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お嬢様仕様のリュクレスの出で立ちに合わせ、彼女の横にはいつもよりは砕けた格好をしたヴィルヘルムがいた。白いシャツに、トラウザーズ、ジャケットは着ることなく腕に引っ掛けたままだ。簡素ながらも質の良い衣装をさらりと着こなすその姿は、一見すると、成功した貿易商や青年実業家といった肩書きが似合そうだ。紳士然とした細身の男だから、いくら紺青の髪でも、言われなければ将軍だとはだれも思わないだろう。
広場に開かれた市場には祭りに乗じて露天が軒を連ねている。リュクレスはきょろきょろと楽しそうに店先を覗き込んで、それを後ろからヴィルヘルムがのんびりと微笑ましそうに見守っていた。
「珍しいものではないように思うのですが、楽しそうですね」
「はい。楽しいです。いつも冷やかしになってしまうんですけど、見ているだけでも楽しいですよね」
「冷やかしなんて言わずに、買っていっておくれよ。そこの紳士、可愛らしいお嬢さんに一つどうだい?」
親しげに話しかけてきた店の女主人は、にっこりリュクレスとヴィルヘルムに笑いかけた。
栗色のクセのある髪に、翡翠の瞳がきらりと輝く。20代半ばくらいだろう明朗な若い女性だった。
彼女が差し出すのは、木製の小箱。
この町の民芸品だ。螺鈿や、宝石で飾られた箱を見慣れているヴィルヘルムにとっては、酷く安っぽく見えるが、丁寧に作られたそれは、一つ一つ手製で作られた可愛らしいものだ。
手に乗せられたそれをきらきらとした瞳で見つめるリュクレスが、小さな声で可愛いと呟いたのが聞こえた。…おねだりなんて、することさえ考えつかない娘が、本当に感心したような息を零す。
「本当に素敵ですね。お姉さんが作ったんですか?」
「ああ、私のお手製さ。木組みの小道具はこの町の特産品なんだよ」
「すごい。器用だなぁ。リオの木は加工しにくいって聞いたことがあるのに」
「おや、よく知っているね」
「リオの木?」
聞きなれない木の名前をヴィルヘルムは繰り返した。
リュクレスはヴィルヘルムを振り返り、それから周囲を見回すと、遠く山の斜面を指す。
「リオの木は…ほら、あの山に丁度見えている広葉樹です。とても万能の木なんですよ。葉は熱下げの薬になるし、その幹の皮は砕いて化膿止めにします。木材は固く、年月が経つにつれて綺麗な光沢が出るけれど、とても扱いにくいって、樵のおじさんに聞いたことがあります」
リュクレスがこともなげに説明をし、店主は目を丸くした。お金持ちのお嬢さんの知ることじゃない。
「あんた…もしかして修道院の出かい?」
「はい」
薬に通じるのは宮廷薬剤師や医者などがいるが、身近で安価な材料での薬の作り方に関しては救護院の修道女たちに一日の長がある。
薬に詳しい者といえば、大抵は修道院に関わるものだから。そこから、店主は気がついたのだろう。
小奇麗な格好で、紳士に付き添われている少女は修道女には見えないが、控え目な性格に納得し、ああなるほどと、ねだる事をしない理由を理解する。
娘は自分から欲しがらない。気がついた店主はヴィルヘルムに、にやりと笑う。
修道女は欲がない。だが、修道女を欲した男はきっと。
「あんたたちも祭りのために来たんだろう?だったら、旦那、可愛い子に買ってやりなよ。記念になるよ」
質素だが、手の込んだ細工。手抜きもなく丁寧に作られた箱を手にして、ヴィルヘルムは店主にそれを差し出した。
「そうですね。では、これをひとつ」
店主の視線の意味に気がついて、不敵に口の端を持ち上げた。
神から娘を取り上げておいて、それがどうしたと笑みを浮かべる不遜な態度とその度胸。
「まいどあり」
店主は首をすくめただけだった。
「いいんですか?」
「ええ、いいことを思いつきました」
「いいこと、ですか?」
「ええ、これに互いの手紙を入れあいましょう」
直接渡すのは、君が照れてしまいそうだから。
そう言って耳元で囁かれれば、リュクレスは否定できない。




