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幸せの味 裏話



焦げた歪な塊は、誰が見ても、カップケーキとは思うまい。

フォークで突けば、ガツガツと、ケーキとは思えない硬質な音がする。

もはや、食べ物なのかさえも不安だ。


なのに。


「この失敗作をリュクレス様に渡させたんですか?!」

目をまんまるく見開いてレシティアが素っ頓狂な声を上げた。

「しょうがないでしょ?あの子が喜ぶのわかってるんですから」

しれっとして答える家令は、けれどどこか面白がっている風情だ。

確かに、失敗であろうがなかろうが、ヴィルヘルムが作ったものなら、彼女は心から喜ぶだろう。

「作り直すなんて言われても困りますしね…」

厨房の惨状を思い出し、ひどく疲労した料理長は、大きく深い溜息をついた。

出来るならば、将軍には厨房立ち入り禁止を言い渡したい。

大抵のことはスマートにこなしてしまう将軍の唯一と言っていいだろう例外は、どうやら料理だったらしい。


彼は壊滅的に料理というものと相性が悪かった。


「騎士学校で料理作っていましたよ」などと言うから、それを信じたのがそもそもの間違いだった。

木の実の蒸し焼き、うさぎの丸焼き、硬くなったパンを煮立てたミルクに放り込むなど…余りにもざっくりとしたその内容に、それを料理と言わんでもらいたいと思うのは料理人としては至極まともな意見だろう。


初心者向けのカップケーキが出来上がってみれば、焦げ臭い堅焼きの焼き菓子になっているのを見たときには、どんな錬金術だと突っ込みたくなった。

間違っても、そんなものが出来上がるように教えてはいない。

ドン引きしたソルとアルバの反応に、流石に渡すのを諦めたヴィルヘルムの背中には哀愁が漂っていた。

「絶対喜びますから、渡すべきです」

せっかく彼女の誕生日なのですからと伝えるソルは、だがしかし、肩が震えているのを隠せていない。

この本当に珍しい状況を、彼はとことん面白がっている。





「でも、その失敗作、食べるのはリュクレス様ですよね?」

いくら恋人の手作りと言っても誕生日の贈り物に失敗作はないだろう。

と、思うものの、喜ぶ彼女の顔が容易に目に浮かぶから。

「本当に食べられるんですよね?それ」

レシティアは、どうしてもジト目になるのを我慢できずにそう聞いた。

「見た目はともかく、材料はごく普通のものです。少し香ばしく硬めかとは思いますが…」

アルバはそう言いつつ、味見用の欠片を口に入れた。

「………あ」

「あ?」

ソルも、レシティアも、慌てて手を伸ばす。僅かずつ口にした彼らは顔を見合わせ、えも言われぬ表情をした。



「…これ、塩味しますけど」






「リュクレス!すみません、それっ返してもらえませんか?!」

「やですっ」




屋敷内は今日も平和に花が咲く。






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