犬耳少女と町の影
目を皿にして驚いている犬耳少女に千博は近づいて行って気づいた。
「……っ⁈ 」
見えそうだ。というか見えたかもしれない。少女の服は先程の暴漢達に破かれていて胸の辺りが大きく開き、少女は今お尻を地面にぺたんとつけて座っているが前にかがみでもしたら確実に見えてしまうだろう。いわゆるバストトップが。急いで後ろを向いた千博は着ていた上着を脱いで少女に差し出した。初めは何のことかわからなかった少女も自分の今の服装を見てかっと頬を紅潮させて素直に上着をうけとった。
「……もう大丈夫?」
「は、はい…ありがとうございます…。」
振り返って改めて少女を見てやっぱり目についたのはこの少女の頭とお尻。犬耳と尻尾だ。どういう仕組みか分からないが彼女の動きに合わせて耳と尻尾もぴこぴこと動いていた。茶色のその耳は少女の栗毛に抜群に似合っていて、大きな目で見つめてくる様子はまさに小型犬といった感じだ。凄く可愛い。これはあれだ、頭を撫でたくなる可愛さだな。と、勝手に納得しながら犬耳美少女を眺めていると困惑して目を逸らされてしまった。
「………チヒロ……見過ぎだ。」
「えっ?あ、ごめん!」
フェリスに注意されて千博も目を逸らす。フェリスはむっとした顔でまだ千博を睨んでいた。
「あ、あの………」
と、その時女の子が声を出す。2人の視線が目の前の少女にもどる。
「お二人は……その…人間の方ですよね…?どうして亜人の私を……」
「…亜人?」
「ああ。君は獣人種と人間のハーフだな……違うか?」
「はい…そうです…」
「……獣人?」
なんだそれは?思わず気になる単語に反応して繰り返してしまう。
「ああ、そう言えばまだ話していなかったな。そうだな、どこから話そうか…」
フェリスは口もとに手を当てて少し考えた後、説明を始めた。
「この世界には大きく分けると人種が2つある。それが人間と亜人。そして亜人は更に獣人、エルフ、有鱗種などに分けられる。」
「え?じゃあこの子の耳って…」
「ああ、本物だ。」
マジかよ ⁉︎ 本物の犬耳 ⁉︎再び千博は犬耳少女に目を向ける。女の子はその視線に気づいてまた縮こまってしまった。その姿がまたおびえる子犬の様で可愛い。
「…最高だな……」
「ん?何がだ?」
「あ、いや、何でも無いよ。」
思わず呟いてしまったか。気をつけないとな。変なこと言ったらフェリスに怒られそうだし。
「? まあいい、続けるぞ。それで人間と亜人と分けられているのだが、この2種族が違うのは外見だけではないんだ。」
「ああ、確かに。亜人の方が身体能力が高そうだな。」
「そう、基本的に亜人は人間より強い身体をもっているんだ。だがその代わり人間よりも野生に近い彼らは知能が低い。まあエルフみたいな例外もいるが。とにかく人間達は彼らを良き労働者として利用しようと考えた。そして彼らの大半は計算や文字の読み書きも出来ないからこの世界で働いていくには力仕事に頼るしかなかった。こうして人間が亜人を雇い賃金を払い、亜人が労働をする形となっていったんだ。」
「そうなのか…。特に問題はなさそうに思えるけどこの子がいじめられてたのを考えると何か裏があるんだな?」
「鋭いな。その通りだ。一見すればこれは特に問題のない、ギブアンドテイクの関係だ。だがやはり亜人の仕事は肉体労働に限られがちで収入も人間より低いことが多い。加えて人間より知能が低いということから彼らは差別されているんだ。」
「そうか、だから……。」
「皆が皆そうと言うわけでは無いのだが貴族の連中は彼らを奴隷の様にこき使ったりしてとくに迫害が酷いな。連中は自分達の考えに従わない者にまで危害を加えようとするから町の者達も関わろうとはしないんだ。」
「でもそんなの亜人の人達が黙っているわけ無いだろ⁈ 逆らったりしなかったのか⁈ 」
熱くなってつい叫んでしまう。俯き黙って話を聞いていた少女が千博の怒号に肩をはねさせた。
「彼らは逆らえない。逆らったら最後、生きていくための職は無くなり、貴族達は城の治安維持部隊を言いくるめて彼らを捕縛し、投獄ならまだしも最悪殺されるかもしれないからな。」
「何だそれ……意味分かんねえよ。何で町の治安維持をする奴らまで貴族の思い通りなんだよ……」
怒りというより失望が勝った。治安を維持するべき者達まで貴族の言いなりなんて、ユリア女王は何をしてるんだ?平和な国なんていいながら結局表向きだけじゃないか……。フェリスは千博の考えを察したのか、付け加える。
「誰もこの状況で良いなんて思ってなどいない!ユリア女王も分かっていらっしゃるはずだ!だが貴族の莫大な資金がこの国の経済力を支えているのも事実だ。だから女王も貴族達を怒らせるわけにはいかないんだ……!」
そう言って強く拳を握り締めるフェリス。フェリスの性格なら立場の弱い者が無抵抗のままに好き勝手されるのを黙って見ていられるはずが無いんだ。それでもこうして耐えているのはそれだけ貴族達の国への影響力が強いということなんだろう。
「……少し安心したよ。」
「は?」
千博はフェリスの様子を見て自分の怒りが少し収まっていることに気づいた。
「フェリスを見て分かったんだ。城や町にもきっとフェリスみたいに思っている人がまだいるだろうって。それだけでもまだ希望があるって分かった。大丈夫、絶対にこんな理不尽は崩せるさ。」
「…チヒロ……!…ありがとう。」
「ああ。…で、ずっと放っといて本当に悪かったね。」
そう言ってずっと黙って話を聞いていた少女の方に向き直る。
「あ、いえ…大丈夫ですよ。気にしないで下さい。私が勝手に残って話を聞いていたんですし……。それに…その……」
「?」
「その……嬉しかったです。そんな風に思ってくださっている人間の方がいらっしゃるなんて思わなかったので……」
言い切らない内に女の子の目からは涙が溢れていた。
「ち、ちょっと?安心しろって!俺たちは君の味方だから。何も怖いことなんてないよ?」
「うう…ぐすっ…はい……ありがとうございますっ……」
女の子は手で涙を抑えながら震える声で返事をした。味方だってことは分かってもらえてるみたいだ。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったよね?名前は?」
なんとか涙を抑えきった女の子は顔をあげて答えた。
「あっ、えと……ステラ…です。あの…あなた様は?」
「俺はチヒロ。それでこっちは…」
「あっ、フェリス様…ですよね?存じ上げております。」
「知ってるのか?」
「はい。いつも数々の武功をお聞きしております。」
「マジか……」
城の訓練場でも周りから一目置かれてたけどフェリスってそんな凄いのか…。そう考えると今の自分の肉体に改めて驚かされる。
「ところで君はこれからどうするんだ?あの馬鹿どもを倒してしまったからな。この町にいるのは危ないだろう。奴らに狙われないとも限らないからな。」
「……やっぱりそうですよね。うう、どうしよう……。」
「……何かごめんな。」
「ああっ、いえ!チヒロ様には感謝しています。チヒロ様は何も悪くはありませんよ!ただ、この町には出稼ぎに来ていて……。」
負い目を感じて謝る千博をすかさずフォローしてくれるステラ。とても優しい子なんだろうな。
「出稼ぎ?珍しいな。何をしていたんだ?」
フェリスが不思議そうな顔で尋ねると、ステラは狭い道の奥の方に目を向けた。その視線の先にはバスケットが転がっており、果物や野菜などが周りに散らばっていた。
「……っ!あいつらのせいか!」
「なるほど、あれを売りに来ていたわけだな。ということは家は森にあるのか?家族もいるのか?」
フェリスが聞くとステラは少し暗い表情で語り出した……。




