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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
湖水の君と舞踏会
214/242

9



そうこうするうちに、夜会の当日はやって来た。

忌々しそうに不機嫌さを醸し出すのは、ヴィルヘルムではなく、アルムクヴァイドのほうだ。未だに夫婦の寝室は別にされているらしい。

妻に避けられて、それでなくても機嫌が悪いのに、更に輪をかけてやってきた夜会に彼はうんざりとため息をついた。

「そんな風に、子供のように駄々を捏ねても仕方ないだろう。王のお前が公の場で飾らんでどうする」

「俺は、正装が嫌いだ」

「「知ってる」」

堂々という男に、それこそ今更だと、ヴィルヘルムもベルンハルトもため息をついた。

この国で最も尊貴な男は、しかし、りゅうとした格好を好まない。

堅苦しくて面倒だというのが理由だが、普段であれば一応格好つける必要性など理解しているから、不承不承で文句を言いつつも着ているのだ。

だが、今日ばかりは少々愚痴り足りないらしい。

「なんだ、まだ王妃に同じ寝室で寝てもらえないのか?御子はまだまだ、未来さきの話だな」

ヴィルヘルムが、せせら嗤う。

「お前が言うかっ。誰のせいでこんなことになっていると思っているんだっ!」

「もちろん、アル、お前のせいだろう?人のせいにするな。どうせ、妻に見蕩れてちゃんと説明できなかった、とかそんなところだろ」

「う、見てきたように…」

「違うのか?」

がうと、食いついたアルムクヴァイドに、彼の右腕は容赦ない。沈黙に、呆れた声を出したのはベルンハルトだった。

「アル、それじゃその通りだと肯定しているようなものだぞ」

「お前まで、ヴィルヘルムの味方か?」

「俺は公平に傍観者だ。その方が、害が及ばないからな」

ベルンハルトは、当然とはかりに鼻を鳴らした。

騎士学校時代からこのふたりに巻き込まれると碌なことがない。

それを口にしたならば、俺も巻き込まれているだけだと、ヴィルヘルムはおおいに異議を申し立てただろうが、流石の彼でも言葉にされることのなかった独白には気付くはずもなかった。

「文句もそこまでにして、さっさと支度しろ。華麗な衣装を身に纏う美しい王妃の隣に見窄らしい男を置いておくわけにもいかないだろ?」

ヴィルヘルムは冷たい眼差しで、親友をあしらった。

王に対する忠誠は間違いなく二人の騎士の中にあるが、しかし友人としての彼に遠慮など欠片もない。

「自分の国の王様に向かって、見窄らしいって言い方あるか」

「言われたくなければ、とっとと着替えてください。時間が迫っているのですから」

ひらりと裏表、色の異なる布が翻るように。


ヴィルヘルムの口調が、変わった。


―――時間だ。


ふうと、アルムクヴァイドの軽口も閉じられ、渋々と準備された衣装に手を伸ばす。

そして、ヴィルヘルムに向かって意趣返しのように言い返した。

「この夜会。お前にとって記憶に残るものになると思うぞ?覚悟しとけ」

「…どう言う意味ですか?」

「ふん。さあな」

肩越しに振り返り、意味深な顔で王が笑った。

ヴィルヘルムが胡乱な目つきになるのも致し方ないだろう。

その顔には、よくよく見覚えのあるものだ。

彼が、何かやらかすときの顔。

ベルンハルト同様に騎士学校時代、大抵はその巻き添えを喰らい、罰を受けた苦々しいというか、バカバカしい思い出がよみがえる。


決めてしまえば、彼の準備は早い。

王自身もこの国を守る騎士である。

颯爽とやってきた侍女たちに手伝われながら彼が着替えたのは、蒼天の瞳に合わせた式典用の青い軍服だった。


(さて、何を企んでいるのか)

ヴィルヘルムはひとつ溜め息を落とすと、着替えを済ませた王の後を追い、部屋を後にした。







夫婦間のぎこちなさを綺麗に隠し、王妃をエスコートした王が大広間に入ると、ざわめきは国王夫妻へと向けられる。上段の席に彼らが座るのを確認して、ヴィルヘルムは王へと挨拶に向かう貴族たちをさらりと見渡した。

入口の方で、新たなざわめきが起こる。

一際、いろどりの鮮やかな今日の主賓が姿を現した。

薄紅の髪を綺麗に結い上げ、美しいデコルテラインを晒す彼女は華やかに微笑む。すらりとした綺麗な立ち姿は高貴で自信に満ち、勝気なその瞳は美しく、陽光の下の新緑のように輝いていた。

黙って立っているだけなら、スナヴァールの王女は珊瑚の飾りのように美しい。

本人が聞けば、「失礼ね」と怒りそうなことを考えていたヴィルヘルムは、その隣に所在無げに佇む娘を見つけて、言葉を失った。

瞠目し、息を呑む。


その姿がどれほどに男を動揺させたのか、きっと彼女は知ることはないだろう。


薄化粧に薄く色づく頬、潤む花びらのような唇。

黒い睫毛に縁取られた湖のように澄んだ、瞳。

手触りの良い柔らかな黒髪は編みこまれ、左耳の後側で一つに纏められていた。そこには髪飾りとして飾られた白い花。

可憐な魅力を十二分引き出すように、スカートの後ろ部分が膨らんだバッスルラインのドレスは単色ではなく、所々に使われた水色が鮮やかに映える。光沢のある青い天鵞絨地の上に幾重にも重ねられたシフォンの透ける色合いが濃淡を作って品良く彼女を包み込む。胸元の巧緻な刺繍の色は紺青色、他の女性たちのように胸元の開いたものではなく、首元まで隠すデザインが逆にリュクレスの繊細な華奢さを引き立てて、楚々とした雰囲気を醸し出していた。

花をモチーフにした白銀と金剛石の精緻な耳飾りと首飾り。

洗練されたコーディネートは流石王女としか言いようがない。


そこには妖精のようにあどけなく可愛らしい乙女が一人。

清楚でありながら、純情可憐なその姿はもう、子供のようなとは形容しにくい、女性らしい柔らかなシルエットを持っていた。


アルムクヴァイドの不貞腐れたような顔が甦り、ヴィルヘルムは心の中で毒づく。

せっかく手元において隠しておいたものを。

だがそんな毒舌も、直ぐに消えさった。

不安そうな瞳が、ヴィルヘルムを捉えた途端、安堵に緩む。意識せず、はにかむ様な微笑みを向けられて、男はその笑みに心臓を鷲掴みにされた。

なんら疑いのない純粋な信頼と愛情、そんなものを真っ直ぐに向けられて、男は10も年下の少女に翻弄されっぱなしだ。

その笑みに魅了された男たちが、近づこうとするのを牽制するように、ヴィルヘルムは足早に彼女の元へ向かった。









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