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組み木細工の民芸品や装飾品、玩具やお菓子、香ばしい匂いを漂わせる食べ物。
祭りの露天には、定番のものもあれば、怪しげなものも並ぶ。
「惚れ薬ですって。本当に効くの?」
「勿論ですよ。これさえあれば意中の人の心は貴女のものです」
黄色い声が聞こえてくる方を、リュクレスとヴィルヘルムは遠巻きに見て、二人で顔を合わせる。
女性たちが群がるその店先には近寄らず、通り過ぎながらヴィルヘルムは少し面白そうに言った。
「そういえば教会には恋愛成就の祈願や聖水などというものを扱う所もありますが、ああいうものは果たして効果のあるものなのでしょうか?」
大抵どの教会にもその手の祈祷はあり、古今東西、男女問わず信者への人気は高い。
「うーん、実はあれは気の持ち様というか…特に聖水は自信の無い方には度胸付けの気付け薬のようなものだったりするそうです。ちょっと火照って気持ちが大きくなったり、相手に飲ませる場合はドキドキ感を恋と心を勘違いさせる効果もあるのだとか聞いたことがあります。…それはちょっとずるいですよね」
少し困ったようにそう言って、苦笑を漏らす。
「でも、祈祷は臆病になってしまう心を支えて、そっと背中を押すようなものですよ。私も一度だけ聞いたことがあります。すごく優しい肯定の言葉でした。貴方はとても素敵な人だから、顔をあげて、笑おう。心のまま、愛を告げれば、貴女の愛しい人はきっと答えてくれる。…そんな感じでした」
柔らかい笑みは慈愛に満ちて、柔らかく受け止める穏やかな瞳を、ヴィルヘルムは見下ろす。
「自己肯定ってとても難しいけれど、それを支えてくれるのが信仰なのかもしれません。一人じゃないよ。ちゃんと、見守っているから大丈夫だよ。ちゃんとぶつかってごらんって。もし、その恋が実らなくても、独りじゃないから頑張れるような気がします。自分を好きになってもらえなくても、大切なその人の幸せを祈ることが出来る自分でありたい。そういう風に自分を支えるものなのかなって」
リュクレスの信仰の根本なのかもしれない。盲目的なものではなく、過度な期待はしていない。けれど包みこむその大きな存在に、心をどこか明け渡している。
無垢で清廉な、信仰に身を捧げる修道女のような彼女に、男は少しだけ手を伸ばすことを躊躇う。
…最も強力な好敵手は、冬狼神か。
「あ、でも惚れ薬って言うあれはきっとお酒ですよ」
ころりと表情を変えたリュクレスに、ヴィルヘルムは安堵を隠して頷いた。大方そんなところだろうと、彼も思っている。
「酔った相手に何をする気なのでしょうね、あのご婦人方は」
呆れるヴィルヘルムに、リュクレスは首をかしげる。
「告白ではないのですか?」
そんな可愛らしいものであればよいけれど。
下手したらきっと相手の男性は操を奪われそうだなと、確信をもって想像をするがリュクレスにはわからないようだった。男としては、わからないでいてくれて嬉しい。
「何でもないですよ。さ、少し歩きすぎましたね。向こうの噴水あたりで休憩しましょうか」
「まだ、大丈夫です」
「夕方からが本番です。まだ、先は長いのだから、ゆっくり楽しみましょう?」
当たり前のように差し出されるその手。
ヴィルヘルムの表情が和らいでいるから。
涼天の下、リュクレスはほんのりと嬉しさを滲ませて、彼の手を取った。




