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ソルは離宮にたどり着き、やれやれと肩を回した。

いつの間にかここが帰る場所になりつつある事実に苦笑する。


屋敷の玄関に入ると、偶然廊下にいたリュクレスと目があった。その腕の中には黒い塊。

藍緑の瞳が輝いて、ソルの完全降伏の笑顔がその顔に浮かぶ。

嬉しそうにこちらに向かってくるリュクレスに、ソルは慌てて駆け寄った。転ぶんじゃないかとハラハラしたのはどうやらソルばかりらしい。

リュクレスの腕の中でのんびりしているルードは、相棒の焦りを知りつつ知らん顔だ。金色の瞳を細めるだけで、毛並みの整った黒い尻尾をゆらゆらと揺らめかせている。

完全にただの飼い猫に成り果てた相棒に、胡乱な眼差しを投げつけた。

(お前、一応は訓練された軍用の猫だろうが)

ルードは気持ちよさげにリュクレスの細い腕に頭を擦り付けると、素知らぬ顔をして目を閉じた。

無言のやりとりを何となく感じとったのか、リュクレスはソルを労わるように見つめる。

「ソル様、お帰りなさい。最近、いないこと多かったから寂しかったです」 

「…そのセリフ主の前で言わないでくださいね」

あの人最近、本当に大人気ないんで、という言葉はさすがに口には出さずに飲み込む。

リュクレスはよくわかっていなさそうな顔で、ソルを見上げるばかりだ。

ヴィルヘルムのことを別にすれば、リュクレスのその言葉は正直、嬉しい。

最近のリュクレスは素直に喜び、自分の思いを口にするようになった。初めの頃のような無邪気な笑顔も自然と見せるようになり、つられるように周りを笑顔にしている。

「少し事後処理に回っていました。一段落したから、しばらくはまたこちらに居られると思いますよ」

ぱっと顔をほころばせる娘は相変わらず可愛らしくて、ソルは反射的に彼女の頭を撫でていた。

「そういえば、貴女は何処へ向かうところだったんです?」

「厨房です。アルバさんが料理を教えてくれてるって」

「ほう」

ぎくりとルードが腕の中でさらに丸くなる。

リュクレスがルードに視線を落とすと、腕の中に潜り込むルードの首根っこを摘んで、ソルはにっこりと笑みを浮かべた。

「なら、猫は厨房には入れられないでしょ。俺がもらっていきますよ」

ひょいと黒い塊を持ち上げる。リュクレスは急に軽くなった両腕を所在なさげに下ろした。

「なんだかルードさんが不思議な顔をしています」

ソルに摘まれて抵抗もせずにだるんと伸びるルードは、半眼見開き…可愛くない。

これは不思議でもなんでもなく、ふてくされているだけだ。

「久々に相棒に会って照れてるんじゃないですかね」

「ふふ、よかったね、ルードさん。ソル様、帰ってきてくれて」

しれっと言った一言をリュクレスは信じたようだ。

「なーん」

仕方なく合わせるように、渋々といった様子でルードも鳴く。

「アルバが待っているんでは?厨房に行きなさい。…慌てずにね」

「はい。行ってきますっ。ルードさんもまたね」

ひらひらと手を振って、厨房へと向かうリュクレスが時々後ろを振り向くから。

「危ないから、前を向いて歩きなさい」

その姿は大分、年相応に変化してきているのに、その行動はまるで子供のようだ。

厨房まで見送ると、ぶらんぶらんと、摘んだままだったルードを肩に乗せる。

ずんとくるその重みは誤魔化しようのない重量感で。

「…お前、太ったんじゃないか?」

「にゃ」

「にゃ、じゃないよ。隙間で挟まってなんかしてみろ。主に冷たい目で微笑まれるぞ」

間違いなく、「役立たずですね」と、目だけで言われるに違いない。

「なー」

「しばらく減量」

その黒い尻尾が力なく背中に垂れるのを感じて、ソルはため息をついた。


真面目に仕事をしているのは俺だけじゃないよな?

そう思うくらい、この屋敷の中は花が飛んでいそうなほど呑気で、平和だ。





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