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ヴィルヘルムの愛馬は賢い。

手綱を放ったままでも、適当に過ごしてくれるらしい。

どこに行くわけでもなく、ゆっくりと水を飲んだり、草を食んだり、こちらを気にすることなく、のんびりと過ごしている。

光沢のある艶やかな毛並み。引き締まった馬の筋肉質な身体とほっそりとして綺麗な足。首にさらりと掛かる黒い鬣はしっとりと黒光りしている。

そして、今は逸らされた瞳がとても誠実で、優しい目をしているのを知っている。

「いつ見ても、綺麗な馬ですよね」

溜息を漏らしてその姿を追えば、それが気に入らなかったのか、男が娘の手を取り自分の方へと身体を向けさせた。

「私の自慢の馬ですからね。…ですが、今は。彼ではなく、私に構ってくださいね?」

「う…」

先ほどの意趣返しのように、なんだか今日のヴィルヘルムはわざと甘い言葉を選んでは、リュクレスを困らせる。

「今日のヴィルヘルム様はなんだかいつもより、意地悪です」

「好きな子を虐めるのは子供のすることだと思っていましたが、案外いつになっても男は変わらないようですよ?」

反省もなく、ぺろりと言われるその言葉に、また顔が赤くなる。

頭から湯気が出そうだ。

さすがに限界だと感じてくれたのか、男は笑って許しを求めた。

「気が引きたくて。つい、ね」

穏やかな表情を見つめて、リュクレスは子供のような男の言葉の中に、口にされない思いを見つけてしまう。

ヴィルヘルムは何か不安に思うことがあるのだろうか。

いつだって、真っ直ぐにヴィルヘルムだけを思うのに。

伝えてはいけないと思っていた想い。口にしてはいけないと思っていた気持ち。

言えない、伝えられない辛さ。

伝えた時のヴィルヘルムの表情を思い出せば、想いを伝えることの大切さと、その喜びに、恥ずかしい気持ちよりも、知ってほしいと願ってしまう。

「私の心の中がぱかって開いてヴィルヘルム様に見せられたら、いいのに」

「?」

その意味を。ヴィルヘルムは無言で先を促した。

「そうしたら、ヴィルヘルム様への気持ちでいっぱいなんですよって、伝えられるでしょう?」

そんなことで、ヴィルヘルム様の不安が少しは減らないかな?

穏やかな笑みを湛え、ヴィルヘルムが首を僅かに傾けた。

「私にすべてを見せてしまってもいいんですか?」

「…嫉妬だとか、執着とか、卑屈になったりもして、綺麗なものじゃないものも、いっぱい混じってると思うけど。でも、ヴィルヘルム様を想うから。ヴィルヘルム様にそれが伝わるなら、構わないです」

もしもの仮定の話。

平気、というわけではないけれど、それでヴィルヘルムが安心できるならば中身を差し出せればいいと思う。

「…だから、そんな風に甘やかすと図に乗りますよ」

「甘やかしてますか?」

困ったようなヴィルヘルムに、リュクレスはやはり甘やかしている自覚はない。

「君が私の傍で笑ってくれるなら、それでいい。あまり与えすぎようとしてくれるな。君がなくなってしまうんじゃないかと心配になる」

「無くならないですよ。ヴィルヘルム様と居れば、大丈夫」

握られた手を暖かに握り返して、リュクレスは大らかに笑う。


心配しなくても大丈夫。

だって。

与えられるものの方が多くて、こんなにも、いとおしい気持ちが溢れてる。





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