決着と久しぶりの女王
千博はミーツェの《大蛇の牙》に拘束されながら、何とか反撃の糸口を探す。
ーーこの鎖、さっきから切ろうとしてるけどびくともしない……。魔力で体の強化をすればいけるかもしれないが、逃れた後魔力の使い過ぎでぶっ倒れるかもしれないしな……。ーー
千博は今までの身体能力の強化を考えにいれたが、これは今の自分には調節が難し過ぎると断念する。
「へぇ………ひょっとして、私の《大蛇の牙》から逃れる方法を探してんの?」
沈黙して考えていると、ミーツェが面白そうに話しかけてくる。お見通しか、と千博は苦笑いしたが、余裕は微塵もない。ここでミーツェに攻撃をされたら防ぎようがない。千博はミーツェの動きをうかがった。
「あはははは!無理無理!出来るわけないよ?この子の束縛から逃げられた奴なんていないもん!……でもいいよ、その格好。とっても惨めでさぁ!」
ミーツェは高笑いしている。だが、千博にはありがたかった。少しは考える時間がとれそうだ。再び千博は思考を始める。
ーー俺がミーツェに勝てるのは力と魔力量ぐらいか?何とかそれを利用するしかなさそうだが、力技でこの鎖はどうにもならなさそうだし…。なら魔力を使うしかない。だが、どうやって使えば良い?ミーツェは魔力で鎖を操ってるみたいだけど……あ!そうか!ーー
そこで千博に考えが浮かんだ。が、その考えは訓練でもした事がないし出来るかわからない事だった。それでもこのままやられるよりかはマシだ。そう思い、千博は行動に移す。
「………何をする気?」
ミーツェは沈黙していた千博の変化に気づく。千博の体が青白く光り始めていた。見たところ、あれは魔力の様だ。しかし、奇妙だ。今鎖に縛られている状態で魔力を使い、体全体に《留化》させたところで何の意味もない。防御力が上がるくらいだ。
「凄い量だけど……そんなに魔力を外に出しても意味ないでしょ?……あ、まさか、もうボコられる準備をしてるってこと?何だ、惨めな上に痛いのが怖いのか?無様だね!」
ミーツェは少しがっかりしていた。色々と言いはしたが、それでもやはり千博はフェリスを破った男だ。それに、班長である父にもその実力を認められている。そんな男が成すすべなくただ攻撃に備えているなんて無様過ぎる。
「……やっぱり男なんてみんな弱くて無様な生き物だよね………だから嫌なんだよ。」
そう言ってミーツェは手につけた籠手に魔力を込め、千博にとどめを決めて試合を終わらせようとする。
「終わりだよ、このヘタレ!」
一喝して攻撃を仕掛けようとする。が、上手く魔力が伝わらない。それどころか、先程まで千博へ向けていた筈の《大蛇の牙》の先端は地面に垂れていた。
「⁈ 何で?」
驚愕の目で千博を見るミーツェ。それに対し、千博は自分を縛っていた鎖を解いて見せた。
「………え……?」
「おお!やったぞ、チヒロ!」
試合を見ていたグスタフとユリア女王も各々驚きの声を上げる。対して、ミーツェは更に目を見開いて驚いていた。
「なっ、何でッ⁈ 私の鎖は誰にも切れない筈なのにッ……」
「ああ、そうだな。確かに切れはしなかった。」
千博は少しだけ乱れた息を整えながら答える。
「けど、何とか解けたよ。結構魔力使っちゃったけど……まあ、節約出来た方だろ。」
「どうやった……いや、何をしたの?お前は一体何を………」
ミーツェはまだ信じられないといった表情で立ち尽くしていた。
「ああ、それなら……魔力をお前の鎖に流してみたんだ。お前が鎖を魔力で操ってるのが分かったから、もしかしたら魔力を流してそれを乗っ取れないかって思ってさ。」
「なるほど……確かに馬鹿げた魔力量だね。アンタくらいしか出来ないだろうね、そんな事。」
ミーツェは納得した。そして両手から伸びていた《大蛇の牙》を消滅させる。
「………?何故ミーツェはあの鎖をしまったのだ?解かれてしまってもまだ闘えるだろう?もう打つ手はないのか?」
ユリア女王はミーツェが降参したのかと思ってグスタフに尋ねる。
「………今、チヒロは《大蛇の牙》に《留化》されていたミーツェの魔力を自分の魔力で上書きしました。つまり、ミーツェはその魔力を更に上書きしなければもう一度《大蛇の牙》を操ることは出来ないんです。しかし、ミーツェに………いや、この班にもそんな事が出来る魔力量を持つ者はいません。私でも恐らく難しいでしょう。だから今のミーツェはもう武器が………」
グスタフはチヒロに感嘆しつつ、武器を失ったミーツェを心配する。ミーツェは確かに肉弾戦でも強いが、まだチヒロには魔力が残っている様だ。攻撃の威力も圧倒的にチヒロが上である。ミーツェの不利は目に見えて明らかだった。
「ああ、大丈夫か……ミーツェ!お父さんは応援してるぞ………」
一人の親として娘が心配なのだろう。グスタフはそう呟いた。
「………ふふ、相変わらずの溺愛ぶりだな。」
横で聞いていたユリア女王は笑う。だが本当に驚いた。チヒロがまさかここまで強いとは思っていなかったのだ。山賊の長を倒した話しか聞いたことがなかったので、実際に闘っている所を見るのはこれが初めてだった。ミーツェを追い詰める程の力を持っているとは………。
「私の目に狂いはなかった……ということかな。」
千博が近衛隊に入ってくれたことは大きな強みだな、そう思いながら女王は千博を見た。
「ふふ、褒めてあげるよ。……私の《大蛇の牙》から逃げたのはアンタが初めてだ。」
「そうかよ、それはどうも。」
ミーツェに賞賛されて千博は少し気分を良くした。しかしまだ千博は油断をしない。何故ならミーツェの様子は明らかに負けを認めたと言ったものではなかったからだ。千博は足に魔力を込めた。これは《留化》では無い。足の脚力そのものをあげる、つまり、燃費の悪い方だ。
「………だからもう、私も出し惜しみはしない!」
ミーツェがそう言った次の瞬間、再びミーツェの両手から鎖が伸びる。
しかも今度は其々の手から二本ずつ、計四本の鎖だ。その四本の《大蛇の牙》が千博を狙う。が、既に遅かった。
「悪いな、そんな気がしてたんだ。」
「っ⁈ 」
千博は強化した脚力で一気に踏み込み、ミーツェとの距離およそ十メートルを一瞬で詰める。あまりの突然の事にミーツェは反応ができない。千博を狙った四本の鎖は無残に空をきるだけだった。そして千博はそのままミーツェに拳を叩きこ………まなかった。流石に無防備な相手を、しかも女の子を殴る気にはならなかったのだ。だからミーツェの顔の前で寸止めする。
「そこまでッ!そこまでだ!チヒロ!おい、馬鹿!まさかうちの子の可愛い顔を殴ったんじゃないだろうな⁈」
と、グッさんが鬼の形相で突っ走ってきた。
「ちょっ⁈ 恐っ!大丈夫ですって!殴ってません!」
千博はその恐ろしさに押されて必死に無実を主張する。グスタフは呆然と立っているミーツェの顔を心配そうに眺めまわした。
「大丈夫か、ミーツェ?………怪我はないな、良かった。」
一通りミーツェの全身を見てグスタフは一安心する。と、そこでミーツェがはっとして気づいた。そして今起こったことを理解したようで、悔しさに拳をわなわなと震わせている。
「やあ、二人とも、お疲れ様だ。いい試合を見せてもらったよ。」
と、グスタフに続いてユリア女王が千博とミーツェに声をかける。
「え⁈ 女王様っ⁈ いつの間に……」
驚いて千博が声をあげる。
「いや、ちょっと用があって出掛けるんだが……訓練場の近くを通りかかったので少しよってみようと思ってな。……ふふ、それにしても、見事だったな、チヒロ。」
「あ、ありがとうございます。」
女王様に褒めて貰い千博も照れる。まさか女王様に見られていたとは……縛られてばっかであんまり良い所がなかったから恥ずかしいな。
「ミーツェも良かったぞ。お前があんな武器を使いこなせる様になっているなんて、私は驚いた。」
そして女王はミーツェも褒めた。女王様はミーツェの事を知ってるのか?親しげに話しかけるユリア女王の様子を見て千博は思った。
「………使い……こなす……?どこが………?」
ミーツェが震えながら呟く。
「使いこなせてなんかない……だからこいつに負けたんだ………!」
「こら!ミーツェ!ユリア女王に向かってそんな口の利き方をして!謝るんだ!」
グッさんが珍しくミーツェを叱る。まあ、一国の女王様に対してだからな。仕方がない。
「……ユリ姉には分かる訳ないよ。私は………いや、いいや、もう。先に帰る。」
「あ、ちょっと!おい、ミーツェ!」
ミーツェは何か言いかけたようだが途中でやめ、足早に去っていってしまった。
「すいません、ユリア女王……。あの子はまだ昔の感覚が残ってる様で………」
グスタフは代わってユリア女王に謝る。それにしても、昔の感覚?どういうことだろう。
「いや、良いんだよ、グッさん。昔から変わらないでいてくれる方が私は嬉しい。……それより、どうやら私はミーツェを怒らせてしまった様だ。だがこれから私はアレギスに行かねばならない。すまないが私の代わりにあの子に謝っておいてくれないか?」
「⁈ い、いえ、悪いのはあの子ですから!お気になさらないで下さい!」
グッさんはそう言って慌てる。……そう言えば、ユリア女王はグッさんのことを『グッさん』と呼ぶけど……グッさん、本当にいろんな人に呼ばせてるんだな。
「む、いや、頼んだぞ。」
「はあ、女王がそういうのであれば………」
「うむ。………と、そろそろ私は行かねばならないな。では、頑張ってくれ、二人とも。……あ、それとチヒロ。」
「……?はい、何ですか?」
帰り際にユリア女王がチヒロを呼び止めた。
「………ありがとう。近衛隊に入ってくれて。まだ礼を言っていなかったからな。本当に、ありがとう。」
「……女王様………。」
「………ではな、チヒロ。ふふ、今日の試合、格好良かったぞ。」
そう言い残して女王は立ち去った。
「………格好良かった、のか?俺。」
千博は疑問に思ったが、褒めて貰えたことは嬉しいのでまあ良しとしておくか。だが、気になることが残った。
「………ミーツェのやつ、大丈夫かな?」
ミーツェは怒っていた様だった。誰でも負ければ悔しいとは思う。しかし、勝ってしまった千博には何も言うことは出来なかった。何と言って良いかわからなかった。
「まあ、お前は気にするな……今はそっとしといてやれ。」
グッさんにはそう言われるが、やはり気になる。千博が気にしているのを見透かしたのか、グッさんが千博の肩を叩いた。
「お前が気にしてたって仕方がないだろう。どちらにせよ、今はミーツェが落ち着くのを待つしかないさ。
とりあえず昼飯だな。ほら、食堂に行くぞ!」
そしてそのまま強引に食堂へ引っ張られていく。うーん、どうしよう。ステラが来てから毎日弁当を作ってもらっている。それは今日も同じで、食堂へ行く必要は無いんだが……まあ、食堂で食べればいいか。
「む、チヒロ!久しぶりに食堂で出会ったな!最近どうしたのだ?」
食堂に着くと既にフェリスが居て声をかけられた。
「ん、ああ、最近は弁当にしたんだ。ステラが作ってくれ………」
千博が言い終わらないうちにガタン!と、フェリスが立ち上がる。
「………ステラ?あの、君が助けた獣人のハーフの子か?」
「え?あ、ああ。そうだけど。」
「………ま、まさか、彼女と二人で住んでいるのか?」
「………お、おう。」
千博がそう答えるとフェリスは気の抜けたような顔でストンと椅子に座ると何故か頭を抱え始めた。
「メイド、その手があったか………私としたことが先を越されてしまうなんて……。ステラ君か、全く盲点だった……。」
そしてぶつぶつと呟きながら手もとの料理を無心に口に運んでいた。どうしたんだ?まあ、いいか。グッさんは料理を取りに行ったようだし、俺も腹が減ったから弁当を食べよう。千博はステラが作ってくれた弁当を取り出す。中にはサンドイッチと少しおかずが入っていた。早速千博はサンドイッチの一つに手を伸ばし、口に運んだ。
「……!」
自分の料理を食べていたフェリスがそれを見て手を止める。そしてじっと千博が食べているサンドイッチを見つめた。
「………えと、フェリスも食うか?」
それに気づいてチヒロはサンドイッチの一つをフェリスに差し出す。
「あ、いや、そういうわけじゃなくてだな………。」
「いいよ、遠慮しなくて。ほら。」
「うぅ、そ、そうか?なら……」
そう言って少し遠慮がちに千博のサンドイッチを受け取ると、フェリスも口に運ぶ。
「………悔しいが、美味い……。」
フェリスは複雑な表情をしている。本当に美味しいのか?なんか微妙な顔してるけど……俺は普通に美味しいんだけどなぁ。
「くっ、私も料理が出来ればっ……。」
フェリスは何故か悔しそうにしている。ていうか、フェリスは料理苦手なんだ、知らなかった。千博がそう思っていると、料理を持ってグッさんが帰ってきた。
「お、二人とももう食ってんな。何だ、チヒロは弁当か。随分美味そうだな、一ついいか?」
「え、あ、まあ。どうぞ。」
千博はグスタフにサンドイッチを差し出す。これで二つ失ってしまった。うう、訓練の終わりまでお腹もつかな……。そして千博は料理を食べ始めたグスタフと妙に静かになったフェリスと昼食をとるのだった。




