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震える声で、怯えた眼差しで。
けれど、彼女は目を開けてチャリオットを見た。
「あ…あの、本当にありがとうございました」
「…まあ、気を落とさないで。誰だって失敗することはあるさ」
チャリオットは内心意外に思いながらも、励ますように笑った。
健気にもそれに返そうとする少女は、ぎこちなく笑おうとして失敗してしまう。
何だか見ていられなくて、チャリオットはそそくさと部屋を出てしまったけれど。
約束した限りは、将軍が怒鳴ったり、手を上げたりという暴力的な行動は取らないだろう。
いや、約束がなくとも将軍は彼女を傷つけることはないはずだ。
肩の力を抜いて、チャリオットは廊下の壁にもたれかかった。
弱々しく見えるのに、怯えていても周囲を見て、気遣おうとする心根は立派だが、その姿は痛々しくもある。あれは、相当、将軍にダメージを与えているであろうと予測して、チャリオットは嘆息した。
将軍もあの娘も、思っていたより不器用なのかもしれない。
そんなことを思っていると、じっと色違いの瞳が見上げてくる。
「ん?なんだい?」
「あのお姉ちゃん苛められてんのか?」
「…いや、心配されてるんだ」
「怒られてたじゃん。声、聞こえてた」
「そうだな、怒ってたな。でも、怒った本人が一番辛そうだったなー」
チャリオットが口にした言葉には、同情が混じる。
将軍の眼差しは雄弁に、言葉にならない思いを伝えていた。
憤りの中に混じるのは言いようのない不安とか、悲しみだとか、大切な人が出来れば誰しも持つなんとも平凡な、ありきたりな感情だろう。
ありきたりで、どこにでもある感情だから、共感するのだ。
あの胸の痛みを、歯がゆさを。
無事だったことへの崩れ落ちそうな、安堵と共に。
「……」
子供は腑に落ちない顔をする。
少年はきっと、その感情をこれから、経験していくのだろう。
そう思いながら、チャリオットは彼の目線に座り込む。
「守れなかったかもしれないと思ったら、堪らなかったんだろうな。本当に大切にしている人を失いそうになったら、誰だって冷静ではいられないさ」
無くしたくないものだからこそ、無くしたらと考えると震えがくるほど怖いのだ。
将軍に恐怖を知らしめた娘は、将軍を弱くするのだろうか。
彼の鋼の信念はあの娘に揺らされるのだろうか?
微笑みあったふたりを思い出せば、そんなことはないんじゃないかと、チャリオットは楽観的なくらい前向きにとらえる。
感情が乏しかった分、冬狼将軍の内に秘めていた情は誰よりも熱いのかもしれない。
非凡な彼の、平凡な男達となんら変わらない感情、葛藤。
その熱さは、彼を今までになく人間らしく魅力的に見せるから。
「きっと、少年にもいつかわかる日がくるさ」
人好きする笑顔を向けながら、チャリオットは少年の肩を叩いた。
少年がその言葉の意味を理解する頃には、彼ももう少年ではなくなっているのだろうなと、なんだか面白く思いながら。




