4
夜明けの気配に、リュクレスは目を覚ました。
薄闇の中、朝を知らせる鳥の囀りがカーテンの向こうから聞こえてくる。
ぽっかりと睡魔は抜け落ちて、寝起きの気怠さはない。
温かい寝台から起き出すと、肌寒い室内との温度差にふるりと身体が震えた。
二の腕を摩りながら、頭元に置いておいたショールに手を伸ばす。
ヴィルヘルムからの贈り物だ。心配性の彼に何度も注意されてようやく使うようになったものだけれど、一枚羽織るだけでも随分温かい。
寝台を降りて、素足のまま窓辺に寄る。カーテンを開ければ、東の空の端がうっすらと朝焼けに染まり始めていた。
今朝は、いつもより気温が低いのかもしれない。
凍ったように澄んだ空気に鮮明な色彩は烟ることなく、深い藍色の空は赤と紫と、ほんの少しの緑を混じらせてじりじりと明けていく。
地平に一条の光が伸びた。
ゆっくりと太陽が顔を出し、閃光が射し込む。
それは逆光となって、空との境界にある外郭の建物を影絵のように黒く染めた。光の陰影に、暗澹たる暗さは無縁のものだ。
建物は確かに闇に沈むけれど、その小さな窓の幾つかに橙色の光が点っているのが、人の営みを知らせて、…どこか、暖かい。
それは、そのどこかに、誰よりも大切な人がいることを知ってしまっているからなのかもしれない。
揺らめく灯火のもとには、リュクレスのように、今起きて仕事に向かう騎士たちもいるだろう。
夜通し仕事をしていた人たちは、そろそろ、その灯を落とす準備をしているのかもしれない。
外郭の人たちは、とても真面目で勤勉だ。
警備をする彼らに昼も夜もないから、王宮と違って、外郭は完全に寝静まることがない。
(ヴィルヘルム様はちゃんと休んでいるかな……?)
外郭の主とだと、皆に納得されてしまっている恋人は仕事熱心でとても忙しい人だから、身体を壊してしまわないかが心配だけれども。
それを言っても、笑顔で「大丈夫です」と躱されてしまうのがもどかしい限りだ。
リュクレスも今日までいろいろな準備に忙しなかったことは確かだけれど、ヴィルヘルムには比べようがない。
逢えないから余計に心配になる。
心配なのは本当なのに。
同じくらい、あの灰色の瞳と、与えられるあの腕が、ただ恋しい。
…低く優しい声が自分の名前を呼ぶのを聞きたい。
ひと月以上逢えなくても我慢出来たはずなのに。
眠る前に月を見上げ、起きるたびに朝日の下で、指折り数えて待ち続けた、今日という日。
まだ薄暗い室内で、リュクレスは思い出してしまった愛おしい存在に胸が苦しくなって、天井を仰いで目を閉じた。
締め付けられる胸は、同じくらいの強さで熱を持つ。籠った熱に当てられて冷たい空気が逆に気持ち良いくらいだった。
「もうすぐ、逢える」
言葉にしたら、余計と胸がぎゅうとなってリュクレスは困ってしまう。
「贅沢…だなぁ」
たくさんの大切な人が出来て、皆に大切にしてもらえて。食べるものにも困らない。温かく、安心して休むことのできる環境。
こんなにも幸せで、これ以上を望むなんて本当に我儘だとわかっているのに。
…ヴィルヘルムに、逢いたくて仕方がないだなんて。
「絶対に内緒」
そう呟いて、リュクレスはひっそりとその想いを胸に秘める。
大切なものを抱きしめるように、心臓の上に両手を置く。
鼓動は騒がしいけれど、それは全て好きな人がいるからこそ得られる気持ちだから。
苦しいのも、淋しいのも、この熱さも、切なさも。
全部が全部、宝物だ。
夜会に参加することも、着飾ることも怖気づいてしまうくらい憂鬱なのに、ヴィルヘルムに会いにいくのだと思えば、待ちわびる気持ちのほうが上回る。
現金な自分に苦笑しながら、リュクレスは窓辺から離れた。




