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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
一部  恩返し
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自分を支えていたものを無理やり折られて、泣きつかれたのだろう。

額を胸に預けて、とろとろと眠りに落ちてしまったリュクレスを大切そうに抱きしめて、ヴィルヘルムは天を仰いだ。

彼女を起こさないように、細く長く、深々と零れた溜息。

「ようやく、つかまえた」

たった一人で壊れてしまいそうな娘がようやく伸ばした手を掴み。

胸に去来する安堵の重さに、ヴィルヘルムもしばらく動けない。

この子は、本当に強敵だ。

嗚咽のないその静かな涙は、息を飲むほどに、綺麗だった。

リュクレスの睫毛に残る涙をヴィルヘルムは唇で掬う。

しょっぱいその味には、苦みが混じる。

「悲しい涙は苦い味、嬉しい涙は甘いんですよ」

そんなことを言っていたのも、この娘だった。



あの日。

意識の無い娘を掛物ごと抱き上げたのは、乱された着衣、泣き腫らした瞼、白い包帯が痛々しい足首。どれもがあまりにリュクレスを脆く見せ、直接触れることを躊躇わせたからだ。

その儚げな風情は、返り血を浴びたヴィルヘルムが触れることに罪悪感を抱かせたが、矛盾してシーツを1枚隔てたその温もりを手放せないと思っていたなどリュクレスが知るはずもない。


「意識を失わないと、助けさえ求められなかったようです」


ソルの言葉を聞き、思っていた以上にリュクレスに我慢を強いていたことを改めて思い知らされる。

リュクレスが助けを望んではいけないと思っていたこと。

それでも、ヴィルヘルムの名を呼んだというその事実に、苦い後悔が胸を焼く。

錯乱しながら謝罪を繰り返したリュクレスを一喝したとき、リュクレスの焦点の合わない瞳に、真っ直ぐな、あの眼差しが返らないことにどれほど動揺したか。

視力を失い、心も身体も怪我を負うのに、それでも、助けを求めたことを謝るリュクレスを抱きしめずにはいられなかった。

「助けを求めろ」

強引な程のそれは、間違いなく男のエゴだ。

それでもリュクレスが壊れるところなど見たくはなかった。それは、彼女が向き合えないほど弱いと思っていないからだ。

一人では戦わせない、傍に居て、立ち向かう力になりたい。


泣き続け閉じられた目元は、真っ赤に腫れて痛々しいほどだ。

それでも、彼女が目覚めたら、ヴィルヘルムは同じように彼女を泣かせるだろう。

傷ついて自分のことだけで精一杯でもおかしくないはずの娘が、ヴィルヘルムの変調に気がつき、心をくだくから。

苦しい時でさえ、他者を案じるばかりの優しい娘に。


言葉を重ねて。

思いを重ねて。


今度こそ、彼女を守るために。





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