述べた。それだけじゃない。チヒロは頼んでもいないのにミーツェとグスタフの関係を良くしようと深く首を突っ込んできた。こんな男は初めてだった。増して今、チヒロは自分の事を大切な仲間だと言ってくる。そんなチヒロの言動にミーツェはひどく困惑していた。……初めは他の男とは違うその態度を気に入らないと思っていた。いや、思おうとしていたのかもしれない。何故なら今、大切だと言われて嫌な気持ちなど微塵もしなかった。それよりむしろ………
「〜〜っ⁈ な、なんなの⁈ 」
「え?ど、どうしたんだ?」
嬉し……かったのか?ミーツェは得体の知れないもやもやとした感情に揺さぶられていた。頭をぶんぶんと振ってそのもやもやを必死に消す。
「い、今はこんな事考えてる場合じゃない!………チヒロ!早く急ごう!」
「お、おう。………って、ミーツェ、お前………」
「 何?どうしたの?」
ミーツェの呼びかけに応えた千博がおかしなタイミングで言葉をとめた。ミーツェは首を傾げる。
「お前、今、初めて俺の名前呼んでくれたんじゃないか?」
「えっ⁈ 」
そう言えばそうかもしれない。今までチヒロの事は牽制してアンタ、とかそんな風に呼んでいた気がした。しかし今、ミーツェは完全に無意識でチヒロの名前を口にしていた。……これは自分が無意識のうちにチヒロを受け入れたということなのだろうか。
「い、いいじゃんそんなの!そんな事より行くよ!」
駄目だ、やっぱりチヒロと居るとペースが乱されてしまう。そう思い悩んでしまったミーツェだった。




