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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
戀―いとし、いとしという心―
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1



微睡まどろみに沈む。


水の中に浮かぶようにゆらゆらと、眠りの中は綿のように柔らかい。

重たいのは身体だろうか。

静かに沈んでいくのを感じるが、止める術がわかならない。

黒く暗くなっている周囲に不安を感じ始めるのに、手も足も自分のものではないように動かない。

もがくことも出来ず、ただ、ただゆっくりと、溺れることもなく沈むだけ。

怖いもの見たさか、はたまた緊張感の欠落ゆえか。

身を包む闇の静けさが、逆に心地の良いほどの平穏を作り出す。

このまま底まで落ちていくならば、それはそれで悪くない。

呑気なもので焦りも無く、なるがままにと、身を任す。

そのまま、起きることのない眠りへと落ちかけるその身体を、その心を。

唐突に、何かが強引なほどの力強さで引き上げる。

掬い上げる、暖かい腕。

抗いがたい平穏に沈んでゆくのを望む心と、包み込む腕の強さに安堵する心。

たゆたう心が、木の葉のように揺れ動く。

耳に届く低音の柔らかな声に、眠りの中で伸ばした手は、宙をつかむことなく、大きな手が確かに答えてくれたから。

その場に漂うままではいられずに、ゆっくりと浮かび上がる。

水面に向かう身体は重たさを実感する。

浮上するにしたがい、ズキズキとした頭の痛みに襲われる。

まるで潜水病のように、身体は蝕まれ、苦痛を示すのに。

その痛みすら受け入れることを、リュクレスは選んだ。





重たい…

ソファの背にもたれ、うたた寝をしていたリュクレスはのろのろと顔を上げた。

うっすらと霞のかかった世界は白く、瞬きを繰り返すが視界不良は変わらない。それでも少しだけ戻ってきた視力がおぼろげに室内の様子を映し出す。

「夢…?」

助け出されてから、2週間。

ぼんやりしているのは視界か、それとも意識か。

うろうろとする意識は、当の本人であってもその境界線が曖昧だ。

起きていたはずなのに、いつの間にか落ちる意識をどうにも制御できずに、重たい眠気がリュクレスの身体を沈ませる。

(随分寝たのになぁ…まだ、頭重たい…)

とろとろとした意識に、また、懐くようにソファに顔を埋める。

不自然な眠気は、薬のせいだ。

医者の話によると、マリアネラに与えられ続けた薬は、夜光草という植物から抽出されたものらしい。散瞳効果と意識の混濁を招き、高い依存性を持つ。問題なのは中和剤がなく、時間をかけて身体の中から抜くしか方法がないということだ。今、リュクレスを襲う強烈な眠気と、不定期に押し寄せる頭痛は、薬の副作用と禁断症状である。

起きているより眠っていることのほうが多いようなこの状況で、底なし沼に引きずり込まれるような眠気は、否が応でもリュクレスを不安にさせる。

それは薬のせいでいや増して、胸の奥に深く重く沈みこんだ。

知らないうちに泣いていることもあれば、悪夢に捕まり悲鳴を上げて飛び起きることもある。

それでも、リュクレス自身あまり辛いと感じていない。

さすがに夢を見た直後は恐怖に苛まれるのだけれど、それが続くことはない。

何故ならば、浅い眠りの中や悪夢から逃げ出してきた現実で、リュクレスを支える温かい手があるから。常にではないけれど、毎日のように与えられるその温度はリュクレスの心をすくい上げる。

薬よりも余程、依存性の高いその熱に、リュクレスは浮かされる。


甘えているのはわかっているけれど。

もう少しだけ、この暖かさに浸っていてもよいだろうか。


(この薬が抜けたら、怪我が治ったら。ちゃんと自分の足で立つから。…それまで、もう少しだけ甘えさせてください)

身体を小さく丸めてソファの上に蹲る。

朦朧とした意識で、そうやってそっと願う。

瞼が自然に下がり、落ちると思った瞬間、眠りの中に急落下。

夢か現か、やはり温かい手がさらりと髪を撫でるから、リュクレスは自覚のないままその手に自分の手を添えて頬を摺り寄せる。

どちらともなく、小さな吐息が漏れた。

それはささやかに室内の空気を揺らす。

リュクレスの眠りを妨げないように、触れる手は優しい。

無骨な手には不似合いなほどの繊細さを持って触れられる。


…眠たくて、重たい瞼は開かない


もどかしい。

触れる手を持ち主の、その表情が見たい。


……声が聞きたい。


その低く、穏やかな、彼の声を。


たわいのない話でいいから話がしたいのに、この目は開かず身体は眠りを求める。

次に目が開いた時、この人は傍にいてくれるだろうか?

彼は笑っているだろうか?

また、悲しませてはいないだろうか?


ためらいなく抱き上げるその同じ手で、ひどく慎重に触れてくるその理由を。

リュクレスは、知りたいと願いながら、微睡まどろみに沈んだ。




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