ミーツェと初めての試合
フェリスとの夕食の一件、そしてステラが千博の家に来た日から一ヶ月近くが経った。これといった出来事がない日々が続いたが、平和が一番だ。ステラとの生活にも慣れ、日々の訓練の後は家に帰っても1人じゃないという恵まれた生活を送っていた。……ただ、風呂に入る時は時間帯を変えて、かなり気を使わなければいけなかったが。毎日続けた訓練の結果、千博は魔力の使い方もかなり上達した。千博はこの一ヶ月で魔力の《可視化》と《留化》をほとんどマスターした。《可視化》とは魔力を目に見える形で体内から体外へ出す事。そして《留化》とは魔力をある一定の場所へ故意に留めておく事である。訓練の時にグッさんが教えてくれた。
「いいか、チヒロ。魔力を使って何かをする事を魔法と言うんだ。魔法には色々種類とか段階がある。例えば………」
そう言ってグッさんは右手の掌の上に黄色い光の球を出した。
「これは見せたよな?これは魔法の第一段階、魔力の《可視化》だ。物質としては不安定な状態だが、この状態でも魔力は力を持っているから相手にぶつけたりすればダメージを与えられる。まあ、これが出来るようになるのがまずは大前提だ。そして………」
そう言うとグッさんは掌の上で揺れる光球を一瞬で炎に変えた。
「おお……すごい………」
「これが次の段階だな。魔力の四大元素化。つまり魔力の《変換》だ。こうする事で魔力は四大元素の火、土、水、風の属性を持つことができる。これが出来れば戦い方が大きく変わるし、一度に相手できる人数も増えるな。ま、これはまだお前には難しいだろうからまずはこっちだな。」
グスタフの手の上の炎の球に見惚れていると、炎の球はもとの黄色い光の球となった。グスタフはどこからか剣を一本持ってきて、その刀身を光の球の乗った右手で撫でた。するとその刀身は先程までグスタフの手の上にあった光球の様な黄色い光で輝きだした。
「………これは?」
初めて見る現象に千博は驚きながら質問をする。
「これは魔力の《留化》だ。《可視化》で出した魔力を物質に留めるんだ。こうする事で武器の威力が挙げられるし、単に手に宿らせておけばパンチの威力も上がる。《可視化》が出来れば《留化》は物質に移すだけだからそんな難しくない。一度《留化》させておけばある程度の時間は物質に宿ったままだし、かなり使い勝手がいいな。ほら、お前が砕いた盾に付いてた魔力なんかも残ってただろ?」
なるほど、あれはそういう事だったのか。知らずのうちに魔力を使ってその魔力の内の一部が《留化》したんだな。
「あれ?でも、それなら何で俺の身体能力が上がった時魔力は俺の体に《留化》してなかったんですか?」
千博は気になって尋ねた。魔力が《留化》してパンチ力が上がるのなら脚力とか、もっと言えば瞬発力とか反射神経とか、そういうのが上がってた時、俺の体は光ってたのか?
「ああ、そういう事も出来るんだよ。体内にある魔力を《可視化》せず、強制的に身体能力の増加にまわすんだ。……でもこれは燃費がかなり悪いし、体を内側から無理矢理強化することになるから負担も大きいんだ。上手く魔力を使う奴ならまずは《可視化》が普通だ。まあ、経験したから分かるだろ?」
「ああ、それであんなに疲れたのか。なるほど、魔力にも色々あるんだな。」
グッさんを見ていても、魔力を使っているのに疲れの気配は見えない。それが使い方の差なのだろう。
「説明はそんなところかな。ま、訓練してけば慣れるさ。なんかあればいつでも聞きな。」
と、そんな説明を受けた後、魔力の訓練が始まったのだ。そして今、千博は魔力の《留化》を利用した戦闘を学んでいた。
「よし、いいぞ!かなり魔力の《留化》が安定してきてる。これなら実戦でも通用するぞ!」
「はい!あざっす!」
応えながら千博はグスタフの足もとを払いにいく。が、グスタフは上に跳んで避け、そのまま千博に蹴りを入れる。それを千博は左手で受け流す。そんな風に組み手を重ねていく内に、素手ならグスタフと互角の闘いが出来る様になった。一班の班長とこの期間で互角になったのだ。自分でも大した進歩だと思う。もしかしたら才能があるのか?と、そんな事を思っているとグスタフの手が止まる。
「?どうしたんですか?まだ俺は……」
「よし、まあこの辺でいいだろう。お前の組み手の実力は十分だ。だから次は武装した状態で、試合の形式の練習に入っていこうか。」
「試合?」
「そうだ。今までも訓練の中で武器を扱ったことはあるだろうが、お前はまだその対処に慣れてない。だからその練習だな。お前を見てる限りじゃ、実戦形式が一番効果的だろう。」
「確かに、戦場で手ぶらというわけにはいきませんしね。それで、何の武器でするんですか?」
今まで訓練で触った事があるのは剣くらいで素振りくらいしかしてないけど………やっぱオーソドックスな武器だと槍とか弓とか剣ってとこか?
「ん?いや、お前はまだ素手だぞ?武器を持った相手への対処を学べ、ってことだ。そもそも、まだお前にあった専用武器が見つかりそうに無いし…」
「ええ⁈ 相手は武器持ってるのに俺は素手ですか⁈ 俺を殺す気ですか、グッさん⁈ 」
「え?大丈夫だって、魔力あるし。愛の鞭だ、愛の鞭!」
「まじですか………」
こんな鬼畜な教育ならまだ崖に落とされて這い上がらされる方がマシなんじゃないか?百獣の王の子育てさえ甘く感じる。
「そうだなぁ、相手は誰がいいか……。」
千博の絶望など気にせずにグスタフは既に相手を選び始めている。
「………そうだ!ミーツェ、おーい、いるか?」
「うっ……」
ミーツェか……。正直、彼女の事はよく分からない。出会った時いきなり足払いされたのが大きかったのか、千博の中ではあまり良いイメージは無かった。それに、今までこの期間同じ班で訓練していたのに全然喋ったことがない。いや、喋ったことがないというか避けられている気がする。確かに一班300名くらいの人数だから喋ったことがない人もいるけど、彼女とは一応顔見知りだし食堂でも見かけた事はある。フェリスと仲が良いのか、一緒にいることが多いのだが千博が声をかけようかと近づくとどこかへ行ってしまう。
「何?なんか用?クソ親父。」
と、そこへミーツェがやってくる。グッさんへの罵倒とともに。
「こらこら、お父さんにそんな口聞くもんじゃないぞ?寂しいじゃないか!」
グッさんが猫撫で声でミーツェを叱る。……悪いとは思うが気持ち悪かった。
「気持ち悪い。何?用がないなら呼ばないでよ、馬鹿親父。」
あ、今のはちょっと同意できる。でも、流石に言い過ぎなんじゃないか?
「なぁ、そこまで言わなくてもいいだろ?グッさんはお前のお父さんなんだから…」
グッさんがちょっとだけ可哀想になったのでミーツェに声をかけた。
「………何?アンタには関係ないでしょ?運のおかげでフェリスに勝っただけなのに、調子に乗んないでよね、能無しのヘタレ。」
「なっ………!」
千博は声をかけたことを後悔した。まさかこんなことを言われるなんて………。ミーツェは馬鹿にする様に笑った。
「お前……!」
「あれ?怒るの?あの時は怒らなかったのに。流石にここまで言われたら頭にきちゃった?」
「違う!親にそんな態度とって全然反省してない事に俺は怒ってんだよ!」
グッさんは反抗期だと言ってはいたが、千博は失望していた。ここまで酷いやつだとは思わなかった。自分が指摘しても何も気にしていないようだ。
「っ!何なんだよ、お前!人のことより自分が馬鹿にされた事の方が気にならないのか⁈ 」
「はあ⁈ 今はそんな話をしてたんじゃないだろ?お前こそ、俺の話聞いてたのかよ⁈ 」
「ちょっ、二人とも、やめろ!お前たちには今から試合をだな………」
険悪なムードとなった千博とミーツェを見てグッさんがとめに入る。が、
「試合?ああ、そういうことね。ちょうどいいや、アンタの事は前から気に入らなかったんだ。……ぶちのめしてあげるよ。」
「何言ってんだ?絶対勝ってグッさんに謝らせてやるよ。」
今の二人には丁度いい試合の場となってしまった。
「お、おい、お前ら。あくまでも試合は私的感情を挟まずにだな……」
「いくぞ、覚悟しろ!」
「望むところだ!」
二人には何も聞こえていない。グスタフはため息をつく。
「はあ………でも、なんといっても試合だし、為にならんことはないだろ。………まあ、いっか。」
諦めて二人から少し離れ、試合の観戦兼審判を務めることにした。
「来い、《大蛇の牙》!」
ミーツェがそう叫ぶと両手にいつの間にか籠手が装着されていた。その両手の籠手からは先が尖った鎖が一本垂れている。
「ほら、アンタも専用武器を出しなよ。まさか素手で闘うわけじゃないだろ?」
「うっ………」
本当にそうしたいところだが、グッさんに武器は使わないで闘うように言われている。仕方なく千博は両手に魔力を集中して《留化》させる。青白い光が千博の両手に宿る。
「ふーん、……随分舐めてくれるじゃん。……いいよ、ボコボコにしてあげる。」
千博が『素手でも十分だ。』とでも言いたいのだと捉えたのか、ミーツェは眉間にしわを寄せて憤り、両手の鎖が千博へ向かって放たれる。真っ直ぐに向かってくる二つの鎖を千博はかわした。スピードは速いが、見切れないほどではない。フェリスの剣撃に比べれば遅かった。千博はその隙をついてミーツェに攻撃を仕掛けようと走り出す。が、
「なっ⁈ 」
避けた筈の鎖がまがって千博を後ろから襲ってきた。咄嗟のことで一つはかわすがもう一つは避けきれず右腕に痛みが走る。
「っつ!何で………⁈ 」
「ふん、私がそんな隙をつくると思ったか?アンタが突っ込んで来るのは分かってんだよ!」
ミーツェがそう言うと空中に浮遊し続けていた鎖は大きくうねり、再び千博に襲いかかる。
「なるほど、魔力を使ってる訳か!」
ミーツェの鎖は黄色い光に包まれていた。恐らく魔力の《留化》を使って武器の威力を上げ、魔力によって自在に操っているのだろう。
「けど、今度はもうさっきみたいにはいかないぞ!」
なぜなら自在に動く鎖でもそのスピードは見切れる程度の物だからだ。動きさえ見えれば掴みとって相手の攻撃を止められる!千博は迫り来る鎖を冷静に見極め、それぞれを両手で掴んだ。そのままミーツェごと引っ張って引き寄せようとする。
「ふふ、それも分かってたよ!」
が、ミーツェを引き寄せることは出来ない。鎖は千博が引っ張ると伸び、千博は体勢を崩す。それを待っていたかのように二本の鎖は千博の体を縛りあげる。
「ぐっ、しまった……⁈ 」
何とか解こうとするが、鎖は少しの隙間もなくきつく巻きついていた。
「あーあ、やっぱりアンタって抜けてるよね。相手の力量を勝手に予想して油断しちゃってさ。呆気なさ過ぎてボコる気も失せたよ。」
ミーツェは退屈そうに言った。
「うむ………まだ千博には試合は早かったか?」
やはりいくら千博でも素手でミーツェとやり合わせるのは過酷だったか、そう思って止めに入ろうとするグスタフだったが
「グッさん、まだ止めないでくれないか?私はもう少しチヒロが闘う所が見ていたいぞ。」
と、いつの間にか試合の様子を見に来ていた女性に止められる。
「いや、そうは言ってもだな………って、んん⁈ じ、女王陛下⁈ 」
「やあ、グッさん。久しいな。元気であったか?」
そうはにかんで挨拶する女性はユリア女王だった。グスタフは驚いて腰を抜かしそうになる。
「女王陛下!どうしてここに?」
「………うーん、グッさん。いつから私の事をそんな風に呼ぶ様になったのだ?私の事は昔の様に名前で呼んでくれればよいものを……」
グスタフの質問には耳もくれずそうふてくされる一国の女王。グスタフは苦笑いしながら呼び直す。
「そうでしたな………ユリア様、どうしてこちらに?」
「うむ、懐かしいな。やはりそれがしっくりくる。……いやな、今日はこれからアレギスへ招待されたので向かうところなのだが……。面白い事をしているので立ち寄らせてもらったのだ。」
満足気にユリア女王はやっと答える。
「お時間はよろしいのですか?」
「ああ、まだ余裕はある。だからもう少し見せてくれ。………しかし、どうしてチヒロとミーツェを戦わせているのだ?」
試合の様子を見て小首を傾げる女王。グスタフは突然の来訪者に驚きつつも自分の考えを述べる。
「それは、ミーツェの魔力のコントロールのレベルがチヒロに一番近いからです。ミーツェは、私が言うのも何ですが、とても強い自慢の娘です。しかし魔力量があまり多くはなく、操作も他の兵に比べると苦手なのです。魔力量ならミーツェは完全にチヒロに劣っています。」
「ふむ、そうだったのか……。昔から元気なやつだったからそれは意外だ。だが、それなら何故ミーツェは強いのだ?」
女王はチヒロを縛りあげて余裕の表情のミーツェを見ながら質問する。
「それはミーツェが自分にあった戦闘スタイルを身につけられたことが一番の理由でしょうな。あの子は自分が魔力を上手く使えない事を知っていますから。魔力の《留化》だけを使って専用武器の強化に専念しているんですよ。だからあの子の鎖は絶対に断ち切れないし、一度捕まれば逃げられない。だから私は止めようとしたのですが………」
「そうか………だが、私はチヒロが何かしてくれる様な気がするんだがな。」
グスタフの解説を聞いても女王は試合の継続を望んでいた。女王様の頼みであるから聞いてはいるが、はっきりいってグスタフはこれ以上試合を続けても意味は無いと思っていた。ミーツェの鎖の強さは親である自分が一番良く知っている。あの子の鎖は何人にも断てない。それがいくらチヒロの様な膨大な魔力をもつものであってもだ。が、チヒロを見ていると女王の言いたい事がわからないでもなかった。チヒロは諦めていない。その様子だけでグスタフもチヒロに何か得体の知れない可能性を感じていたのだ。
「くそっ!外れない……どうすればいいんだ?」
一方、当の本人は非常に焦っていた。鎖を切ろうと力を入れてみても、ちょっとした隙間もないので力が上手く伝わらない。両手も封じられてしまっている。そして宙には千博を縛った鎖の先端がいつでも千博を襲える様に定められていた。きっとミーツェが魔力で操作すればいつでも動くのだろう。
ーーああ、どうすりゃいいんだ?何か方法は無いか?ーー
ミーツェの鎖から逃れる方法を千博は必死に考えた……。




