幸せの味 おまけ
「…誕生日おめでとう」
「ありがとう、ございます。…?ヴィルヘルム様、これって…」
ひどく曖昧な手付きで、申し訳なさそうにヴィルヘルムが差し出すものは、とても不器用に作られたカップケーキだった。
ゆがんだ形に、焼きすぎて焦げた表面。
材料の量を間違えたのだろう、ふっくらと膨らむはずのそれは、見るからに硬そうだ。
失敗作のようなそれを、渋々、残念そうにリュクレスに渡したヴィルヘルムは、ひどく情けない顔で、謝りの言葉を口にした。
「すみません。もう少しマシなものが出来上がるはずだったのですが…」
「ヴィルヘルム様の、お手製?」
「はい、残念な出来ですが」
「食べてもいいですか?」
「…どうぞ」
小さな口がケーキを齧る。
がりっと、ケーキにあるまじき音がして、ヴィルヘルムは顔をしかめた。
失敗作を渡すか、失敗を隠して何も準備していないことにするか。
苦渋の選択だったのだ。
買い与えるのではなく、ヴィルヘルムが与えられるものを一度でいいから渡したい。そんな思いで奮闘した、したこともないお菓子作りで厨房は大惨事、結果は…これ。
渡すことを躊躇った、というより諦めたヴィルヘルムに、絶対喜びますからと、笑いをこらえながらも断言するソルの言葉を信じて、渡してみたものの。
…いたたまれない。
リュクレスはきょとんとした顔をして、それから時間をかけてもぐもぐとそれをひとつ食べ切ると、ゆっくりとヴィルヘルムに向かって笑いかけた。
それは彼の愛してやまない嬉しそうな笑顔で、曇りもなくふんわりとヴィルヘルムの失敗をあっさりと飲み込む優しさだった。
「美味しい、です。ヴィルヘルム様、ありがとうございます」
高価な宝石を与えた時やドレスを新調した時のような、困ったような遠慮がちな感謝ではなく、本当に嬉しそうな無邪気な笑顔に、どんな失敗作であってもヴィルヘルムの手作りならばそれだけでこの愛しい恋人にとっては価値があるのかと、そんな事実に笑いを零す。
その後、味見を忘れていたヴィルヘルムは、後になって砂糖と塩を間違えて入れていたことに気がついて、血相を変えるのだけれど。
塩味のケーキを、どう考えても美味しいとは言い難いそれを、ひどく嬉しそうに、大切に、全部部屋に持ち帰ったリュクレスから、どうにかして取り返そうと、必死になるのは翌日のこと。
一口かじり付けば、膨らまなかった生地は焼きすぎて硬くなって、ちょっとした堅焼きのお菓子みたいになっていた。
口の中に広がるのは、塩味。
ふっと、一生懸命作ってくれたヴィルヘルム様を見上げる。
うまく作れなかったと本人も思っているのだろう、見つめる顔はとても渋い。渡す手は今までになく遠慮がちだったから。なんでも出来て、とても器用なヴィルヘルムが、お菓子作りは苦手だったんだと思うと少しおかしい。可笑しくて、嬉しくて、愛おしさに、胸がいっぱいになりそうだ。
しょっぱいカップケーキはとても、不器用な、優しい味がしてリュクレスは泣き出しそうな幸せに、溢れるように笑いかけた。
「美味しい、です。ヴィルヘルム様、ありがとうございます」
大好きですと、もらったケーキを抱きしめて。
しばらくは、毎日大切にケーキを食べようと、楽しみにしていたリュクレスに。
どうやら、後で塩と砂糖を間違えたと気が付いたヴィルヘルムが、拝み倒す勢いで返却してくれというから、どうすれば死守できるだろうかと悩むのは翌日のこと。
でも、しょっぱくて硬いカップケーキ、といえば。
リュクレスにとって、今だって、幸せの味なのだ。
ヴィルヘルムとしては少しだけ不本意なそれは、けれど二人にとって、忘れられない幸せの記憶になった。
将軍の失敗談
さて将軍は、カップケーキ(別名塩煎餅)を無事回収できたのでしょうか…?(笑)




