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カーテンの隙間から差し込む太陽の光に、リュクレスは目を覚ました。
(もう、朝…?)
寝ぼけ眼で身体を起こす。習慣とは抜けないもので、修道院で育ちのリュクレスは日の出と共に起床する生活が身に付いてしまっている。カーテン越しの明るさに寝起きの緩慢な動作で、もそもそとシーツの中から抜け出した。
「ふわぁ…」
目を擦り、小さな欠伸をしながら、窓際に向かう。ゆったりとしたドレープを描くカーテンを開けると、一筋だった光は部屋一面に広がった。
その眩しさに目を眇め、リュクレスは窓をそっと押し開ける。
入り込んできた涼しい風が、リュクレスの頬をなで、カーテンを揺らす。
窓の外には、気持ちがよいほど晴れ渡った空が広がっていた。
大きく伸びをして、朝の新鮮な空気を吸い込む。気だるげな眠気が飛んで、少し身体が軽くなる気がする。
元から寝起きは悪くない。朝焼けの中で暑さの和らいだ風に当たれば、もうしっかりと目は覚めていた。
「おはようございます。お早いですね」
ノックの音に返事をすれば、顔を出したのはトニアだった。振り返ったリュクレスは眉を寄せ、朗らかに笑みを浮かべるトニアに対して、申し訳無さそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」
…きっと、窓を開けた音で、気づいたのだろう。もっと休んでいてもらって構わないのに。
リュクレスの起床時間が早いと、準備を手伝う侍女たちはさらに早く起きなければならない。だから、朝は出来るだけ起きていることを知らせないように静かにしているのだが、トニアの現れた素早さからして、起きて待機していたことは間違いない。
「もっとゆっくりしてもらっていいですよ?」
リュクレスが言えば、侍女の鏡のような女性はおっとりと微笑んだ。
「いえいえ、十分休ませていただいておりますから」
彼女はそう言って、リュクレスに洗面を促すと、その間にクローゼットから本日の衣装を選び出してくれる。
今日の衣装は水色のワンピースだ。ヴィルヘルムがリュクレスに選ぶものにしては珍しく丸く襟元の開いたもので、パフスリーブと、ふくらみのあるスカートが可愛らしい。
リュクレスの体型に誂えられた洋服は背中のボタンを止めてしまえば、ドレスと違って簡単に着ることの出来るものだ。後は軽く片側だけ髪を編み込んでもらい髪留めで留めてもらえば、完成である。
朝の身支度が落ち着いてしまえば、隣の部屋がとても気になる。
壁の向こうは静かなものだ。
まだ、ヴィルヘルム様は眠っているのかな?
あと1時間もすればきっと会えるのに、もう会いたいと思ってしまう。
彼の温度を思い出し、耳に残る声に思わず赤くなる。
冷たい自分の手で、火照った頬の熱を冷ましてから、リュクレスはトニアに向き直った。
「ちょっとだけ、外に行ってきます」
「どちらへ?」
「中庭です。なんだが、そわそわしてしまって…」
えへへっと笑うリュクレスの気持ちなど、人生の先輩であるトニアにはお見通しのようだ。柔らかく笑顔で受け止め、何も言わず送り出してくれる。
幸せ過ぎて、なんだか落ち着かないなんて。
まるで子供みたいだと、リュクレスはつい笑ってしまう。でも、そんな自分が、それほど嫌ではないのだ。
昨夜、橙色の帚星が空一面を染めた。
夜だというのを忘れてしまいそうな明るい星の下。
愛することを初めて教えてくれた人は、とても誠実にリュクレスを求めた。
愛おしいと思う気持ちは上限なく溢れるように湧いてくる。
恋をした。
愛するということを心が知った。
瞼を閉じてそっと胸を押さえる。
宝物のような想いが、とても綺麗な音を立ててリュクレスの中に響き渡る。
星祭りの翌日の朝。
空には残滓は何も残りはしないけれど。
夜の空に負けないくらい綺麗な瞳が、煌めいて輝いた。




