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「散歩日和―」

リュクレスは明るい日の光の中をのんびりと歩きながら呟いた。

日差しを手で遮りながら、空を見上げる。

夏に比べると少しだけ空が白っぽく映るが、太陽の日差しにはまだジリジリとした暑さが残っている。宿屋の裏側の道を隔てただけの公園には、あっという間にたどり着いた。

町の中に作られたそこは、一面に芝生が敷かれ、広がる緑のその中央には小さな池。不規則にうねった小道が白い線を描き、周囲には何本もの果樹がどっしりと根を下ろしていた。頭上の枝には、まだ青みの残る未熟な果実がいくつも生っている。林檎の大樹だ。町の子供であれば誰しも一度は木に登って、もぎ取って食べた経験があるだろう。手を広げたような立派な枝葉が木陰を作り、日差しを遮られた地面には古めかしい木製の長椅子がいくつか設置されていた。

朴訥とした簡素で小さな公園だ。椅子に座って、後ろを振り向けば、木立の間からヴィルヘルムの部屋の窓が見える。

大丈夫、ここなら心配をかけずに済みそうだ。

小さく息をついて、背もたれにもたれ掛かり空を見上げる。

朝は雲一つない蒼穹が広がっていたけれど、今は少しだけ雲がかかる。

たなびく細い雲は、もう秋のものだ。

今年はどの領地も豊作になりそうだと聞いている。

この分なら、修道院のみんなも食事に困ることはなさそうだ。

木の葉の隙間からちらちらと陽光が眩しく降り注ぐ。太陽の下はまだ夏の暑さだが、一旦日陰に入ってしまえば思ったよりひんやりと涼しい。

太陽の下へ戻ろうかなと、立ち上がったリュクレスは、木々の向こうに見慣れた建物を見つけて、目を輝かせた。

「あ、あんなところに教会がある」

ここ数日の滞在で初めて気がついた。まさか、チェルニの教会がこんなに近くにあるとは思わなかったと、リュクレスは引き寄せられるようにその建物に向かって歩きだす。

公園の木々に隠されて、宿からは見えなかったのだ。

開け放たれた正面の扉に、誘われるようにリュクレスは聖堂の中に入る。

こぢんまりとした身廊の中は長椅子が並べられ中央が通路になっており、奥の祭壇には素朴な木製の冬狼が飾られていた。


薄暗い室内、高い天井、ステンドグラスの鮮やかな光。


久しぶりの教会の匂い。

厳かな雰囲気に包まれた静寂の中に懐かしさがこみ上げる。

浮き立つ気持ちを抑えきれずに、きょろきょろと聖堂の中を見回し、最奥の祭壇へ向かって進む。

教会の中は無人でなく、一人黒髪の男が祭壇を見上げていた。

祈るようではないその姿に、何故だろう、リュクレスは少しだけ違和感を覚える。彼は踵を返し、祭壇から出口に向かい歩きだした。正面に見た男は彫りの深い顔立ちにすっきりと鼻筋の通った精悍な男性だった。30代くらいだろうか。若くもまた老成しても見える。金褐色の瞳と、一瞬視線が交差する。リュクレスは狭い通路を右に避け、二人はすれ違った。コツコツと規則的に反響していた足音が後ろで不意に途絶える。不思議に思い、リュクレスは振り返った。


長い影が、まるで覆い被さってくるような、幻覚。


入口からの逆光にその表情はみえない。見知らぬ男性は、リュクレスの後ろで立ち止まり、じっと彼女を見つめていた。

顔は見えないのに、何故かその瞳だけが異様な存在感を放つ。

向けられる視線にリュクレスは、理由もなく落ち着かなくなり、言いようのない不安に、一歩後ろに下がった。

暗い室内で、緊張感を伴う静寂は、男によって破られる。

「君。その瞳は生まれつきか?」

無感動な瞳がリュクレスの行動を見つめながら、抑揚のない声が身廊内の空気を揺らす。

それは年齢不詳の、酷く嗄れた声だった。

「…はい、そうですが…?」

緊張をにじませ、リュクレスはそう答える。

「そうか」

淡々とそれだけ言うと、一方的に会話を終わらせ、男はまた出口に向かって歩き出した。

リュクレスは、彼から目を離すことが出来なかった。背けた瞬間、何か怖いことが起こるような、不可解な恐怖に、教会の中が薄ら寒く感じて、無意識に自分の二の腕をさする。

救いの家で、リュクレスは冬狼の像を不安げに見上げた。

男が消えたあとも、なぜだろう。不安が、消えない。


何事もありませんように。


たまらなく、嫌な予感がしていた。





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