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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
湖水の君と舞踏会
207/242

2



ルクレツィアは怒っていた。

とにかく、ふかーく、ふかーく、怒っていた。


ソファに座り、憤懣やるかたない思いに肩を震わせている姿は、フェリージアの予想以上のものだった。後ろに黒い何かがゆらゆら揺らめいているのには、さすがに一瞬引いたが、目が赤いところを見ると、あまり眠れていないのだろう。

部屋もしばらく別々ですって、頬を膨らませる姿はいつもならば美しいという形容詞がよく似合う女性なのに、とても可愛らしくみえる。

普段が落ち着いていて大人びた印象だから、たまに見せるこういうところはとても魅力的に映る。そこにいるのは王妃ではなく、ただの二十歳の娘だった。

きっと、王も見蕩れて、話になる前に喧嘩になったのだろうと、何となく皆悟っている。

当の本人以外は、だけれども。

砂を噛んだような気持ちになって、フェリージアがため息をついた。

「姉様が怒るのも無理はないと思うけれど、だからと言って夫婦喧嘩していても仕方ないでしょう?それもリュクレスを巻き込んでは、意味がないのではない?」

言いながら、今更かとも思う。そんなことは聡明な姉にはきっとわかっている。わかっていても、納得はできないのだ。

フェリージアも今回の将軍のやりようには物申したい気持ちが山ほどある。だが、誰かが怒っていると周りは冷静にならざるを得ないらしい。

「確かに他にやりようは無かったのかと思わないでもないけれど、実際のところ、彼の行ったことはリュクレスを守ることだわ。少し懲りればいいとは思うけど、遠くまで見通せる分、遠回りにも、消極的にも思える行動を選んだのではない?」

フェリージアはそう言って、隣に座らせたリュクレスを見た。二人の会話を聞きながら、少女は申し訳なさそうに小さな身体を更に小さくして座っている。自分のせいでヴィルヘルムが怒られていることも、二人がリュクレスのために怒っていることも理解していて、とても複雑な思いをしているに違いない。

妹の視線にリュクレスを見たルクレツィアは、少しだけ心咎めて、取り繕うように微笑んだ。

「リュシーの大切な人を悪く言いたいわけではないの。将軍が貴女を守ろうとして、その選択をしたのもわかっている。これで貴女は被害者だもの。例えフメラシュとの関係が今後上手くいかなくなったとしても、誰も貴女を責めたりできない。そして、アリューシャ殿下も今までのように自由ではいられないはず。将軍を諦めていないとしても、今後、彼女は貴女に二度と手は出せないでしょう。長い目で見て、守っているのはわかっているの。わかっているけど、でも…っ」

理屈はわかっている。頭の中ではちゃんと彼に意図は理解できるのだ。でも、感情が、納得をしてくれない。

だって、大切な女性だと言ったではないか。

物分りの良いリュクレスは、ヴィルヘルムの気持ちをわかっていて、怒ってなんて当然いない。でも、あまりに彼女がそうやって全部を飲み込もうとするから。

いつか、守りきれずに手の中からすり抜けてしまうのではないか、そんな不安が消えない。

何事も、絶対ではないから。

守ると言うなら、すべての危険から遠ざけて、彼女を守って欲しかった。

将軍の妻という、今後も命の危険を孕んだ立場になるのだから。

「今回の件、この国に非はないわ。当然ながら、リュシーにも。フメラシュが貴方の身分について言ってきたとしても、私たちは正当性を持って貴女たちの味方をすることが出来た。だから、彼には心の望むとおりに貴女を守って欲しかったの。それは、私の我儘かしら…?」

沢山愚痴を言って、怒って、いろいろ吐き出したルクレツィアの口調が段々悄然と、消え入りそうなものになっていく。

怒りが消えても、いや、消えたからこそ、あとに残るのは不安と悲しみばかりだ。

国のためならば、将軍はリュクレスを見捨てることさえ出来るのではないか。悲しんでも、辛くても、公人としての彼はそれよりも国を、王を優先する。

それを、リュクレス自身が、受け入れてしまっているような気がして…それが嫌で仕方がない。リュクレスには幸せになって欲しいのに。

そんな、ルクレツィアの思いはフェリージアにも理解できた。

ただ、姉は思っていたよりも、乙女だったらしい。

「姉様はあの将軍に私の大切な女性に手を出すなと、正面切って言わせたかったのね?」

自分の結婚に関しては、政略結婚を納得し、人質として、この国にやってきたくせに。

駆け引きを理解する理性的なルクレツィアにとっても、リュクレスは理屈抜きに大切にしたい「花」なのだ。

心を慰め安らがせてくれる、枯らしたくない日向に揺れる優しい花。

そして、秘めていた恋心を実らせるそのきっかけをくれた優しい娘を、冷徹でもいい。冬狼を名乗る男に、建前なんて捨てて大事にして欲しかった。

作ることのない心を見せることの出来た初めての友達の幸せを願う感情。

微笑ましくなって、フェリージアは口元を緩めた。


恋を知って友を得て、スナヴァールの宝石は、輝くような美しさだけでなく、とても魅力的な可愛らしさまで手に入れた。


フェリージア自身は、恋をしらない。

帰国し、彼女を待つのは遅かれ早かれ政略結婚なはずだ。それを嫌がる気持ちは、ここに来て無くなったけれど。

もし、叶うのならば、姉のようにその相手に恋をしたいと思う。

恋をすると、どんな女性も生まれ変わる。

こうして感情に振り回されることもあるけれど、逆に揺るがぬ強さを得ることだって出来るのだ。

今後もきっと、オルフェルノ王は振り回されるのだろう。

それが可笑しい。

そして、自分を心配してくれるルクレツィアに手を伸ばす少女には、きっと、あの氷のような男が振り回されるのだ。







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