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幕間  未来を

結婚式のこぼれ話はこれでおしまいです。



なんと鮮やかで、美しい世界なのだろう。



朴訥とした質素な石造りの教会、その向こうにはまだ雪を被ったままの山の峰。

境界となる山際の空色は白い山頂に混じり合うように淡く、頂点へと向かう程深く澄みきって、どれほどにも遥かに青く抜ける。

遮られることの無い陽光は温かく降り注ぎ、雨花の名残りを色鮮やかに照らし出した。

花弁の絨毯の上には、純白の衣装を纏う少女と彼女を囲む子供たち。

柔らかな風が悪戯に花弁を踊らせて、白を彩るのがまた美しい。

煌めく笑顔、弾むような喜びの声。彼女たちを見守る温かな眼差し。



一枚の絵のような幸福な情景に、感嘆の吐息を漏らしたのは果たしてどちらだったか。


「……本当に来たのか」


少しだけ離れた位置で、妻となった少女の幸せそうな笑みを見つめていた男はそう言うと、隣にやって来た親友にちらりと視線を投げかけた。当然のようにこの場にいる王に、呆れてはいるものの、予想していなかったわけではないらしく驚いた様子はない。

そんな彼にアルムクヴァイドはにっと笑って、「当然だろう」と宣った。


「親友の結婚式にはせ参じなくて何が親友か」


彼らだけでなく妻同士も親しい間柄なのだから、祝いたいのは当然、祝福の場に参列したいというのは何らおかしなことではないだろう。

だが、容易にそれが出来る立場に、彼らはない。


この国の中枢たる国王と将軍。


二人そろって王城を離れてしまえば政務が滞る。

それでなくとも、国王であるアルムクヴァイドが臣下であるヴィルヘルムの結婚式に参加するのは難しい。寵臣と言われているヴィルヘルムだ。贔屓が過ぎると、他からの苦情は想像に難い。

にも拘らず、王がこの場に居るとなれば、王城に協力者がいると言う事。

誰と言われる前に、しかめっ面をした男が書類の山に埋もれているのが思い浮かんでヴィルヘルムは苦笑した。

彼は文句も言わず、今も黙々と書類の山と格闘しているに違いない。


「エンディダール卿にしばらくは頭が上がらないな」


予想はどうやら正解の様だ。くつくつと笑い声を漏らして、アルムクヴァイドも頷く。


「まあ、それもそうだが。これは、彼なりの祝いのようだぞ?」


「祝いの儀です。祝福を願う者は多くて困ることはないでしょう」


眉間の皺はそのままに、彼はそう言って僅かに笑っていたから。


「長く共にやってきた人だが、案外人が良かったんだな」


真面目一辺倒のイメージだったが、どうやらそうでもないようだ。


「全くだ。俺達は思っていた以上に周囲の人間に恵まれていたらしい」


今までであれば、彼らの人間味など知ることはなかった。

王の結婚でさえ、政略結婚だった。

こんな風に何の駆け引きもない純粋な祝い事など、他になかったのだから、当然のことなのかもしれない。

何の思惑もない、純粋な祝福の場であったからこそ、彼は彼なりの祝福をしてくれたのだろう。


「なんだか、あれだな。お前の言った良心の天秤という言葉がここにきて的を射ている気がするな」


リュクレスが関わると周囲の者達は純粋に誰かを思って行動する。そこには自分の利を求めるのでは無く、唯、誰かの幸せを願う温かな感情があるだけなのだ。


それを良心と言わずしてなんといおう。


「……そうだな」


『幸せに』


言葉でなく届けられる優しい想い。

きっとヴィルヘルムだけでは得ることの出来なかったものだ。

そんなものがある事さえ、きっと知ることはなかった。



ヴィルヘルムが眩しそうにリュクレスを見つめる。口元に浮かぶ僅かな笑みはその眼差し同様に柔らかなものだ。

アルムクヴァイドは親友のその横顔を見て、それから彼の視線の先に目をやった。

まだ幼さを残す花嫁が、子供たちに囲まれて何の陰りもなく笑い合っている。

それを微笑ましく思うのと同時に、少しだけ心配になった。

あれほどに慕われている娘だ。子供たちはきっと離れがたいに違いない。

「行かないで」と引き留められたのであれば、あの娘はどうするのだろう。彼らを置いていくことも此処に残ることも、どちらを選んだとしても彼女は胸を痛めるのではないだろうか。


「あの子供たちは、別れを知っているのか?」


「勿論。明後日にはこの地を立つことは知っている」


「泣くんじゃないのか?」


「泣く、だろうな。彼らもリュクレスも……だが」


先を促せば、ヴィルヘルムは少しだけ苦い顔をして、けれど、今までに見せたことの無いような柔らかな眼差しを彼らに向けた。


「あの子たちはリュクレスを引き留めはしない。引き留めたならば、リュクレスが己の幸せを仕舞い込んででも彼らのために留まろうとすることを知っているから。彼らはリュクレスが幸せになることを願っていたよ。いつでも彼らの幸せを優先してくれた優しい彼女が誰よりも幸せになることを。……此処に居る子供たちには本当に頭が下がる。どれほどに幼くとも誰かの幸せを本当に願う事が出来るのだから」


自分の望みを呑み込んで相手を思う事、それは大人であっても、とても難しい。

あの子供たちは、それが出来るのか。

オルフェルノの未来を担う子供たちが。

アルムクヴァイドはどこか誇らしい思いに、口元を緩めた。素直に賞賛の思いが胸に湧く。


「彼らのような子供たちが、真っすぐ前を向いて己の足で進むべき道を決めることの出来るそんな国にしたいものだな」


「ああ。そうだな。そんな国にしよう。いつか、ではなく。彼らがそんな人生を諦めずに歩めるように」


打てば響く様に返す親友に、アルムクヴァイドは快活に笑った。


「目指すものが明確なのはいいな。それに向かって突っ走れる」


容易なことではない。

それでも、望むだけでなく、それを現実にさせるだけの力と地位が己にはある。


あとは、唯、努力するだけだ。










ヴィルヘルムに名を呼ばれ、リュクレスが振り返ると伸ばされた腕と浮遊感。


わぁっと、はしゃいだような子供たちの歓声が響き、気か付けばリュクレスはヴィルヘルムに腕に乗せられるようにして抱き上げられていた。逞しい腕に不安定感はないけれど、その高さに驚いて、「わわっ」と、慌てて男の首に縋りつく。


「ヴィルヘルム様?」


珍しくもヴィルヘルムの顔を見下ろす位置で、リュクレスは彼と向かいあう。

灰色の瞳が柔らかい光を浮かべて、細められた。


「リュクレス、今日のこの幸せを忘れないでいましょう。今以上の幸せもあるかもしれない。もっと幸せにしたいと思う。けれど、今確かにあるこの幸せを忘れないことが、きっと、これから起こるかもしれない困難に立ち向かう力になると思うから」


今ある幸せを大切にすること、それはこれからもっと幸せになる努力をしないと言う事じゃない。

人間は貪欲で愚かなところもあるから。

何が大切で、何が幸せなのか、わからなくなることだってあり得ないことじゃない。

だからこそ、今ある幸せを忘れないことがとても大切だと。

ヴィルヘルムが伝えようとしたことは、確かにリュクレスに届いた。


だから。


「はい」と返事をして、リュクレスはきゅうと彼に抱き着いた。




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