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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
戀―いとし、いとしという心―
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18



緑葉が眩しい。

移ろう季節はオルフェルノの地に短い夏の盛りを迎えさせていた。

騒がしいほどの虫の鳴き声。

燦々と降り注ぐ白い日差しに、黒い森も心なしか緑が鮮やかに見える。

照り返す日差しとうだるような暑さに、窓を開けたリュクレスは、テラスの傍に寄り添うように立つ大木に、黄色い色を見つけた。

「あ…!」

太い幹に大きく腕を広げた様な枝を持つその木は、夏の終わりが近いことを知らせるように小さな黄色い花をつけるのだ。

暑さはまだ厳しいが、それでも季節は少しずつ変化している。

遠目にそれを眺めて、リュクレスの中に、むずむずと好奇心が湧き起こった。

リハビリの途中の右足は少し引きずるものの、歩く分には支障ない。そして、多分、木登りも。

久しく忘れていた胸躍る感じに、リュクレスは誘惑に逆らえずテラスに出てきてしまう。

「見つからないうちに戻れば大丈夫…かな」

きょろきょろと、周りを見回して誰もいないのを確認すると、手すりから身を乗り出して差し伸べられた腕の様な枝に飛び移った。少しだけしなるが、リュクレスの体重程度では折れることはないだろう。上の枝に掴まりながら、枝の上を綱渡り状態で進み、節の辺りに近づくと足を投げ出して枝の上に座る。節から生えた細い枝には可愛らしい小さな花が揺れていた。

甘い、甘い香り。

木陰をそよぐ風は、涼やかに暑さを少しだけ和らげる。

高い視界は広く、開放感に溢れ、木の葉に遮られる鮮やかな蒼天の空に、大きく育つ白い雲。

空を見上げて、大きく息を吸い込む。


「何をしているんですか?」

「ひゃっ!」

驚いて、リュクレスは器用にも枝の上で飛び上がった。

呆れたような声に、そろり下を見下ろす。

一番見つかってはいけない人がそこに居た。

「ええと…」

リュクレスは、にへらと笑い、誤魔化そうとして、やめた。

怪我をしてからやたらと過保護なその人にまた心配をかけてしまったかもしれないと思うと、誤魔化すよりは、素直に謝ろうと思ったのだ。

けれど謝罪は言葉にならずに、止まる。

いつもとは逆に、ヴィルヘルムはリュクレスを見上げている。

見下ろす先の彼は、少し呆れていたけれど、楽しそうに顔を綻ばせていた。

紳士然とした穏やかな表情は、いつもと何ら変わらないのに、その瞳だけがとても優しく、甘い。

とくりとリュクレスの心臓が悪戯に踊る。

「君がお転婆だということを、そういえば忘れていました」

責める風でもなく、くすくすと笑いながら、そのまま彼はそこにいる娘に話しかける。

「なぜ、木の上に?」

「花が、とても綺麗なんです。ほら、ヴィルヘルム様」

顔が、熱い。

動揺を隠して、細い枝をリュクレスは押すように揺らした。

黄色い花弁がはらはらと彼の頭上に甘い香りとともに舞い落ちる。

「良い香り、ですね」

目を細めて、男は微笑む。

自分の好きなものを良いと言ってもらえると、それだけで嬉しくなる。

リュクレスは無邪気に笑った。

見上げていたヴィルヘルムが、自身の肩に降りたひとひらを指で掴み、その花弁をふっと吐息で空に返す。絵になるその動作に、リュクレスは、ただ、ただ、見惚れて息を飲んだ。

「おや、顔が赤い。熱でも出ましたか?」

さっきまでと違い、人の悪い笑みを浮かべる男に、リュクレスはわかっていても顔が赤くなるのを抑えきれない。

「意地悪です…」

火照る頬を抑えながら、言い返せるのはその程度。おっとりとした娘が、悔しそうな顔をしてじっと睨んでも、潤んだ目、赤く染まった顔では、ヴィルヘルムの笑みを余計に深くさせるだけだった。

「意地悪ですか?」

恨めしげな娘に、男は心外そうな顔をして、それから。

ふわりと穏やかな笑みを浮かべた。


リュクレスに向けて手を伸ばす。

「ほら、いらっしゃい」

「え」

リュクレスはきょとんと目を丸くする。

その姿を見上げ、眼鏡越しの瞳は愛おしそうに細められた。

彼女にも伝わる様に、ヴィルヘルムの腕はリュクレスに差し出されたまま。

舞い散る花の雨も素敵だが、降って来るなら愛しい娘が良い。

「受け止めますから」

届かない、その距離がもどかしいのだと、男は言葉にせず瞳で、その行動で想いを伝える。


男の甘えは、リュクレスの心を融かして、堕ちておいでと唆す。

その柔らかく暖かい微笑みに誘われて。

リュクレスは引力に身を任せ、彼に向かって飛び降りた。




いとし~はこれにて完結となります。

とりあえず、これでハッピーエンドタグに偽りはない(笑)

…このふたりの話はまだ続く予定です。

楽しみにしている方が一人でもいて下されば嬉しいのですが…(*´∀`*)

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