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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
戀―いとし、いとしという心―
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離宮の狭い庭先に、止まっているのは繊細な意匠の美しい馬車。

王城から駆けてきたヴィルヘルムは馬上からそれを横目で見て、隠そうともせず溜息を付いた。

王から話を聞いていなければ、さすがに慌てているところだ。

軽やかな動作で地上の人となると、馬を使用人に預けてエントランスに入る。

待っていたかのように、そこに華のように美しい貴婦人が佇んでいた。

薄紅色の髪は、スナヴァール王家特有の髪の色だ。赤髪一族と、銀髪の一族とが近親婚を繰り返し、いつかその髪色を得たという。ヴィルヘルムを見つめる紫水晶のような瞳は硬く、緊張を混じらせる。

ヴィルヘルムは面に貼り付けた穏やかな表情に、苦笑を隠した。

(相変わらず聡い方だ)

彼女はヴィルヘルムへの警戒を今だに解かない。

それは正しい。

ヴィルヘルムは王妃の味方ではない。

将軍として、彼はかの国を信用していない。だからこそ、わかりやすい人質をとったのだ。

人質として、スナヴァールからやってきた美しい華は、その外見よりもその中身こそが清廉で美しく、慎ましやかでありながらも、覚悟をもった芯の強い女性だった。

その人となりに、王も誠実であろうと接し、いつしか敵国の王女は、王の最も大切な女性となった。

ヴィルヘルムにとってそれは少しだけ誤算だった。

何よりの誤算は、リュクレスの存在なのだろう。

彼女がいなければ、王はルクレツィア自身を見ようとはしなかっただろうから。誠実なふたりのことだ、いつかはお互いの心根に気が付いたかもしれない。けれど、王と王妃というその立場が彼らを紗のように覆って隠して、これほどに早くお互いを知ることはなかったはずだ。

王は、すでに王妃を人質として見ていない。だが、ヴィルヘルムはどうか。

ルクレツィアは言葉にされない、将軍のその冷静な部分を理解している。

だからこそ、あまり王妃はヴィルヘルムに近づこうとしなかった。だが。

彼女が傍にいた侍女になにか囁くと、侍女は一礼して下がっていく。

どうやら、珍しく王妃の方に話したいことがあるらしい。

悠々と歩み寄り、王妃へと、ヴィルヘルムは流れるように臣下としての礼をとった。

顔を上げれば数歩先の王妃は不満そうな表情を隠しもしていない。

変わられたものだと思う。感情を微笑みの仮面に隠していた王妃はもうそこにはいない。

「本当にいらっしゃるとは思いませんでした」

「だって、逢わせていただけないのですもの」

ヴィルヘルムの穏やかな問いに、案の定不満を訴える。

「ですから、病み上がりの彼女に無理させたくないだけだと申し上げたでしょう」

「主治医は問題ないと言われました」

諭すような言葉は、さらりと躱されて、幼馴染のにやりとした顔が目に浮かぶ。

(…あいつめ)

舌打ちしたいのを鋼の忍耐でこらえた。王妃の前だ。

頭の隅から幼馴染を追い出し、紫の視線に目を合わせる。

ヴィルヘルム自身は、王妃に王がいないところで会うことは控えている。己に怯えていると知っていて、それを無視するほど悪趣味ではないからだ。普段、彼女は上手に視線を落とすから、こんなふうに見上げてくることは今までなかったように思う。

さて、何の用かと思案しつつ、穏やかな表情は揺ぎもしない。

「それで、彼女に会って満足されましたか?そろそろ王城にお帰りいただかなければ流石に王も心配されますよ」

柔らかな口調で子供を言い含めるように王妃に帰城を促した。だが、その言葉を無視して、悔しそうな眼差しがヴィルヘルムを責めた。

「あの子から、お別れを告げられました」

「……そうですか」

予想通りの言葉に、ヴィルヘルムはただ、淡々として答える。

その応えに、王妃は少しだけ泣きそうな顔をした。

表には出さずそれに驚いて、男はそうかと納得する。

リュクレスを離したくないのはヴィルヘルムだけではないのだ。

「私には、引き止めたいのにそれができない」

初めて逢った王妃まで、引き止めたいと願わせる。

彼女が、どれほど帰りたいと望もうとも。

「引き止めます。必ず」

言い切る将軍に、王妃は安堵と同時に不安を浮かべる。

男のその言葉は力のあるものがないものを従わせるだけの強制力だ。

従わせたいわけじゃない。

彼女の意思で傍にいて欲しいのに。

間違えないで、お願いだから。

「幸せにしてあげて、将軍。あの子の笑顔は周りを幸せにするから」



哀願するような王妃の言葉に、知らず男は拳に力を込める。

掌に爪が食い込むほど強く。



どうしたらその願いを叶えられるのか。

その答えを一番知りたいのは、ヴィルヘルム自身だ。

その苛立ちをヴィルヘルムはひた隠し、綺麗な所作で王妃に形ばかりの礼をした。





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