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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
戀―いとし、いとしという心―
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3


両手杖はソルのお手製だ。


移動の度に抱き上げられることに、申し訳なさと羞恥心を感じていたリュクレスを不憫に思ったソルが作ってくれたものである。

階段の上り下りでの使用は過保護な男たちが許可しなかったため、移動を減らし、昼間は1階で過ごし、夜になると2階に戻るというような生活をリュクレスは送っている。

大抵、応接間か書斎どちらかで過ごすリュクレスが、どちらの部屋も通り過ぎるから、ヴィルヘルムは後ろから興味深そうに彼女の行動を見守っていた。

リュクレスが向かったのは、厨房。

コンコンと軽やかにノックすれば、中から料理長のアルバが恰幅の良いその姿を見せた。

リュクレスの顔を見て相好を崩し、その後ろに静かに立つ将軍に気付いて目を丸くする。

「おや、珍しい方を引き連れてやってきましたね。どうしました?」

「引きつれて…って、そ、そういうわけではないですよ?」

とんでもないと慌てるリュクレスを挟んで、大人たちはどこかのんびりと楽しそうだ。ソルが見ていたら、大人げないと窘めただろうが、あいにく彼は不在である。

「あの、厨房の片隅でいいのでこれをしばらく置いておいてもらえないでしょうか?」

赤くなった頬をそのまま、アルバに両手の使えないリュクレスは籠を目で示す。

「これは…いつもの食材ではなさそうですね?」

アルバは、ヴィルヘルムから籠を受け取ると中身を覗き込んだ。ふんわりとした香りは食べ物には強すぎる。

「はい。ポプリ用の花です。厨房は風通しがよくて、日影になっているから日影干しに丁度良いんですが…邪魔にならなければ1週間くらい置かせてもらえませんか?」

「いいですよ。食べ物に付くほどの匂いでもないし、場所もとらないようですから」

ふくふくとした顔でアルバは笑って快く承諾した。

「ありがとうございます」

「いえいえ。出来上がったら私にも見せてくださいね」

「はい!お邪魔しました」

ぺこりとお辞儀をして、振り返る。

柔和な笑顔を見せてから厨房の中に戻ったアルバを見送り、ヴィルヘルムは、後ろではなくリュクレスの横に並んだ。

「日影干しをしてから、どうするんです?」

「その後は、量を調整しながら葉と花を出来るだけ密封できる袋に入れて、匂いが混ざって安定するまで熟成させます。それから布袋に入れて完成です。簡単でしょう?」

「言われると確かに。実際にやったら枯らしてしまいそうですが」

「そうですか?ヴィルヘルム様、お花とか育てるのとかも上手そうなのに」

「それほどマメな性格はしていないですよ」

ヴィルヘルムは苦笑した。

その横顔は穏やかだが、ほんの少しだけ睡眠不足が見て取れる。

リュクレスと違い、忙しい人だ。ほとんど王城に住んでいるようなものだとソルから聞いたことがあるのに、リュクレスが助け出されてからずっと、彼は傍に居てくれようとしている。仕事で出て行っても、ヴィルヘルムは離宮に戻ってくるのだ。

離宮の中に執務室まで整えて、たまに覗き見ることのあるその部屋の机にはいつも書類の束が鎮座している。

考えなくても、彼が無理をしてここでの時間を捻出していることは分かる。

それは、怪我をしたリュクレスへの罪悪感なのだろう。

でなければ、彼の様に立場のある男性がリュクレスに掛かり切りになるはずもない。

王からの信頼も厚く、高貴な身分を持つ大人の男性。端整な顔立ちに、柔和な笑顔、紳士的で優雅な立ち居振る舞い。銀にも見紛う灰色の瞳が、真っすぐに見つめるならば、どんな女性も胸を躍らせるに違いない。

リュクレスにとって憧れであり尊敬する恩人は、どこをとっても最上級な人物で。

そんな人に微笑まれて、優しくされることに、リュクレス嬉しいよりも、戸惑いが先立つ。

そして、申し訳なさが募るのだ。

彼にとって自分は、子供で庇護されるばかりの存在だ。

背負われて、守られてばかりいるのが、酷く不甲斐ない。

ヴィルヘルムが、不意にリュクレスを見た。

「私の顔に何かついていますか?」

ことりと首を傾げるヴィルヘルムに、リュクレスはやんわりと首を振る。

ふっと、微笑んだ。


…もう少しだけ、甘えさせてもらおう。

ヴィルヘルムに沈んだ罪悪感が溶けて無くなる様に。

もう、リュクレスを気にせずに、彼が彼らしく戻れるように。

彼がとても優しい人だから。


リュクレスはつけ込むような真似をしていることを自覚して、こっそりと自嘲した。

もう少しだけだからと言い訳を繰り返して。

「ヴィルヘルム様、お仕事に戻られる前にお茶でもいかかですか?」

それでも、少しでも心穏やかに過ごしてもらえるようにと願いを込めて、お茶に誘う。

僅かばかりの知識だが、疲労回復の効果のあるお茶は彼のために作ったものだ。

細やかなお返しは、お返しにすらなっていないけれど。

「おや、君が入れてくれるのですか?」

「はい。とっておきの茶葉があるんです。私の自作ですが、もしよければ…」

「それは貴重ですね。喜んで」

穏やかな笑みを見つめて、唐突に不思議に思う。

彼が作り笑いでない本当の笑みを見せてくれるようになったのは、そういえば何時ごろからだったろう?

その笑顔を向けられるだけで、リュクレスは嬉しい。

恩返しのはずが、逆に返しようがないほどにたくさんのものを貰ってしまった。

だから、せめてその笑顔が曇らないことを願う。

そのために今できることは、ヴィルヘルムに休んでもうこと、ただ、それくらいなのだ。





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