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悩み事

結婚式までの余韻をぶち壊しているような気がしないでもありませんが、結婚後の甘々……違った。将軍でれでれのお話しです。

リンさんにむっつり扱いされればいいんだ(笑)




リュクレスは一人こっそりと悩みを抱えていた。


本当は誰かに相談すればいいのかもしれないけれど、それはそれで恥ずかしくて……結局誰にも言えないでいる。


ヴィルヘルムと結婚して3ヶ月。


結婚生活なんて想像したことも無かったし、誰かと夫婦になるなんて一年前までは思っても見なかったのだ。

「結婚したら覚悟してくださいね」と、夫の言ったその意味を、今、身に染みて理解することとなったリュクレスは、ぽかんと顔を赤らめてラグの上に座り込んでいる。

なんとなく、トニアにはばれている気がしないでもないのだけれど、とてもいい笑顔で微笑まれたから、逆に絶対に聞いてはいけないと思った。

……何故なのかは未だにわからないが、本能的感覚には逆らわない方が良いと流石に学習したリュクレスである。


だから、その悩みを口にしたのは、ずっと後。王妃とのお茶会のことだった。











****






薄明の空、残照に霞むことなく一番星が煌めく頃。


深夜の帰宅になることも少なくないヴィルヘルムであるが、今日は早めに帰れたらしい。

窓辺で馬車の陰影を見つけたリュクレスは慌てて出迎えへ向かった。

転ばない様に注意してくださいね、なんて、使用人たちが声を掛けるのに、丁寧にひとつずつ返事を返して、玄関ホールへとたどり着く。


「おかえりなさい!」


「ただいま帰りました」


迎えに出たリュクレスにヴィルヘルムは柔らかに微笑んだ。

いつもの挨拶だ。それでも、リュクレスにとってはとても特別なもの。

大切な人が、無事に帰って来てくれること。

それはいつだって安堵と嬉しさを運んでくれる。

見上げるその人はとても穏やかに笑みを浮かべていて、疲れた様子はない。けれど、とても重要な仕事に就いている人だ。きっと毎日疲れることでいっぱいだろうと思う。

多忙故にほとんど王城に住んでいた彼が、移動の時間を惜しまず帰って来てくれることは嬉しいけれど、ちゃんと休んでほしいとも思うから。


「お疲れ様です。ごはんの準備出来ています。それとも、先にお風呂の方がいいですか?」


労う気持ちで伝えた言葉に、ヴィルヘルムが少しだけ不自然に動きを止めた。

それから、何故か口元を覆い隠す。

僅かに見える口角が少しだけつり上がった気がするけれど、何も面白いことなんて言っていないし、気のせいだろうか?

こてりと首を傾げるリュクレスに、ヴィルヘルムは身を屈めるとその耳元に甘く希望を囁いた。


「そうですね。では、風呂にします。一緒に入りましょう?」


きょとりと目を瞬かせて、リュクレスは沈黙した。



考え中。



それから。


「ふえぇぇ?!」


思いもかけない台詞に、情けない悲鳴を上げる。そんな彼女を見下ろして、「夫婦なのですから」と夫たる彼は意味ありげに微笑んだ。

小柄な妻を軽々と抱えあげ、有無も言わさず階段を上がっていく。

向かう先は、言うまでもなく浴室である。

おろおろしている少女をゆっくりと脱衣所で下ろし、向い合せに立つと嬉しそうな顔で尋ねる。


「さて、私に脱がされるか自分で脱ぐか、どちらにします?」


脱がない、という選択肢はどうやら最初からないらしい。

それにしても、風呂の用意がしてあるのはともかくとして、そこにリュクレスの着替えがあるのは何故か。

ヴィルヘルムのこの行動を予想していた人物がいるということだが……誰かと詮索するほどの余裕が彼女にあろうはずもなく。きっと気が付くのは、随分先の話になるだろう。


逃げ道をしっかりと塞いで非常に良い笑顔を浮かべる彼は、答えあぐねているリュクレスを追い詰めるように視線を合わせたまま、するりと胸元のリボンを解いた。

色っぽい眼差しに、怪しい手つき。

こういう時の彼はとってもせっかちだ。

にじり下がろうとする身体は、いつの間にか腰に腕を回され、しっかり確保されている。


だから。


……。


「……じ、自分で脱ぎます」


そう言う以外どうしろと言うのだろう…。


「後ろ向いててくださいねっ」


涙目になりながら言うリュクレスに、彼はそれ以上追い詰める事なく、「はい」と素直な返事を返して背を向けた。とってもとっても嬉しそうな声をしているのが何とも悔しい。


「そんなに恥ずかしがらなくても。夫婦なのですから、一緒に入浴しても何ら可笑しくはないんですよ?」


背を向けている後ろで、ヴィルヘルムがくすくす笑って言う。

母子家庭に育ったリュクレスは夫婦がどんなふうに生活しているのかなんて、全く知識がない。そう言うものですと言われてしまえばそう言うものかと納得してしまうのだけれど。

それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

悪あがきをしたくなる気持ちをどうか察して頂きたい。

誰にともなくそんな風に思いながら、背中を向けられているのをこれ幸いと、布一枚を巻きつけただけの頼りない姿で逃げ出そうとしたリュクレスは、それをあっさりヴィルヘルムに気取られて問答無用で浴室に連れ込まれた。


元王家の持ち物だけあって、王城と同様、この屋敷の水道施設も充実している。


使用人がお湯を運んでこなくても、紫水晶の飾りの付いた鎖を引けばお湯がバスタブに注がれる仕様だから、夫婦の憩いを邪魔されることはないのである。

たぷたぷに湯が満たされたバスタブ。湯が乳白色なのは花の精油がもたらした変化だろう。

水面からは、白い湯気が立ち上り、視界をほんのり煙らせていた。

天井から滴り落ちる水滴の音にさえ肩を震わせるくらい、緊張しているリュクレスを余所に、ヴィルヘルムは大層呑気なものだった。


「少しずつ慣れてくださいね」


そう言って、リュクレスを抱き寄せて湯船につかると、己の胸板に背中を預けさせる。

お湯の中はほかほかと暖かく、本来であればほっと息の付ける気持ち良さなのだろうが、背中に触れている身体の感触があまりにも生々しすぎて、リュクレスにはそんなことを思う余裕が全くない。

くすくすと笑う彼を見上げてちょっと睨む。けれど、涙目でそんなことをしても逆効果ですよと、それこそ楽しそうに笑われるからなんだかとっても理不尽だ。


怒っている訳では無い。ただ、戸惑いが強いだけ。

でも、ヴィルヘルムが本当に嬉しそうだから、嫌とも思えなくて。でも。


「絶対に慣れるなんて出来ない気がします……」


はふっと小さく声ごと溜息をもらすと、「でしょうね」と、やっぱり楽しそうな声が返った。


ヴィルヘルムはリュクレスからその布一枚を奪い取ることはなかったし、身体を洗う時もはいはい、と笑って浴槽につかったまま目を閉じていてくれた。


慣れないと言っているのに、


「もう少し慣れたら、背中の流しあいでもしましょうか」


甘い声で誘うように囁かれる。


「君の髪を洗うのもいいな」


とても良いことを思いついたかのように、彼はふふっと笑う。

誰かのために尽くす質ではなさそうなのに、リュクレスに対しては甲斐甲斐しいばかりに世話をしたがるのは何故なのだろう。

怪我をしたり、色々とお世話になっている手前、ちょっと情けないけれど、心配ばかりかけていることに申し訳なさを感じて。


「そんなに頼りないかな?」


ぽそりと呟けば、軽い力で頭を預けさせられた。


「頼りないのではなくて、愛おしいだけですよ。君に触れたくて、甘やかしたくて仕方がない男心と言うやつです。恥ずかしがる君はとても可愛らしくて、眼福ものですしね。溢れんばかりの愛情を君に注いでいるだけです。どうぞ受け取って?」


入浴中だからか、いつも涼しげな目元は仄かに赤らんで、濡れた前髪が更に色っぽく、そして灰色の瞳は熱を孕んで鮮やかに輝いているから。

間近でそんな大人の色気に晒されたリュクレスは、真っ赤になって目を回した。

声にならない吐息が漏れ、ふわふわと思考が彷徨う。

頭がくらくらする。


「湯あたりしてしまったかな?」


湯の中に沈んでしまいそうなリュクレスを軽々と抱き上げて、ヴィルヘルムは浴室から出た。


「私が拭きましょうか」


楽しそうに言う彼に、「遠慮しますっ」とじたばたしたリュクレスが床にへたり込んだまま自分で身体を拭く。やっとのこと用意されていた寝衣を着た頃には、後ろ向きで、同じく服を着ていたはずのヴィルヘルムがこっちを向いていた。

(見られた……っ)

恥ずかしくて情けない顔をしたリュクレスが「ヴィルヘルム様の意地悪…」と呻くように声を絞り出す。


羞恥に頬を染め、潤んだ目で睨んだところで可愛いだけなのだけれど、それを口にすれば流石に拗ねてしまいそうだと、ヴィルヘルムはその感想を心の中に仕舞い込んだ。

そして、立つことの出来ないリュクレスをやっぱり腕の中に抱き上げて、「意地悪ではなく、愛でているのですよ」と、彼は笑った。





そんな日が、結構日常的になってきた頃。


「夫婦って大変です」

ふぅ……と、リュクレスは物憂げに声を漏らした。










****





後日。


「夫婦は一緒にお風呂に入るもの」などと、純真な乙女を捕まえて、何という嘘を付くのだと、ご立腹のルクレツィアは、夫に文句を言ったのだけれど。

男としては、それは確かに叶えてみたい望みだよな。などと賛同され、同じように浴室に引っ張り込まれたのはもはやお約束……というやつなのだろうか?












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