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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
一部  恩返し
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25

<注意> 暴力的な表現があります。苦手な方はご注意ください。

「おいおい、余り暴れてくれるな」


男たちの強い力に抵抗もむなしく、リュクレスは寝台に押さえつけられた。

無理やり瞼をこじ開けられ、瞬きも出来ない瞳に差し込む光が眩しく、ただ白い視界だけが広がった。

痛みに声が漏れる。

眼球に雫が落とされ、焼けつく痛みはすでに知ったもの。

「あの女もなかなかいいもの持ってるな。ほら、王弟殿下、存分に楽しみなさい」

急速に鈍くなってゆく思考に、男の言っている意味が分からない。

持ち上げられて響く足の痛みに、顔を顰める。

背中に触れる感覚を、リュクレスは身体を丸めて拒絶した。


触れる手の感触が気持ち悪い。

悪寒が走る。

「やだ、やだっ!触らないでっ!」

どうすればいいのか、わからなかった。

ただ、嫌で、嫌で、嫌悪感と惨めさに身体を這う手に爪を立てる。

痛みを齎す足で、手で、触れようとする手を振り解こうとする。

か弱い抵抗が、男にとって反対に加虐心に火を灯すことにも気が付かずに。


誰か、助けて


その声は、音にならず。

助けて

…その言葉を誰に向ければよいかさえ、わからない。

王の一番は王妃様。

ヴィルヘルム様の一番は王様

ソルの一番はヴィルヘルム様

それでいいと納得していたはずなのに。

助けを求める罪悪感に、リュクレスは余計に辛くなる。

思い浮かべてしまうのは、あの灰色の瞳。

リュクレスは囮なのだから、決して助けに来ないことを知っているのに。

それでも望みそうになる救いに、そのやるせなさに喉を塞ぎ押し殺す。

誰に伸ばそうとしているのか、リュクレス自身にもわからず彷徨う手が、寝台に縫い付けられる。

「そろそろ諦めなさい」

耳朶を舐める舌の感触に、怖気が走って首を振った。

自分で立ち向かうしかない。

抗うことを諦めたくないのに、薬に犯された体は頼りなく、自分の意のままに動かすことも叶わない。

形振り構わず、力いっぱい抵抗するのに、容易く押さえつけられる非力な身体。

ヴィルヘルムの役に立ちたい。だから、助けを求めてはいけないのに。

恐怖に錯乱する心。

震えあがる身体。

助けて。

…だれか、助けて。

視線の定まらない藍緑の瞳が涙を溢れさせる。

まるで透過する蒼い泉から水が溢れるようなそのさまに、男は魅入られる。

舌なめずりが聞こえ、熱を持った吐息が耳朶にかかる。

「…もっと泣かせたいな」

情欲に濡れた声が、冷や水を掛けられたかのようにリュクレスの身体から熱を奪った。


怖い。


びりっとドレスの裂ける音が響く。

「やっ!」

あられもなく肩と胸元が晒され、その華奢な首筋、露出した肌の艶やかさと白さに、男が息を飲む。ごくりと唾を嚥下する音。

暴かれようとすることへの羞恥心と恐怖心、直に肌を滑る指先への嫌悪感に、身を捩って男の身体から逃げようとする。

蹴り上げるように足でその手を避ければ、逆に足首を掴まれる。

大きな男の手が、ふくらはぎを、膝を撫で上げ、大腿に揉むように掴む。

嫌だ。

嫌悪感と、意志を無視した乱暴なその暴力に。

我慢できずに泣き叫ぶ。

「やだ、放して!やめてっ」

精一杯の懇願は、更に男を煽るだけ。

助けて、と。

それでも、心は助けを求めてしまう。

堪え切れずに叫びそうになる名前を、咽に押し込み、必死で噛みしめる。

ごめんなさい。

弱くて、ごめんなさい。

自分で自分を守ることも出来ず、助けを求めてしまう無力な自分が悲しい。


痛い。

辛い。

怖い。

…寂しい

…心が切り裂かれそうで、痛くて、痛くて。


「誰も助けになんて来ないぞ」

心を折る様な、赤い目の男の嘲笑が耳に注がれる。


助けは来ない。

…そんなことわかっている

じわりと透明な水に黒い雫が落ちて広がる様に、絶望感が胸を浸食する。

助けは来ない。

その事実が痛い。

罅割れた心は、薬の効果に抵抗する力を失い失墜した。

強制的な眠りへと落とされながら、リュクレスは涙を流す。

「…ヴィルヘルム様…助けて」

意識をなくし、抑制していた想いは、涙とともにこぼれ落ちた。


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