アレギス訪問と敵襲
「それにしても、まさか飛行艇を用意して頂けるとは思わなかった。なあ、クロード。」
ユリア女王はアレギス国へ向かう途中、近衛隊長のクロードに話しかけた。
「はい。私が以前アレギスを訪れた時は馬車でしたから……。あの時はとんだ失態を犯しましたが……思い出すだけで嫌になる。」
「ふふ、そう気にするな。そのお陰でチヒロと出会えたのだからな。それにしても良いものだな、飛行艇とは。我が国にも取り入れたいものだ。」
「そうですか?私は地に足がついていないというのは少々落ち着きませんが………」
二人は飛行艇に乗るのはこれが初めてだった。飛行艇は最近になって開発され始めた、空を移動する乗り物で、形状は飛行船によく似ている。あまり大勢の人が乗る事が出来ないこともあり、国単位で所有されている。しかしまだユリア女王の治めるゼウシア国には導入はされていなかったのだ。そのため二人は先程から初めて乗る飛行艇の乗り心地に少し落ち着きがなくなっていた。
「そうか?私は空から見る景色も良いものだと思うが………まさかクロード、高い所が怖いのか?」
ユリア女王は茶目っ気を込めて笑う。
「なっ⁈ ち、違います!ただ落ち着かないと思っただけですよ!」
若干慌てながら答えるクロード。その様子を見てユリア女王はまた笑う。
「もういいでしょう、その話は!………それより、何故今回の招待でわざわざ私も呼ばれたのでしょうか。とても不思議なのですが。」
少し取り乱していたクロードはすぐに冷静にもどると、ユリア女王に聞いた。するとユリア女王も真剣な表情になる。
「ふむ、私には分からんが……アレギスの国王に気に入られでもしたのではないか?……まあ、どちらにせよ護衛には君を連れて行くつもりではあったがな。」
「はあ、そんな風には感じませんでしたが……。」
「ああ、ひょっとするとアレギスの国王はそちらの気があるのかも……」
「やめて下さい、女王!冗談でも、国王と顔を合わせにくくなってしまうでしょう⁈ 」
クロードはふてくされて窓の外に目を向ける。今は丁度昼時だろうか。太陽が丁度真上に上がり、空は青く晴れていた。クロードは下を見下ろしてみた。アレギスとゼウシアの間にはあまり高くはないが山がいくつかあり、森も広がっている。整った道はあまり数はなく、限られている。と、近くに城が見えてきた。
「ユリア女王陛下、クロード近衛隊長様、あと5分程でアレギスへ到着致します。」
アレギスへの案内者が報告にくる。
「ふむ、そうか。もうすぐ初めて他国の国王と会談をするのだな……うまく事が進めば良いが。」
ユリア女王はその天真爛漫な性格には珍しく、緊張しているようだった。無理もない。女王になってからまだ半年くらいなのだ。まだ18だというのに女王として国を治めている。両親を失ってすぐ女王にたてられたユリア女王だったが、本当に立派に国を治めている。そのお陰で国も今は新たな発展こそ少ないものの、安定した生活が国民に保証されている。他国との新しい同盟を結ぶのは今回が初めてだ。
「大丈夫ですよ、女王。安心して下さい。アレギスの国王はお優しい方です。それに同盟に関しても意欲的ですから。」
「………そうだな。すまない、弱気になってしまっていた。しっかりせねばな。」
クロードの言葉にうなづきユリア女王は自分に気合を入れ直す。そうしていると段々飛行艇の高度が下がり、やがて地面に着陸した。
「到着したようですね。」
「ああ、そうだな。………よし、行こうか。」
そしてユリア女王とクロードはアレギス城へ向かった。
「おお、よくぞいらっしゃった。私がアレギスの国王、ドルトンだ。」
城に着き中へと案内されていくと、そこに居たのはアレギスの国王ドルトンと2人の男だった。ドルトンの横にいる2人はどちらも若く、片方は腰に帯刀しており、もう一人は細身の体で眼鏡を掛けた男だった。
「此度はお招きありがとうございます。ゼウシアの女王、ユリア・カーリンです。お初にお目にかかります。それとこちらは……」
「ああ、クロード殿だろう?君の事は覚えておるよ。前に一度、同盟の話をしたからな。」
ユリア女王は丁寧に頭を下げる。同じ王同士と雖も、今回は招かれた身であり、相手の方が年配であったからだ。クロードも無言で頭を下げた。
「そちらもこの2人の紹介はせずともよいかな?使者に送った時、お会いしたはずだが……」
「ええ、存じ上げております。確か、シーザー殿とアサクラ殿……。」
ユリアが名前を呼ぶと2人も一礼した。
「……アサクラ?珍しい名前ですね。」
クロードがそれを聞いて首を傾げた。
「ん?ああ、そうか。クロードはまだ会ったことがなかったな。以前我が国に使者として来てくれた2人だ。
そうだ、シーザー殿は剣の腕がかなりたつ様だぞ。」
「……恐れいります。」
ユリア女王に褒められて答えるシーザー。しかし、あまり喜んでいる様には見えなかった。その目は常にクロードの方を向いている。クロードもまた、シーザーに目を向けていた。両者は互いに各々の王を守る義務をもつものであり、近くに武器を持つものがいれば例外なく警戒をするのだ。が、クロードは疑問に思った。
ーー何故あの男、シーザーと言ったか、彼はどうしてあそこまで敵意をむき出しにしている?ーー
そう、クロードはシーザーから警戒を越えた敵意を感じていた。まるでこれから闘いでも仕掛けてくるかのような敵意を感じた。しかし、これからアレギスとゼウシアは同盟関係になる筈なのにどうして敵意を出す必要があるのだろうか。
「さて、自己紹介はこれぐらいで良いだろう。いつまでも御二方を立たせてしまっていたはいけないからな。シーザー、客室へ案内して差し上げよ。」
「はい。ではユリア様、……クロード殿、どうぞこちらに。」
「おお、すまんな。よし、行こうかクロード。」
「……はい。」
2人はシーザーに案内され、客室へ向かった。王の間を出ると、2人はそれぞれ違う客室へと案内される事になった。
「ユリア様はこちらになります。」
「何?我々は同じ部屋ではないのか?」
クロードはシーザーに尋ねた。
「ええ、そうです。……何かご不満でも?」
「不満も何も……護衛である私がユリア様の側を離れるわけには…」
そう言い終わらないうちに部屋の中から2人の女中が出てきた。
「さあ、ユリア女王陛下!お召し物のご用意が出来ております。どうぞ中へ。」
「え?あ、そうなのか?」
そう言うとその2人は半ば強引にユリア女王を部屋の中へ連れ込んでいく。ユリア女王もなされるがままだ。
「何?着替えだと?その必要は無いだろう。何故着替えを……」
「クロード様はお下がり下さい。女王陛下のお着替えは私達にお任せを。」
「なっ!お、おい!ちょっと待て!」
クロードは扉を閉めようとする女中を引き止める。
「まあ、良いではないか。折角用意していただいたものなのだ。ほら、お前も自分の客室へ向かえ。」
ユリア女王は着替える気で満々のようだ。
「しかし………」
「何だ、クロード。お前もしかして……存外スケベなのか?」
「なななななっ、何を⁈ ス、スケベ⁈ 違う!断じて違います!!」
扉の前で渋っているクロードを見てユリア女王がからかう。クロードは顔を赤くして必死で否定した。その様子を見てユリア女王が更に笑う。
「………そろそろもういいでしょうか?早く案内したいのですが。」
ユリア女王とクロードを側から見ていたシーザーはため息まじりに聞く。
「ああ、すまないな。ほら、クロード。早く行ってやれ。」
「………分かりました。ですが、最後に一つだけ。」
「ん?何だ?」
ユリア女王とシーザーに急かされてその場を離れようとするクロードはユリア女王に何か手渡す。
「これは………石か?」
「万が一、何かあった時にはこれを地面に叩きつけて下さい。……すぐに駆けつけますから。」
「ふふ、心配症だな、お前は。だが、ありがとう。しっかりと持っておこう。」
「はい。では、後ほど………」
「うむ。」
そしてクロードはシーザーについていった。
その頃、ユリア女王は2人の女中の手伝いで用意された衣装に着替えようとしていた。用意されたと言ってもその種類は様々でたくさんのドレスが並べられている。ユリア女王は2人の女中とドレスを選んでいた。
「ユリア様、こちらのグリーンのものなどいかがでしょうか?鮮やかでとてもお似合いですよ。」
「いえ、それならこちらのドレスの方が上品でユリア様にぴったりでございます。」
「………ふむ、私はあまりそういうのは気にせんのだが……お二人に任せるしよう。」
その美貌からはあまり想像がつかないが、ユリアはあまり服装にこだわりをもったことがない。今着ている服も城のメイドが選んでくれたものだ。もっとも、何を着てもそのスタイルとルックスの良さからユリア女王の服選びはメイド達にとっては着せ替え人形の要領で半ば楽しまれてもいるのだが。今回の2人もドレス選びを楽しんでいるようだ。
「2人とも、そんなに時間をかけなくても私は………」
が、ユリア女王が言いかけた瞬間、2人の動きがピタリと止まった。先程まではしゃいでいた女中の2人は笑うのをやめ、急に真剣な顔になり無言でユリア女王に近づいてきた。
「……どうしたんだ?2人とも。急に黙ってしまって………」
「………申し訳ありません、ユリア女王。」
「? どういうこと………」
ユリア女王が尋ねかけたその時、2人の女中は何処からか縄を取り出しユリア女王の手足を縛ろうとしてくる。
「っ⁈ 何をする!お前達……!」
「これが命令なのです。悪く思わないで下さい。」
そう言いながら2人はユリア女王の手を縛った。
「ぐっ……罠か!」
焦ってはいたが、それでもユリア女王は縛られた手で近くのテーブルの上にある何かを必死に探していた。そしてその何かを見つけたユリア女王はその物体を地面にぶつける。
「⁈ 」
2人の女中は初め、それが煙玉か何かかと思って顔の周りを手で覆った。しかし地面にぶつけられたその小石のようなものが割れただけで他には何も起きていない。
「何をしたの?………まあ、良いわ。早く縛ってドルトン様の下へ連れて行きましょう。」
「そうね、ごめんなさい、ユリア様。」
ーー頼むぞ、クロード。何とか来てくれ!ーー
ユリア女王はそう願いながら視界を目隠しで奪われた。
「おい、一体私を何処へ連れて行くつもりなんだ。答えろ。」
クロードはシーザーに怒気をこめて尋ねる。それもそのはずだ。クロードとシーザーはユリア女王の客室から離れたうえに、城の外に出てしまっていたからだ。
「あと少しです。」
「っ!これで何度目だ!大体、こんなに客室を離す必要はないだろう!」
「………あと少しです。」
シーザーから返ってきた答えはまた同じだった。確かに自分はシーザーにかなり警戒されている、というか敵意さえ感じるほどによく思われていない様だが、幾ら何でもこんなにぶしつけに返事をすることは無いだろう。先程から「あと少し」と「もうすぐ」という言葉しか聞いていない。
「おい!いい加減に………」
しびれを切らしてシーザーに一言いってやろうと意気込んだところでクロードが何かを感じ取った。
「これはまさか……貴様ら、我々を図ったな!ユリア様………!」
クロードが感じ取ったのは自分の魔力だった。先程ユリア女王に渡しておいた小石の様なものは魔力の結晶で、長い時間をかけてクロードが作っておいたものだったのだ。それが割れたり壊れたりした時、クロードは自分の魔力の放出を感じ取り、ユリア女王の危険を知ったのだ。急いでクロードは引き返そうとする。しかしその前にシーザーが立ち塞がった。
「何故気づいたのかは知りませんが驚きました。しかし、ここから先へあなたを行かせる訳には行きません。」
「退け!………すぐに退けば見逃してやる。今は一刻を争うんだ。」
「見逃してもらう必要はありません。行きたいなら私を倒してからにして下さい。」
シーザーは冷たくそう言い放つと腰に差していた剣を抜き、構えた。
「まあその為に俺をユリア様から離したのだろうしな………。手加減はしない。先に行かせてもらうぞ。」
クロードも剣を抜き放った。両者が鋭い眼光を飛ばし睨み合う。そして数秒後、クロードはシーザーへ向かって踏み出した。
「よし、今日の訓練はここまでだ。解散!」
「「「ありがとうございました!」」」
グスタフの掛け声で今日も1日の訓練が終わる。今日の訓練では初めて試合をしてみたが、自分にしては今までの訓練の成果をよく出せた訓練だったと思う。………ただ、凄く不恰好ではあったけど。千博がそう考えている間に近衛兵団の者達と訓練に来ていた者達がぞくぞくと帰っていく。この国の軍隊の制度は少し変わっていて、一般の市民達は徴兵令で何年か決まった期間兵役を受けるのではなく、ひと月に3度、好きな日に訓練を受けに行くというものなのだ。この方法は市民の休日を減らすが、長期の間仕事で男手を失う事が無くなるので不満の声はあまり無い。大抵の者達は週に一度受けに行っている。千博達近衛兵はそれとは違いほぼ毎日兵役と訓練をするためそれが仕事となり収入となるのだ。
「みんな帰り始めたな。よし、俺も早く帰ろう。」
皆が帰っていく様子を見て千博も帰路につこうとした。が、その時だった。カン、カン、カーンとけたたましい音で鐘が鳴っているのが聞こえてきた。その場で帰ろうとしていた者達がざわつき始める。
「て、敵襲だ!!」
と、向こうの方から走ってきた1人の兵士が焦った表情でそう叫んだ。
「おい、嘘だろ⁈ 」
「何でこんな時に!」
「て、敵は何処だ⁈ 」
それを聞いた者達が更にざわつき始めた。もちろん、千博も焦っていた。だが、この場で立ち尽くしていても仕方がない。幸いまだ訓練場の中にいるのだ。まずはグッさんを探しに行くのが得策だろう。千博はそう思い周りを見渡した。
「………おお、凄いな。」
驚いた事に、市民の訓練兵が慌てる中、もう既に近衛兵団の者達は各班に分かれ始めていた。流石に職業軍人といったところか。
「俺も急がないと。えっと……あ、いた。あの辺だな。」
千博はグスタフが班長を務める第四班を見つけて参加しに行った。
「お、来たな、チヒロ。お前、大丈夫か?」
「え?ああ、はい、怪我はないですけど………もうそんな近くまで敵が近づいてるんですか?」
第四班の集団の中に加わるとグスタフが千博に尋ねてきた。しかし、千博は怪我などしていないし、それどころかまだ敵の姿も見てはいなかった。
「あ、いや。そういう事じゃなかったんだが……まあ、その様子なら落ち着いてそうだな。初めての戦いなのに大したもんだ。」
「まあ、覚悟はしてましたしね。……で、何が起きてるんですか?」
千博が状況を尋ねるとグスタフも表情を変える。
「敵の数は恐らく5万といったところだな。今は城下町の近くの城壁まで来ている様だ。第五班の偵察兵達が情報を集めてくれている。」
「5万ですか⁈ それで、こちらは?」
「ふむ、それが………」
グスタフが一瞬口ごもる。
「今すぐ戦えるのは近衛団と今訓練場に残っていた者くらいでな。今から兵を集めるとなると時間がかかる。だから……多く見積もっても5千ってとこか。」
「ええ⁈ それじゃ相手は俺たちの十倍って事ですか⁈ そんな……」
千博はその圧倒的な数の前に驚いた。この戦い、勝ち目があるのか?
「……問題はそれだけじゃない。この戦いの相手国はアレギス国なんだ。」
アレギス国。聞いたことがある名前だ。確か同盟がどうとかって言ってたような。ん?待てよ?
「ちょ、ちょっと待って下さい。その国って今日ユリア女王が招待されたっていう国なんじゃ………」
「………そうだ。恐らく女王も今かなり危険な状況にある筈だ。何とか救助に向かいたいが城も町も守らねばならない。………ぐっ、責めてクロードが居れば……」
「そうか、クロードさんはユリア女王の護衛で……でも、それならユリア女王の身は大丈夫なんじゃないですか?」
千博が聞いた話ではクロードさんはものすごく強いらしい。初めて会った時は山賊に捕まっていて分からなかったが、剣を持たせると1人で何人もの相手が出来る様な騎士だそうだ。そんな人がユリア女王を守っているなら安心かと思ったが……
「そうであって欲しいが………幾らクロードでも女王を守りながら何人もと斬り合うのは厳しいだろう。近衛隊の指揮官と女王のいない時にこちらに攻めてくるとは、敵には優れた戦略家がいるようだ。」
「いや、感心してる場合じゃないですよ!それならユリア女王の方に誰か行かないと!」
「その通りだ。だが女王が行ったアレギスはあの飛行艇でも1時間かかるんだ。馬で行っても3時間はかかる……。」
「………そんな…どうすれば……」
2人は何も言えなかった。状況が悪過ぎだ。それでも何とか解決策を見つけようと思案に暮れる。
「私が行く。行って、ユリ姉を助けてくる。」
2人の思考を遮ってそう言ったのはミーツェだった。




