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あの後、アリオはヴィルヘルムに謝罪したという。


「あれは謝っている態度じゃなかったけどねー」

チャリオットがにやにやと少し人の悪い笑みを浮かべる理由がわからなくて、ヴィルヘルムを見上げれば彼はため息をついて苦笑い。

「頼りになる男になるためには、誰かのせいにしているようではいけないと姉に注意されたようですよ」

「はあ」

リュクレスは曖昧な表情で頷いた。





「誰かを守れるような男になるから、とりあえず謝る。けど、お前のことは嫌いだ」

直球な少年の言葉にヴィルヘルムも苦笑いを禁じえない。

「余裕な顔してられるのも今のうちだけだからなっ。5年も経てば、オッサンより俺のほうが絶対お似合いなんだから」

その言葉に目を丸くする。

5年後…アリオは17、リュクレスは21、ヴィルヘルムは31になっている。

確かに、年齢的に言えば、リュクレスの隣にアリオがいてもおかしくはないだろう。

だが、男には彼女の隣を譲る気など微塵もない。

ヴィルヘルムは傲然と微笑んだ。

「彼女を手に入れたければ、それ相応の覚悟で来い。譲る気はないからな」

灰色の瞳に浮かぶ獰猛な光に、アリオは怯む。

牙を剥く狼相手に逃げなかっただけ、その気概は買ってもいい。

「子供相手に大人気ない…」

「お前なら大切な相手を譲るか?」

胡乱な目つきでチャリオットを見やれば、彼は晴れやかな表情を見せた。

「全力で叩き潰すね」

さらりと、人懐っこい笑みを浮かべで物騒なことを言う。

大人であろうとも、子供であろうとも本当に欲しいものを譲ることなど出来はしない。

そう、つまりはそういうことなのだ。






「でもアリオとヴィルヘルム様が仲直り出来て良かったです」

男たちのやり取りを知らない娘は、無邪気に微笑んで胸をなでおろした。

苦笑を隠しもせず、そうですねとヴィルヘルムは答えてリュクレスを馬車へ乗せる。

「お二人共お気をつけて。よろしければ、また、いらしてください」

見送りに出て来た宿屋の主人が丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございました。とても、過ごしやすかったです」

和やかにリュクレスがお礼を言えば、ヴィルヘルムも頷いて同意する。

「また、星祭りの際は利用させてもらいます」

「ええ是非。お待ちしております」

ヴィルヘルムの言葉に、完璧な笑顔を主人は返す。

聡明な男だ、ヴィルヘルムが商人でないことは、勘付いているだろう。けれど、彼は余計な詮索をすることもなく、静かに見送るだけだった。

馬車がゆっくりと走り出す。


「予定より長逗留になった割に全然ゆっくりできませんでしたが、楽しめましたか?」

「はい!とっても素敵な思い出になりました。ヴィルヘルム様ありがとうございます」

「私の求婚は思い出にしないでくださいね?」

「え…?」

馬車の中、ヴィルヘルムは当然のように隣に座らせたリュクレスを自分の腕で囲い込んで、真摯な瞳で見下ろした。

思いもかけなかったのか彼女は少し目を瞠り、じっと男を見つめた。

「私は君が孤児であろうが構わない。君にも気にして欲しくない。だが、周囲はそうはいかないでしょう」

「…はい」

「そんなに心配そうな顔をしないで。君が君のまま私の花嫁になれるよう、誰にも否定させない状況を作ってみせます。けれど、君に悪意のあることを言い募るものも出るかもしれない」

「大丈夫です。私も、一緒に頑張ります」

…心配を、していた。

身分の差は彼女にとって軽いものではないだろう。辛い思いにヴィルヘルムの元から去ってしまうのではないかという不安。

どうしたって当たりがきついのはリュクレスの方だ。状況を正確に理解しているだろう。どのような言葉を放たれるかも。

それでも、彼女は悩みもせずに、笑顔で即答してくれた。

こんな娘を努力して得たいと思うことになんの抵抗があろうか。

花のように笑う顔に、ヴィルヘルムはいつでも完全降伏だ。

彼女の薄紅の唇を不意打ちで奪う。

吐息が甘い。我慢は効かず、触れるだけでは足りない。

ぺろりと舌先でその唇を撫で、また深く口付ける。

震える身体を宥めるように抱きしめる。


彼女を手に入れることと、理性が焼き切れるのと。

果たしてどちらが先にやってくるのか。

男の凍えんばかりの冷静さは、娘の甘い唇に溶けて何処か彼方に消え去った。






「曇天」終了です。二人だけで世界が完結するのであれば、幸せに暮らしましたで終わるのにと思いながら、そうではないからこそ続きを書いてみました。

そろりと顔を覗かせた不穏な気配。

引き続き二人を一緒に見守って頂けたなら、嬉しい限りです。

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