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「他の人たちは助けたのに!なんで母さんを助けてくれなかったんだ!」


色違いの瞳が責める。

どうしてと。

たくさんの人が救われたという。ならば何故、盗賊に襲われた母は助からなかった?死なねばならなかったのか。

人を救い、英雄と言われる男を睨みつけて、今までずっと心の中で引っかかっていたものを吐き出す。

目の前の男は、冴々とした眼差しで、アリオを見つめていた。

逸らされることのない灰色の瞳には、痛みも悲しみも浮かんでいない。

冷たくさえ感じる狼の瞳に、悔しくてアリオは飛びかからんばかりの勢いで、彼を睨みつけた。

そこには、姉であるエルナも、自警団の団長も、騎士たちさえ居たのに、大人たちは子供のその剣幕に、一様に息を飲んで静まったまま。

唯一、柔らかで痛みを含んだ声が、静寂を破った。

「…人間、だから」

ヴィルヘルムが沈黙を守り、誰もが言葉を失っている中で。

リュクレスだけがヴィルヘルムを庇うように、守るように、彼の前に出た。少年の憎悪に輝く眼差しを、一身に受け止める。

悲しそうに、全てを受け入れるような藍緑の瞳が、アリオを見つめた。

「ヴィルヘルム様も人間だから、手を伸ばしても届かないことがあるよ」

その声はあまりに柔らかくて、たしなめるわけでも、叱るわけでもなく誠実に、ただ、それが事実であると伝えようとする。


同じように大切な人をなくしたのに。


助けてもらえなかったのに。

どうして、将軍を庇うのかアリオには理解ができない。

だって。

「そんなの、だったら英雄なんて!」

英雄は、人々を救うんじゃないのか。救われる人が、どうして選択されるのか、子供には納得ができない。

母さんは助けてもらえなかったのか?

何故アリオは母を失わなければならなかったのだろう。

そう思えば、悔しさに今まで以上の辛さが胸を抉るから。

言葉にしないその思いは、あの公園で話しをしたリュクレスにはわかるはずだと、アリオは目で訴える。

リュクレスは、淡い色彩の中に凛とした光を滲ませた。

「誰かひとりでも、ううん、自分一人を守れたとして、私はその誰もが英雄だと思う。でも、自分すら守れなかった人が、誰かに守ってもらえたとき、助けてくれた人を本当に尊敬して感謝したいと願ってしまった。英雄と言われることを責めるのなら、それはヴィルヘルム様を英雄だと思ってしまった弱い私たちの責任だと思うから。責められるべきは、将軍様じゃない」

リュクレスは自分を責めろと言っている。それを受け入れる気だ。

同じように母を失い、家族を失って孤児院でアリオよりも過酷な生活を送ってきたであろう、彼女をアリオは責めることができなかった。

憎悪をぶつける事すら。

自分にやれることをずっと考えてきた彼女と、誰かのせいにして責めるだけの自分では余りにも違いすぎて。

あの時欲しいと言った強さ。

リュクレスは、その強さで、将軍を守るのだ。

アリオは後ずさり、ただ、その場所から逃げ出すしかなかった。

「アリオ!」

複雑な思いを滲ませてエルナが名を呼んだのが聞こえても、振り返ることすら出来ない。





嵐のあとのような静寂に、「すまなかったね」と、気まずそうにエルナは謝罪の言葉を口にした。

弟の言動は、エルナにも衝撃的なもので、…溢れた謝罪も誰に向けたものか、言ったエルナでさえ曖昧だった。

答えたのはどろりとした憎悪をぶつけられた男自身。その眼差しは揺るぎなく、何の感情も浮かんではいなかった。

隠しているわけではなく、単純に、割り切ってしまっている。

「彼の言葉はある意味正しい。ですが、すべてを守れるほどに、私は万能ではない」

ヴィルヘルムは、そう知っている。

その場に残る後味の悪さを払拭するように、エルナはさっぱりとそれを拒否した。

「あれは理不尽な怒りだ。受け取る必要はないよ」

「それでも、誰かを責めることで立ち直れることもあります。そうであるならば、私を責めてもらって構いません」

「そうして、何もかも誰かのせいにして大人になるのかい?それじゃ、ろくな大人になれやしないさ。うちの弟はそれほど愚かじゃない。今はまだ、感情的になっているけどね…もう少しすれば、飲み込むこともできるさ」

少しずつ冷静になって、エルナも深々と溜息を付いた。

空気を変える様に、口を挟むことをしなかったナザルが初めて声を発する。

「話し合いどころじゃなくなっちまったな。一旦引き上げようや」

重苦しさを一気にかき消すような、あっけからんとした物言いに、ヴィルヘルムが同意する。

「そうですね。仕切り直しをしましょう。明日、また伺います」

「ああ。ほんとうにすまない」

「謝罪は不要です。では、また。リュクレス、行きましょうか」

誰よりも果敢に立ち向かった娘は、途方に暮れたような眼差しで頷いた。




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