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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
一部  恩返し
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34

たくさん、たくさん泣いた。


頭が重くなるくらい、泣いて。


これだけ泣いても、まだ涙は枯れないのだと変に感心してしまったくらい、とにかく泣いた。

開かない目に、腫れた瞼は見なくてもわかる。

きっと眼は赤いだろうし、顔もすごいことになっているんじゃなかろうかと、見えない自分の顔にリュクレスは一抹の不安を抱く。

泣き疲れて、眠って、起きたら意外とスッキリしているのに驚いた。

身体はまだ、燻る疲労感に起き上がるのも一苦労だけれども。

泣き過ぎて、頭も重たいのに。

心だけが、すっきりと軽い。

起き上がろうとしたリュクレスの身体を大きな手が支えて起こす。

不意の感触に驚いて、びくりと身体を竦めれば、すぐ傍で聞きなれた声がした。

「すみません、驚かせましたね」

「ヴィルヘルム…様?」

何故何故、どうして、彼が?

また入室のノックの音を聞き洩らしたのか?

迂闊だと言われ続けているのに、全く改善が見られないってどうなんだろう?

情けない顔をするリュクレスに、男はすました声で笑いかけた。

「おや。一夜を共にしたのに、連れないですね」

「え?!」

思考は完全に停止して、リュクレスは絶句して声を継ぐことができない。

「口が開きっぱなしですよ」

「はうっ」

慌てて口元を両手で隠すと、楽しそうな気配のヴィルヘルムが珍しく声を上げて笑った。

「冗談です」

…どうやら、からかわれたようだ。

むっとするより、その声に混じる安堵に、リュクレスは首を傾げる。

「ようやく、君が折れたからね」

その言葉に、一瞬にして昨日のことを思い出す。


…いっぱい、いっぱい泣いたのは、泣かされたからだ。

心が軽いのは、つっかえていた重たいものを吐き出させられたから。

一人で頑張ろうと、精一杯の虚勢で立っていたリュクレスを、力ずくで崩されたのだと思い出す。

じわり、目が熱くなる。

「まだ、泣きますか」

一滴、零れたら。後は際限など、ない。

優しい声は、呆れも、うんざりした様子もなく、それどころかなぜか嬉しそうにすら聞こえた。

悲しいだとか、辛いだとか、そんな思いが何か湧いてきたわけでないのに。

壊れた涙腺は、泣こうと思っているわけでもないのに、まだ涙を溢れさせる。

それを飽きもせず拭って、ヴィルヘルムはリュクレスの頭を自分の肩口に寄せた。

その行動への戸惑いも、あるのに。

拒めない確かな体温。

「…狡いです」

枯れて掠れた酷い声で、胸の痛みを口にする。

文句を言っているはずなのに、ヴィルヘルムが喜んでいるように感じるのはなぜだろう。

腑に落ちない想いは、彼の言葉で氷解する。

「男は狡いものだよ。ちゃんと警戒するように」

反省なんてしていない、むしろ開き直っている。

何故だか負けた様な気持ちになって、そうして、ふと疑問に思う。


なぜ、こんなにもこの人に甘えてしまっているんだろう。

恨み言も、この距離も、涙さえ。

冬狼将軍という人は、手の届くはずもない、遠い存在なはずなのに。


「…駄目だよ。君は私の名を呼んだのだから」

心の内を覗かれて、リュクレスは怯えた。

ヴィルヘルムとの距離を思い出そうと、距離を取ろうとすればするほど、逆に、容赦なく距離を詰められる。

震わせた身体を宥める彼は、今までのからかいすら、そう装っていたのだと知らせるほど、真剣な眼差しで、声で告げる。

「ほら、もう逃げない」

よしよしと、頭を撫でられ、まるで子供を泣き止ませるような優しい抱擁。

どうして泣いているのかわからないリュクレスには涙が止めようもない。

それを知っているかのように、決して泣き止めと言わないヴィルヘルムに。


少女は諦めるように、甘やかされることを享受するしかなかった。




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